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短編
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窓から外を窺えば門を潜り多くの人々が王宮に足を踏み入れるところが見て取れた。彼らの多くは白い外套と神聖な紋章が刻まれた鎧を身に纏った聖騎士だ。教会に所属する聖騎士は王国の上位騎士や近衛騎士に並ぶ実力者である。そんな聖騎士に護衛されているのは聖印を首から下げた法衣の集団だ。聖職者の地位を表す聖印を与えられていると言う事は最低でも助際であり、最も高位の者は大司教の様だ。そんな一団の中心に居るのは美しい少女だ。恰幅の良い中年女性と共に歩く少女は神の寵愛を一身に受けたかの様な美貌を持っていた。どの様な画家でも彼女の美しさをキャンバスに閉じ込める事は不可能だろう。女性の艶やかさと、少女の愛らしさを同居させた奇跡の様な美しさだ。
私は自然と唾を飲み込んだ。異性愛者である私でもその少女の姿には心の内に肉欲が湧き上がるのを自覚した。
「おや、今日でしたか」
少女の美しさに見入っていた私は、不意に聞こえた声に慌てて頭を下げる。
「ヴァイス殿下」
ヴァイス・シュバリア第二王子殿下はソルダート公爵令嬢である私、エルフィア・ソルダートの婚約者の弟。つまり私の婚約者はシュバルツ・シュバリア第一王子殿下だという事だ。
「頭を上げてくれ、エルフィア嬢。あの聖職者達は例の件で登城して来たのだろう?」
「はい。おそらく」
つい一ヶ月程前の事、教会は聖女が現れたとの御告げを受けたと発表した。初めは教会の権威を強化する為のパフォーマンスだと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。神によるお告げは教会のミサの最中、多くの信徒が見守る中で突如告げられたらしい。神像が神々しい光を放ち、威厳に満ちた声がその場に居た全ての者の頭の中に響いたのだ。御告げを受けた中には他国の者や貴族も多く居て聖女の出現は瞬く間に国の内外に知れ渡った。そして教会は神の御告げに従い直ぐに聖女を探し出し保護した。その聖女が国王陛下への謁見の為に王宮入りしたのだ。
私も第一王子の婚約者として謁見に同席する予定だった。
聖女達が王宮に入って行くのを見送った私は、ヴァイス殿下と共に王族専用のサロンに向かった。これから定期的に行われている交流茶会が有るのだ。
部屋に入ると私の婚約者であるシュバルツ殿下とヴァイス殿下の婚約者であるミスティア侯爵令嬢ルナマリア様が既に待っていた。
「お待たせしました」
「遅くなってすまない」
私とヴァイス殿下が謝罪の言葉と共に入室し、茶会が始まった。
幾つかの話題が移り変わった後、私達の話は先程の聖女の話題となった。シュバルツ殿下とルナマリア様もあの聖女の一団を目にしていた様だ。
そしてとうとうシュバルツ殿下がこの言葉を口にする。
「エルフィア……僕との婚約を解消してくれないだろうか?」
ヴァイス殿下とルナマリア様はシュバルツ殿下の突然の言葉に目を見開き動きを止める。だが私はこんな事を言い出すのではないかと予想していたので特に驚きはしなかった。
「詳しい訳をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。僕は第一王子として聖女を妻に迎えたいと思うのだ」
「兄上! 何を言い出すのですか⁉︎」
「ヴァイス、考えてみてくれ。このまま聖女を教会に取られてしまえば教会の権威が大きくなりすぎる。そこで、僕が妻として娶る事で教会を牽制して王家への支持を得られるだろう?」
その為に今まで尽くして来た私を何の躊躇もなく捨てると言うのだろうか? まぁ、言うのだろう。シュバルツ殿下はそれなりに有能な人間なのだが、浮気癖があり美しい女性と知り合う度に何かと理由をつけて側に置こうとする。その度に私が阻止して後始末をしていた。シュバルツ殿下の所為で何度頭を下げて回ったことか。突然この様な事を言い出すと言う事はあの美しい少女を見たのだろう。しかし、聖女と結婚したいと言い出すなんて、シュバルツ殿下はもしかして知らないのだろうか? 王宮にはちゃんと報告が入っているはずなのだけれど。
