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第三部
33.<閑話>とある新妻のパンドラの箱
しおりを挟む白夜の風邪が完治するまでつきっきりで看病をしていた数日後。情けないことに、私は旦那様の風邪をもらってしまったらしい。
元気が取り柄の私が風邪をひくなんて珍しい。ここ2、3年はまともに風邪もひいていない。少し体調を崩すことはあっても、熱を出すことなどほとんどなかったんだけど……。私も私で疲労が蓄積されていたのだろうか。
そして現在、実家の自室にて静かに休んでいる。
「ケホッ、こほっ」
うう、喉が痛い……。風邪の初期症状は、いつも喉をやられてしまう。今回も急に喉の調子がおかしく感じ、あれ? と思っていた翌日には見事に熱が出たのだ。
葛根湯を飲んで暖かくしてはいるが、今朝の熱は37.9度だった。微妙だ。平熱が低い私にとっては、かなり辛い。
鷹臣君に連絡し、今週の仕事は休むと告げた。ちなみに白夜にはまだ伝えてない。自分の所為で風邪がうつったと思うと、彼の場合私の看病をつきっきりでするとか言い出しそうだからだ。
やっと治って溜まっていた仕事を消化しているのに、ここで私が邪魔をするわけにはいかない。司馬さんにも迷惑をかけるし、それに白夜だってまだ病み上がり。余計な心配はかけられない。
通常私も大人しく休んでいれば治るから問題ないだろう。今の病状は喉の痛みと軽い咳に発熱。典型的な風邪の症状のみだ。食欲はあまりないけど、少し胃も回復したら普通に食べられる。鷹臣君とか隼人君みたいに風邪でもステーキを食べられる人種は正直信じられないが。
今日は火曜日。明日の東条セキュリティの出社はどうするか、うとうとしながら考えていたら。響が帰宅した物音が聞こえた。
「麗ちゃんただいま。具合どう? 何か食べれる?」
夏休みなのに登校日というやつで学校に行っていた響が、ドアを開けて尋ねてくる。正直夏休みなのに何で学校に行かなきゃいけないのか、私には意味がわからない。それって必要あるの? 田舎のおばあちゃん家に帰ってる生徒とかどうするの。私なんて夏休み3ヶ月あったから、遊びまくってたけどなー。サマースクールには通ったりしてたけど。
制服姿の弟を見る。心配そうな顔を見て、この子は本当に優しくて出来た子に育ったと感慨深くなった。きっと私が反面教師になったおかげよね! ……あまり褒められたものじゃないけど。
「うん、結構眠れたから少しすっきりしてる。コンビニで何か買ってきてくれたの? ありがとう」
「麗ちゃんが食べるかと思って、みかんやコーヒーのゼリーと、あとすっきりする飲み物やのど飴をいくつか」
どれがいい? と訊ねられて、袋の中からりんごジュースを選んだ。さっぱりして甘いりんごジュースは、いつもよりおいしく感じた。
「ありがとう、響」
口元はマスクで覆われている為わからないが、恐らく微笑んでいるのだろう。
ちなみに我が家のルールでは、風邪っぴきの住人の部屋に入るときは必ずマスクを着用する。少しでも感染を防ぐ為だ。今回白夜の家で防げなかったのは、ちょっと申し訳ない。
プルル、プルルル……
響の携帯が鳴った。彼は「ちょっとごめん」と一言告げて外に出て行く。もう二口ほど水分補給をしてから、私は再びベッドに沈んだ。
一応朝から寝ているから、少しは熱下がったかも。体温計ではかれば、37.5度だった。うん、マシだけどまだまだだな……
ごろりと寝返りを打ったと同時に、響が慌てて部屋に駆け込んできた。
「大変、麗ちゃん! 白夜君が今からうちに来るって!!」
「はっ!?」
え! 嘘でしょ!?
