ミコのお役目

水木 森山

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第一章

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翌朝、熱は下がったけど、念のため
安静に過ごすことになった

また、退屈な一日が始まる…

憂鬱な気分になるけど、そんな素振りを見せれば
また、ロウに気を遣わせてしまうので
お気に入りの本を手に取った

「今日は本を読んでるから
 ロウは下がっていいよ」

側に控えていたロウは、一つ頷くと退出した

たいして読む気もないけど、本を開く

案の定、文字を眺めるだけで頭に入ってこない

思い浮かぶのは、昨日のこと

うまく、話せなかったな
だけど、もっと話したかった…

開いたままの扉を気にして、そっと息を吐き出す

彼の態度は友好的とはいえなかった
なのに、不愉快だとも思わなかった

最後なんて、僕の体調に気づいてくれた

また、会って話せるかな…

そこで考えるのを止める

話すことなんて、もうないじゃないか
お礼を言えたんだから、十分なはず

彼らは一時的にここに居るだけなんだから
もう、関わることも無いだろう

どこかでそれを残念に思う自分がいるけど
気づかない振りをして
そのままぼんやりと本を眺めていた

コンコンコン

「入るぞ」

ノックの音でハッと顔を上げる

「シリル、おはよう」

「おはよう、体調はどうだ?」

「熱も下がったし、もう大丈夫だよ」

「そうか
 で、何を落ち込んでいる?」

ベッドの脇にあるイスに腰掛けると
世間話でもするかのようにサラリと問い詰めてくる

「・・そんな顔、してた?」

いつから見られていたんだろう…?
シリルの顔を伺いながら少しトボける

「死んだ魚のような目をしてたな
 本が全くカモフラージュになっていない」

「・・僕、そんなに酷い顔してた…?」

以前出てきた魚の姿煮を思い出す
どんよりと白濁したアレと同じだなんて…

思わず、手で顔を覆う

「冗談に決まっているだろう」

「・・シリルが言うと、冗談に聞こえないよ」

子供っぽいと思っても、つい口を尖らせてしまう

「誤魔化されてやる気はないからな」

「誤魔化すつもりなんて…」

ないと言い切れず、俯いてしまう

ただ、大した事じゃないから
言う必要がないと思っただけ

「うまく、話せなかったなぁって…」

「・・昨日の、客人の部屋でか?」

コクンと頷くと、シリルは顎に手を当て
ゆっくり話し始めた

「カミュは、うまくやっていたと思うが…
 彼らは私達に、怒りや不信感があるはずだ
 だが、カミュに対して淡々と接していた
 腹の中でどう思っていたかまではわからないが
 悪い感情は無かったのではないか?」

「そう、なのかな…」

悪い感情は無い、そうなのかもしれない

だけど、心のモヤモヤはなぜか晴れてくれなかった

「・・・親しく、なりたかったか?」

少しためらいながら言われたその言葉が
ストン、と心にはまる

そっか…
仲良くなりたかったんだ

だからもっと話したかったのかと納得する

そして、それがわかっても
もう何もできない事も

「ううん、お礼を言えたから十分だよ」

そう言い切る事で、自分に言い聞かせる

「・・本当に、それでいいのか?」

ー ヤメテ ー

「どうして?
 最初からお礼を言いに行きたかっただけだよ?」

何か言いたげな顔のシリルに笑ってみせる

ー ソンナメデミナイデ ー

「・・そうか…
 あの後、私は残って話を続けたんだが」

あっさり引いたシリルだけど
続く話に少し身構える

「散々カミュのことを言われた」

ん?

「なぜ万全でないのに連れてきた、とか
 しっかり食べさせているのか
 無体な事をしているのではないか、とかな」

予想外の内容に、衝撃が強すぎて受け止められない

「なんで…?」

なぜ、僕の事なんか気にするの?

会いに行ったのも、僕の我儘だ

散々、迷惑をかけてるのは僕の方なのに
シリルを責める理由がわからない

「なぜ、か…
 そう言うカミュこそ
 なぜ、ディーを心配したんだ?」

「えっと、動かないから?」

「それだけか?」

そう聞かれて、なぜ?と自分に問うが
それ以上の理由は思い浮かばない

「そうだけど…」

「ならば、客人がカミュを心配しても
 不思議ではないだろう?」

あぁ、それだけ僕の顔色が悪かったのか
と、納得する

だけど、気にかけてくれたと知って
じわじわと心が温まる

そして、それが感情になる前にブレーキをかけた

期待してはいけない、と

「・・それで、どうする?」

「? 何を?」

「客人はずいぶんカミュを心配しているが?
 熱が下がったのなら、元気な姿を見せれば
 安心するんじゃないか?」

シリルの言葉に、会いに行ってもいいのかと
心が揺れる

その一方で、嫌な予感も膨れ上がった

「最初から僕を連れて行く気だった…?」

「バレたか」

全く悪びれる様子がないことに
怒りを通り越して脱力してしまう

「最初から言ってくれればいいのに…」

あれだけ、自分に言い聞かせていたのは
なんだったのか

完全に空回りだったのかと虚しくなる

「それではダメだと思ったんだ」

何がダメなのか、首を傾げる

「カミュが会いたいと思う気持ちがなければ
 それが客人に伝わるだろうとな」

それは、つまり…
僕が会いたいと思う事は
シリルにとって都合がいい事だった

なのに、僕はそれを一生懸命隠していた…

頭を抱えてしまう

ほんと、バカみたいだ

苛立ちか怒りか、腹の底にドロリとした
何かが沈殿する

だけど、気づいちゃいけない

それはあってはいけない物だから

今はただ、この話を終わらせよう

「僕が行っても、たいして役に立たないよ」

「ただ、客人にカミュの元気な姿を見せたいだけだ
 私は幼な子を虐待する危険人物だと
 思われているからな」

「えっ、何で?」

「サラが洞窟の湖に沈んでいたからだ」



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