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続き②
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一言で相性と言ってもいろいろある。食べ物の好みだったり、好きな映画や本だったり、時間のかけ所やお金の使い方などなど。簡単に言えばある意味いい相性とは価値観の一致とも言える。
つまり、相性=身体一択を選んだこの男とは、私との価値観も違うのではないか。
そう冷静に分析しつつ、このありえない状況を打破する突破口を考える。あの時あえてキャンキャン反論せず、逆に挑発するような態度をとった私が招いた種とは思いたくない。
っつーか、本当に。この男の騎士道精神はどこいったよ!?
「ん、んむー!?」
車の助手席に私を押し込めては、いきなり唇を奪いやがったお兄様……もとい課長。けしからん事に、奴はのっけから濃厚なキスをかましてきた。
ここ、外! 車の中が見える!!
数秒間のキスの後、意外にも早く私から離れた課長は、車のエンジンをかけてすっと流し目を寄越した。
「大人しくしてなかったらこの場で襲うぞ?」
「っ!?」
結果的に襲われる羽目になるのだとしても、この場は断固拒否する。
ぴたり、と石化したように硬直した私を、彼は機嫌よく自宅に連れ込んだ。
築年数が浅そうなマンションの角部屋。日当たり良好、セキュリティもそこそこ厳重。お部屋は一人暮らしなら十分広めの1LDK。
秋物のロングブーツを脱ぎ、最低限の物しか置かれていないその部屋にびくびく上がりこんだ。緊張から卒倒しそうだ。何やってんだよ自分! と呆れと焦りが脳内を駆け巡る。
ここまで来たら大人しく腹をくくるしかないのか……。いや、そう簡単に私は身体を許せるほど、貞操観念が緩くない。出会って2日目でとか、常識的に考えても無理だから! ……世の中には出会ったその日にベッドインしちゃうびっくりカップルが存在する事も、知ってはいるが。
玄関の鍵がかけられる音が妙に大きく響いた。見知らぬ場所に連れ込まれびくびくする猫のように、身体が緊張する。
ああ、密室……と改めて思った直後。課長が捕食者の光を放ちながら、優雅に近づいてきた。反射的に彼と距離を置く。
「待った、ストップ、ウェイト!」
「待ったなし。ストップも聞かない。それに俺はイヌじゃない」
どちらかと言うとこれからオオカミになるけどな! イヌ科で合ってるじゃないの。
ソファの横の壁にぺっとり貼りついた私は、片手を前に突き出して制止するよう再び告げる。
「いきなり部屋に連れ込んで、じゃあ……ってのは、余裕がなさすぎじゃありませんこと!? まずは何か話でも」
「今更話す事などあるか?」
「大ありでしょうが!」
むしろないと思っていた方が驚きだ。
名前と所属部署、年齢位しかお互いの事を知らない。この日本で今までどんな人生を歩んできたのか、普通は気になるだろう。
「寿賢人、33歳。実家は神戸、家族構成は両親と祖父母に弟が一人。祖父が骨董鑑定士、父が美術商をやっているが、まあほとんど趣味だな。弟は普通にIT企業に勤務で母親は専業主婦だ」
そしてご実家は資産家らしい。淡々と告げられた家庭環境に、私はお兄様が侯爵の跡取り息子だった事を思い出していた。
容姿端麗で家は金持ち、仕事は出来て出世街道まっしぐら。何その嫌味な位揃った三拍子。
セレネの要素を何一つ受け継がれなかった私にしたら、正直課長は少し羨ましい。その気持ちが顔に表れていたのか、彼は軽く片眉を上げた。
「何か気になることでも?」
「いえ別に? 一般的な中流家庭に生まれ育って、美の権化のような月の女神らしさが一つも受け継がれなかったことに、拗ねてなんかいませんよ」
自分だけずるいですね、なんて心では思わなくもない。私も彼女の美しさの半分くらい面影があったら、きっと人生楽しく変わっていたはず。
そんな私の心情を感じ取ったのか、課長はふっと軽く微笑んだ。
