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番外編

とある男の話

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  行商人として大陸中を旅していた両親の元に生まれたフィルは、故郷と言うべき場所を知らない。
  しかし、それを悲しく思った事は無い。
  フィルと優しい両親、あまり身体能力に恵まれていないホビット族であるが故、護衛として雇っている虎人族の冒険者ヤックの4人で様々な国々を巡った。
  盗賊や魔物に襲われる事もあったがヤックの剣術と両親の魔法で切り抜けてきた。
  フィルはヤックから冒険者としての知識を教わるのが好きだった。
  ヤックも生まれてから10年、共に旅をしているフィルを、実の弟の様に可愛がった。
  フィルはこの生活がずっと続く物だと信じていた。
  フィルの人生が変わったのは隣の国に移動しようと街道を進んでいた日の事だった。
  いつもの様に御者台で父が手綱を握り、父の隣では、ヤックが周囲を警戒していた。
  フィルは馬車の中で母に算術を習っていた時だ。
  ヤックは突如立ち上がると、父を馬車の中に突き飛ばし『盗賊だ!』と叫んだ。
  ヤックは盗賊が放つ矢の雨の中必死に馬車を走らせるが、盗賊は馬を持っている様で、直ぐに追いつかれてしまう。
  両親は杖を手にするとフィルを木箱の中に押し込んだ。

「いいかフィル。この中に隠れているんだ」

「外に出てはダメよ」
  
そう言うと両親はヤックと共に盗賊に立ち向かった。
  流れ魔法が当たったのだろう。
  馬車の幌が切り裂かれ木箱の僅かな隙間から外が伺える。
  外では沢山の盗賊を相手に、両親とヤックが戦っていた。
  そんな乱戦の中1人の盗賊がフィルの隠れている木箱に手をかけた。

「ダメ!」
  
母の叫びと共に魔力を纏った突風が木箱に手をかけた盗賊を吹き飛ばした。
  しかし、目の前の盗賊を無視して木箱の近くの盗賊に魔法を放った母は盗賊の刃を受けてしまった。
  3人でようやく耐えていた戦力が母を欠いた事で盗賊に傾き始めた。
  そして父も、ヤックもフィルの目の前で命を落としていった。
  その光景を目の当たりにしたフィルは両親の言いつけなどすっかりと抜け落ち、木箱の中から外に出た。
  木箱の中から現れたフィルを見て盗賊は言った。

「ああ、あの女はガキを守ろうとしたのか」

「ちっ、もったいねー、ホビットの女は高く売れるのによー」

「まぁ、男でもホビットならそこそこの値段で売れるか、お前今晩試してみるか?」

「よせよ、俺に男色の気はねぇ」

「「「ははは」」」
  
盗賊は笑いながらこちらに近づいてくる。
  両親やヤックの亡骸を蹴り飛ばしながら。
  フィルはその光景を何処か夢の中にいるかの様に見ていた。
  そしてフィルの視界には母が命と引き替えに倒した盗賊の死体と盗賊が持っていた剣が転がっている。
  フィルは緩慢な動作で剣を拾い上げた。

「おいおい、このガキ剣なんか持ってるぞ」

「そりゃ良い、ホビットが剣か」

「ははは、おもしれーじゃねぇか」

  フィルの前には生き残った盗賊が全員集まってきた。
  全部で11人、9人が人族で2が獣人族だ。
  そこからの事は、あまり覚えていない。
  気がつくとフィルは血が滴る剣を手に、夥しい量の血の海の中に立っていた。




  両親とヤックが死んでから5年、フィルは冒険者となっていた。
  フィルには剣の才能が有ったのだ。
  身体能力が低いとされるホビット族でありながら、フィルの名は剣士として少しは知られた存在となって来た。
  フィルの強さは剣の才能だけでは無かった。
  フィルには刹那の魔眼と呼ばれるスキルが有った。
  この魔眼によって敵の爪も、牙も、刃も全て見切る事が出来た。
  多くの者が命を落とし、多くの者がその日暮らしを余儀なくされる冒険者と言う職業は、フィルに富と名声を与えたのだった。
  フィルは己の剣に自信があった。
  数多の剣士が夢に見て、たどり着く事の無かった高みに到達したと確信していた。
  そんなある日、フィルはギルドからの依頼でグリント帝国の外れに現れたオーガキングを討伐していた。
  オーガキングの鋭い攻撃も刹那の魔眼の前にはフィルの身体に傷1つ付ける事は出来ず、金に物を言わせ、名のある名工に造らせたフィルの名剣は、鋼の様なオーガキングの身体を易々と切り裂いて行く。
  そして、オーガキングを討伐したフィルは討伐証明を取り、高く売れるツノや牙、魔石などをマジックバッグに回収する。
  しかし、愛用の名剣は鞘に収める事なく手の中に握られている。

