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続き①
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寒さが厳しく感じられる今日この頃。秋の味覚に舌鼓を打ち、秋物の可愛いファッションを満喫できる真冬前のこの季節が、私は一年で一番好きだったりする。
普段の土曜日なら、友人とショッピングしたり食事したり、一人で映画を観に行ったりと好きに過ごすのに......未だに現状処理が追いつかない。一体どうしてこうなった。
「何も遠慮することはないぞ。迷うなら一通り全部注文するか?」
「太らせる気ですか。デブるわ」
思わず目の前に座る男が手に持っていたメニューをひったくる。
雑誌に載るほど大人気のケーキ屋で、にやにや笑いながら私を眺める男を睨みつけた。前世で私の兄だったらしいこの人は、雅やかな雰囲気に理知的な眼差しが印象的な、部署違いの課長、寿賢人。
スーツを脱いだ姿は若々しく、彼が私より5歳も上には見えない。今年で33歳ってマジか。私服姿だと同年代に見える。
1ヶ月のあの非現実的なトリップ中に会っていた時とは、当然ながら髪も瞳の色も違う別人だ。(私もだけど。)でも時折見せる皮肉めいた笑みが私に見せていた笑みとダブる。口調も違うし人種だって違うのに、ちょっとした時に感じる既視感が同じ魂の持ち主だと裏付けていた。というか人相悪くなったよね、お兄様。
目の前で死んだ相手が生まれ変わって再会するなんてファンタジー、一体誰が想像できるだろう。仮説しか立てられないし考えてもさっぱり意味がわからないが、こっちの世界でも出会ってしまったのは紛れもない事実だ。
そして彼と再会したのが昨夜の出来事。なのに昨日の今日でどうしてケーキを食べる仲になっている。非常に謎だ。
「迷うなら限定や人気メニューと書かれている物を選んだらどうだ。女性は好きだろう? そういうの」
「大多数の人間が好きだからって私がそれに当てはまると思わないでください。限定は確かに気になりますけどね、あえて外してガトーショコラで」
パタンとメニューを閉じて、丁度タイミング良く注文を訊きに来たウェイトレスさんに手渡す。飲み物はダージリンを頼んだ。生クリームたっぷり乗ったガトーショコラ、絶対においしいはず。
飲み物以外は頼まないのかと思いきや、目の前の男はモンブランを注文した。甘いものを食べるイメージには見えないので、若干意外である。
が、待てよ。そういえば昔から嫌いじゃなかったっけ……。
「君ならそれを選ぶ気がしていた」
ふと視線を上げれば、どこか嬉しそうに微笑む課長が。一瞬で居心地が悪くなる。美形の微笑は何て毒なんだろう。この人自分の容姿が昔も今もレベル高いこと、自覚してます?
「チョコが好きなんて私言ってませんけど」
「聞いてないが、セレネもチョコが好きだっただろう。少なからず味覚も影響してるんじゃないかと思ってな」
前世説か。素直に納得しがたいが、あながち嘘ではないと思う。
「課長も甘いもの食べられるんですね。そういえばセレネ用のお菓子も、お土産なのに食べてましたっけね」
「ああ、今も甘いものは嫌いじゃない」
くすりと笑う彼の顔を直視したくない。昔の面影を感じてドキっとしてしまいそう。
でも意地でも心臓の高鳴りなんかを認めるものか。
私が不機嫌そうに眉を潜めれば、課長の笑顔にニヤニヤが増す。面白くてたまらないという風に、からかわれている気分だ。
周囲の女性陣の視線が集まり始め、時折声が届いた。
『ねえ、ちょっとステキなんだけど、あの人』
『でも女連れだけど。あれってもしかして彼女?』
『えー嘘、ないわー』
――こっちだってないわよ!
