Non Piangere

針野えんじゅ

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第八章 交錯

兄の意思

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 リウは今まで忙しなく動かしていた筆を置き、伸びをすると、書いていた紙を丁寧に折り、机の上に並べた。ちょうどその時、兵がリウの牢の前に立った。
 「七百四番、面会だ」
 そう告げられ、リウは手に枷を嵌められて牢を出た。面会室へと連れられる道中、開いていた窓から入ってくる風が心地よく感じた。まだ牢に入れられて、それほど経っているわけでもないのに。
 面会室につくと、ガラスの向こうには先ほど呼ぶように言っていたナナが座っていた。
 「久しぶりだね」
 リウはわざと明るく声をかけるが、ナナはこちらを睨みつけて返事がない。仕方ないか、と自分に言い聞かせながら話を続けた。
 「来てくれてありがとう。あなたに、話したいことがあったの」
 リウは寂しげに笑うとナナとガラスを隔てて反対側、真正面に座った。ナナがそれを確認すると、口を開く。
 「まず、ひとつ、先に言っておく」
 「…なあに?」
 「俺たち城下の住人は、王にお前を殺すよう求めた」
 「うん、だから私は今こうしてるんでしょ?」
 「理解が早いようで何よりだ、自分が殺される覚悟も決まったのか?」
 「ううん、それはまだ、かな。やっぱり怖いもん。でも、私は償わなくちゃ。この国のルールで」
 ナナはそれを聞くとゆっくりと目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。
 「償い…か。お前は罪を認めるんだな」
 まっすぐとリウを見て放たれた言葉。ナナの目には静かな怒りと悲しみが灯っているようにみえた。
 「…ええ、私がしたことは許されちゃいけないことだもん。だから、きっと私は伝えられないから、ハチに、巻き込んでごめんねって伝えておいてくれる?」
 「…意識が戻ったらな」
 ナナの返答はリウの思いもよらないものだった。
 「どういうこと…?意識が戻ったら…?」
 「そのまんまの意味だよ」
 ナナは苦虫を噛み潰した様な顔を上げ、震えた声で告げた。
 「俺が呼び出しに応じたのはお前に確認するためだった」
 「確認?」
 「お前が、罪を認めているかどうか…人一人殺して、それでものうのうと生きようとしているなら、処刑を待つまでもなく、俺が殺してやるつもりだった。今だって、ハチをあんな目に合わせやがったことに腹がたってしかたねえけど、でも、」
 「待って!ねえ、ハチはどうしたの!?」
 ハチ自身に何かをした覚えはない。確かに毒薬は作らせた、しかし、そのあと、彼女はシュレアに見送られ帰ったはずだ。
 戸惑うリウに、ナナは城から帰ってきてからのハチの様子を伝えた。帰ってくるなり自室にこもったこと、寝ずに解毒剤を調合していたこと、そして。
 「ハチはその解毒剤を作ってる最中に、茎の部分に含まれる毒を吸い込んでしまったんだ」
 「茎に…?」
 確か、花に含まれる毒は微量でも死に至るとハチは話していたが、茎にもその毒が含まれているのであれば、ハチは助からないのではないか。そんな考えが頭を過ぎり、ナナを見ると、ナナはリウがその考えにたどりついたことに気づいたのか、付け足して説明する。
 「茎の毒は、花よりもかなり微弱で、普通は吸ってしまっても特に体に影響はない」
 リウはその言葉を聞いて安堵する。しかし。
 「でも、ハチは」
 「ああ。その毒による症状で寝込んでいる。多分、寝不足とか、心疲労で弱ってたから、毒が作用してしまったんだと思う」
 「そんな…」
 リウが悲壮な表情を浮かべるのを見ると、ナナは立ち上がりふたりを隔てるガラス板に拳を叩きつけた。ガンっと大きい音が響く。
 「お前がそんな顔してんじゃねえよ!お前にはそんな悲しそうな顔をする権利なんてない!お前のせいだ…お前のせいで、ハナは死んだんだ!お前がこんなこと考えなければ、命令しなければ!ハチだって、こんな目に遭わずに済んだのに…!」
 怒り叫ぶナナを、近くに控えていた兵が抑える。彼のそれまで抑えていた感情が一気に溢れ出す。リウを見る目は今にも殺してやると言わんばかりの鋭いものだった。
 「あなたには、私を殺す権利がある」
 もちろん、法には触れてしまうだろうけれど。そう付け足して鋭い視線を送るナナの目を見返す。
 「友人を殺され、妹を害されて、殺したいほど私を憎んでいるでしょう?あなたになら殺されても仕方な」
 「俺はお前に手を下さない」
 リウの言葉を遮るように紡ぎ出された言葉。その声のトーンから、落ち着いたと判断され兵の拘束から解放されると椅子に座り、そこ言葉は更に続けられる。
 「確かに、どうにかしようと思えば、お前を殺すことも不可能じゃない。けどな、ハチはきっとそれを望んでない」
 そう言い切るとナナは椅子から立ち上がり、面会室のドアの前まで歩くと立ち止まり、リウの方を振り返る。
 「お前には然るべき処罰を受けて死んでもらう。ハチならきっとそうするから。その日までせいぜい、自分の行いを後悔するんだな」
 そう言い残して、部屋から出て行ってしまった。
 部屋に取り残されたリウは椅子に座ったまま独り言を吐く。
 「ナナのあんな怒った顔、初めて見たなあ」
 先程のナナの怒った顔が脳裏に浮かんで離れない。
 「ハチ、大丈夫かな。ごめんね」
 意識を失い苦しんでいるという心優しい彼女へ、心からの謝罪。
 「ハチもきっと怒ったよね、ナナだってあんなに怒ってた」
 許してもらえないことは分かっている。この結果を導いたのは自分だから。
 「これで、良かったんだよね、ナナの、友だちの、思いが聞けて良かった」
 今までナナやハチと友だちとして過ごした楽しい思い出が蘇る。
 そして最後に、
 「友だち、いなくなっちゃった」
 ポツリと呟いたその声は誰に届くでもなく、頬を伝う雫と共に落ちて消えていった。
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