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第五章

叔母の恋人 7

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「先生……」

 私の声に、落合先生は入口の扉を閉めて、ゆっくりと私たちの元へと近づいて来る。

「君が、菜摘の姪だってことは、気付いていたよ。入学時に回収した家庭調査票の保護者欄で母親の名前を確認したし、松田さんが撮影した合格発表の時の写真、菜摘にそっくりの君を見て血は争えないなと思ったよ」

 落合先生は、そう言うと先輩の手からパネルを取り、私へと差し出した。

「これ、菜摘が最後に登校した日の放課後に撮影したものなんだ。よかったら、もらってくれないか?」

「でも、これ……」

 このパネルは、先生と叔母の思い出の詰まった大切なものだ。それを私がもらっていいものか……

「本当は卒業式の日にこの写真を届けに行くつもりだったんだけど、これを渡してしまうと、俺が菜摘の死を受け入れたことを認めてしまいそうで、できなかった」

 先生はそこで一度言葉を切り、私を見た。

 でもそこに映るのは、私ではなく、私に似た叔母を見ているようだった。

「かと言って自宅に置いておくと、菜摘のそばから離れたくなくなって、引きこもってしまいそうで、ここに置いておいたんだ。いつか気持ちの整理がついた時に、菜摘の家族へ届けようと思って。そのために、ここにいつでも自由に出入りできるよう、教員になった」

 落合先生が教員になったのは、この写真のためだったのだ。叔母との思い出が残るこの学校で、この写真を守るため――

「そうだ、この場に二人がいるからちょうどいい。曰く付きのレンズの話をしていいか?」

 落合先生からの唐突な話題に、私も先輩もどう返答していいかわからず、とりあえず頷いた。先輩に視線を向けると、先輩も私と同様に頷いていた。

 そんな私たちの反応を見て、先生は苦笑いを浮かべる。

「そんな大層なものじゃない。『曰く付き』って言っても、あれは噂に尾鰭が付いただけで、その噂の原因は俺だ」

「は? それ、どういうこと?」

 落合先生の言葉に、先輩が反応する。私はというと、咄嗟に言葉が思いつかず、二人のやり取りを傍観することにした。

「あのレンズで、この写真を……、菜摘を撮影したんだ。あの写真は、一学期の終業式の日に病院から一時外出の許可を取って、無理して登校してきた菜摘を撮ったものなんだ。顔色の悪さや腕の点滴痕を誤魔化すために、わざと逆光に近い状態で撮影した」

 落合先生は、遠い目をしている。当時の叔母に対して思いを馳せているのがわかる。

「誰が見ても、菜摘の腕の点滴痕が痛々しくてな。この時から学校側も女子の制服について、いち早く多様化に対応して、制服は衣替えの概念がなくなったんだ」

 先生の言葉が、叔母への愛情で溢れているように聞こえたのは、私だけではない。

「カメラはちょうど買い換えの時期だったから、新しいものを買ってもらったんだけど、新しいやつはデジタルでな。レンズは割れたりしない限り、使い回すことができるから代々の後輩へと引き継いでいくんだけど……。俺が、それを見るのがつらくて、レンズを入れた箱を厳重に封印したんだ。そしてそれをそこのロッカーの中に閉まっていたら、いつの間にか七不思議の話が生まれていたってわけ。だから、曰く付きって言っても大したことはないし、心霊写真が撮影できるなんてデマだからな」

「じゃあなんで、そんな噂が立つことになったんだ?」

 先生の発言に、私も先輩と同じ疑問を抱いた。

 普通に考えると、レンズを入れた箱を厳重に封印しただけで、そんな話になることはないだろう。

 先輩の問いに、先生は軽く息を吐くと肩をすくめながら言葉を発した。

「さあな……。多分、菜摘の写真を撮影してすぐに菜摘は病気で亡くなった。当時のカメラは寿命で買い換えて部室にはない。レンズは封印されている。……当時の生徒たちが面白がって、その辺りから勝手な七不思議話を作ったんだろう。当初の話が最後には全然違った言葉で伝わっているってことが、伝言ゲームでもあるだろう? 多分、それだな」

 先生の言葉を聞いた私たちは、一同に肩の力が抜けた。

 二年の先輩たちも、あんなに怖がってレンズを使いたがらなかったのに、七不思議の真相が、こんなオチだったとは……

「じゃあ、なんで今まで七不思議の話を否定しなかったんだ?」

「言ったところできっと何も変わらないだろう? 七不思議の話があれば、あのレンズに触れる人間はいない。まあ、爽真は例外だったけどな。あのレンズ、俺の現役時代からある貴重な年代物なんだから、大事にしろよ」

 完全に毒牙を抜かれた先輩は、目が点になっている。

「その話は置いておいて……。二人はタイムスリップとかタイムリープみたいな時間旅行って信じる?」

 落合先生の唐突な言葉に、私たちは虚を衝かれた。

 先生の言葉の意味を探ろうと、私たちは先生の言葉の続きを待つ。

 それに気付いた先生も、言葉を選ぶように発言を続けた。

「俺もうまく説明ができるかどうか自信がないんだけど……、人間って、だれしも『あの時にこうしていれば、違う未来があったんじゃないか』って思う分岐点があると思うんだ」

 先生の言葉に、私は深く頷いた。

 それは私が過去、交通事故に遭った時、いやというくらい思ったことだ。

 あの時学校から帰って外へ遊びに行かなければ、あの交差点を通らなければ、もっと早い時間に帰宅していれば、私の命の恩人は亡くなることがなかったのではないかという自責の念だ。
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