30 / 41
第八章 交錯
兄の意思
しおりを挟む
リウは今まで忙しなく動かしていた筆を置き、伸びをすると、書いていた紙を丁寧に折り、机の上に並べた。ちょうどその時、兵がリウの牢の前に立った。
「七百四番、面会だ」
そう告げられ、リウは手に枷を嵌められて牢を出た。面会室へと連れられる道中、開いていた窓から入ってくる風が心地よく感じた。まだ牢に入れられて、それほど経っているわけでもないのに。
面会室につくと、ガラスの向こうには先ほど呼ぶように言っていたナナが座っていた。
「久しぶりだね」
リウはわざと明るく声をかけるが、ナナはこちらを睨みつけて返事がない。仕方ないか、と自分に言い聞かせながら話を続けた。
「来てくれてありがとう。あなたに、話したいことがあったの」
リウは寂しげに笑うとナナとガラスを隔てて反対側、真正面に座った。ナナがそれを確認すると、口を開く。
「まず、ひとつ、先に言っておく」
「…なあに?」
「俺たち城下の住人は、王にお前を殺すよう求めた」
「うん、だから私は今こうしてるんでしょ?」
「理解が早いようで何よりだ、自分が殺される覚悟も決まったのか?」
「ううん、それはまだ、かな。やっぱり怖いもん。でも、私は償わなくちゃ。この国のルールで」
ナナはそれを聞くとゆっくりと目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。
「償い…か。お前は罪を認めるんだな」
まっすぐとリウを見て放たれた言葉。ナナの目には静かな怒りと悲しみが灯っているようにみえた。
「…ええ、私がしたことは許されちゃいけないことだもん。だから、きっと私は伝えられないから、ハチに、巻き込んでごめんねって伝えておいてくれる?」
「…意識が戻ったらな」
ナナの返答はリウの思いもよらないものだった。
「どういうこと…?意識が戻ったら…?」
「そのまんまの意味だよ」
ナナは苦虫を噛み潰した様な顔を上げ、震えた声で告げた。
「俺が呼び出しに応じたのはお前に確認するためだった」
「確認?」
「お前が、罪を認めているかどうか…人一人殺して、それでものうのうと生きようとしているなら、処刑を待つまでもなく、俺が殺してやるつもりだった。今だって、ハチをあんな目に合わせやがったことに腹がたってしかたねえけど、でも、」
「待って!ねえ、ハチはどうしたの!?」
ハチ自身に何かをした覚えはない。確かに毒薬は作らせた、しかし、そのあと、彼女はシュレアに見送られ帰ったはずだ。
戸惑うリウに、ナナは城から帰ってきてからのハチの様子を伝えた。帰ってくるなり自室にこもったこと、寝ずに解毒剤を調合していたこと、そして。
「ハチはその解毒剤を作ってる最中に、茎の部分に含まれる毒を吸い込んでしまったんだ」
「茎に…?」
確か、花に含まれる毒は微量でも死に至るとハチは話していたが、茎にもその毒が含まれているのであれば、ハチは助からないのではないか。そんな考えが頭を過ぎり、ナナを見ると、ナナはリウがその考えにたどりついたことに気づいたのか、付け足して説明する。
「茎の毒は、花よりもかなり微弱で、普通は吸ってしまっても特に体に影響はない」
リウはその言葉を聞いて安堵する。しかし。
「でも、ハチは」
「ああ。その毒による症状で寝込んでいる。多分、寝不足とか、心疲労で弱ってたから、毒が作用してしまったんだと思う」
「そんな…」
リウが悲壮な表情を浮かべるのを見ると、ナナは立ち上がりふたりを隔てるガラス板に拳を叩きつけた。ガンっと大きい音が響く。
「お前がそんな顔してんじゃねえよ!お前にはそんな悲しそうな顔をする権利なんてない!お前のせいだ…お前のせいで、ハナは死んだんだ!お前がこんなこと考えなければ、命令しなければ!ハチだって、こんな目に遭わずに済んだのに…!」