「おい、良い加減出て来たらどうだ!」

  フィルの言葉に、近くの木に隠れていた人物が姿を現した。

「ほほ、気づかれておったか、儂も老いた物よ」

  姿を現した老人にフィルは驚きを隠せなかった。
  枯れ木の様な身体でありながらピンと伸びた背筋に僅かに尖った耳を持ち、鞘に収められたごく普通の剣を杖代わりに突いている。
  フィルはその老人を知っていた。  
  300年前、勇者と共に戦った英雄であり、この帝国の初代皇帝シグナム・フォン・グリントである。

「ど、どう言った御用でしょうか?」

「畏る必要はない、儂はもう皇帝では無いからな。
  なに、最近評判の剣士とやらを見てみようと思っただけじゃよ」

「そ、そうでしたか。
  如何でしたか、私の剣は?」

「ああ、期待はずれじゃな。
  稚拙で幼稚な剣じゃ。
  どうやら噂は随分と大袈裟であった様じゃ。
  邪魔をしたな」

「まて‼︎」

  フィルは踵を返して立ち去ろうとする老人を呼び止める。
  両親とヤックを失ってから今まで、自分を生かし続けてくれた剣をバカにされ、そのまま帰していい訳がない。

「なんじゃ?」

「取り消せ‼︎」

怒りを露わにするフィルにシグナムは更に挑発の言葉を投げ掛けて来た。

「文句があるなら剣で語ったらどうじゃ?
  それともその手の物はおままごとの道具か何かか?」

「貴様ぁぁあ‼︎」

  フィルは全力で踏み込んだ。
  相手が皇族だろうと関係ない。
  その枯れ木の様な首を斬り落とすつもりだった。
  しかし、老人の首は斬り落とされる事はなく、地面に倒れこんだのはフィルの方だった。
  自慢の名剣は量産品の駄剣でいとも容易く切り飛ばされた。
  地面に倒れみ、必死で息を整えるフィルに対して目の前の老人は息を乱すどころか、汗1つ浮かべていない。
  フィルは、この時になってようやく自分がどれだけ思い上がっていたのかを理解した。
  天賦の才に胡座をかき、金で手に入れた剣を振り回して喜んでいた。
  稚拙と言われるのも当然だ。

「もう良いかの?
  ひ孫と菓子を食べる約束が有るんじゃ」

「ま、待ってください」

  フィルはその時、なぜこんな事を口にしたのかよく分からない。
  しかし、その一言はフィルの人生を大きく変える事になる。

「どうか……どうか私を弟子にして下さい!」
  
「ふむ…………良いぞ」

  シグナムは少しは考えただけで軽く返事を返して来た。
  その日からフィルは剣帝の弟子となった。




  剣帝シグナムに師事してから数年の月日が流れた。
  いつもの様に鍛錬の最後にシグナムと手合わせをする。
  そして…………

「はぁ、はぁ」

「ふむ、見事じゃ」

  フィルはようやくシグナムの剣を弾き飛ばせるようになった。
  
「フィルよ、もう儂を師と呼ぶ必要はない」

「え⁉︎
  し、師匠、どう言う事ですか?」
  
「お主も薄々気づいておろう。
  今のお主は既に儂よりも強い」

「そんな……」

「良い、儂の様な老兵を踏みこえる事こそ、若者の勤めじゃ」

「師匠……」

「お主の才は本物じゃ。
  強くなれ、フィル。
お主ならばいずれ、誰も到達したことの無い剣士の高みにたどり着くやも知れん」

  こうして本物の『剣士』となったフィルの新たな旅が始まった。




  旅を続けて数年、フィルは己の限界に嘆いていた。
  かつては、愚かにも上り詰めたと思っていた剣の道だが、今は遥か先が見えている。
  しかし、いくら足掻いてもたどり着く事が出来ない。
  いくら手を伸ばしても届かない苦しみの中でフィルは気付いてしまった、限界の先に辿り着く方法に。
  人里離れた山の奥、強力な魔物が闊歩する場所でフィルは剣を抜く。
  空気すら斬り裂く様な剣閂の後、静かに刃を鞘に収める。
  周りには敵などは居ない。
  フィルが切ったのは自分自身。
  両目を斬り裂いたフィルは魔眼を失った。
  そして、フィルの剣は、光と引き替えに人間の限界の先、神の領域へと到達した。



  人間の国からも、魔族の国からも遠く離れた魔境の奥深く、危険度すら測る事が出来ない程の未踏の地。
  積み上げられた3体の上位竜種の屍の上で眠りから覚めた少年の様にしか見えない男は、誰へとも無く呟く。

「久ぶりに夢を見たな」

  呟きが風と共に消えると、盲目の剣士は今日の獲物を求めて歩み出す。


『神域の剣士』フィルの旅は続く。


                      とある男の話  完
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