他人に言われなくてもそう思っているのに、あえて言われると腹が立つ。
前世の私が実の兄に恋してたからって、今の私までもがこの男に恋してたまるか。
時枝まひるとしての人生を歩んでいるのに、過去の記憶につられて誰かに恋するとか考えたくない。それは自分の感情なのか、ただセレネの記憶に左右されているのか、わからなくなるから。
一度は来てみたかったケーキ屋さん。人気すぎて完全予約制で、実は前から憧れていた店なのに。ここでイライラするとか冗談ではない。
内心の苛立ちが募り始めた頃、タイミング良く注文したケーキと紅茶が現れた。
やった、ケーキ! イライラには甘いものを食べて解消しよう。
「俺のモンブランも一口食べてみるか?」
手をつける前のモンブランを課長が差し出してくる。その気前の良さに、現金な私の気持ちは徐々に浮上していった。
私は一つ頷き、思いついたように計算された満面の笑みを向ける。
「ありがとう、お兄ちゃん」
僅かに引きつる課長の顔と、周囲の女性陣からの「な~んだ」と興味をそがれた空気に、内心ほくそ笑んだ。昨晩も思ったが、この人はどうやら兄呼ばわりが好きじゃないらしい。ちなみに完全に八つ当たりの嫌がらせだ。
遠慮なく一口分フォークで刺して、その控えめな甘さと栗の風味に満足する。やっぱり秋は栗だよね! 栗菓子がおいしい季節万歳。
はあ、と軽く嘆息した課長は、「君のも一口寄越せ」と言い、私がまだ堪能していないガトーショコラを了承する前に一口食べる。
ああっ! と思いつつも、それを咎めるのは流石に大人げない……。ただ若干恨めしい気はあるが。私まだ食べてないのに! (←お互い様)
「甘さが丁度いい。うまい」
「……それは、よござんした」
ぷいっと横を向いてティーポットごと来ているダージリンを白磁のカップに注ぐ。香りをゆっくり嗅いでリラックス効果を期待しよう。不意打ちで見せる課長の笑顔なんかに私はときめいたりしていない。
そう、ときめきなんて感じていない。あるのは昨日の恨みだけだ。
昨晩の合同飲み会で、初対面だったこの男はとんでもない爆弾を投下してくれた。私の唇を奪った直後、呆然としたままの私の肩を抱いて、すっかり人が集まったテーブルへ向かった。同僚達が不思議そうに目を丸くしている中で、彼は宣言した。
『まひるは俺が落とすから、こいつに手を出すなよ』
……その後の女性陣の阿鼻叫喚は、思い出したくもない光景だった。
魂を口から半分吐き出し、私の居場所消えたな......と頭の片隅で悟った。
「全然進んでいないようだな。何だ、食べさせてもらいたいのか?」
さくっと自分のフォークで人のガトーショコラを一口刺し、課長は私の口元にフォークを持ってきた。見つめてくる瞳には、からかいの色が浮かんでいる。誰が「はい、あーん」なんてやるか。
「結構ですよ。寝言を起きてる間にほざくタチの悪い男とこれ以上関われば、ろくな事になりそうにないと思っていただけです」
「ろくな事にならないとは一体どんな事なんだ?」
「こうやって人目を集める事もそうですね」
ああもう、自分の容姿を少し自覚してほしい。
私は残念ながらセレネが持っていた美貌の美の字も受け継がれなかったが、課長はいい感じに受け継いでいる。ただし西洋風から東洋風にアレンジされているが。
そして醸し出す空気に意地悪さが増した。昔のルードヴェルトお兄様は、まさしく貴公子というイメージが強いが、この男はもっと好戦的で危険な香りがする。100年の間に荒んだ心が原因か。その原因を作ったのは私だから、結局自業自得……泣いていいかな。
「人目なんて気にして何になる。周りを気にするなんて余裕じゃないか。君は俺だけを意識していればいいものを」
「ほほ、おほほ。何をおっしゃてるのか意味がわかりませんね」
鳥肌が立っちゃったじゃないか。この男、一体どこまでが本気なの。
口説き文句のような言葉の数々。私をからかう為だけに言っているのなら、随分といい性格をしていらっしゃる。過去のセレネが見たら嘆くわ。