「何拗ねてるんだ。俺はむしろ君にセレネの面影がなかったことに安堵してるのに」
「は? 何故。意味がわかりません」
面影がなくて悪かったな。美しくないと喧嘩売ってんのか。
だが、続いた彼の台詞は絶句物だった。
「まひるが絶世の美女だったら困る。こうして俺達が出会う前に、他の男に掻っ攫われてただろう?」
「……っ」
すっと課長は私の頬を優しくなでた。その台詞と仕草に赤面する。今のあなたは課長ですが、お兄様ですか。
「平均的な一般家庭で育ったこともそうだ。一番セレネが望んでいた普通の家族の幸せを味わえることが出来たはず。俺が資産家の家に生まれついたのは、今では女神の采配だと思ってるぞ。お金はないよりあるほうがいい。いつか君を我が家に迎えた時、生活で苦労しないように」
頬をなでていた手が、後頭部に回り私の髪を梳く。黒髪を染めて暗めのブラウンになっている髪を、彼は愛おしげに見つめながら触れていた。その感触がこそばゆくて、むずむずして、そして照れくさくって。赤面したまま課長の顔を直視出来ない。
「私が……、セレネが死んだのは、女神の所為じゃないんですか」
「ある意味そうだが、それもセレネの願いを叶えたことになるんだろうな。あのままでは悲劇しか生まれなかった。好きでもない男に嫁ぎ、セレネが心を殺す事を女神は望んでいないはず。彼女の本当の願いを叶える為には、あの世界では生きられなかったんだ。ルードヴェルトと結ばれることは決してありえない。兄妹間の婚姻はできないのだから」
生まれ変わった世界で別々の家庭に生れ落ちたことも、記憶が戻ったことも、こうして出会えたことも、全て女神が叶えてくれたセレネの願いなら。ここで彼と触れられることは奇跡のようで、実は決められていた運命なのかもしれない。
そして何故あの不思議トリップが1ヶ月前からだったのか。それは物理的に課長との距離が縮まったからという可能性が強い。彼は1ヶ月前に日本に帰国したばかりだから。
「他の男に取られてなくてよかった」
吐息まじりにそう呟いて、課長が緩く私を腕の中に拘束する。ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
まひるは知らないはずなのに、このぬくもりが懐かしいと感じてしまうなんてどうかしてる。そして心地いいと思うとか、やっぱり私は昨日から変だ。
鼓動が早くて苦しい。甘く流れる空気が落ち着かない。急激に変化する自分の心についていけなくなりそうで、離せと抵抗する。
「ちょっと、少し離れて、」
「却下。一体俺は何年まひるを捜し続けたと思う? 物心ついてからずっとだぞ」
は? 記憶が戻ったのは1ヶ月前なんじゃないの?
厳密に言えば、彼はあのトリップを体験していない。どうやら意識だけルードヴェルトお兄様に乗り移っていたような感じらしい。課長の場合は私みたいに現実ではなく、完全に夢の世界だったのだ。
「記憶が戻ったのは確かにそうだ。だが、子供の頃から誰かをずっと捜していた。大切な存在を、魂が覚えていたんだろう。俺は今まで一度も誰かを強く欲したことはなかったんだぞ? 君以外な」
「え……。って事は、まさか課長って、童て……」
「それは違うが」
あっさり否定された。
少しびびったよ。その歳でまさかの童貞だったら。その容姿でモテないはずがないが。
安心したのと同時に、一途に想い続けていたんじゃなかったのかと胡乱な眼差しを向けてしまう。まあ別に咎めているわけじゃないけども。
彼は若干気まずそうに眉をしかめた。
「君にだって今まで付き合ってきた男の一人や二人いるだろう」
まあね、とあっさり頷く。
「そうですね。人並みには経験してきたかと」
が、素直に告げれば、課長の機嫌は急降下した。
「許せないな、君を俺以外の男が穢したなんて」
「自分が振ってきた話題でしょ!?」
め、めんどくさいよお兄様!
彼はブリザードを振りまき、私を強く抱きしめて耳元で囁く。
「おしゃべりはこの辺でおしまいだ。さっさとまひるを味わわせてもらおうか」
「ひっ!?」
まだ日も明るいので結構です!