怒り叫ぶナナを、近くに控えていた兵が抑える。彼のそれまで抑えていた感情が一気に溢れ出す。リウを見る目は今にも殺してやると言わんばかりの鋭いものだった。
「あなたには、私を殺す権利がある」
もちろん、法には触れてしまうだろうけれど。そう付け足して鋭い視線を送るナナの目を見返す。
「友人を殺され、妹を害されて、殺したいほど私を憎んでいるでしょう?あなたになら殺されても仕方な」
「俺はお前に手を下さない」
リウの言葉を遮るように紡ぎ出された言葉。その声のトーンから、落ち着いたと判断され兵の拘束から解放されると椅子に座り、そこ言葉は更に続けられる。
「確かに、どうにかしようと思えば、お前を殺すことも不可能じゃない。けどな、ハチはきっとそれを望んでない」
そう言い切るとナナは椅子から立ち上がり、面会室のドアの前まで歩くと立ち止まり、リウの方を振り返る。
「お前には然るべき処罰を受けて死んでもらう。ハチならきっとそうするから。その日までせいぜい、自分の行いを後悔するんだな」
そう言い残して、部屋から出て行ってしまった。
部屋に取り残されたリウは椅子に座ったまま独り言を吐く。
「ナナのあんな怒った顔、初めて見たなあ」
先程のナナの怒った顔が脳裏に浮かんで離れない。
「ハチ、大丈夫かな。ごめんね」
意識を失い苦しんでいるという心優しい彼女へ、心からの謝罪。
「ハチもきっと怒ったよね、ナナだってあんなに怒ってた」
許してもらえないことは分かっている。この結果を導いたのは自分だから。
「これで、良かったんだよね、ナナの、友だちの、思いが聞けて良かった」
今までナナやハチと友だちとして過ごした楽しい思い出が蘇る。
そして最後に、
「友だち、いなくなっちゃった」
ポツリと呟いたその声は誰に届くでもなく、頬を伝う雫と共に落ちて消えていった。
「七百四番、面会だ」
そう告げられ、リウは手に枷を嵌められて牢を出た。面会室へと連れられる道中、開いていた窓から入ってくる風が心地よく感じた。まだ牢に入れられて、それほど経っているわけでもないのに。
面会室につくと、ガラスの向こうには先ほど呼ぶように言っていたナナが座っていた。
「久しぶりだね」
リウはわざと明るく声をかけるが、ナナはこちらを睨みつけて返事がない。仕方ないか、と自分に言い聞かせながら話を続けた。
「来てくれてありがとう。あなたに、話したいことがあったの」
リウは寂しげに笑うとナナとガラスを隔てて反対側、真正面に座った。ナナがそれを確認すると、口を開く。
「まず、ひとつ、先に言っておく」
「…なあに?」
「俺たち城下の住人は、王にお前を殺すよう求めた」
「うん、だから私は今こうしてるんでしょ?」
「理解が早いようで何よりだ、自分が殺される覚悟も決まったのか?」
「ううん、それはまだ、かな。やっぱり怖いもん。でも、私は償わなくちゃ。この国のルールで」
ナナはそれを聞くとゆっくりと目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。
「償い…か。お前は罪を認めるんだな」
まっすぐとリウを見て放たれた言葉。ナナの目には静かな怒りと悲しみが灯っているようにみえた。
「…ええ、私がしたことは許されちゃいけないことだもん。だから、きっと私は伝えられないから、ハチに、巻き込んでごめんねって伝えておいてくれる?」
「…意識が戻ったらな」
ナナの返答はリウの思いもよらないものだった。
「どういうこと…?意識が戻ったら…?」
「そのまんまの意味だよ」
ナナは苦虫を噛み潰した様な顔を上げ、震えた声で告げた。
「俺が呼び出しに応じたのはお前に確認するためだった」