彼は、綺麗に平らげた皿をウェイトレスがとりやすいようにテーブルの横にずらした。コーヒーを一口飲んで、カップをソーサーに戻す。その仕草すらどこか優雅で様になるから、私はすっと視線を逸らした。極力直視しない方がいい。
「意味がわからないね……。これほどわかりやすく口説いているというのに。昨日言った事も聞こえなかったフリを続けているとは。本当いい度胸だな、まひる」
「ええ、女は度胸と根性がなければ今の世の中生き抜けないので。清楚で純粋で可憐なお姫様を御所望でしたら、どうぞ他所をあたって下さいな」
「君じゃなければ意味がないだろう」
「そんな事はありませんよ。いくらでも自由恋愛を謳歌したらいいじゃないですか。ここは現代の日本ですよ?」
ならあそこは何世紀のどこだったんだよって話だけど。実はそういった情報は一切思い出せない。場所も国名も特定できないのだ。記憶に靄がかかっているというか。まあ異世界だったとしても驚きはしない。
「そうだな、現代の日本だ。身分も人種も関係なく結婚できる。血の繋がりは問題だが、生憎俺達は兄妹じゃなければ、未婚者で恋人もいない。何か問題が?」
ぐっ、身分とか言われるときつい。
何か反論しようと考えている間にも相手は続ける。
「それに君には責任を取って貰わないとな」
「は? 何のですか」
やめてよ、責任なんて不穏な単語聞きたくないよ。
「君が金属バットを振り回してセレネを閉じ込めた氷を叩く映像を、毎晩夢で見るんだよ。何度も何度も、躊躇いもなくバットで氷を割ろうとする君の姿をな」
「えっ」
想像してみたら、それはある意味ホラーに感じた。
ただでさえ薄暗くて寒い場所なのに、美少女が眠る氷を遠慮なくガンガン壊そうとする女は、傍から見たら鬼女みたいじゃないか。美少女に恨みがあるか、何らかの復讐がしたい悪女……何それ、私も怖い。
「毎晩毎晩、まひるの夢を見る。ルードヴェルトはわからないが、”俺”の心を攫ったのはセレネじゃない、君だ。こうして出会えた事は奇跡に等しい。この千載一遇のチャンスを、物に出来なきゃ男がすたる」
予想外に直球すぎる台詞に、私の顔に熱が集まる。真摯な眼差しなんて反則だ。
奇跡と言った言葉に反応しなかったと言えば嘘になる。私もこの出会いは奇跡だと思えるから。
でも、だからと言って、昨日言ったみたいにいきなり私と家庭を作る宣言をされても、心の準備が出来てないと言うか……。
「いきなり結婚とかないから!」
「なら婚約するか?」
「順番違うよね? まだお互いの今の性格や相性がどうかもわからないのに……」
「ほう、相性なら試せばいいだろ。君がその気なら、都合がいい」
「は?」
ニヤリと笑うその顔でピンとくる。何の相性を言っているのかわからないほど、かまととぶるつもりはない。
ここでテンパったら相手の思うツボだ。私だって大人の女。少しは余裕のある素振りも見せねば。
私は挑発的に微笑んだ。
「ええ、まあそれも重要ですから。結婚後に気付いても悲惨なだけですし」
相手の性癖が最悪だったら絶望的だ。私は生憎そんな結婚を望んでいない。
「俺はたとえはじめがいまいちでも、まるで気にはならないがな。徐々に自分色に染めていくのも楽しそうだ。だが、悲惨にならない為にもさっさと試してみるか?」
「へえ、試されてみたいんですか?」
「「……」」
――にっこりと笑いかけた彼は私の手を引っ張り、そしてこの後私は全力で謝る事になる。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りすぎました許してくださいー!」
「うるさいよ、まひる。往生際が悪い子だね。あんまり往来で騒ぐと迷惑になるだろう? うるさく言う口はこの場で塞いでしまおうか」
「(ひっ!?)」
全力で首を左右に振り、私は肩をがっしりと抱かれたまま課長の車に連れ込まれた。
先ほどまでの話し方とは打って変わり、柔らかな声音に既視感を感じさせる微笑み……あなた、完全にルードヴェルトお兄様の口調に戻ってますが!?
