Nodding anemone

不思議ちゃん

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九輪目

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 聞き間違いなどでなければ俺は今日、常磐さんの家にお泊まりという事になるのだが。
 それを口にした本人は特に変わった様子もなく、買ったゲームを並べて楽しそうに話している。
 
「桜くん、ホラーも大丈夫って言ってたから」
 
 どんなゲームなのか見てみれば、有名なゾンビゲームであり。
 もし常磐さんが初見プレイであるのなら、一通りクリアするのに五時間以上かかるものであった。
 
 まだ二人きりという状況をうまく飲み込めておらず。
 追い討ちのようにお泊まりだということが分かり、ちょっとしたパニックに陥っていたが。
 
「頑張って徹夜でクリアしましょうか」
 
 そんな状態であるのにも関わらず、本能に正直な自分に思うところが……。
 少し期待が無いわけでもないが、常磐さんの様子から純粋に楽しんで遊びたいだけだろう。
 
 まだ実感が湧かないけれども、ここで引いたら男ではない!
 …………あ、着替えとかどうしよう。
 
 
 
 まずは夕食との事で出前を取っていてくれたらしく、美味しい天ぷら蕎麦をご馳走になった。
 先週、好きな食べ物の話をちょろっとした時に好きだと言ったのを覚えてくれていたのかと嬉しい気持ちになる。
 
 この一週間にあったことなどを互いに話しつつ食事を済ませ。
 この後徹夜でゆっくりと遊べるよう、先に風呂となった。
 
 下着はどうしようも無かったためコンビニへ買いに行ったのだが、棚に置いてなく。
 男の店員がいないため、少し気恥ずかしいが女性の店員に聞いてみれば何故か身分証の提示を求められ、何か確認して裏へと引っ込んでいき、手にパンツを持って戻ってきた。
 
 たかだかパンツ一つ買うためになんだか面倒だったが、こうして買えたのだから良しとしよう。
 初めから泊まりであると気付ければ良かったが、お誘いされたことに浮かれすぎて忘れていた。
 仮に気付いたとしても、そんなわけ無いと用意しない可能性の方が高いが。
 
 もう一つの問題として着替えなのだが、常磐さんからパジャマを借りることになったはいいけども、サイズが問題であった。
 
 俺の身長が175あるのに対し、常磐さんは155程である。
 加えて女性と男性で体格も違うため、たとえ着ることが出来たとしてもピッチピチだろう。
 
 なんて思っていたが、渡されたのは俺が着ても少し余裕のあるほど大きな男物のパジャマであった。
 
 もしかしてもしかしなくても彼氏、または元彼のであろうか。
 新品ではないのでそんな考えが浮かび、質問したいが明確な答えとして聞きたくない思いもあり。
 
「あ……やっぱり嫌だった、かな?」
「そんな事はない、ですけど……」
 
 長い間パジャマを見ながらうじうじと考えて動かない俺を見て、少し悲しそうな表情をした常磐さんが口を開く。
 反射的に否定はしたが、言葉尻は弱くなってしまう。
 
「……ただ、彼氏さんのを勝手に着ても良いのかなって」
「……私、今までパートナーが出来たこと無いよ」
 
 思わず言葉にしてしまったが、今度は恥ずかしそうにしながら話す常磐さんの姿に俺の頭の中は疑問符でいっぱいである。
 
 …………あっ、父お──
 
「その、ねっ? 空想のパートナーを作って……彼パジャマとかやってみたり、とか……えへへ」
 
 あー、好き。
 捕まらないのであれば、今すぐ抱きしめたいぐらい可愛い。
 
 顔を赤くさせ、指をモジモジと弄りながら上目遣いで話すだなんて狙ってやってますわ。
 でもそれが刺さっちゃうんだから仕方がない。
 だって推しだもの。
 
 何を言ってその場を後にしたか分からないが脱衣所にいるいま、鏡には受け取ったパジャマを抱えながら人様に見せられない程だらしない表情をした人が映っていた。
 他の誰でもない、自分なんだけどね。
 
 ……常磐さんに見られてないよね?
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