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第46話 唖然
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「朝から、何用だ?」
顔を上げたルシャードは、訝しげに訊く。
「兄上はゲリンに番を探せと言ったらしいですね。もうゲリンには僕がいるから、探す必要はなくなりました」
クラウスは何気に胸を張り、その隣で俺は所在なさげに佇むしかなかった。
カスパーが「何の話?」と呟く声がする。
俺は恋人ができたとマイネに伝えてはいたが、その相手がクラウスだとは告げてなかった。
しかし、クラウスの言葉に驚く様子はなく、噂を耳にしていたのかもしれない。
クラウスは続けて言った。
「それから、ゲリンが緑ノ宮に住む許可を下さい」
ルシャードは、ちらりと俺を見てから、クラウスに返した。
「クラウス、それは婚約と捉えてよいのか?」
「婚約?」
俺とクラウスの声が重なる。
ルシャードから飛び出した言葉に、クラウスは目を輝かせ、俺は唖然とする。
「ゲリン、結婚、しちゃうの?」
カスパーが口を挟むと、ルシャードが首を横に振った。
「結婚と婚約は違う。ゲリンはカスパーの護衛だ。理由もなく、金ノ宮から他に移る許可は出せない。どうしても移り住みたいのなら、形だけ婚約して、本当に結婚するのかは二人で決めればいい」
一緒に暮らす話から、婚約する話に変わってしまった。
俺にはマイネのように王弟妃なんて無理だから、結婚はしなくて良いと考えていたのに。
「ゲリン、僕と婚約してくれる?今すぐ結婚したいとは言わないよ。ずっと先でもいいんだ」
予想外の提案に呆然とする俺に、ルシャードが畳み掛ける。
「婚約するなら、今日にでも手続きはできるぞ。どうする?」
どうすると言われても、容易に返事ができるような事案ではないと思うが。
「婚約しようか?」
クラウスが興奮した様子で俺の腰を抱こうとするから、一歩退いた。
クラウスは逃すまいと、俺の手を握る。
「それじゃあ、手続きを進めておくから、ゲリンは荷物をまとめとけよ」
そう言って、ルシャードが席を立ち食堂を出ようとするから、俺は制止する。
「待ってください。俺、まだ返事してません」
ルシャードは淡々とした様子で答えた。
「その様子では、絆されるのも時間の問題だろ」
予想外にもルシャードは、クラウスと俺の交際を反対するどころか、婚約を提案したのだった。
婚約の話を有耶無耶にしたまま、クラウスを緑ノ宮に帰らせた。
すでに答えが決定している感じがしないでもないが、とりあえず一晩は考えさせてほしい。
自室に一旦戻ろうとする俺の後を、マイネとカスパーが追いかけてくる。
カスパーが「ゲリン、僕の、護衛、やめない?」と心配げに訊くから、「辞めないよ」と即答した。
マイネが俺の腕に腕を絡める。
「突然、来るからびっくりしたよ。あれ、この服……」
俺の服がクラウスのだと、察したマイネはそれ以上は言及しない。
昨夜、俺が金ノ宮に帰らなかった、とマイネは気づいたようで、納得したように頷いた。
俺の部屋に入ると、正面の壁に飾られた絵に、マイネが興味深そうに近寄る。
「もしかして、クラウス殿下が描いた絵?」
鍛錬中の一瞬をとらえた、剣を構えた俺の絵。
「うん。そう」
「ゲリンだね。すごい、似てる」
カスパーもマイネに倣い、じっくりと絵を眺める。
「クラウス様は特別な目を持ってるんだ。目にしたものを絵のように記憶する能力も長けてる」
クラウスの瞳は、精密な記憶装置のようだ。
その記憶を紙の上に忠実に描くことができる。
「僕も、ほしい」
カスパーが言うが、こればかりは安請け合いができない。
「クラウス様は、俺の絵を誰にもあげないって言ってたから、違う絵なら頼んだらくれるかもな」
「ゲリンは俺の義弟になるんだな」
マイネが感慨深げに言い、俺はうっすらと笑った。
「気が早いな」
「俺はさ。ゲリンを無理矢理に王宮に連れてきてしまって、危険な目に合わせるたびに、申し訳ないって思ってたんだよ。でも、ゲリンがクラウス様と出会えたのなら、よかったってことでいいよな?」
マイネがそんな風に思っていたとは。
マイネに王宮に誘われた時、一度は断ったが俺の意志で行くと決めたのだ。
あの時は、こんな未来があるなんて想像もできなかった。
マイネと一緒に王宮に行く選択が、その後、クラウスと出会うことに繋がる。
マイネの誘いを断っていたら、クラウスとは会わない一生だったのかと、思うと不思議だ。
