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花火
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人ごみの中で目が合った。綺麗な黒い双眼にとても心惹かれた。
「あれ、佳代?紗蘭?」
祭りばやしが聞こえる人ごみの中、私はひとり、迷子になっていた。友人と夏祭りに来たものの、きょろきょろと見回してみても、どうやら近くにはいないようで、友人達の姿はなかった。
(困ったな…)
どうしようかと悩む。携帯に連絡を入れてみたが、この祭のざわめきでどうやら気づかないらしい。【只今電話に出ることができません】という無機質な音声が聞こえる。
とりあえず、どこかへ移動しよう。この人ごみの中じゃ見つけられないし、慣れない草履の鼻緒で足の指が擦れて痛む。どこかで少し休みつつ、待ち合わせられるように、と私は人ごみの中から出ることにした。
どこに出ようかと、視線をさ迷わせると、1人の青年と目が合った。彼の吸い込まれそうな綺麗な黒い瞳に、目を逸らせなくなった。
気付けば私は人ごみから外れ、夏祭りが行われている神社の隅、人などあまり来なさそうなベンチに座っていた。隣には先ほど目が合った青年。名前はジュタロウ、コトブキによくある太郎で寿太郎、というらしい。
「ここなら少しは休めるだろう。ここで待ってるといい。探してきてあげよう。」
そう言って寿太郎さんはまた人ごみの中に戻っていった。
目が合った時、思わず私は寿太郎さんの浴衣に手を伸ばしていた。浴衣の袖を掴まれた寿太郎さんは一瞬、驚いたような顔をしたけれど、すぐに落ち着きを取り戻し、私に「どうした?」と優しく問いかけてくれた。足が痛むのと、はぐれたことで、少し心細かった私はそれに安堵して、泣きながら、友人とはぐれたこと、足が痛むことを伝えた。
祭りばやしが少し遠のき、提灯や屋台の光でキラキラと光っている通路を眺めながら私は少し息を抜く。
どうやら思っていたよりも緊張していたらしい。
日本に来て、初めての友人との夏祭り。可愛い浴衣を着て、縁日を回って。楽しかった今日を思い返しながら休憩していると、キラキラ光る人ごみの中からひとり、駆け寄ってくる姿が見えた。寿太郎さんだ。
「お嬢ちゃん、すまん、見つからなくて…」
寿太郎は申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえいえ、わざわざ探しに行ってもらっちゃって、すみません…携帯に留守電を入れておいたのでもう大丈夫です、ありがとうございます」
そうお礼を言って気づく。寿太郎さんの肩は整わない呼吸に何度も上下し、綺麗な白い肌には汗が浮かんでいた。
「寿太郎さん、こっちどうぞ」
そう言って、ベンチに座るように促す。ありがとう、と言いながら寿太郎さんは私の隣に座った。
「お嬢ちゃんは、外国の人かい?」
「ええ、日本に来てもう4年になります」
「そうか、そうか、日本はいい国じゃろう?」
自慢のお国じゃ、と歯を見せて笑う寿太郎さんは、そうじゃ、と思いついたように続けた。
「お嬢ちゃん、少し歩けるかの?」
たどり着いたのは、縁日がやっている通路から神社を挟んで反対側。先ほどのベンチがあったところよりも更に人気がない。
「お嬢ちゃんのお友達にもここを教えてやるといい、もうすぐ、時間じゃからのう」
寿太郎さんはそういいながら、どこから取り出したのかレジャーシートをその場に敷いて座り込んだ。
「時間?何のですか?」
「ん?お嬢ちゃん、知らんのか?なら楽しみにしておくといい」
そう言って、あとは何度聞いても答えてはくれなかった。
「寿太郎さんって、何歳なんですか?」
見たところ私と変わらないくらいに見える。17~8といったところだろうか。
「ん?わしか?19…いや、350歳くらいかのう?」
何の冗談だろうか、と寿太郎さんの顔を見るとその表情は特に茶化している様子もなく、本人は至って真面目に言ってるらしい。
「どういうこと、ですか」
聞くと綺麗な目がこちらを見る。ドキリ、と心臓が脈打った。
「生きていたら、の話じゃ」
「わしは所謂幽霊ってやつじゃよ。なんとなく、成仏できなくてのう、留まっていたら気付けば平成、私が生きていた江戸時代は今や寺子屋の教本に載っておるほど昔の話になってしもうた」
