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第3話 雨宮

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 週末。
 夏生の就活の息抜きに、俺はドライブに誘った。
 車で四十分走った距離に八重桜が見える公園がある。
 
 到着すると、広い駐車場に停め、ひだまりの砂利道を並んで歩き、木や草や土の自然な匂いを嗅ぐ。

 猫を飼い始めた伊野崎の話や柴から貰った名刺を夏生に見せた。
 
「柴さんは、伊野崎先生と同級生なんだって」
 俺は聞いたままを伝える。

「先生の彼氏じゃなくて?」
「違うらしい。柴さん、誤解したの謝ってたよ。それで、引っ越しするなら相談に乗ってくれるって」

 同棲する俺達のマンションは、まだ決まらない。
 難航しているといっていい。

 賃貸会社に正直に恋人関係だと伝えると難色を示され、いい部屋ほどオーナーの審査が厳しいと、断られてしまった。
 
 ルームシェアだと偽った方がいいのかと悩んでいる。

 夏生の誕生日までに決めたいが、あと三ヶ月しかなかった。

「同棲するの諦めたのかと思ってた」
 
 夏生の言葉に、俺は狼狽する。

「諦めるわけないじゃん。夏生も賛成してくれたよね?」

「でも、男同士だと、いろいろ言われて面倒そうだったから…」
「夏生が反対なら諦めるよ。でも、俺、本当に夏生と一緒に暮らしたいんだ。諦めるなんてしない」

 目を細め嬉しそうに笑った夏生を見て、安堵した。

「それで。柴さんとこの会社、検索してみたんだけど、良さそうな賃貸マンションもあった。夏生も見て」

 スマートフォンを取り出し、ブクマしたページを表示させると、夏生の顔の前に上げた。

 風が吹いて、夏生の髪が揺れる。

「ほんとだ。いろいろあるな」
 顔を上げた夏生が言った。

 今すぐではないが、柴のアドレスに連絡することを決め、二人の同棲生活を妄想する。

 八重桜が密集する広場にたどり着いた。
 家族連れやカップルと様々な人に紛れ、八重桜の下で、花びら越しの空を夏生と見上げた。

 夏生と一緒だと、見過ごしていた景色に感動する。
 
 出店があり、みたらし団子を買い、歩きながら食べた。

「花より団子だな」と言う夏生の頬に甘いタレがついていた。

「ついてる」と教える。
「どこ?」と夏生が言うので、誰もいない隙に夏生の頬を舐めた。

 手のひらで頬を隠し、恥ずかしげな夏生が可愛いくて、もっと舐めたくなる。

 食べ終わり、細い山道の方に足を踏み入れると、人の声も聞こえなくなった。 
 あまり駐車場から離れるのも引き返すのが大変だが、人気のない方に進みたい気分になってしまった。

 誰かが近づけば、落ち葉の踏む音でわかるはずだ。
 夏生の腰を抱く。

「やめろって」
 夏生は、俺の胸を押した。

 夏生はわかってない。
 その反応が俺を煽ってることを。
 軽くキスする。

 背中を撫でると、夏生がこちらを睨むが、逆効果だ。
 もう一度、唇を重ねた。
 舌を入れようとしたら拒絶されたため、変わりに耳を舐めた。

 夏生のロングTシャツの裾から背中に手を入れ、汗で湿った肌を指先で撫でる。

「健、いい加減にしろ」
「夏生が可愛いから」

 まだ太陽が明るいのが恨めしい。 
 夜まで我慢できるだろうか。

 舗装された道に出た。
 地図で駐車場の位置を確認すると、意外に近くにある。
 芝生の中を進むと早いらしい。
 丘になった芝生を下ると、駐車場に戻った。

 午後四時過ぎだった。
「どうする?どこか行きたいとこある?」
 と、俺が訊くと、夏生が呟く。 
「早く二人きりになりたい」

 俺も同意見だった。



 

 俺は出版社に就職し、編集の仕事について三年目になった。

 文芸出版部は、雑誌のような締め切りに追われる部署ではなく、単行本や文庫の企画をする。
 担当している作家は、伊野崎を含めた五人だ。

 パソコンのデジタル時計がもうすぐ二十時になるところだった。

 明日から四日間の連休のため、面倒な仕事は休み明けに回すことにして、俺はパソコンの電源を落とした。

「お先に失礼します」と残っている社員に声をかけ退勤する。

 エレベーターホールでエレベーターを待つ間に「今から会えない?」と夏生にメッセージを送った。

 エレベーターの扉が開くと、すでに乗っていた人の隙間に入る。
 そこに同期の原田がいた。

 原田は、二十五人いる同期の中で、一般的な評価として綺麗な女だった。

 エレベーターが下降し両扉が開く。
 隣を歩く原田が俺に声をかける。

「これから、経理部の同期会があるの。雨宮さんも一緒に行きません?」
「ありがとう。でも今日は先約があるんだ」
「…残念。いつも予定があるのね。また誘います」

 エントランスを抜け「お疲れさま」と挨拶をして離れた。

 女性からの誘いは、すべて断っている。
 二人だけではない飲み会でさえ、女性からの誘いならば断る。

 美香の件があって以来、夏生に向けられるかもしれない女の悪意に慎重になっていた。

 駅に向かう途中で「いいよ。家にいる」と夏生の返信がある。

 タイミングよく、ホームに電車が到着した。
 通勤時間で混雑する電車内に、目立つ男が扉に寄りかかるように立っていた。

 駅に着くたび、車両に乗り込む誰もが一瞥する。

 まず、漫画から飛び出したような中性的な整った容姿に驚き、次にバランスのとれたスタイルの良さにも驚く。

 あの顔立ちで高身長は無敵だろう。
 彼だけ特殊な画像処理でもしているかのようだった。
 アンバランスな危なさと瑞々しい色気もある。

 目が奪われるとは、こんな感じなのだな、と感心した。

 その男は同じ駅で降りた。
 だが、改札を抜ける時は、その無敵男のことはもう忘れ「駅着いた」と夏生にメッセージを送った。
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