「兄上、聖女様は……」
「ヴァイス殿下」
私はヴァイス殿下の言葉を遮る。公の場でこんな事をすれば不敬罪物だが、プライベートな場で、私達の関係性があるので咎められる事はないなだろう。
「シュバルツ殿下の言も最もです。確かに近年の教会の権威は大きくなり過ぎておりました。それを牽制するのは悪くないかと」
「そうだろう! 流石、エルフィアだ。君ならわかってくれると思っていた」
「シュバルツ殿下、それはあまりにも……」
「ルナマリア様。良いのです。殿下は国の為に聖女様との婚姻を望んだのでしょう」
「そうだ。やはりエルフィアに頼んで良かった」
「はい、殿下。しかし、聖女様を娶るならば、いくらか条件が御座います」
「なに? 勿論君には慰謝料として相応の物を与えるつもりだが?」
「いえ、私の方は問題ないのですが、シュバルツ殿下のお立場に関して幾つか条件があるのです」
「なんだ?」
「まず第一に一度聖女様との婚姻が決まった場合、それを反故にする事は出来ません。浮気もダメです。もしその様な事をすれば聖女様を裏切ったとして教会だけではなく、民衆や貴族、周辺諸国を全て敵に回す事になってしまいます」
「当然だな。僕は聖女と婚約したのなら他の女性には一切手は出さないと魔法で契約しよう」
「第二に聖女様と婚姻が決まった場合、殿下は王位継承権を放棄する事になります」
「なんだと⁉︎」
「私やルナマリア様は、長い年月を掛けて王家に入る事を前提とした教育を受けて来ました。聖女様は民の支持は大きいでしょうが、カリスマと政治的な能力はイコールでは有りません。王族の妻となる者は外交や内政の能力が必須となるのです。聖女様は神により力を授かるまではごく普通の平民として暮らして居たと聞きます。周辺諸国の言葉や歴史、国内の貴族の関係やそれぞれの領地の知識はお持ちではないでしょう。その様な方が王族の妻になっても不幸になるだけです」
「では僕が妻に迎えるとどうなる?」
「おそらくシュバルツ殿下は陛下より公爵位を賜り臣籍に降りる事になるでしょう。公爵夫人ならば王妃や王子妃程の能力は求められません。聖女と言う立場が有れば十分でしょう」
「そうか…………分かった! 僕は臣籍へと降りる事にしよう」
「兄上……本当によろしいのですか?」
「ああ、僕は地位より愛を取る。ヴァイスとルナマリア嬢には迷惑を掛けるが、聖女を僕の妻に迎える事は国としても大きな利点か有ると理解して欲しい」
「あの……この場で私達が色々と話していても聖女様がシュバルツ殿下との婚姻を望まない可能性も有るのではないでしょううか?」
ルナマリアの指摘ももっともだ。
「国王陛下や聖女様との交渉は私が行いましょう」
「エルフィア様⁉︎」
「私は貴族としてこの国の民にとって最良の選択をするつもりです。お任せ下さい」
「ありがとう! エルフィア! 君はなんて素晴らしいい女性なんだ」
私は笑顔のシュバルツ殿下に微笑みを返し、早速行動を開始するべくサロンを後にする。その私の背に向けられたヴァイス殿下とルナマリア様の複雑な感情か篭った視線は気づかない振りをした。
その日の内に渋る国王陛下にシュバルツ殿下の意思が固い事と、聖女との婚姻が齎す王国の利益を伝えて説得した後、聖女と面会して教会側の妨害を躱しシュバルツ殿下の婚姻の約束を取り付けた。聖女は初め、王子様との婚姻など恐れ多いと固辞していたが、シュバルツ殿下が聖女を妻にと強く望んでいる事と、国としても歓迎する事を伝えた。すると、聖女様の身内側、教会の一部の者達も聖女とシュバルツ殿下の婚姻を後押しし始めた。
教会としても我が国の王家に大きな貸しを作り、更に聖女の品格を保つ為の教育費や生活費などの予算を出さずに済むと言う利点が有ったのだろう。
