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迷宮都市の盾使い

悪夢の日

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  イザール神聖国、光神教の総本山であり、聖女様によって統治されたこの国は、周りのほとんどを魔境に囲まれながらも平和を維持してきた。
  この国の貴族として、神の教えに従い、生きて来た。
  父や兄の様に騎士となり、この国を、民達を護って生きて行くと信じていた。
  あの日が来るまでは……

  それは突然の出来事だった。
  その日、10歳の誕生日に父から貰った盾を持ち、執事に相手をして貰い、庭で鍛錬を積んでいた。
  膝に両手をつき、乱れた息を整えていた時、庭に母が駆け込んで来た。
  何事が尋ねる執事に母が告げたのは、驚くべき事だった。

「この国に膨大な数の魔物が迫っています。
  直ぐに隣国に避難します」

「ま、魔物が! まさか大発生スタンピートですか⁉︎」

「恐らく……」

「母上、父上と兄上は⁉︎」

「………………父上と兄上は騎士です。
  この国の民を守る為に戦わなければなりません」

「そんな⁉︎」

「あなたも早く避難するのです」

「しかし!」

「いいから! 早く逃げるのです!
  今も父上や兄上、騎士の皆様が1人でも多くの人を逃がす為に命を懸けて戦っているのです!
  あなたは、彼らの犠牲を無駄にするつもりですか!」

「…………分かりました」







「ハァ、ハァ、ハァ」

「もう少しです、頑張って」

  魔物で溢れかえった街道を避けて、森の中の道無き道を母上と2人、ただひたすらに走る。
  森の中には、逃げ遅れた人々の亡骸が打ち捨てられている。
  時おり襲い来るゴブリンやコボルトを元冒険者である母上が、一刀の元に切り捨てる。
  執事や護衛はすでにやられてしまった。
  命を捨てて、逃してくれた彼らの為にも生き延びなければ成らない。
  息も絶え絶えに走っていると、辺りに煙が立ち込めてきた。

「これは」

「ゴホ、は、母上……」

「大丈夫です、煙りを吸わない様に、さぁ、コレを口に当てなさい」

  母上から受け取った布を口に当てる。
  それでも、初めに吸ってしまった煙のせいか、喉がズキズキと痛む。
  煙りを吸わない様に身を低くして、進む。
  
「止まりなさい‼︎」

「⁉︎」

  母上の鋭い制止の声に足を止める。
  森の大木の陰から出て来たのは、巨大なカメの魔物だった。
  背中に背負った甲羅からはモクモクと煙が噴き出している。

「スモッグトータス⁉︎」

  母上の驚愕の声が聞こえた。
  すると母上は腰に付けていたマジックバックを外し、こちらに押し付けながら剣を抜く。

「私がスモッグトータスを引き付けます。
  あなたは後ろを見ずに真っ直ぐ走りなさい。
  この森を抜ければ隣国との国境の砦が見えます。
  そまで行けばきっと助かる筈です」

  母上に強く抱きしめられた。

「ゴホ、母上」

「分かりましたね…………あなたは生きるのですよ」

  母上は少しでも逃げる時間を稼ぐため、スモッグトータスに向かっていった。
  1人になり、目から大粒の涙を流しながら森の中をひた走る。
  時おり聞こえる悲鳴や魔物の鳴き声を聞きながら…………









「………………‼︎」

  汗だくになりながらベッドから飛び起きる。
  早鐘の様になる心臓の音を聴きながら辺りを見回す。
  そこは普段から常宿にしている土竜の巣穴亭の部屋だった。
  心臓の音が落ち着いてくるにつれて、寝ぼけていた頭がはっきりとしてくる。
  あの日の夢を見るのは久し振りだった。
  もう、5年も前の夢だ。
  あの日、魔物の大発生スタンピートで滅びた故郷、イザール神聖国。
  途切れ途切れの記憶では森から抜け出した後、隣国であるミルミット王国に保護された。
  そして、故郷の滅亡と人々を逃がす為に騎士団と聖女様が戦ったと言う話を聞いた。
  そして、国に残った騎士団と聖女様は大発生した魔物の群れに飲み込まれてしまったのだ。
  憂鬱な夢の余韻を引きづりながらベッドから身を起こし、昨日汲んでおいた水で顔を洗い、街のパン屋で買っておいたボソボソとした安い黒パンで簡単な朝食を済ませると、母上の遺したマジックバックから全身鎧フルプレートメイルを取り出し、身につける
  この鎧はマジックアイテムであり、魔力に依ってある程度形を変える事が出来る為、1人でも着脱ができ、全身鎧にしては驚く程軽く、音もあまりたてる事はなく、少々の傷なら魔力だけで、大きく破損しても核が無事ならば魔力と素材を使い、直す事ができる。 
  母上が冒険者時代に、どこかの王族を助けた際、褒美として、下賜されたものらしい。
  部屋を出ると階段を降りる

「あ、おはようございます。 
  今日も朝食は要らないのですか?」

  宿の娘が明るく話しかけてくる。
  この宿では、朝食は別料金だ。
  幾ら貴族の生まれとは言え、最早家どころか国すら無い。
  長年の孤児院生活ですっかり貧乏性が染み付いてる。
  娘の方を向き、腰に吊るしたインクが入った瓶の蓋をあける。
  無詠唱で発動した水魔法がインクを操り、空中に文字を浮かべる。

『ああ、朝食は必要ない。
  夕食はいつも通り、部屋に持ってきてくれ』

「はい、分かりました」

  娘の返事を聞くとインクを腰の瓶に戻し蓋をする。
  5年前、スモッグトータスの煙りの毒にやられてから声が出せなくなったのだ。
  
  5年前、保護されてからミルミット王国の孤児院で、数年過ごした後、ここ、迷宮都市ダイダロスで冒険者となった。
  この王国1の迷宮都市には大小様々なダンジョンが存在する。
  ここで、冒険者として、迷宮に挑む目的は2つ。
  1つは喉を治療する事ができる薬を手に入れる事。
  もう1つは………………死んだ家族ともう一度話をする事だ。
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