彼が幽霊だと、何故か素直に信じることが出来た。いや、信じてはいなかったのかもしれないが、そういうものか、と思うことは出来た。
「お嬢ちゃんがわしに触れられた時にはそりゃもう、驚いた驚いた。まさか生きている者とまたこうして話せるとは思ってもいなかったからの」
ケラケラと笑いながら彼は言った。
「…寿太郎さんの、生きてる時代に、私も生きたかった…」そうぽつりと呟くと、寿太郎さんは困ったように言った。
「それじゃと、お嬢ちゃんには会えなかったかもしれんのう」
わしは鎖国の時代の人間じゃから、と寿太郎さんは付け加えた。
「しかし、そろそろ潮時かのう」
「え…?」
「最後にこうして生きているお嬢ちゃんと話せたんじゃ、楽しい霊生じゃったよ」
そう寿太郎さんが笑った瞬間、パアンと空が明るく光った。
「花火…」
空に次々と上がっては消えていく大輪の花は私たちを照らす。寿太郎さんの方を見ると、綺麗な黒い目に花火が反射してキラキラと光っていた。ドクドクと心臓が脈打つ。
「あの、寿太郎さん」
「お嬢ちゃん、さよならじゃ」
寿太郎さんが私の目の前に立つと、その後に大きな花が開いた。
「楽しかったよ、ありがとう」
「待っ…」
黒い夜空に溶けていくように、
後ろに咲いた大輪の花とともに、
彼は、消えた。
「これにて、本日の花火は終了しました。皆様、お気を付けてお帰りください。」
そんなアナウンスが流れ、人ごみが移動していく。私は最初にいたベンチに座って、その様子を眺めていた。すると、
「ミーリャ!ごめんねえええ!!」
そう言いながら佳代が走ってきた。その後ろには沙蘭もいる。
「ひとり心細かったよね、ごめんね、探したんだけど見つかんなくて‥‥携帯に来てた連絡も見たんだけどなんか文字化けしちゃってて読めなくて‥‥よかった、見つかって‥‥」
泣きそうな声でそう言いながらふたりして私を抱きしめた。
二人に会えた安心と、大切な人を失ってしまったような喪失感に、私は涙を流した。
その後、寿太郎さんと再び再開することはなかった。
ただ、私の心の中で確かに彼と過ごした時間の思い出が、時間を止めたまま、静かに確かに存在している。
『花火』おわり
「あれ、佳代?紗蘭?」
祭りばやしが聞こえる人ごみの中、私はひとり、迷子になっていた。友人と夏祭りに来たものの、きょろきょろと見回してみても、どうやら近くにはいないようで、友人達の姿はなかった。
(困ったな…)
どうしようかと悩む。携帯に連絡を入れてみたが、この祭のざわめきでどうやら気づかないらしい。【只今電話に出ることができません】という無機質な音声が聞こえる。
とりあえず、どこかへ移動しよう。この人ごみの中じゃ見つけられないし、慣れない草履の鼻緒で足の指が擦れて痛む。どこかで少し休みつつ、待ち合わせられるように、と私は人ごみの中から出ることにした。
どこに出ようかと、視線をさ迷わせると、1人の青年と目が合った。彼の吸い込まれそうな綺麗な黒い瞳に、目を逸らせなくなった。
気付けば私は人ごみから外れ、夏祭りが行われている神社の隅、人などあまり来なさそうなベンチに座っていた。隣には先ほど目が合った青年。名前はジュタロウ、コトブキによくある太郎で寿太郎、というらしい。
「ここなら少しは休めるだろう。ここで待ってるといい。探してきてあげよう。」
そう言って寿太郎さんはまた人ごみの中に戻っていった。
目が合った時、思わず私は寿太郎さんの浴衣に手を伸ばしていた。浴衣の袖を掴まれた寿太郎さんは一瞬、驚いたような顔をしたけれど、すぐに落ち着きを取り戻し、私に「どうした?」と優しく問いかけてくれた。足が痛むのと、はぐれたことで、少し心細かった私はそれに安堵して、泣きながら、友人とはぐれたこと、足が痛むことを伝えた。
祭りばやしが少し遠のき、提灯や屋台の光でキラキラと光っている通路を眺めながら私は少し息を抜く。
どうやら思っていたよりも緊張していたらしい。
日本に来て、初めての友人との夏祭り。可愛い浴衣を着て、縁日を回って。楽しかった今日を思い返しながら休憩していると、キラキラ光る人ごみの中からひとり、駆け寄ってくる姿が見えた。寿太郎さんだ。
「お嬢ちゃん、すまん、見つからなくて…」
