【完結】聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる

犬白グミ

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【番外編】カスパーの誕生日

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 勢いよく駆け寄るコーエンは、近衛騎士に制止されて立ち止まる。
 息が荒く必死さが伺えた。

 ルシャードに鋭く睨まれたコーエンは、はっとしたように緊張を滲ませる。

「失礼しました。不躾に申し訳ございません。以前、マイネと懇意にさせていただいておりましたコーエンと申します」

 礼義正しく頭を下げて挨拶をするコーエンに、ルシャードは無表情で答えた。

「幼馴染みらしいな」
「はい。突然の訪問お許しください。六年ぶりに会えたマイネと、少しだけふたりで話をさせて頂けませんか?」

 そう言ったコーエンに、ルシャードは冷え冷えとした瞳をして不愉快そうに口元を歪めた。

「マイネが他のアルファとふたりきりになるのを、俺が許可するとでも思ったか? どうしても話がしたいのならば、俺が同席してやろう」

 カスパーを抱いた俺を背中に隠すかのようにして、ルシャードは一歩前に出た。
 俺の視界から、コーエンが消える。

「あ、はい……マイネは本当に王弟妃なんですね」

 コーエンが呟くと、ルシャードがすかさず返した。
「その言い草は、嘘だと思いたかったようだな」

 言い争いになりそうなルシャードの態度に、俺は慌てる。
「とりあえず、移動しましょう」

 寝ているカスパーを近衛騎士に預けて、椅子が設置されている場所に三人で移動する。
 小さなテーブルと長椅子がふたつあった。
 マイネとルシャードが並んで長椅子に座り、対面にコーエンが腰を下ろした。

 王弟の存在に気圧された様子のコーエンだったが、俺と目が合うと優しげに目を細める。

「マイネは生きてたんだな。もう会えないと思ってたから嬉しいよ。川に流されたと聞いたけど、大丈夫だった?」
「心配かけたみたいで、ごめん。川に流されたってのは嘘なんだ。コーエンは元気だった?」

 あんなに親しかった幼馴染みに、六年分の溝を感じた。
 俺の環境が、この六年で目まぐるしく変化しすぎたからだろうか。

「それなりに元気だったよ。マイネの死が受け入れられなくて、塞ぎこんでたけど」

 ルシャードは口を挟むことはなかったが、白々しく俺に密着した。
 何気なく、俺の肩に腕を回す。

「……家族には、九か月前に生きてたことを知らせたんだけど、兄さんから聞いてない?」
「聞いてはいた。でも、生き返って王弟と婚姻したと聞かされても、半信半疑だった」

 ルシャードが威嚇でもしたのか、コーエンは俺から目を逸らした。

「……そっか」
「マイネが死んだと聞いたとき、どうして王宮なんかに行かせてしまったのかって、後悔したんだ。どうして父親の言葉に従って結婚してしまったのかって。俺はマイネと結婚したかったのに」

 俺は、予想外な言葉に狼狽える。
 幼い頃から優しかったコーエン。
 俺が死んだと聞いて、心を痛めたのだろうか。可哀想だと思ったのだろうか。

 肩に回されたルシャードの手に、力が入ったようだった。

「……コーエンは、俺を可哀想だと思っただけだろ? もしかして、ハンスとうまくいってない?」

 コーエンが結婚したのは、虎獣人のハンスという名の男だ。
 俺は劣等感を刺激する相手で苦手だった。
 同じオメガでありながらベータにしか見えない俺は、ハンスに見下されていたからだ。

「ハンスは関係ない。俺の問題なんだ。マイネが死んでから、会いたいという想いが、つのるばかりだった」
 苦渋の表情で、コーエンは言う。

 何を聞いても俺の心はまったく動かない。

「俺の番は、隣にいるルシャード様しかいない」
「うん。奇跡でも起きて、また会うことが叶ったら、絶対にマイネに好きだと伝えたいと考えていたから、言いたかっただけだ」

 俺が毅然と告げると、コーエンは納得したように頷いた。
 拒否されても胸の内を打ち明けて満足げだ。

 そこまで黙っていたルシャードが、とうとう口を開く。
「マイネは俺の番だ。何があっても俺はマイネを離すことはない。勝手に一生、後悔してろ」

 立ち上がったルシャードは、強引に俺の手を握る。
 取り残されたコーエンを一瞥してから、ルシャードとしっかりと結ばれた自身の手を見つめた。




 ルシャードに手を引かれるまま、次の青蝶の洞窟に入った。
 青蝶の洞窟とは、青蝶という珍しい蝶が棲息する洞窟だ。
 発光器官を持った青蝶は、羽が青白く光り、その美しい姿は、物語に登場する妖精のようだと喩えられている。