そう心の中で叫んだ声は、口に出す事が叶わなかった。
ソファ脇の壁に両手首を押し付けられて、口が塞がれる。突然のキスに反応できなかった私は、あっさり口腔内を蹂躙された。
熱い舌に攻め込まれる。逃げようとする舌は執拗に追われて、逃れる事が出来ない。
しょっぱなからの濃厚なキスに、思考がくらくらしてきた。唾液を分け合うほどの情熱的なキスなんて、一体何年ぶりだろう。
というか、何て言うか……。
どうしよう、凄く気持ちいい。
キスだけで身体が熱く火照ってくるほど感じてしまうのなんて、初めてなんですが!?
「ふぁ……っ、まっ……んんッ!」
角度を変えて、より深く唇が合わさる。拘束されていた両手首は、いつの間にか外れていた。私の後頭部に手を回した課長が、私の頭を支える。自由になった私の手は、無意識に彼のシャツを弱々しく握っていた。
脳天が痺れるほどの、甘いキス。背筋にビリビリした何かが流れるみたい。頭に靄がかかり、思考が正常に働かない。腰に回されている腕がなかったら、私は情けなくも床に座り込んでいただろう。それほど彼とのキスは気持ちがよく、そして私の身体に快楽の炎を燻らせた。
ゆっくりと離れた唇を目で追ってしまう。つ、と銀糸の糸がお互いの唇を繋げているのが壮絶に色っぽい。親指で濡れた私の唇を拭う仕草にすら、身体がピクリと反応してしまう。離れてしまった唇が名残惜しい、とか思っていないと思いたい。
悩ましいほどの色香をまき散らしながら彼はすっと目を細め、私を見つめてはくすりと笑う。
「ああ、物欲しそうな顔をして……随分エロイ。君は俺を煽るのがうまいらしいな?」
「っ……!」
そ、そんな事はない!
息が上がって声が出ない私は、呼吸を整えるので精一杯だ。せめてもの抵抗を示す為に、力が入らない手で彼の胸を押し返す。だが、情けない事に足腰にも力が入らないため、今支えを失ったらちょっと困る。
そんな私の状況を知ってるのか、課長は楽しげにくつくつと喉で笑った。
顔は真っ赤で目も潤み、軟体動物化した私を彼はあっさり抱きあげる。突然の浮遊感に驚くが、不安定さを感じさせない足取りで課長は私をどこかへ連れて行った。
扉の前で、彼はぽつりと呟いた。
「一箱で足りるかな」
……気絶しても、イイデスカ。
つまり、相性=身体一択を選んだこの男とは、私との価値観も違うのではないか。
そう冷静に分析しつつ、このありえない状況を打破する突破口を考える。あの時あえてキャンキャン反論せず、逆に挑発するような態度をとった私が招いた種とは思いたくない。
っつーか、本当に。この男の騎士道精神はどこいったよ!?
「ん、んむー!?」
車の助手席に私を押し込めては、いきなり唇を奪いやがったお兄様……もとい課長。けしからん事に、奴はのっけから濃厚なキスをかましてきた。
ここ、外! 車の中が見える!!
数秒間のキスの後、意外にも早く私から離れた課長は、車のエンジンをかけてすっと流し目を寄越した。
「大人しくしてなかったらこの場で襲うぞ?」
「っ!?」
結果的に襲われる羽目になるのだとしても、この場は断固拒否する。
ぴたり、と石化したように硬直した私を、彼は機嫌よく自宅に連れ込んだ。
築年数が浅そうなマンションの角部屋。日当たり良好、セキュリティもそこそこ厳重。お部屋は一人暮らしなら十分広めの1LDK。
秋物のロングブーツを脱ぎ、最低限の物しか置かれていないその部屋にびくびく上がりこんだ。緊張から卒倒しそうだ。何やってんだよ自分! と呆れと焦りが脳内を駆け巡る。
ここまで来たら大人しく腹をくくるしかないのか……。いや、そう簡単に私は身体を許せるほど、貞操観念が緩くない。出会って2日目でとか、常識的に考えても無理だから! ……世の中には出会ったその日にベッドインしちゃうびっくりカップルが存在する事も、知ってはいるが。
玄関の鍵がかけられる音が妙に大きく響いた。見知らぬ場所に連れ込まれびくびくする猫のように、身体が緊張する。
ああ、密室……と改めて思った直後。課長が捕食者の光を放ちながら、優雅に近づいてきた。反射的に彼と距離を置く。
「待った、ストップ、ウェイト!」
「待ったなし。ストップも聞かない。それに俺はイヌじゃない」