クラウスとの昨夜の甘美な記憶が蘇りそうになる。
顔を上げたルシャードは、訝しげに訊く。
「兄上はゲリンに番を探せと言ったらしいですね。もうゲリンには僕がいるから、探す必要はなくなりました」
クラウスは何気に胸を張り、その隣で俺は所在なさげに佇むしかなかった。
カスパーが「何の話?」と呟く声がする。
俺は恋人ができたとマイネに伝えてはいたが、その相手がクラウスだとは告げてなかった。
しかし、クラウスの言葉に驚く様子はなく、噂を耳にしていたのかもしれない。
クラウスは続けて言った。
「それから、ゲリンが緑ノ宮に住む許可を下さい」
ルシャードは、ちらりと俺を見てから、クラウスに返した。
「クラウス、それは婚約と捉えてよいのか?」
「婚約?」
俺とクラウスの声が重なる。
ルシャードから飛び出した言葉に、クラウスは目を輝かせ、俺は唖然とする。
「ゲリン、結婚、しちゃうの?」
カスパーが口を挟むと、ルシャードが首を横に振った。
「結婚と婚約は違う。ゲリンはカスパーの護衛だ。理由もなく、金ノ宮から他に移る許可は出せない。どうしても移り住みたいのなら、形だけ婚約して、本当に結婚するのかは二人で決めればいい」
一緒に暮らす話から、婚約する話に変わってしまった。
俺にはマイネのように王弟妃なんて無理だから、結婚はしなくて良いと考えていたのに。
「ゲリン、僕と婚約してくれる?今すぐ結婚したいとは言わないよ。ずっと先でもいいんだ」
予想外の提案に呆然とする俺に、ルシャードが畳み掛ける。
「婚約するなら、今日にでも手続きはできるぞ。どうする?」
どうすると言われても、容易に返事ができるような事案ではないと思うが。
「婚約しようか?」
クラウスが興奮した様子で俺の腰を抱こうとするから、一歩退いた。
クラウスは逃すまいと、俺の手を握る。
「それじゃあ、手続きを進めておくから、ゲリンは荷物をまとめとけよ」
そう言って、ルシャードが席を立ち食堂を出ようとするから、俺は制止する。
「待ってください。俺、まだ返事してません」
ルシャードは淡々とした様子で答えた。
「その様子では、絆されるのも時間の問題だろ」
予想外にもルシャードは、クラウスと俺の交際を反対するどころか、婚約を提案したのだった。
婚約の話を有耶無耶にしたまま、クラウスを緑ノ宮に帰らせた。
すでに答えが決定している感じがしないでもないが、とりあえず一晩は考えさせてほしい。
自室に一旦戻ろうとする俺の後を、マイネとカスパーが追いかけてくる。
カスパーが「ゲリン、僕の、護衛、やめない?」と心配げに訊くから、「辞めないよ」と即答した。
マイネが俺の腕に腕を絡める。
「突然、来るからびっくりしたよ。あれ、この服……」
俺の服がクラウスのだと、察したマイネはそれ以上は言及しない。
昨夜、俺が金ノ宮に帰らなかった、とマイネは気づいたようで、納得したように頷いた。
俺の部屋に入ると、正面の壁に飾られた絵に、マイネが興味深そうに近寄る。
「もしかして、クラウス殿下が描いた絵?」
鍛錬中の一瞬をとらえた、剣を構えた俺の絵。
「うん。そう」
「ゲリンだね。すごい、似てる」
カスパーもマイネに倣い、じっくりと絵を眺める。
「クラウス様は特別な目を持ってるんだ。目にしたものを絵のように記憶する能力も長けてる」
クラウスの瞳は、精密な記憶装置のようだ。
その記憶を紙の上に忠実に描くことができる。
「僕も、ほしい」
カスパーが言うが、こればかりは安請け合いができない。
「クラウス様は、俺の絵を誰にもあげないって言ってたから、違う絵なら頼んだらくれるかもな」
「ゲリンは俺の義弟になるんだな」
マイネが感慨深げに言い、俺はうっすらと笑った。
「気が早いな」
「俺はさ。ゲリンを無理矢理に王宮に連れてきてしまって、危険な目に合わせるたびに、申し訳ないって思ってたんだよ。でも、ゲリンがクラウス様と出会えたのなら、よかったってことでいいよな?」
マイネがそんな風に思っていたとは。
マイネに王宮に誘われた時、一度は断ったが俺の意志で行くと決めたのだ。
あの時は、こんな未来があるなんて想像もできなかった。
マイネと一緒に王宮に行く選択が、その後、クラウスと出会うことに繋がる。
マイネの誘いを断っていたら、クラウスとは会わない一生だったのかと、思うと不思議だ。
クラウスとの昨夜の甘美な記憶が蘇りそうになる。
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