こうして話は纏まり、シュバルツ殿下は魔法による契約で聖女との離縁したり、冷遇する事は出来ず、生涯を掛けて守り愛する事を誓った。王家に伝わる現代では再現出来ない古代の強力なアーティファクトによる契約なので破棄は不可能、もし反古にすれば地獄の苦しみを味わった後、命を落とすらしい。そこまでの覚悟が有るとは実に立派な事だ。私はシュバルツ殿下を少し見直した。因みに聖女には何の誓約もない。
そうしてトントン拍子に話は進み、王城内にある教会でシュバルツ殿下と聖女様の結婚式が執り行われた。婚約期間は3日、その間、シュバルツ殿下は各所の調整の為に走り回り一度も聖女様と話をする事もなく婚姻となった。私やヴァイス殿下やルナマリアはもう少し落ち着いてからでも良いのではと言ったのだが、シュバルツ殿下が一刻も早く聖女様と婚姻を結びたいと言うのでこの様な段取りとなってしまった。
礼装に身を包んだシュバルツ殿下は少し緊張しながら聖女様の登場を待っていた。我が国の婚姻の儀式では教会内の聖堂に集まった関係者の前で神に永遠の愛を誓う事で婚姻が成立する。その際、新郎は先に聖堂内で待ち、付き添い役の同性に連れられた新婦が聖堂に入る事になる。
聖歌隊の歌声の中、扉がゆっくりと開かれ、先導する私に続き素晴らしいドレスで着飾った美しい少女がこちらも着飾った恰幅の良い中年女性と共に聖堂へと足を踏み入れた。この後は、付き添いの女性と共に新郎のそばまで来た新婦が新郎の差し出す手を取り、参列者からの祝福の言葉を受けながら祭壇で神の代理人である聖職者の前で愛を誓うのだ。
シュバルツ殿下は目の前に来た目が眩む様な美少女にそっと生唾をのみ手を差し出す。そして一拍の間のあと、殿下が差し出した手に頬を赤らめた中年の女性が自分の手を重ねた。
シュバルツ殿下は一瞬訳がわからないと言う様な顔をしたが、その口から余計な言葉が出ないように私はすかさず祝福の言葉を口にする。
「シュバルツ殿下、聖女シープス様、ご結婚おめでとうございます」
その言葉を聞いたシュバルツ殿下は意味を理解して顔を青くする。
「おめでとうお母さん。シュバルツ殿下、どうか母の事をよろしくお願いします」
「あ……え? え、あ……」
シュバルツ殿下は恰幅の良い中年女性を母と呼んだ美しい少女に戸惑った様な視線を向ける。
「ああ、そうでした。殿下。こちらは聖女シープス様の御息女のエルジア様です」
「……む……すめ?」
「はい。シープス様は旦那様を亡くされた後、女手一つでエルジア様を育てられていたそうですわ」
私がそう教えるとシュバルツ殿下は体を震わせる。そしてシープス様に何かを言おうとしたが、その言葉は口から出される事はなく、胸を押さえてかがみ込み、苦しみ始めた。おそらく聖女に対して不適切な言葉を口にしようとして契約魔法が発動し激痛に襲われたのだろう。このまま痛みを無視して聖女を傷つける言葉を放てば苦しみの果てに死を迎えるはずだ。
「どうしたんだい⁉︎ 王子様」
「殿下は念願の聖女様との婚姻の日を迎えて感極まっているのでしょう」
私がそういうと聖女様は大きく口を開けてガハハと笑い、シュバルツ殿下の襟首を掴み片手で持ち上げて立たせると、その背を平手でバシン、バシンと叩く。
「ほらしっかりしな! あんただってキンタマついてんだろ。男ならドンと構えなさいな」
「あ、は⁉︎ キ、キン……い、いや、その……エ、エルジア嬢は……その……」
「ふふ、ご安心下さい殿下。エルジア様は我がソルダート公爵家が後ろ盾としてしっかりとお守りしたしますわ」
「そ、そうか……」
殿下は如何にか婚姻を反故に出来ないか考えた様だが、既に魔法契約を行なっているのでもう後戻りは出来ない。シュバルツ殿下は予定通り聖女と婚姻した。そしてその後の祝賀パーティーで陛下よりシュバルツ殿下の王位継承放棄と臣籍降下、公爵位と王家直轄領から広く豊かな領地を与える事が告げられ、同時に第二王子ヴァイス殿下が王太子となる事が発表された。ついでに私との婚約の解消も問題なく行われ、私も王家の仲介で新たな婚約が整えられている事が伝えられた。
