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第15話 呼んだかもしれない

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 会場入口が騒がしくなり、隣の晩餐会場に移るように案内があった。
 ダイタはまだ問い詰めたそうにしていたが、オティリオは逃げるように俺の背中を押して、「行こう」と促す。

 オティリオが俺だけに聞こえる声で言った。
「何あれ?なんでダイタが怒ってんの?」

「怒ってましたか?」
「多分ね」

 晩餐会の席次は王族とイザベル王子と主だった使節団が上座で、その他は下座だ。
 オティリオもダイタも上座で俺とは離れた席になる。

「終わったら一緒に帰ろう。送っていくよ」

 オティリオは偽恋人らしく、甘く響く言葉を吐いて、席次通りのイザベルの隣に着席した。

 会場は一つの丸テーブルに十人が着席できるように配置されていた。
 下座に決まりはなくどこに座ってもいいらしく、「隣どうぞ」とレイに誘われるまま、左隣に腰を下ろす。

 見た目も美しい料理が並べられ、晩餐会が始まると、会場内は和やかな雰囲気となり気兼ねなく談笑する声が溢れた。
 
 隣の席のレイは、ナイフとフォークを綺麗な指先で扱う。
 前々から、俺はレイのしなやかな指が好きで目で追ってしまうようだ。

「ゲリンさんとダイタ様は、もしかして以前からの知り合いでしたか?」
 レイが訊く。

「はい。ダイタ様が十歳の時から知ってます」

 香ばしい匂いがする鶏肉を柑橘系のソースをつけて食べた。

 レイは、一瞬、手を止める。
「え!そんな頃から」

「でも、知ってるだけです。二十歳の時にアプト領に移住したので、十年ぶりの再会でした。レイ様の出身はどちらですか?」
「私はイリス領生まれですが、十五歳に王立学院に入学してから、ずっと王都住まいです」
「十五歳で入学したなんて優秀ですね。ルシャード殿下が優秀だと言うわけだ」

 王立学院の入学試験は十五歳から受けられるが、一度目で合格できる者は多くない。
 一年に一度の入学試験を二、三度受験して、ようやく入学できる者がほとんどだ。

「買い被りです。ゲリンさんこそ、近衛の鍛錬に参加したの見てましたよ。あんなに強いなんて知りませんでした」

 六日前、初めて近衛騎士に混じって鍛錬に励んだ。
 躊躇していたが、行ってよかった。 
 やはり近衛騎士のような猛者を相手にすると、実践での経験不足を実感する。

 鍛錬場にはマイネとカスパーと共に、オティリオも見学していた。
 途中からはレイも現れ、信じられないことに引きこもりのクラウスまでもいた。

「今みたいに楚々としたゲリンさんもいいですが、訓練中のゲリンさんもずっと見てられます」

 レイの穏やかで低い声で褒められると、なんとなく擽ったい。
 レイに顔を向けると、ずっと俺を見ていたのかのように目が合った。

 視線を逸らさないレイは、声を顰めた。
「……またレイと呼んでくれませんか?呼んでくれましたよね。あの時」
 
 あの時とは、アイリスの家に行った時のことだろう。
 呼んだかもしれない。

 断るのもおかしいかと思い返事をする。
「はい……それなら、俺のこともゲリンと呼んでください」

 すると、レイが顔を寄せて、俺の耳元で囁いた。
「ゲリン」

 危うく肉を切っていたナイフをレイに向けるとこだった。晩餐会であるまじき失態を犯すところだ。

 レイは、くすりと笑った。
「ごめんなさい。呼んだだけです」

「足を踏まれたくなかったら、耳元で喋るのはやめてください」
「その靴で踏まれたら痛そうですね。選んだのはオティリオ殿下ですか?」
「はい」

 俺の胸元のサファイアを一瞥したレイは、レモン水が入ったグラスに手を伸ばす。

「私と友人になってくれませんか?婚約破棄してから、時間を持て余してまして」
「いいですよ」

 わざわざ、友人になってほしいと言葉にする男は珍しい。
 
「じゃあ、これからは敬語もなしで砕けた接し方をしてほしいです」
「わかった」

 レイとの会話は途切れることなく続き、フルーツタルトまで食べて晩餐会が終了した。
 
 約束通りオティリオとともに会場を出たものの、偽恋人らしい振る舞いができていたかどうかは自信がない。

「どうでしたか?役に立てましたか?」
 こっそりオティリオに訊く。

「うん。ゲリンのお陰で、イザベルとの結婚はなくなりそうだよ」
 オティリオは俺の肩に寄りかかるようにして、朗らかに答えた。
 
 
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