Nodding anemone

不思議ちゃん

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四十五輪目

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「で、でも、優君の看病しなきゃ」
「小さい子ならまだしも、いい大人なんだから大丈夫だよ」
「それでもだよ!」

 夏月さんからシャワーの時以上に譲らないという意志を感じる。
 けど、それはこっちも同じだ。

 さっきは俺の体調を思って心配してくれたから引いたし、今回も俺のことを心配しての事だってのは分かる。
 でも、大きく違う点が一つある。

 関わってくるのが俺だけか、他にも関わってくるのか。

 明日、明後日と二日間あるライブ。
 これまで一生懸命に準備してきた人、ライブを心待ちにしていた大勢のファン。
 そしてユニットのメンバー。

 俺一人の看病の為にそれを捨てるのはいけない。
 あと、そんなことされたら俺自身がストレスで死にそう。

「夏月さん」

 上体を起こし、夏月さんの手を握れば。
 ヒンヤリと心地よい体温が伝わってきた。
 これまで画面越しに憧れ、夢見ていた存在がこうして手の届くところにいる。

 創作のように出来過ぎていて、これは夢だったのではと思ってしまうけど。
 でもこうして、いま目の前にきちんと存在している。

 体調を崩して心が弱っているためか、元から持っていた独占欲か。
 このままずっとそばに居て欲しい思いが出てくる。

 だけどそんな我儘は言ってはいけないのだ。
 "今はまだ"、自分だけの夏月さんではないのだから。

「夏月さんはまだ、自分だけの夏月さんじゃなくて、みんなの夏月さんなんだよ。明日、明後日のライブを心待ちにしているファンを無下にするの、俺は嫌だな。……中には理解してくれる人も居るだろうけど、俺はそれされたらめっちゃ愚痴言う」
「うう……」
「死ぬってわけじゃ無いんだから、俺のことは気にせずライブに集中して欲しい。なんなら土曜日のライブ終わったら、帰ってこないでどこか泊まってきて」
「それはダメだよ!」
「……俺のお願い聞いてくれないと、もう夏月さんと口利かない」
「え……だ、ダメッ! 言うこと聞くから! 考え直して? ね?」

 最後の手段として効果があるのか分からなかったが、だいぶ効いたようで。
 俺の腰にしがみつき、泣きそうになりながら先の発言を撤回するよう訴えてくる。

 その姿を見て、えも言われぬ何かが身体の内を駆け巡ったような気がした。
 一瞬のことであったためそれが何だったのか分からないが、夏月さんをこのまま放置するわけにもいかず。
 頬に手を伸ばし、親指の腹で目尻に溜まった涙を拭って安心させるように微笑みかける。

「配信もあるしさ、ステージで楽しく踊って輝く夏月さん、見たいな」
「……………………頑張る」
「体調が良くなったら、出来る限りで何かお願い聞くからさ」
「っ! 頑張る!」

 少し凹んだ様子の夏月さんに、言い過ぎたかなと思い。
 何かご褒美でもあればと口にした事だが、予想以上の食いつきとテンションの上がりように驚いてしまう。

 でも、これでライブを楽しんでやってくれるなら良かった。
 夏月さんと口利けないなんて、自爆技でもあるから俺も勘弁して欲しいし。
 もしそんなことになったら、体調崩して寝込んでいる未来が簡単に見える。

「ね、ねぇ優君」
「ん?」
「代わりに看病する人を呼ぶくらいはいいよね?」
「特に必要とは思わないけど……まあ、夏月さんが信頼して家に置いてもいいって人ならいいんじゃない?」
「分かった!」

 セリフの前半部分は綺麗にスルーされた。
 返事がどうだったにしろ、代わりに俺の看病する人を呼ぶ事は決定事項であるようだ。

 誰を呼ぶのか心当たりはないけど、知らない人と二人きりなのは少し厳しいものが……。

 どこか軽い足取りで部屋を出て行く夏月さんを見送り、上体を倒して横になる。
 身体を起こしておくのも最後の方は怠くなってきていたが、どちらかといえば精神的な疲労の方が大きい。

 時間が経ってぬるくなった氷枕を脇にどかし、代わりの人への電話を終えて戻ってきた夏月さんに換えを頼もうと思っていたが。
 それよりも眠りにつく方が早かった。





 翌朝。
 いつもならある程度症状は治まっているのだが、昨日とそれほど変わりはなく。
 家の中を少し動き回れる程度には回復したといった感じだ。

 夏月さんをベッドの上から見送り、代わりに看病する人が来るまでの間にさっさとシャワーを浴びてしまう。

 昨日、夏月さんが作ってくれたお粥の残りを温め、テレビを見ながら食べていると玄関の開く音が聞こえてきた。

 朝、会場へ向かう前に代わりの人へ鍵を渡すと言っていたし、その人だろう。
 泥棒だったとしたら……今の俺にはどうしようもできないので好きにしてくださいといった感じだ。

「え、あれ? 優ちゃんの看病って聞いてたんだけど……」
「代わりに看病する人って、秋凛さんだったんだ」

 ドアを開けてやってきたのは泥棒などではなく、秋凛さんであった。
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