私の新しい婚約者は先日まで他国に留学していた私の幼馴染で、ルナマリア様の兄であるルシード様だ。ミスティア侯爵家の次男である彼は私の家に婿入し。父が持つ第二爵位である伯爵位を継承する事になっている。
そして聖女様の御息女エルジア様は私の兄と婚約する事になるのだが、それはまだ先の話である。
私は自然と唾を飲み込んだ。異性愛者である私でもその少女の姿には心の内に肉欲が湧き上がるのを自覚した。
「おや、今日でしたか」
少女の美しさに見入っていた私は、不意に聞こえた声に慌てて頭を下げる。
「ヴァイス殿下」
ヴァイス・シュバリア第二王子殿下はソルダート公爵令嬢である私、エルフィア・ソルダートの婚約者の弟。つまり私の婚約者はシュバルツ・シュバリア第一王子殿下だという事だ。
「頭を上げてくれ、エルフィア嬢。あの聖職者達は例の件で登城して来たのだろう?」
「はい。おそらく」
つい一ヶ月程前の事、教会は聖女が現れたとの御告げを受けたと発表した。初めは教会の権威を強化する為のパフォーマンスだと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。神によるお告げは教会のミサの最中、多くの信徒が見守る中で突如告げられたらしい。神像が神々しい光を放ち、威厳に満ちた声がその場に居た全ての者の頭の中に響いたのだ。御告げを受けた中には他国の者や貴族も多く居て聖女の出現は瞬く間に国の内外に知れ渡った。そして教会は神の御告げに従い直ぐに聖女を探し出し保護した。その聖女が国王陛下への謁見の為に王宮入りしたのだ。
私も第一王子の婚約者として謁見に同席する予定だった。
聖女達が王宮に入って行くのを見送った私は、ヴァイス殿下と共に王族専用のサロンに向かった。これから定期的に行われている交流茶会が有るのだ。
部屋に入ると私の婚約者であるシュバルツ殿下とヴァイス殿下の婚約者であるミスティア侯爵令嬢ルナマリア様が既に待っていた。
「お待たせしました」
「遅くなってすまない」
私とヴァイス殿下が謝罪の言葉と共に入室し、茶会が始まった。
幾つかの話題が移り変わった後、私達の話は先程の聖女の話題となった。シュバルツ殿下とルナマリア様もあの聖女の一団を目にしていた様だ。
そしてとうとうシュバルツ殿下がこの言葉を口にする。
「エルフィア……僕との婚約を解消してくれないだろうか?」
ヴァイス殿下とルナマリア様はシュバルツ殿下の突然の言葉に目を見開き動きを止める。だが私はこんな事を言い出すのではないかと予想していたので特に驚きはしなかった。
「詳しい訳をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。僕は第一王子として聖女を妻に迎えたいと思うのだ」
「兄上! 何を言い出すのですか⁉︎」
「ヴァイス、考えてみてくれ。このまま聖女を教会に取られてしまえば教会の権威が大きくなりすぎる。そこで、僕が妻として娶る事で教会を牽制して王家への支持を得られるだろう?」
その為に今まで尽くして来た私を何の躊躇もなく捨てると言うのだろうか? まぁ、言うのだろう。シュバルツ殿下はそれなりに有能な人間なのだが、浮気癖があり美しい女性と知り合う度に何かと理由をつけて側に置こうとする。その度に私が阻止して後始末をしていた。シュバルツ殿下の所為で何度頭を下げて回ったことか。突然この様な事を言い出すと言う事はあの美しい少女を見たのだろう。しかし、聖女と結婚したいと言い出すなんて、シュバルツ殿下はもしかして知らないのだろうか? 王宮にはちゃんと報告が入っているはずなのだけれど。
「兄上、聖女様は……」
「ヴァイス殿下」
私はヴァイス殿下の言葉を遮る。公の場でこんな事をすれば不敬罪物だが、プライベートな場で、私達の関係性があるので咎められる事はないなだろう。