こんなに必死で同じ人に二度も謝ったのは、多分人生で初めてだろうと思った。
普段の土曜日なら、友人とショッピングしたり食事したり、一人で映画を観に行ったりと好きに過ごすのに......未だに現状処理が追いつかない。一体どうしてこうなった。
「何も遠慮することはないぞ。迷うなら一通り全部注文するか?」
「太らせる気ですか。デブるわ」
思わず目の前に座る男が手に持っていたメニューをひったくる。
雑誌に載るほど大人気のケーキ屋で、にやにや笑いながら私を眺める男を睨みつけた。前世で私の兄だったらしいこの人は、雅やかな雰囲気に理知的な眼差しが印象的な、部署違いの課長、寿賢人。
スーツを脱いだ姿は若々しく、彼が私より5歳も上には見えない。今年で33歳ってマジか。私服姿だと同年代に見える。
1ヶ月のあの非現実的なトリップ中に会っていた時とは、当然ながら髪も瞳の色も違う別人だ。(私もだけど。)でも時折見せる皮肉めいた笑みが私に見せていた笑みとダブる。口調も違うし人種だって違うのに、ちょっとした時に感じる既視感が同じ魂の持ち主だと裏付けていた。というか人相悪くなったよね、お兄様。
目の前で死んだ相手が生まれ変わって再会するなんてファンタジー、一体誰が想像できるだろう。仮説しか立てられないし考えてもさっぱり意味がわからないが、こっちの世界でも出会ってしまったのは紛れもない事実だ。
そして彼と再会したのが昨夜の出来事。なのに昨日の今日でどうしてケーキを食べる仲になっている。非常に謎だ。
「迷うなら限定や人気メニューと書かれている物を選んだらどうだ。女性は好きだろう? そういうの」
「大多数の人間が好きだからって私がそれに当てはまると思わないでください。限定は確かに気になりますけどね、あえて外してガトーショコラで」
パタンとメニューを閉じて、丁度タイミング良く注文を訊きに来たウェイトレスさんに手渡す。飲み物はダージリンを頼んだ。生クリームたっぷり乗ったガトーショコラ、絶対においしいはず。
飲み物以外は頼まないのかと思いきや、目の前の男はモンブランを注文した。甘いものを食べるイメージには見えないので、若干意外である。
が、待てよ。そういえば昔から嫌いじゃなかったっけ……。
「君ならそれを選ぶ気がしていた」
ふと視線を上げれば、どこか嬉しそうに微笑む課長が。一瞬で居心地が悪くなる。美形の微笑は何て毒なんだろう。この人自分の容姿が昔も今もレベル高いこと、自覚してます?
「チョコが好きなんて私言ってませんけど」
「聞いてないが、セレネもチョコが好きだっただろう。少なからず味覚も影響してるんじゃないかと思ってな」
前世説か。素直に納得しがたいが、あながち嘘ではないと思う。
「課長も甘いもの食べられるんですね。そういえばセレネ用のお菓子も、お土産なのに食べてましたっけね」
「ああ、今も甘いものは嫌いじゃない」
くすりと笑う彼の顔を直視したくない。昔の面影を感じてドキっとしてしまいそう。
でも意地でも心臓の高鳴りなんかを認めるものか。
私が不機嫌そうに眉を潜めれば、課長の笑顔にニヤニヤが増す。面白くてたまらないという風に、からかわれている気分だ。
周囲の女性陣の視線が集まり始め、時折声が届いた。
『ねえ、ちょっとステキなんだけど、あの人』
『でも女連れだけど。あれってもしかして彼女?』
『えー嘘、ないわー』
――こっちだってないわよ!