「確認?」
「お前が、罪を認めているかどうか…人一人殺して、それでものうのうと生きようとしているなら、処刑を待つまでもなく、俺が殺してやるつもりだった。今だって、ハチをあんな目に合わせやがったことに腹がたってしかたねえけど、でも、」
「待って!ねえ、ハチはどうしたの!?」
ハチ自身に何かをした覚えはない。確かに毒薬は作らせた、しかし、そのあと、彼女はシュレアに見送られ帰ったはずだ。
戸惑うリウに、ナナは城から帰ってきてからのハチの様子を伝えた。帰ってくるなり自室にこもったこと、寝ずに解毒剤を調合していたこと、そして。
「ハチはその解毒剤を作ってる最中に、茎の部分に含まれる毒を吸い込んでしまったんだ」
「茎に…?」
確か、花に含まれる毒は微量でも死に至るとハチは話していたが、茎にもその毒が含まれているのであれば、ハチは助からないのではないか。そんな考えが頭を過ぎり、ナナを見ると、ナナはリウがその考えにたどりついたことに気づいたのか、付け足して説明する。
「茎の毒は、花よりもかなり微弱で、普通は吸ってしまっても特に体に影響はない」
リウはその言葉を聞いて安堵する。しかし。
「でも、ハチは」
「ああ。その毒による症状で寝込んでいる。多分、寝不足とか、心疲労で弱ってたから、毒が作用してしまったんだと思う」
「そんな…」
リウが悲壮な表情を浮かべるのを見ると、ナナは立ち上がりふたりを隔てるガラス板に拳を叩きつけた。ガンっと大きい音が響く。
「お前がそんな顔してんじゃねえよ!お前にはそんな悲しそうな顔をする権利なんてない!お前のせいだ…お前のせいで、ハナは死んだんだ!お前がこんなこと考えなければ、命令しなければ!ハチだって、こんな目に遭わずに済んだのに…!」
怒り叫ぶナナを、近くに控えていた兵が抑える。彼のそれまで抑えていた感情が一気に溢れ出す。リウを見る目は今にも殺してやると言わんばかりの鋭いものだった。
「あなたには、私を殺す権利がある」
もちろん、法には触れてしまうだろうけれど。そう付け足して鋭い視線を送るナナの目を見返す。
「友人を殺され、妹を害されて、殺したいほど私を憎んでいるでしょう?あなたになら殺されても仕方な」
「俺はお前に手を下さない」
リウの言葉を遮るように紡ぎ出された言葉。その声のトーンから、落ち着いたと判断され兵の拘束から解放されると椅子に座り、そこ言葉は更に続けられる。
「確かに、どうにかしようと思えば、お前を殺すことも不可能じゃない。けどな、ハチはきっとそれを望んでない」
そう言い切るとナナは椅子から立ち上がり、面会室のドアの前まで歩くと立ち止まり、リウの方を振り返る。
「お前には然るべき処罰を受けて死んでもらう。ハチならきっとそうするから。その日までせいぜい、自分の行いを後悔するんだな」
そう言い残して、部屋から出て行ってしまった。
部屋に取り残されたリウは椅子に座ったまま独り言を吐く。
「ナナのあんな怒った顔、初めて見たなあ」
先程のナナの怒った顔が脳裏に浮かんで離れない。
「ハチ、大丈夫かな。ごめんね」
意識を失い苦しんでいるという心優しい彼女へ、心からの謝罪。
「ハチもきっと怒ったよね、ナナだってあんなに怒ってた」
許してもらえないことは分かっている。この結果を導いたのは自分だから。
「これで、良かったんだよね、ナナの、友だちの、思いが聞けて良かった」
今までナナやハチと友だちとして過ごした楽しい思い出が蘇る。
そして最後に、
「友だち、いなくなっちゃった」
ポツリと呟いたその声は誰に届くでもなく、頬を伝う雫と共に落ちて消えていった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる