上 下
14 / 40
増えてゆく知り合い

四日目① 差し入れはドーナツ

しおりを挟む
「――え……? ショタ……? あ、もしかしてグラスの様子を見に来たんですか? グラスのこと心配してましたもんね。昨夜からだいぶ調子いいですよ!」

 ショタに送ってもらった日の次の日の朝、そろそろレオが迎えに来る頃だろうと思っていた矢先のことだ。玄関のチャイムを鳴らすような来客の予定などは皆無のグラスの別荘に、突然チャイムの音が鳴り響いた。私がその音に首を傾げながら扉を開けてみると、そこにはご機嫌ななめのショタが立っていたのである。

「違うから。あんたの迎えに決まってんでしょ!」
「だっ、えっ、私?! レ、レオは?! もしかして何かあったんですか?!」
「何もないよ。ただ昨日の夕方からずっと仕事の処理に追われてるだけ」
「それは……大変ですね……」
「責任ある立場なんだから大変なのは当たり前でしょ。それより支度は出来てるの? さっさと出発したいんだけど」

 ショタはジロリと私を一睨みし、出発を急かすように背中の翼を広げて見せる。

「出来ています。すぐに荷物を取ってきますね」

 そう答えると同時に、私はキッチンへと走り、ダイニングテーブルで食事中のグラスに一言声をかけ、そのテーブルの上に置いていたドーナツの箱(実は先ほど魔界大通りまでスクーターを飛ばして買いに行ったのだ)を掴んでまた玄関扉に戻った。

「お待たせしました。よろしくお願いします」
「……ちょっと待って。その箱、何?」

 その問いに、私は一瞬ドキリとする。

「……ドーナツです」
「……あんたが一人で食べるやつ?」
「……いえ……私とレオの二人分です」
「……ふうん……それってレオに頼まれたの?」
「……いえ、あの、自主的に……」
「……自主的に、ねぇ……」

ショタは不審物を見るような目でドーナツの箱を睨む。そして、自分の腕時計をちらっと確認した後、スマホを取り出して誰かに電話をかけ始めた。

「……あ、もしもし、俺。今いい? ……あのさ、緊急で対応してもらいたいことがあるんだけど……うん、ありがと。そう、謁見。十分後にはそっちに着くから。よろしくね」
「?!」
「……そういうわけだから、この後すぐにサタンと謁見ね」

 サタン――つまり、魔王である。私は動揺を悟られないよう、なんとか苦笑いでやんわりと謁見の理由を尋ねてみる。

「だっておかしいでしょ。あんた、強制的に働かされてる立場なのに、自分をこき使ってる相手に差し入れしようだなんて、どう考えても裏があるとしか思えないよ」
「!」

 第三者から見ればその通りかもしれない。実際のところは、こき使われている認識が私にはないのでレオとの関係性は職場の上司兼同僚のような感覚なのだが、裏があるという読みはさすが堕天使だ。鋭すぎる。

「それにあんたはドーナツだって言ったけど、それが本当にドーナツかもわかんないしね。箱を開けたらドカーン! ……ってこともありえなくないでしょ。魔王城に持ち込む以上、検査は必須だから」

 ただドーナツを持ち込もうとしただけで、まさか爆発物の疑いをかけられるほどの事態になるなんて夢にも思わなかった。本当に普通のドーナツなのだが、私がそう主張しても信じてはくれないだろう。大人しく従うしかない。

「……わ、わかりました……」

 こうして、私はショタに抱えられながら一直線に魔王の元へと連行されたのである……どうか私の思惑がバレませんように――。


「――ふむ。どうやら普通のドーナツのようだな」

 たった今、異物混入や毒物検査が終わり、どこからどう見ても普通のドーナツに魔王はそう結論を下した。私はホッと息を吐く。

「……ふーん。ただのドーナツね……怪しいと思ったんだけどな」
「ふむ。ショタの勘はよく当たるからな……しかし、検査をして問題がない以上、ドーナツの持ち込みは許可する」
「っ! ありがとうございます……!」

 私は魔王に頭を下げ、軽くほくそ笑む。これで正式に許可をもぎ取ったことになるので、あとは退出の命を待つだけ――だったのだが、私の見通しは甘かったようで、魔王から発せられた言葉は「謁見は終了する」でも「退出せよ」でもなかった。

「許可はしたが、気になる点がある――」

 魔王は気になると言いながら、その顔はすでに細かく問い質す気満々の表情である。まずい――私は自分の少し先の未来が視えた気がした。そう、洗いざらい吐いている自分の姿を。

「――この白くて細長いドーナツの数だけ異常に多いのはなぜだ? 差し入れをするにしては偏り過ぎていて不自然に感じる」
「それ、俺も思った! 普通差し入れするなら相手が選びやすいようもっと色んな種類のドーナツを揃えるはずだよね」
「その通りだな。しかし美咲が選んだのは――」
「――ホワイトチョコレートとアーモンドがかかった細長いドーナツ五個と、スタンダードなドーナツ一個でしょ。バランス悪すぎだよ。もしこれが全部同じドーナツだったなら数が多いだけでまだ理解出来るけどさ」
「そうだな……さて、美咲。我らが感じているこの違和感について、納得出来る答えを聞こうか」
「っ……!」

 これはこの二人が鋭いとかいう問題ではない。完全に私の弱さが招いた結果だ。私は今朝の自分がレオに情けをかけてしまったことを後悔し、今から口にしなければならない内容に若干白目をむきたくなった。それに、正直に話して許可を取り消されたらどうしよう。

「……すぐ答えないということは、何かやましいところがあるようだな」

 やましいどころか、いやらしいを通り越しておぞましいところしかない内容である。だからそんな真面目な顔でこっちを見ないでほしい。余計話し辛い。

「やっぱりね。何か裏があったわけか。美咲、さっさと洗いざらい吐いちゃった方が身のためだよ」
「全て正直に申してみよ」

 二人は追及の目を緩めることなく、じっと私を見つめている――ええい! そんなに聞きたいんだったらピー音なしに全部話してしんぜようではないか!

「……わかりました……! それでは結論から申し上げます白の細長いドーナツが異常に多い理由はレオにそれを選ばせたかったからですではなぜそのドーナツを選ばせたかったのかと言いますとそれはお二人にBLという私の生きがいを知って頂く必要がありますBLとは――」

 ――ここからたっぷりBLの説明を始め、私は二人の顔がどんどん引きつっていくのを認識しながら――特に結合の説明部分では二人共無意識にお尻に力が入ってしまい、キュッとさせたのは見ものだった――、それでも勢いを弱めることなく話を終盤へと運んでいく。

「――と言うわけで私はレオには受けになってほしかったのでサブリミナル効果を使って誘導出来たらと考えイチモツを連想させるものとしてその白いドーナツを選びました本当は全部そのドーナツだけにすれば良かったのですが私にも慈悲の心は残っていますので一つだけ穴の空いた普通のドーナツを選択肢として残してあげた次第です以上が全貌となりますご不明点があればどうぞ遠慮なく仰って下さい」

 早口で捲し立てる様に全てを話し切った私は、恍惚の顔で二人を見た。しかし、二人はドン引きの絶句状態で、特にショタなんかは口を歪めたまま固まってしまっている。もしかしたら内容がぶっ飛び過ぎているあまり、理解しきれていないのかもしれない。

「……もう一度最初から説明した方がいいですか?」
「必要ない」
「やめて。もう十分だから」
「わかりました。でも万が一もっと聞きたい場合は言ってくださいね――」

 その際は喜んで長広舌をふるわせていただくので。

「――それで私からも質問があるんですが、今後も毎日ドーナツを持ち込む場合は今日みたいな謁見や検査は必要になるのでしょうか?」
「……必要だ」
「やっぱりそうなんですね……」
「……は? ってか、毎日!?」

 当たり前である。毎日欠かさずこのドーナツを見せなければサブリミナル効果にならない。ちなみにグラスもドーナツを毎日差し入れする件については大賛成とのことだ。もちろんグラスの方は純粋に差し入れするという意味でだが――私がそう説明すると、ショタは「えっぐぅ!」と声をあげた。一方魔王はいつの間にか平常運転の状態に戻っており、私に提案をしてくれる。

「……美咲、毎日持ち込みたいのであればデリバリーを使え」
「デリバリー、ですか?」
「そうだ。デリバリーで注文したものなら謁見不要で直接執務室まで届く。弁当も毎日届いているだろう。あれと同じだ」

 なるほど。それは大変便利だ。毎朝買いに行かなくて済むのなら、是非ともそっちを利用したい。

「承知しました! デリバリーにします!」
「そうしてくれ」
「……げぇっ……サタン、マジでこれ許可すんの?」

 ちょ、そこのショタ! 余計なことを言うんじゃない!

「そうだ。危険物ではない以上、扱いは同じだからな」
「……それはそうかもしれないけどさぁ……」

 ショタは私に試されるレオはどうでもいいがグラスが気の毒だと言う。

「グラスと美咲の利益が一致しているのであれば、それは我らの口を出すことではない。この話はこれで終わりだ。それでは謁見は以上とする。ショタ、わかっていると思うが……美咲の件、任せたぞ」
「……了解」

 そんな感じに本日で二回目となる魔王との謁見も無事終了し、私はあからさまにテンションの低いショタに連れられて、これから卑猥な心理テスト及びサブリミナル効果を演出しに、意気揚々とレオがいる総務大臣執務室へ向かったのである――。
しおりを挟む

処理中です...