 青蝶の青白い光が洞窟の天井を覆いつくし、その光が地下水に反射する中を、ゆっくりと手漕ぎ船が進んだ。
 ここの洞窟は途中から地下水が溜まり、小舟に乗って進むのだ。
 俺の頭の上を青白い光がゆっくりと旋回する。

 洞窟内にあるのは俺たちの小舟だけだ。

 地下水が音を吸収しているのではないかと思うほど静かだった。
 ルシャードがオールを持つ手を止めて、上を見上げた。
 星空とは違う間近に迫る、蝶の青い輝きは、幻想的な世界を創り上げている。 

「綺麗だな」

 ルシャードの周りを数匹の蝶が飛び、肩に止まった。
 同じ羽を持つルシャードは、蝶に好かれるらしい。

「聖獣が飛ぶ姿も綺麗ですが、青蝶は数で圧倒されます。幼い頃、落ち込むたびに、ここに来てました。悩みが吹き飛ぶ感じがするんです」

 ゆらゆらと揺らめく小舟の浮遊感も心地よい。
 薄暗い空間で、黄金のルシャードの髪と瞳が、青みを帯びて煌めいた。

 ルシャードが不意に尋ねる。
「マイネは発情期が来なかったせいで、辛い思いをしていたのか?」

 俺が頷くと、ルシャードはそっと俺の頭を胸の中に引き寄せた。
 肩に止まった蝶が、驚いて飛び立つ。

 ルシャードの胸に耳を当て、鼓動の音を聞きながら背中に腕を回した。

「俺は発情期がなかったから。だから二十歳を過ぎた頃から、欠陥オメガだと噂されるようになりました」

 当時の嫌な記憶を、さらりと口にできたのは、ルシャードと出会えたからだ。
 ルシャードの存在が鮮明すぎて、他の出来事は薄れてしまったのかもしれない。

「酷いな。マイネを悪く言うような奴は、不幸になればいい。俺としては、マイネの発情期が遅れたことに、なによりも感謝しているんだがな」 
「なんでですか?」

 俺は、顔を上げて、ルシャードと視線を合わせる。

「もし、早いうちからマイネに発情期があったら、コーエンと番になっていたかもしれないのだろ。それに王宮で出会うこともなかったはずだ。あぁ、口にするだけで、ぞっとする」

 ルシャードが悲観的な顔をして、俺の感情を揺さぶった。

「発情期が遅れたのは、ルシャード様と会うためだったのですね」 
「あいつよりも俺のほうが何百倍も愛してるし、かっこいい」
「ルシャード様よりかっこいい人なんて、この世にいないと思いますよ」

 俺が声に出して笑うと、ルシャードもつられたように笑う。
 青白い光がひらひらと俺の回りを浮遊した。

「マイネに発情期がないままだったとしても、俺はマイネと結婚した」

 ルシャードは嘘を吐かないと、俺は知っている。
 ルシャードならば、父親に反対されても、すべてを捨てたとしても、俺だけを手に入る選択をしたはずだ。

 惨めだった発情しないオメガのマイネが、救われたようだ。

「マイネに出会う前は、結婚なんてすると思ってなかった。マイネだから、共に生きていこうと思ったんだ」

 ルシャードは俺の顎に手を添えて、そっと俺の唇に唇を重ねた。
 啄むように、何度も角度を変えて、口づけを繰り返す。

 ふたりを祝福するかのように、蝶が集まりだした。
 夢のような壮麗な光景だった。

「マイネがオメガだとかも関係がない。マイネは、俺の運命だ。愛してる。誰にも渡さない」

 ルシャードの背中に回した腕を、俺は強めた。
 俺はルシャードの金色の瞳に見入った。
 心臓が軋むような跳ねるような喜びで、身体が震えると、ルシャードに「寒いか?」と訊かれて、首を左右に振る。

「俺も愛してます」

 ルシャードからもらったばかりのネックレスが、俺の首元で揺れた。
 これから、どんな困難が待ち受けていても、乗り越えていけるに違いない。





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