どちらかと言うとこれからオオカミになるけどな! イヌ科で合ってるじゃないの。
ソファの横の壁にぺっとり貼りついた私は、片手を前に突き出して制止するよう再び告げる。
「いきなり部屋に連れ込んで、じゃあ……ってのは、余裕がなさすぎじゃありませんこと!? まずは何か話でも」
「今更話す事などあるか?」
「大ありでしょうが!」
むしろないと思っていた方が驚きだ。
名前と所属部署、年齢位しかお互いの事を知らない。この日本で今までどんな人生を歩んできたのか、普通は気になるだろう。
「寿賢人、33歳。実家は神戸、家族構成は両親と祖父母に弟が一人。祖父が骨董鑑定士、父が美術商をやっているが、まあほとんど趣味だな。弟は普通にIT企業に勤務で母親は専業主婦だ」
そしてご実家は資産家らしい。淡々と告げられた家庭環境に、私はお兄様が侯爵の跡取り息子だった事を思い出していた。
容姿端麗で家は金持ち、仕事は出来て出世街道まっしぐら。何その嫌味な位揃った三拍子。
セレネの要素を何一つ受け継がれなかった私にしたら、正直課長は少し羨ましい。その気持ちが顔に表れていたのか、彼は軽く片眉を上げた。
「何か気になることでも?」
「いえ別に? 一般的な中流家庭に生まれ育って、美の権化のような月の女神らしさが一つも受け継がれなかったことに、拗ねてなんかいませんよ」
自分だけずるいですね、なんて心では思わなくもない。私も彼女の美しさの半分くらい面影があったら、きっと人生楽しく変わっていたはず。
そんな私の心情を感じ取ったのか、課長はふっと軽く微笑んだ。
「何拗ねてるんだ。俺はむしろ君にセレネの面影がなかったことに安堵してるのに」
「は? 何故。意味がわかりません」
面影がなくて悪かったな。美しくないと喧嘩売ってんのか。
だが、続いた彼の台詞は絶句物だった。
「まひるが絶世の美女だったら困る。こうして俺達が出会う前に、他の男に掻っ攫われてただろう?」
「……っ」
すっと課長は私の頬を優しくなでた。その台詞と仕草に赤面する。今のあなたは課長ですが、お兄様ですか。
「平均的な一般家庭で育ったこともそうだ。一番セレネが望んでいた普通の家族の幸せを味わえることが出来たはず。俺が資産家の家に生まれついたのは、今では女神の采配だと思ってるぞ。お金はないよりあるほうがいい。いつか君を我が家に迎えた時、生活で苦労しないように」
頬をなでていた手が、後頭部に回り私の髪を梳く。黒髪を染めて暗めのブラウンになっている髪を、彼は愛おしげに見つめながら触れていた。その感触がこそばゆくて、むずむずして、そして照れくさくって。赤面したまま課長の顔を直視出来ない。
「私が……、セレネが死んだのは、女神の所為じゃないんですか」
「ある意味そうだが、それもセレネの願いを叶えたことになるんだろうな。あのままでは悲劇しか生まれなかった。好きでもない男に嫁ぎ、セレネが心を殺す事を女神は望んでいないはず。彼女の本当の願いを叶える為には、あの世界では生きられなかったんだ。ルードヴェルトと結ばれることは決してありえない。兄妹間の婚姻はできないのだから」
生まれ変わった世界で別々の家庭に生れ落ちたことも、記憶が戻ったことも、こうして出会えたことも、全て女神が叶えてくれたセレネの願いなら。ここで彼と触れられることは奇跡のようで、実は決められていた運命なのかもしれない。
そして何故あの不思議トリップが1ヶ月前からだったのか。それは物理的に課長との距離が縮まったからという可能性が強い。彼は1ヶ月前に日本に帰国したばかりだから。
「他の男に取られてなくてよかった」
吐息まじりにそう呟いて、課長が緩く私を腕の中に拘束する。ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
まひるは知らないはずなのに、このぬくもりが懐かしいと感じてしまうなんてどうかしてる。そして心地いいと思うとか、やっぱり私は昨日から変だ。
鼓動が早くて苦しい。甘く流れる空気が落ち着かない。急激に変化する自分の心についていけなくなりそうで、離せと抵抗する。
「ちょっと、少し離れて、」
「却下。一体俺は何年まひるを捜し続けたと思う? 物心ついてからずっとだぞ」
は? 記憶が戻ったのは1ヶ月前なんじゃないの?