「シュバルツ殿下の言も最もです。確かに近年の教会の権威は大きくなり過ぎておりました。それを牽制するのは悪くないかと」
「そうだろう! 流石、エルフィアだ。君ならわかってくれると思っていた」
「シュバルツ殿下、それはあまりにも……」
「ルナマリア様。良いのです。殿下は国の為に聖女様との婚姻を望んだのでしょう」
「そうだ。やはりエルフィアに頼んで良かった」
「はい、殿下。しかし、聖女様を娶るならば、いくらか条件が御座います」
「なに? 勿論君には慰謝料として相応の物を与えるつもりだが?」
「いえ、私の方は問題ないのですが、シュバルツ殿下のお立場に関して幾つか条件があるのです」
「なんだ?」
「まず第一に一度聖女様との婚姻が決まった場合、それを反故にする事は出来ません。浮気もダメです。もしその様な事をすれば聖女様を裏切ったとして教会だけではなく、民衆や貴族、周辺諸国を全て敵に回す事になってしまいます」
「当然だな。僕は聖女と婚約したのなら他の女性には一切手は出さないと魔法で契約しよう」
「第二に聖女様と婚姻が決まった場合、殿下は王位継承権を放棄する事になります」
「なんだと⁉︎」
「私やルナマリア様は、長い年月を掛けて王家に入る事を前提とした教育を受けて来ました。聖女様は民の支持は大きいでしょうが、カリスマと政治的な能力はイコールでは有りません。王族の妻となる者は外交や内政の能力が必須となるのです。聖女様は神により力を授かるまではごく普通の平民として暮らして居たと聞きます。周辺諸国の言葉や歴史、国内の貴族の関係やそれぞれの領地の知識はお持ちではないでしょう。その様な方が王族の妻になっても不幸になるだけです」
「では僕が妻に迎えるとどうなる?」
「おそらくシュバルツ殿下は陛下より公爵位を賜り臣籍に降りる事になるでしょう。公爵夫人ならば王妃や王子妃程の能力は求められません。聖女と言う立場が有れば十分でしょう」
「そうか…………分かった! 僕は臣籍へと降りる事にしよう」
「兄上……本当によろしいのですか?」
「ああ、僕は地位より愛を取る。ヴァイスとルナマリア嬢には迷惑を掛けるが、聖女を僕の妻に迎える事は国としても大きな利点か有ると理解して欲しい」
「あの……この場で私達が色々と話していても聖女様がシュバルツ殿下との婚姻を望まない可能性も有るのではないでしょううか?」
ルナマリアの指摘ももっともだ。
「国王陛下や聖女様との交渉は私が行いましょう」
「エルフィア様⁉︎」
「私は貴族としてこの国の民にとって最良の選択をするつもりです。お任せ下さい」
「ありがとう! エルフィア! 君はなんて素晴らしいい女性なんだ」
私は笑顔のシュバルツ殿下に微笑みを返し、早速行動を開始するべくサロンを後にする。その私の背に向けられたヴァイス殿下とルナマリア様の複雑な感情か篭った視線は気づかない振りをした。
その日の内に渋る国王陛下にシュバルツ殿下の意思が固い事と、聖女との婚姻が齎す王国の利益を伝えて説得した後、聖女と面会して教会側の妨害を躱しシュバルツ殿下の婚姻の約束を取り付けた。聖女は初め、王子様との婚姻など恐れ多いと固辞していたが、シュバルツ殿下が聖女を妻にと強く望んでいる事と、国としても歓迎する事を伝えた。すると、聖女様の身内側、教会の一部の者達も聖女とシュバルツ殿下の婚姻を後押しし始めた。
教会としても我が国の王家に大きな貸しを作り、更に聖女の品格を保つ為の教育費や生活費などの予算を出さずに済むと言う利点が有ったのだろう。
こうして話は纏まり、シュバルツ殿下は魔法による契約で聖女との離縁したり、冷遇する事は出来ず、生涯を掛けて守り愛する事を誓った。王家に伝わる現代では再現出来ない古代の強力なアーティファクトによる契約なので破棄は不可能、もし反古にすれば地獄の苦しみを味わった後、命を落とすらしい。そこまでの覚悟が有るとは実に立派な事だ。私はシュバルツ殿下を少し見直した。因みに聖女には何の誓約もない。
