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第33話 クラウスの茶会

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 一ヶ月後。
 クラウス主催の茶会が、緑ノ宮の庭園で開かれた。
 今日は、天気がよく、少し暑いぐらいだ。

 俺と金ノ宮の侍従長のジョイは、使用人の少ない緑ノ宮の臨時の助っ人として呼ばれ、準備に励んだ。
 テーブルの上に、冷えた果実水を人数分用意して、数種類の焼き菓子も並べた。

 いつもはいない近衛騎士が、庭園の隅で控えている。

 配置された騎士は、オメガのフェロモンに影響を受けないベータばかりだ。
 発情期になったオメガがいた前例もあり、もしものためだろう。

 招待されたのは公爵家のオメガ、五名のみ。
 本来ならば少なくとも十名は呼ぶところを、慣れないクラウスを慮った家令のボイスが人数を絞ったらしい。

 成人したばかりのオメガもいれば、二十歳前後のオメガもいる。
 公爵家の名に相応しく、気品と物柔らかさと明晰さを兼ね備え、見目も美しいオメガばかりだ。

 俺のように三十歳にもなって相手がいないオメガなど、公爵家にはいないのだろうな。

 俺とは育ちが違う。
 そう考えて、どうして自身と比較しているのだろうかと、首を捻る。

 銀髪を結び美貌を晒したクラウスが庭園に登場すると、五人のオメガは色めきたった。
 クラウスが主だった式典に出席しなくなり、顔を隠すようになってから四年が経つ。

 時が経っても衰えない、クラウスの完璧な美しさ。
 頬を染めた五名のオメガは、吸い寄せられるようにクラウスを取り囲んだ。

 思いの外、クラウスは狼狽えることもなく、素っ気ない態度で挨拶をする。

 庭園には、テーブルと六脚の椅子が用意されており、クラウスが椅子に腰を下ろすと、当然すべてのオメガが両隣の椅子を狙った。
 その椅子にいち早く着席したオメガは、満足げだ。
 嬉々としてクラウスに話しかけている。

 俺は、それを遠くから隠れて伺っていた。
 だから、話し声までは耳に入ってこない。
 耳をそばだてるが、無理だ。

 公爵家のオメガ達は幼少期から会っていたからか、クラウスは滑らかに会話が成立しているようだ。
 俺との初対面では警戒して逃げ出したというのに。

 クラウスと親しいのは俺だけだと自惚れていた。
 もっと狼狽えるクラウスを想像していたのに、違ったらしい。

 少しぐらい人見知りでも、美しく貴重な聖獣である王弟は、茶会を主催すれば出席したいと願うオメガが大勢いる。
 心配は俺の杞憂でしかなかった。

 俺はクラウス本人の口から、茶会を開くことを聞いてない。
 だから、敢えて俺も触れなかった。
 手伝いに行くことも、何となく言わずにいた。

 クラウスは、この中の誰かと結婚するかもしれない。
 そう思った途端、心臓を締め付けられるような息苦しさを覚える。
 深く息を吸い、それを吐く。

 それまで無表情だったクラウスが、不意に笑みをこぼした。
 クラウスが笑いかけたのは、確かベルツ公爵家の次男で、ウィリアムという名だったはずだ。

 あの笑顔は、俺だけの特権だったはずだ。
 急にクラウスが遠い存在に感じた。

 胸の奥が痺れたように、ちくりと痛い。

「ゲリン、こっち来てくれるか」
 ジョイに呼ばれて、ようやくクラウスから視線を外す。

 苦しかった呼吸が楽になった。
 気のせいだったのだろうか。
 発情期になるにはまだ早いし、あの熱が上昇するような感覚とは違う。

「なんかあったか?どうした?」
 ジョイに顔を覗き込まれた。

 俺は、手のひらで頬を撫でた。
 そんなに顔に出ていただろうか。

「なんでもない」
 そう答えてみたが、心に引っかかるものが消えてなくならなかった。

 茶会が終わる時間まで、率先して調理場の後片付けをした俺は、その後、一度も庭園を覗かなかった。
 俺以外のオメガといるクラウスを見たくなかったからだ。

 予定通りの時間に終了して、発情するオメガもいなければ諍いもなく、公爵家のオメガは満足そうに緑ノ宮を後にした。
 近衛騎士もいなくなり、いつもの静寂な緑ノ宮の庭園を眺めると、心から安堵した。


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