厳密に言えば、彼はあのトリップを体験していない。どうやら意識だけルードヴェルトお兄様に乗り移っていたような感じらしい。課長の場合は私みたいに現実ではなく、完全に夢の世界だったのだ。
「記憶が戻ったのは確かにそうだ。だが、子供の頃から誰かをずっと捜していた。大切な存在を、魂が覚えていたんだろう。俺は今まで一度も誰かを強く欲したことはなかったんだぞ? 君以外な」
「え……。って事は、まさか課長って、童て……」
「それは違うが」
あっさり否定された。
少しびびったよ。その歳でまさかの童貞だったら。その容姿でモテないはずがないが。
安心したのと同時に、一途に想い続けていたんじゃなかったのかと胡乱な眼差しを向けてしまう。まあ別に咎めているわけじゃないけども。
彼は若干気まずそうに眉をしかめた。
「君にだって今まで付き合ってきた男の一人や二人いるだろう」
まあね、とあっさり頷く。
「そうですね。人並みには経験してきたかと」
が、素直に告げれば、課長の機嫌は急降下した。
「許せないな、君を俺以外の男が穢したなんて」
「自分が振ってきた話題でしょ!?」
め、めんどくさいよお兄様!
彼はブリザードを振りまき、私を強く抱きしめて耳元で囁く。
「おしゃべりはこの辺でおしまいだ。さっさとまひるを味わわせてもらおうか」
「ひっ!?」
まだ日も明るいので結構です!
そう心の中で叫んだ声は、口に出す事が叶わなかった。
ソファ脇の壁に両手首を押し付けられて、口が塞がれる。突然のキスに反応できなかった私は、あっさり口腔内を蹂躙された。
熱い舌に攻め込まれる。逃げようとする舌は執拗に追われて、逃れる事が出来ない。
しょっぱなからの濃厚なキスに、思考がくらくらしてきた。唾液を分け合うほどの情熱的なキスなんて、一体何年ぶりだろう。
というか、何て言うか……。
どうしよう、凄く気持ちいい。
キスだけで身体が熱く火照ってくるほど感じてしまうのなんて、初めてなんですが!?
「ふぁ……っ、まっ……んんッ!」
角度を変えて、より深く唇が合わさる。拘束されていた両手首は、いつの間にか外れていた。私の後頭部に手を回した課長が、私の頭を支える。自由になった私の手は、無意識に彼のシャツを弱々しく握っていた。
脳天が痺れるほどの、甘いキス。背筋にビリビリした何かが流れるみたい。頭に靄がかかり、思考が正常に働かない。腰に回されている腕がなかったら、私は情けなくも床に座り込んでいただろう。それほど彼とのキスは気持ちがよく、そして私の身体に快楽の炎を燻らせた。
ゆっくりと離れた唇を目で追ってしまう。つ、と銀糸の糸がお互いの唇を繋げているのが壮絶に色っぽい。親指で濡れた私の唇を拭う仕草にすら、身体がピクリと反応してしまう。離れてしまった唇が名残惜しい、とか思っていないと思いたい。
悩ましいほどの色香をまき散らしながら彼はすっと目を細め、私を見つめてはくすりと笑う。
「ああ、物欲しそうな顔をして……随分エロイ。君は俺を煽るのがうまいらしいな?」
「っ……!」
そ、そんな事はない!
息が上がって声が出ない私は、呼吸を整えるので精一杯だ。せめてもの抵抗を示す為に、力が入らない手で彼の胸を押し返す。だが、情けない事に足腰にも力が入らないため、今支えを失ったらちょっと困る。
そんな私の状況を知ってるのか、課長は楽しげにくつくつと喉で笑った。
顔は真っ赤で目も潤み、軟体動物化した私を彼はあっさり抱きあげる。突然の浮遊感に驚くが、不安定さを感じさせない足取りで課長は私をどこかへ連れて行った。
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