神々の間では異世界転移がブームらしいです。《サイドストーリー》

はぐれメタボ

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Extra story (後日談、ネタバレ注意)

薬師の夢、騎士の想い ④

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  近衛騎士は僕に知る限りの情報を伝えて眠りに落ちた。
  確かリリさんから受け取ったポーションは回復を早める為に睡眠薬を配合している奴だ。
  僕は周囲を見回し、洞窟に近付いてくる者がいないか警戒する。
  近衛騎士の話では、襲撃者は召喚術師だったらしい。
  召喚術師は既に討ち取られたそうだが、事前にリザードマン以外の魔物を召喚していないとも限らない。
  後にして思えば、コレが前振りフラグだったのかもしれない。



「…………これは……不味いな」

  洞窟の前に立ち尽くす僕の前には、こちらを睨み唸っている上位竜種アークドラゴンがいる。
  予想だが、襲撃者の召喚術師が死に際に命と引き換えに召喚したのだと思う。
  とても勝てる相手では無いが、僕の背後にはヴァイン殿下が、そして何よりリリさんが居る。
  僕は覚悟を決めると剣を抜いた。

「ふふ……」

  何故だか自然と笑みが零れた。
  あの戦争の時には恐怖しか無かったのだが、今は恐怖の中に不思議な高揚感がある。
  僕は剣を握りしめてアークドラゴンへと躍り掛かった。


  それからどれくらいの時間が経っただろうか?
  もう何日も戦い続けている様な気もするし、まだ数分しか経っていない様な気もする。
  洞窟を崩壊させる訳には行かないので気を引きながら戦う。

「はっ!」

  剣を振るがドラゴンの強靭な鱗にはかすり傷程度のダメージしか与えられない。
  それでも繰り返し攻撃を加える事で少しずつアークドラゴンの身体の構造を理解して来た。
  
「グギャァア!」

  アークドラゴンが額の鋭い角を突き出して騎馬突撃の様に突っ込んでくる。
  それを剣の腹で滑らせてギリギリで受け流す。
  もし、直撃を受ければ皮鎧すら付けていない今、致命傷となるのは明らかだった。

「ふっ!」

  僕は剣を目の高さに上げると刃先をアークドラゴンに向け、脇を締めて腰を落とした。
  身体中のバネを使い跳ぶ。
  僕の身体は放たれた矢の如くアークドラゴンに向かう。
  寸分違わず狙い通りに剣を突き出す。
  刃先で鱗を剥ぎ飛ばす。

「ギェェエ!」

  鱗が無くなった場所を素早く切り裂く。
  とても大ダメージとは言えないが少しずつ体力を削って行く。

「グォ!」

  そんなギリギリの戦いのなか、突然アークドラゴンが身体を半回転させる。
  すると、太く硬い鞭の様な尾が迫る。
  攻撃範囲が広すぎて躱せない。
  覚悟を決めた僕は少しでも衝撃を殺そうと後ろに跳んだ。

「ぐぅ!」

  弾き飛ばされた僕は岸壁に叩き付けられた。

「うぐぅ……」

  ボロ布の様にぐずれ落ちた僕に、アークドラゴンが悠々と迫る。

「がはぁ、ぼ、僕は……負ける、訳には……ど、洞窟には……リリさんが、居るんだ!
  僕は、彼女を……守れる、男に!」

  既に意識も曖昧な僕は、ただ本能だけで立ち上がった。
  あの戦争で無様にやられてから今日まで、欠かさず続けた鍛錬がこの状態の僕の身体に構えを取らせる。
  この時、僕の頭に有ったのは、あの戦争で遠目に目撃した黒い少女の姿だった。
  あの時、自分の様な凡人がいくら努力した所で辿り着けない様な武の頂を垣間見た。
  既に体の感覚は遠く、視界は悪い。
  足元には夥しい量の血が流れ、大地を赤黒く染めていた。
  もう、これが最後の剣だ。
  強さへの憧れを、彼女への想いを、男としての矜持を。
  ……全てを刃に込める。

「はぁぁあ!!!」

  このボロボロの身体からは信じられない程の雄叫びが上がった。
  アークドラゴンの突進を正面から迎え撃つ。
  手にした剣は光を放ち、輝く刃は上位竜種の強靭な鱗を切り裂いて行く。

「グルァァア!!!」

「あぁぁああ!!!」

  剣を振り切った。
  刃は根元から折れてしまい、最早柄しか残っていない。
  既に手には力が入らず、血で滑って取り落した柄が地面に落ちたのと同時に、アークドラゴンの首は、地に落ちたのだった。
  それを理解するかどうかと言う間に、僕は崩れ落ちる。
  しかし、地面に倒れる前に誰かに受け止められた。

「…………り……り」

  ボヤけて行く視界いっぱいに愛しい女性の顔がうつる。

「ククイさん、ポーションです!
  飲んで下さい!早く!」

  リリさんが小瓶を口元に当てがうが、身体に一切の力が入らない。
  最早口を開く事すら出来ない。
  視界が黒く染まった。
  自分はもう終わるのだろう。
  だが、後悔は無い。
  1人で上位竜種を倒したのだ。
  皇太子を守り、愛しい女性を守った。
  平凡な自分には出来過ぎた人生だった。
  ククイの意識が消滅する寸前、口に柔らかい感触を覚えた。
  身体の中に熱い物が流れ込んでくる。
  次第に苦痛が和らぎ、意識が戻って来る。
  ぼんやりする頭で手にしている薬瓶を煽りポーションを口に含むリリを見つめる。
  リリはククイの頬に手を添えると自らの唇でククイの唇を押し開けてポーションを流し込む。
  そうして、ククイはようやくハッキリと意識を取り戻した。

「目を覚ましましたか?」

「ああ、君に命を救われたのは2度目だね」

「今度は私もククイさんに守って貰いましたよ」

  樵小屋の方から多くの蹄の音とアルルの声が聞こえて来た事に気付きながら、ククイはあの戦場で見たのと同じリリの笑顔を見つめていた。
  

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