他人に言われなくてもそう思っているのに、あえて言われると腹が立つ。
前世の私が実の兄に恋してたからって、今の私までもがこの男に恋してたまるか。
時枝まひるとしての人生を歩んでいるのに、過去の記憶につられて誰かに恋するとか考えたくない。それは自分の感情なのか、ただセレネの記憶に左右されているのか、わからなくなるから。
一度は来てみたかったケーキ屋さん。人気すぎて完全予約制で、実は前から憧れていた店なのに。ここでイライラするとか冗談ではない。
内心の苛立ちが募り始めた頃、タイミング良く注文したケーキと紅茶が現れた。
やった、ケーキ! イライラには甘いものを食べて解消しよう。
「俺のモンブランも一口食べてみるか?」
手をつける前のモンブランを課長が差し出してくる。その気前の良さに、現金な私の気持ちは徐々に浮上していった。
私は一つ頷き、思いついたように計算された満面の笑みを向ける。
「ありがとう、お兄ちゃん」
僅かに引きつる課長の顔と、周囲の女性陣からの「な~んだ」と興味をそがれた空気に、内心ほくそ笑んだ。昨晩も思ったが、この人はどうやら兄呼ばわりが好きじゃないらしい。ちなみに完全に八つ当たりの嫌がらせだ。
遠慮なく一口分フォークで刺して、その控えめな甘さと栗の風味に満足する。やっぱり秋は栗だよね! 栗菓子がおいしい季節万歳。
はあ、と軽く嘆息した課長は、「君のも一口寄越せ」と言い、私がまだ堪能していないガトーショコラを了承する前に一口食べる。
ああっ! と思いつつも、それを咎めるのは流石に大人げない……。ただ若干恨めしい気はあるが。私まだ食べてないのに! (←お互い様)
「甘さが丁度いい。うまい」
「……それは、よござんした」
ぷいっと横を向いてティーポットごと来ているダージリンを白磁のカップに注ぐ。香りをゆっくり嗅いでリラックス効果を期待しよう。不意打ちで見せる課長の笑顔なんかに私はときめいたりしていない。
そう、ときめきなんて感じていない。あるのは昨日の恨みだけだ。
昨晩の合同飲み会で、初対面だったこの男はとんでもない爆弾を投下してくれた。私の唇を奪った直後、呆然としたままの私の肩を抱いて、すっかり人が集まったテーブルへ向かった。同僚達が不思議そうに目を丸くしている中で、彼は宣言した。
『まひるは俺が落とすから、こいつに手を出すなよ』
……その後の女性陣の阿鼻叫喚は、思い出したくもない光景だった。
魂を口から半分吐き出し、私の居場所消えたな......と頭の片隅で悟った。
「全然進んでいないようだな。何だ、食べさせてもらいたいのか?」
さくっと自分のフォークで人のガトーショコラを一口刺し、課長は私の口元にフォークを持ってきた。見つめてくる瞳には、からかいの色が浮かんでいる。誰が「はい、あーん」なんてやるか。
「結構ですよ。寝言を起きてる間にほざくタチの悪い男とこれ以上関われば、ろくな事になりそうにないと思っていただけです」
「ろくな事にならないとは一体どんな事なんだ?」
「こうやって人目を集める事もそうですね」
ああもう、自分の容姿を少し自覚してほしい。
私は残念ながらセレネが持っていた美貌の美の字も受け継がれなかったが、課長はいい感じに受け継いでいる。ただし西洋風から東洋風にアレンジされているが。
そして醸し出す空気に意地悪さが増した。昔のルードヴェルトお兄様は、まさしく貴公子というイメージが強いが、この男はもっと好戦的で危険な香りがする。100年の間に荒んだ心が原因か。その原因を作ったのは私だから、結局自業自得……泣いていいかな。
「人目なんて気にして何になる。周りを気にするなんて余裕じゃないか。君は俺だけを意識していればいいものを」
「ほほ、おほほ。何をおっしゃてるのか意味がわかりませんね」
鳥肌が立っちゃったじゃないか。この男、一体どこまでが本気なの。
口説き文句のような言葉の数々。私をからかう為だけに言っているのなら、随分といい性格をしていらっしゃる。過去のセレネが見たら嘆くわ。
