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第46話 愛しきもの
しおりを挟む急いでウェンディの元へ駆けつけ、傷ついた体を優しく持ち上げる。
軽い。
強力な魔法を繰り出していたとは思えない華奢な体。
「う・・・」
「良かった。目が覚めたか」
「私は負けたのですね」
「こんな最底辺のGランク魔導士に負けるなんて屈辱だろうけどそこは許してくれ」
「ふふ・・・ 最低なものですか。ヴィンセント様はアークランドで最高の魔導士ですよ。少なくとも私にとっては」
傷だらけのウェンディの表情は穏やかなものだ。
本当に強い。
「最小限になるように防御魔法を使ったんだけどな。聖化した魔法の威力は想像以上に高かったようだ」
「あのような状況下で私の体を気遣う余裕があったというのですか」
「ウェンディは俺にとって大事な家臣でサラマンドにとってもなくてはならない存在なんだ。殺せるわけないだろ」
「ふふ。やはりあなた様はお優しい・・・」
異様な気配を察知すると同時に周囲の気温が一気に上昇する。
突然目の前に巨大な炎が迫っていた。
「くっ!!」
大きく飛び退き、抱えたウェンディをゆっくり降ろす。
「レギオンリーダーの仕事をまともにこなさないだけでなく無様に敗北するか。レギオンの名を著しく汚したこの埋め合わせはどうするつもりだウェンディ?」
熱気が残り揺らめく大気の奥から一つの人影がゆっくりと歩いてくる。
忘れようもない声。
「ヴィゴー・・・」
顔、声、佇まい、自信に満ちた態度。
追放されたあの日から何も変わっていない優秀な弟。
「これはこれは。国を追われたエレメントではありませんか。よく今まで生きてこられたものだ」
「その言葉遣いをやめろ。気持ち悪い」
「あっはっはっ! ろくに魔法も使えないヤツが女を侍らせて随分とでかい態度だな」
「お前も相変わらずだな。何も変わっていない」
「変わったさ」
これ見よがしにはためかせるマントの胸部に煌めく炎を象った金色の勲章。
「ユリウス様が僕の能力を買ってくれていてね。『聖火』のリーダーにと推して下さったんだ。今や僕は『聖火』のリーダーだ。いくら無能な兄上でもこの意味は分かるだろ」
『聖火』は四大レギオンの中でも名実共に一番のレギオンだ。
傘下のギルドも強者揃いで、その規模も四つのレギオンで一番大きい。
国の運営に直接関わるレギオンの中のトップということは実質国王とほぼ同等。
なるほど。空からユリウスの気配を感じなかったのは彼がすでにリーダーを降りていたからか。
「僕の実力なら当然と言えば当然なんだがね。ユリウス様に認めて下さった事実は何より誇らしいことだ」
「心酔するのは結構だけど、あまり依存するのは危険だと思うぞ」
「はははっ! 魔導士ですらない最底辺の兄上が何を知った風な! 国を追放された負け惜しみにしか聞こえないんだよ」
確かにユリウスの強大さはよく知っている。
お前は昔から彼の凄さに興奮してばかりで気付いていないようだが、俺は子供ながらに恐怖していたんだ。
彼の冷酷とさえ思えるその力に。
「この感じ悪い人はあなたの弟さん? 全然似てないね。ヴィンセントの方がカッコいい♪」
「お前な。一応知り合いの身内なんだぞ。少しは気を遣えよな。あと、いちいち抱きつくな」
「またまた~。嬉しいくせに」
以前までは結構本気で抱きつかれるのは鬱陶しく思っていたんだけどな。
今は不思議とそんな気持ちにはならない。
「だって偉そうなんだもん。頭固そうだし細かそうだし。神経質な人って生理的に無理~」
「お見事です。概ねフランさんの推測通りです」
随分嫌われてるな。
ま、自業自得ってヤツだ。
「ふん。貴様のような下品極まりない女などこちらとしても願い下げだ。出来損ないのエレメントに惚れる女など所詮は程度が知れている」
「何ですってぇ?! 私はフェルノスカイ家の令嬢だ! バカにするな!」
明らかな挑発なんだが・・・
まぁ、フランはフランということか。
もはやそれも愛嬌があって可愛く思える。
って何を言っているんだ俺は?!
「浅はかな下民はさておき、ウェンディお前はこっちへ来るがいい。お前はこの国において数少ない有能な女。僕の元へ来るなら犯した失態は水に流し、その地位と権力を保証しよう」
「断る」
「僕にはヴェルブレイズ家の繁栄のためにも優秀な遺伝子を残す義務がある。お前も正式に王家にその名を残すことができる。お前にとっても名誉あることのはずだ」
ヴェルブレイズ家の繁栄ね・・・
「断ると言っている。フランさん同様、お前には魅力を感じない。魔導士としても一人の男としてもな。何より、ヴェルブレイズ家に仕えた瞬間からこの身はヴィンセント様に捧げると決めている。悪いが他を当たってもらおう」
「自ら苦悩の道を選択するか。後悔することになるぞ」
「それでもいいさ。私は私の信じた道を歩む。そこに他者が介入する余地などない。お前は昔から大局を見定める能力に欠ける。今のままではむしろ後悔するのはお前の方かも知れないぞ?」
ヴィゴーの大きな笑い声が響き渡る。
「はっはっはっ!! この僕にそこまで言える女はそういない。やはりお前は僕の隣こそが相応しい。良かろう。そこの出来損ないがいかに無能であるかを知らしめてやればお前の気も変わるだろう」
「やめておけ。お前ではヴィンセント様の足元にも及ばない。そこに気付けていない時点で勝負はついている」
「ウェンディにそこまで言わせるとはなぁ! 兄上の女を籠絡する能力だけは買おう! どのようなトリックで手懐けたかは知らないがちょうどいい。貴様を慕う女どもの前で無様な姿を晒し、死ぬよりも辛い屈辱を味わってもらうとしよう」
自分でも信じられない。
出会い頭にすぐさま殺しにかかるとばかり思っていた。
だけど心は落ち着いている。
不思議だな。
相対するまでは憎くて憎くて殺してやりたかったのに、フランや仲間が負の感情を和らげてくれる。
それに、死ぬよりも辛い屈辱というヴィゴーの言葉にも一理ある。
殺してしまえばそれまでだけど、生きていている間ずっと羞恥心を抱いて生きていくのは相当辛いはずだ。
王家であるヴェルブレイズ家の人間なら尚更。
こいつのプライドの高さを考えてもその効果は絶大だろう。
いつまでもこいつに見下されたままってのも兄としての面子が丸潰れ。
うん。やっぱりそうしよう。
これはヴィゴーのプライドで塗り固められた精神を完膚なきまでに破壊するいい機会。
勝ち誇ったまま死なれても不愉快だしな。
「俺も今日は気分がいい。挑発に乗ってやるよ。ここらでどちらが上かハッキリさせようか」
「はーっはっはっはっ!! まさかSランクのこの僕に勝つ気でいるのか?! 魔導書も持たないエレメントの兄上が?! どこまでもおめでたいヤツだ! 勝負はとうの昔についているんだよ!」
「ヴィゴー。一ついいか?」
「何だよ」
「今時そんなオラオラ系ではモテないぞ」
ヴィゴーの怒りを表すかのように周囲から純白に輝くマナが噴出する。
「面白い。その言葉、後悔させてやる」
弟との実践稽古は久しぶりだ。
懐かしいな。
これまでの恨みはどこへやら。
激しく怒りをぶつけるヴィゴーを前に、彼を愛おしく思えていることを不思議に思いながらも、どこかホッとしている自分がいた。
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