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Extra story (後日談、ネタバレ注意)

薬師の夢、騎士の想い 完

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  帝都の宮廷、謁見の間に集まった貴族や官僚達の間をククイとリリが歩く。
  
「ほぅ、彼が竜殺しの騎士か……」

「あの女性は確か、漆黒殿のお弟子さんではなかったか?」

「しかり、確か宮廷薬師相談役だったはず……」

  ヒソヒソと言葉を交わす帝国貴族達を尻目にククイは緊張しながら、リリは悠々と進み出る。

「面を上げよ」

  王座に座す皇帝ハイランドは、平伏したククイとリリに顔を上げさせる。

「此度の件でのその方らの活躍、真に大義である。
  さて、余は皇太子の命を救われた恩に報いねばならん。
  先ずは宮廷薬師相談役、リリよ。
  望があれば申すがよい」

  リリは、一歩前に出る。

「私はこの帝都に学校を作りたく思います」

「ふむ、学校か。
  それはアカデミーとは違うのか?」

「はい。
  同じ知識を教える場では有りますが、私が作りたいのは医療学校です。
  現在、医療や治癒魔法による治療をうけるには、かなり大きな負担を強いられてしまいます。
  その大きな原因の1つが治療師の不足です。
  そこで、医療学校を作り医術、薬学、治癒魔法を教え、更なる医療の発展と治療師の育成を行いたいのです。
  治療師が増えればそれだけ多くの人々が医療の恩恵を受ける事ができる。
  私は全ての民が等しく高度な治療を受けることが出来る国を作りたいのです。
  これは、帝国にも大きな恩恵をもたらす事でしょう。
  どうか、医療学校の実現に帝国からの支援をお願いいたします」

  ハイランドはしっかりとタメを作り頷いた。

「あいわかった。
  其方の言う通り、医療の発展はこれからの時代に必要な物である。
  予算を組み、国家事業として医療学校の実現に取り組むと約束しよう。
  しかし……これ程の大事業。
  帝国が支援すると言っても実現には、かなりの難題もあるであろうな……」

  ハイランドは意味ありげな視線を貴族達に向ける。
  リリはその視線の意味に気が付いていたが、あえて指摘はしない。
  
  視線を向けられた貴族達はと言うと……
  大忙しで頭の中の算盤を弾いていた。
  医療学校に出資した場合のリスクとリターンを秤にかけていた。
  そして……

「恐れながらに陛下、帝国の未来の為、我がブランゾール侯爵家はリリ殿の医療学校へ出資したく存じます」

「わ、我がナイアット伯爵領は薬草の一大産地、私も是非協力させて頂きたく思います!」

  その後、堰を切ったように次から次へと貴族達は支援を申し出て来た。
  こうしてリリは自らの夢への一歩を踏み出したのだった。



「次に騎士ククイ、望みが有れば申すがよい」

「はっ!
  私は帝国に剣を捧げた騎士であります!
  ヴァイン殿下の御身を御守りするのは騎士として当然の責務であります」

  ハイランドは、緊張と恐縮でガチガチのククイの言葉に数秒、考え込む。

「ふむ、貴公の様な忠厚き騎士を持った事は、この上なき喜びである」

「身に余る光栄に御座います」

「ならばこそ、功を挙げた者にこそ報いねば成らぬ。
  それが君主と言うものだ。
  そこで、恩賞として騎士ククイに、男爵位を与えよう」

「ええ⁉︎」

  ククイの驚き顔にハイランドは僅かに口角を上げる。

「さて、本来ならば爵位と共に宮廷鍛冶師に作らせた剣を与えるのが習わしだが……其方にはこちらの方が相応しかろう」

  ハイランドが背後に控えていたヴァインに視線を送るとヴァインは一本の剣を取り出しハイランドに恭しく手渡した。

「これは其方が討伐した上位竜種アークドラゴンの角を芯材に打った剣だ。
  銘を《堅角の剣プロテスホーン
  防御と斬撃強化の効果を持つマジックアイテムだ。
  これを叙勲の証として授ける」

  ククイはハイランドから直々に剣を与えられた。

「これからも帝国の為、尽くしてくれる事を期待するぞ、ククイ男爵」

「はは!」

  ククイは堅角の剣を大事に手にしながら臣下の礼を取った。

「ヴァインよ、其方からは何かあるか?」

  ハイランドはヴァインへと水を向ける。
  ヴァインはハイランドの隣に並ぶ。

「ククイ男爵、リリ。
  2人には心から感謝している。
  当然私もリリの医療学校の為に尽力するつもりだ。
  それからククイ男爵、ちょっとこっちに」

  ヴァインはククイを呼ぶとリリから少し離れて話し始める。

「………………だから……これから……貴族の……」

「し、しかし…………殿は…………」

「………ご令嬢が……リリは平民だから…………だから今……私が……になって………」

「…………」

  少し話し合ってから2人は元の位置に戻った。
  するとククイは、ハイランドとヴァインに一礼し、意を決した様にリリと向かい合う。
  
「ククイさん?」

  リリの言葉を聞き流し、ククイは片膝を着きリリの手を取る。

「リリさん、どうか私の伴侶になって欲しい」

「へ?」

「結婚して下さい」

「へ……え……あ、その、は、はい。
  よ、よろしくお願いします」

  リリは顔を赤くしながらもククイにしっかりと応えた。

「うむ、ククイ男爵とリリの婚約はグリント帝国皇太子、ヴァイン・フォン・グリントがしかと見届けた!」

  空かさずヴァインが2人の婚約をしっかりと宣言したのだった。

「ククイ、リリ。
  ささやかではあるが、私からの祝いとしてお前達に『アレクス』の氏を送らせて欲しい」

「有難き幸せに御座います、殿下」

「あ、ありがとうございます、ヴァイン殿下」

  こうしてククイとリリは、皇帝陛下の目の前で婚約したのだった。






  この出来事は、後に多くの詩人や劇作家の手によった数々の物語の題材として語り継がれる事になる。
  沢山ある物語の中でも特に人気があるものは2つ。

  1つは、孤児として生まれながらも、薬術を極め、国立帝国医療学校を設立し、帝国が医療大国と呼ばれるようになる礎を築き上げ、『百薬のリリ』の名を帝国史に残した偉人、リリ・フォン・アレクスのラブロマンス。

  もう1つは一兵卒から武功を重ね、一代で伯爵にまで叙された英雄。
  『竜剣伯』ククイ・フォン・アレクスの英雄譚の始まりの物語プロローグ

  晩年の2人は自らの物語の歌劇や詩を目にする度に顔を真っ赤にして目を覆ったと言う話も有るが、真実は定かではない。
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