彼は、綺麗に平らげた皿をウェイトレスがとりやすいようにテーブルの横にずらした。コーヒーを一口飲んで、カップをソーサーに戻す。その仕草すらどこか優雅で様になるから、私はすっと視線を逸らした。極力直視しない方がいい。
「意味がわからないね……。これほどわかりやすく口説いているというのに。昨日言った事も聞こえなかったフリを続けているとは。本当いい度胸だな、まひる」
「ええ、女は度胸と根性がなければ今の世の中生き抜けないので。清楚で純粋で可憐なお姫様を御所望でしたら、どうぞ他所をあたって下さいな」
「君じゃなければ意味がないだろう」
「そんな事はありませんよ。いくらでも自由恋愛を謳歌したらいいじゃないですか。ここは現代の日本ですよ?」
ならあそこは何世紀のどこだったんだよって話だけど。実はそういった情報は一切思い出せない。場所も国名も特定できないのだ。記憶に靄がかかっているというか。まあ異世界だったとしても驚きはしない。
「そうだな、現代の日本だ。身分も人種も関係なく結婚できる。血の繋がりは問題だが、生憎俺達は兄妹じゃなければ、未婚者で恋人もいない。何か問題が?」
ぐっ、身分とか言われるときつい。
何か反論しようと考えている間にも相手は続ける。
「それに君には責任を取って貰わないとな」
「は? 何のですか」
やめてよ、責任なんて不穏な単語聞きたくないよ。
「君が金属バットを振り回してセレネを閉じ込めた氷を叩く映像を、毎晩夢で見るんだよ。何度も何度も、躊躇いもなくバットで氷を割ろうとする君の姿をな」
「えっ」
想像してみたら、それはある意味ホラーに感じた。
ただでさえ薄暗くて寒い場所なのに、美少女が眠る氷を遠慮なくガンガン壊そうとする女は、傍から見たら鬼女みたいじゃないか。美少女に恨みがあるか、何らかの復讐がしたい悪女……何それ、私も怖い。
「毎晩毎晩、まひるの夢を見る。ルードヴェルトはわからないが、”俺”の心を攫ったのはセレネじゃない、君だ。こうして出会えた事は奇跡に等しい。この千載一遇のチャンスを、物に出来なきゃ男がすたる」
予想外に直球すぎる台詞に、私の顔に熱が集まる。真摯な眼差しなんて反則だ。
奇跡と言った言葉に反応しなかったと言えば嘘になる。私もこの出会いは奇跡だと思えるから。
でも、だからと言って、昨日言ったみたいにいきなり私と家庭を作る宣言をされても、心の準備が出来てないと言うか……。
「いきなり結婚とかないから!」
「なら婚約するか?」
「順番違うよね? まだお互いの今の性格や相性がどうかもわからないのに……」
「ほう、相性なら試せばいいだろ。君がその気なら、都合がいい」
「は?」
ニヤリと笑うその顔でピンとくる。何の相性を言っているのかわからないほど、かまととぶるつもりはない。
ここでテンパったら相手の思うツボだ。私だって大人の女。少しは余裕のある素振りも見せねば。
私は挑発的に微笑んだ。
「ええ、まあそれも重要ですから。結婚後に気付いても悲惨なだけですし」
相手の性癖が最悪だったら絶望的だ。私は生憎そんな結婚を望んでいない。
「俺はたとえはじめがいまいちでも、まるで気にはならないがな。徐々に自分色に染めていくのも楽しそうだ。だが、悲惨にならない為にもさっさと試してみるか?」
「へえ、試されてみたいんですか?」
「「……」」
――にっこりと笑いかけた彼は私の手を引っ張り、そしてこの後私は全力で謝る事になる。
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りすぎました許してくださいー!」
「うるさいよ、まひる。往生際が悪い子だね。あんまり往来で騒ぐと迷惑になるだろう? うるさく言う口はこの場で塞いでしまおうか」
「(ひっ!?)」
全力で首を左右に振り、私は肩をがっしりと抱かれたまま課長の車に連れ込まれた。
先ほどまでの話し方とは打って変わり、柔らかな声音に既視感を感じさせる微笑み……あなた、完全にルードヴェルトお兄様の口調に戻ってますが!?
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