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第8話 舌打ちする女

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 小さな子ども達と一緒に、庭で走り回って遊んでいると、気がつけば三時間が過ぎていた。
 孤児院の庭は何もないが充分な広さだけはある。
 幼い頃の俺は、ここがとても広く感じたものだ。
 
 一息ついて、名残惜しいが別れを告げると、子ども達とニコが孤児院の前の道路まで見送りに出てくれた。
 無邪気な子ども達に囲まれた俺は「また来るよ」と笑顔で返す。

 一人の男の子が大きく両手を振った時、その小さな手が、偶然道路に居合わせた若い女の肩にぶつかった。

 その女が舌打ちする。
 その仕草が不似合いな可憐な容姿で。

「汚い手で触らないでよ」

 女の悪意のこもった声と侮蔑の目は、男の子を怯えさせるのに充分だった。
 男の子は「ごめんなさい」と謝るが、女は聞いてないのか、勢いよく手のひらを振り上げる。
 俺は咄嗟に前に出て、「謝っただろ」と言い返した。

「謝ってすむわけないでしょ。洋服が汚れたじゃないの」
「言いがかりはよせ。汚れてないだろ」

 女の服は、どこも汚れてない。

「何言ってるのよ。汚い手で触られたのよ。穢らわしい……こんな孤児院、潰すことだってできるのよ」

 そう言って理不尽に責めたてる女は、こちらを睨みつけながら、もう一度舌打ちして立ち去った。
 なんて女だ。

 俺が憮然としながら、その背中を見送ると、ニコが嘆息する。
「そこの青い屋根の邸に住んでる娘だよ。宰相補佐と婚約してから、傲慢さが酷くなった気がする」

「…嘘だろ」

 宰相補佐と言えば、俺が会ったレイのことではないのか。
 それとも補佐官って何人もいるか。

 釈然としないまま孤児院を後にした俺は、ニコが教えてくれた女の邸を何気なく眺めた。
 王都では一般的な三角屋根がある珍しくもない石造りの住居だった。

「ん?」
 俺の獣の耳が目の前の邸から、女の悲鳴を聞き取る。

 争うような物音までした。
 すると、衣服が乱れた綺麗な女が、男二人に襲われそうになって玄関から転がり出てきた。
 関わりあいになりたくないが、女が腹を殴られたのを見て、無視できなくなる。

 素早く駆け寄って、男の腹に回し蹴りをくらわし、もう片方の男の顎を右の拳で殴りつけた。
 瞬時に勝ち目がないと悟った男達は、呆気なく怯えたように逃げていく。

 その背中を追いかけた方がいいだろうかとも思ったが、うずくまる女が心配だった。

 女の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」

「ありがとうございます」
 礼を言う女は腹を押さえながら、痛みに耐えていた。

 女はオメガで発情期かもしれない。
 
「危ないところだったな。今のは知り合いか?」

 逃げ出した男二人はベータだった。

「いいえ。知らない男でした。勝手に家に入ってきて……多分、妹の仕業なので」

 孤児院で悪態をついていた女が妹だろうか。
 どんな事情があれば、発情期の姉を襲わせようと男を招き入れたりするのだ。

 何事かと顔を出した隣人に事情を話して女を預けた。

 なんとも後味の悪い気分だ。

 あの女、容姿はいいかもしれないが、意地の悪い女だ。
 あんな女と婚約する宰相補佐は見る目がないとしか言えない。

 俺が知っている宰相補佐レイの婚約者だとは信じがたかった。
 腑に落ちない気持ちで、俺は獣型に変化して王宮に戻った。







 その日の夜、お化けに再び会えるだろうかと思い、同じ時刻に梟の木の下に一人で行ってみた。
 長い髪のお化けが誰だったのか、時間が経過するにつれて不審に思うようになったからだ。
 暗くてよく見えなかったが、お化けは制服を着ていなかったはずだ。

 しかし、残念ながら誰の姿もない。
 梟の「ホー」という鳴き声が夜の闇に響くだけだ。

 ランタンを地面に置いた俺は、お化けの登場を胡座をかいて待った。

 少し眠くなる。
 諦めて引き返そうと立ち上がると、背後から視線を感じ振り返った。

 遠くの茂みから頭だけ出して、こちらを伺うお化けがいた。
 あれは、隠れてるつもりなんだろうか。
 また逃げられては困るから、動かずにいたのにお化けの気配はすっと消えてしまった。

 警戒心の強いお化けだ。
 今度、見つけたら逃げる前に捕まえよう、と決心した。
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