寿太郎は申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえいえ、わざわざ探しに行ってもらっちゃって、すみません…携帯に留守電を入れておいたのでもう大丈夫です、ありがとうございます」
そうお礼を言って気づく。寿太郎さんの肩は整わない呼吸に何度も上下し、綺麗な白い肌には汗が浮かんでいた。
「寿太郎さん、こっちどうぞ」
そう言って、ベンチに座るように促す。ありがとう、と言いながら寿太郎さんは私の隣に座った。
「お嬢ちゃんは、外国の人かい?」
「ええ、日本に来てもう4年になります」
「そうか、そうか、日本はいい国じゃろう?」
自慢のお国じゃ、と歯を見せて笑う寿太郎さんは、そうじゃ、と思いついたように続けた。
「お嬢ちゃん、少し歩けるかの?」
たどり着いたのは、縁日がやっている通路から神社を挟んで反対側。先ほどのベンチがあったところよりも更に人気がない。
「お嬢ちゃんのお友達にもここを教えてやるといい、もうすぐ、時間じゃからのう」
寿太郎さんはそういいながら、どこから取り出したのかレジャーシートをその場に敷いて座り込んだ。
「時間?何のですか?」
「ん?お嬢ちゃん、知らんのか?なら楽しみにしておくといい」
そう言って、あとは何度聞いても答えてはくれなかった。
「寿太郎さんって、何歳なんですか?」
見たところ私と変わらないくらいに見える。17~8といったところだろうか。
「ん?わしか?19…いや、350歳くらいかのう?」
何の冗談だろうか、と寿太郎さんの顔を見るとその表情は特に茶化している様子もなく、本人は至って真面目に言ってるらしい。
「どういうこと、ですか」
聞くと綺麗な目がこちらを見る。ドキリ、と心臓が脈打った。
「生きていたら、の話じゃ」
「わしは所謂幽霊ってやつじゃよ。なんとなく、成仏できなくてのう、留まっていたら気付けば平成、私が生きていた江戸時代は今や寺子屋の教本に載っておるほど昔の話になってしもうた」
彼が幽霊だと、何故か素直に信じることが出来た。いや、信じてはいなかったのかもしれないが、そういうものか、と思うことは出来た。
「お嬢ちゃんがわしに触れられた時にはそりゃもう、驚いた驚いた。まさか生きている者とまたこうして話せるとは思ってもいなかったからの」
ケラケラと笑いながら彼は言った。
「…寿太郎さんの、生きてる時代に、私も生きたかった…」そうぽつりと呟くと、寿太郎さんは困ったように言った。
「それじゃと、お嬢ちゃんには会えなかったかもしれんのう」
わしは鎖国の時代の人間じゃから、と寿太郎さんは付け加えた。
「しかし、そろそろ潮時かのう」
「え…?」
「最後にこうして生きているお嬢ちゃんと話せたんじゃ、楽しい霊生じゃったよ」
そう寿太郎さんが笑った瞬間、パアンと空が明るく光った。
「花火…」
空に次々と上がっては消えていく大輪の花は私たちを照らす。寿太郎さんの方を見ると、綺麗な黒い目に花火が反射してキラキラと光っていた。ドクドクと心臓が脈打つ。
「あの、寿太郎さん」
「お嬢ちゃん、さよならじゃ」
寿太郎さんが私の目の前に立つと、その後に大きな花が開いた。
「楽しかったよ、ありがとう」
「待っ…」
黒い夜空に溶けていくように、
後ろに咲いた大輪の花とともに、
彼は、消えた。
「これにて、本日の花火は終了しました。皆様、お気を付けてお帰りください。」
そんなアナウンスが流れ、人ごみが移動していく。私は最初にいたベンチに座って、その様子を眺めていた。すると、
「ミーリャ!ごめんねえええ!!」
そう言いながら佳代が走ってきた。その後ろには沙蘭もいる。
「ひとり心細かったよね、ごめんね、探したんだけど見つかんなくて‥‥携帯に来てた連絡も見たんだけどなんか文字化けしちゃってて読めなくて‥‥よかった、見つかって‥‥」
泣きそうな声でそう言いながらふたりして私を抱きしめた。
二人に会えた安心と、大切な人を失ってしまったような喪失感に、私は涙を流した。
その後、寿太郎さんと再び再開することはなかった。
ただ、私の心の中で確かに彼と過ごした時間の思い出が、時間を止めたまま、静かに確かに存在している。
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