そうしてトントン拍子に話は進み、王城内にある教会でシュバルツ殿下と聖女様の結婚式が執り行われた。婚約期間は3日、その間、シュバルツ殿下は各所の調整の為に走り回り一度も聖女様と話をする事もなく婚姻となった。私やヴァイス殿下やルナマリアはもう少し落ち着いてからでも良いのではと言ったのだが、シュバルツ殿下が一刻も早く聖女様と婚姻を結びたいと言うのでこの様な段取りとなってしまった。
礼装に身を包んだシュバルツ殿下は少し緊張しながら聖女様の登場を待っていた。我が国の婚姻の儀式では教会内の聖堂に集まった関係者の前で神に永遠の愛を誓う事で婚姻が成立する。その際、新郎は先に聖堂内で待ち、付き添い役の同性に連れられた新婦が聖堂に入る事になる。
聖歌隊の歌声の中、扉がゆっくりと開かれ、先導する私に続き素晴らしいドレスで着飾った美しい少女がこちらも着飾った恰幅の良い中年女性と共に聖堂へと足を踏み入れた。この後は、付き添いの女性と共に新郎のそばまで来た新婦が新郎の差し出す手を取り、参列者からの祝福の言葉を受けながら祭壇で神の代理人である聖職者の前で愛を誓うのだ。
シュバルツ殿下は目の前に来た目が眩む様な美少女にそっと生唾をのみ手を差し出す。そして一拍の間のあと、殿下が差し出した手に頬を赤らめた中年の女性が自分の手を重ねた。
シュバルツ殿下は一瞬訳がわからないと言う様な顔をしたが、その口から余計な言葉が出ないように私はすかさず祝福の言葉を口にする。
「シュバルツ殿下、聖女シープス様、ご結婚おめでとうございます」
その言葉を聞いたシュバルツ殿下は意味を理解して顔を青くする。
「おめでとうお母さん。シュバルツ殿下、どうか母の事をよろしくお願いします」
「あ……え? え、あ……」
シュバルツ殿下は恰幅の良い中年女性を母と呼んだ美しい少女に戸惑った様な視線を向ける。
「ああ、そうでした。殿下。こちらは聖女シープス様の御息女のエルジア様です」
「……む……すめ?」
「はい。シープス様は旦那様を亡くされた後、女手一つでエルジア様を育てられていたそうですわ」
私がそう教えるとシュバルツ殿下は体を震わせる。そしてシープス様に何かを言おうとしたが、その言葉は口から出される事はなく、胸を押さえてかがみ込み、苦しみ始めた。おそらく聖女に対して不適切な言葉を口にしようとして契約魔法が発動し激痛に襲われたのだろう。このまま痛みを無視して聖女を傷つける言葉を放てば苦しみの果てに死を迎えるはずだ。
「どうしたんだい⁉︎ 王子様」
「殿下は念願の聖女様との婚姻の日を迎えて感極まっているのでしょう」
私がそういうと聖女様は大きく口を開けてガハハと笑い、シュバルツ殿下の襟首を掴み片手で持ち上げて立たせると、その背を平手でバシン、バシンと叩く。
「ほらしっかりしな! あんただってキンタマついてんだろ。男ならドンと構えなさいな」
「あ、は⁉︎ キ、キン……い、いや、その……エ、エルジア嬢は……その……」
「ふふ、ご安心下さい殿下。エルジア様は我がソルダート公爵家が後ろ盾としてしっかりとお守りしたしますわ」
「そ、そうか……」
殿下は如何にか婚姻を反故に出来ないか考えた様だが、既に魔法契約を行なっているのでもう後戻りは出来ない。シュバルツ殿下は予定通り聖女と婚姻した。そしてその後の祝賀パーティーで陛下よりシュバルツ殿下の王位継承放棄と臣籍降下、公爵位と王家直轄領から広く豊かな領地を与える事が告げられ、同時に第二王子ヴァイス殿下が王太子となる事が発表された。ついでに私との婚約の解消も問題なく行われ、私も王家の仲介で新たな婚約が整えられている事が伝えられた。
私の新しい婚約者は先日まで他国に留学していた私の幼馴染で、ルナマリア様の兄であるルシード様だ。ミスティア侯爵家の次男である彼は私の家に婿入し。父が持つ第二爵位である伯爵位を継承する事になっている。
そして聖女様の御息女エルジア様は私の兄と婚約する事になるのだが、それはまだ先の話である。
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