驚きでがばりと布団から跳ね起きた。
「なな、何でー!? 今日一日くらいは大丈夫だと思ったのに! 一体どこで漏れたの!?」
「鷹臣君が言ったって……。まずいよ、麗ちゃん。白夜君麗ちゃんの様子を見に、絶対この部屋に上がってくるよ!」
一瞬で顔が青ざめる。思わず無言で弟と見詰め合ってしまった。
8畳ほどの自室を私達はゆっくりと見回す。乱れたベッドは仕方がないとして、乱雑なデスク周りに椅子の上には衣服の山。ナイトテーブルにはマンガと文庫本や爪切りなど。そして床にはファッション雑誌。
白で統一されている家具の上にも片付け切れていない小物類やアクセサリー類に、途中までハマッていたデコグッズのラインストーンやグルーがそのまんま放置されていた。開けっ放しのクローゼットは、整理できていない洋服とバッグなどでいっぱいだった。
「「……」」
まずい。とてもじゃないけど、誰かを招ける部屋じゃない!
「イヤー! どうしていきなりうちに来たりするの!? 白夜のバカー!」
「バカは普段から整理整頓しない麗ちゃんでしょ! もう、どうするのこの部屋! 100年の恋も冷めるよ!?」
――ぐさり。
弟の台詞が正論すぎて痛い。
「響……白夜、あと何分でうちに着くって?」
「今外出先から顔を見に来るって言ってたけど、20分で着くらしいよ」
「20分……」
まずい、寝ている場合じゃない!
私は響に助けを頼んだ。
「お願い響! お姉ちゃんの部屋を片付けるの手伝ってー!」
手をやかせる姉で心底申し訳ないと思いつつ、風邪っぴきの私は弟にすがるしかなかった。
◆ ◆ ◆
「物が多すぎるんだよ!」
そう言いながらも片づけてくれる弟に頭が上がらない。洋服類は何とかタンスに収め、入りきらないのはクローゼットに押し込んだ。目に見える物はとりあえず全て隠してしまえ戦法だ。根本的な問題の解決にはなっていないが、とりあえずこの場をやり過ごせれば何とかなる。今度時間をかけてゆっくり部屋の掃除をすることにしよう。(風邪が治ったら。)
お互いマスクを付けたまま、目につく物をまとめていた。小物類はとりあえず空き箱に全部詰めて、ファッション雑誌は紙袋の中へ。そして見られちゃちょっと恥ずかしい昔の写真などは全部壁掛けのコルクボードから取り、さっとナイトテーブルの引き出しにしまった。
「あとは……あ、本棚!」
まずいのが残っていた!
「麗ちゃんどうするの、この本は。本棚に入らないんだけど」
「もうクローゼットもいっぱいで隠せないから、とりあえずそこの紙袋に入れて、響の部屋に匿っておいて!」
「ええー!?」
気になり始めると止まらない。あ、まずい! この漫画はちょっと見られたくない!! あ、こっちの乙女小説も挿絵を覗かれたら……
「何かこう、暖簾とかないのー!? この本棚覆い隠せるようなやつとかさあ!!」
「もうお母さんのスカーフでもかけておけばいいよ」
疲れ気味に呟いた響に両親の部屋へ行ってもらい、大き目のストールを持ってきてもらった。無地を選んでくれたあたりグッジョブだ。念のため、誰でも知ってる人気漫画だけを本棚に残しておき、ちょっと偏ったジャンルのは響の部屋に避難。呆れたため息を吐きつつも私の言う通りにしてくれる弟の寛容さに感謝だ。
「他に、他にはない? もう客観的に見て大丈夫そう!?」
「ちょっと埃っぽい気もするけどね。大丈夫じゃない?」
バタバタしてたから埃が舞ったか。でも窓を開けるわけにはいかない。適温に調節されている部屋に外の熱気を呼び込むわけには。
ああ、動いたら余計熱が上がった気が……。ふらりとベッドに雪崩れこむと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
うちのセキュリティは白夜の自社製品を使っているので、かなり安全だ。響が一階に下りる音を聞きながら、呼吸を整える。
動き過ぎて辛い……。自分でも何バカな事をしてるんだろうと思う。日頃から部屋を綺麗に片づけておけば、急な来客が来ても問題なく通せるのに。人を滅多に招かない為、突然来られたらパニックだ。
白夜の家みたいにすっきりにはどうしたらできるの。ぼんやりと考えて目を瞑っていたら、ドアがノックされた。
「麗、大丈夫ですか?」
まったく麗しくない私に、優しい声をかけてくれる。白夜は心配そうな目で私の顔色を窺って来た。
来られたら困る! と思っていたけど、やっぱり顔が見れるのは嬉しい。大好きな旦那様の顔を、私はマスクをしたまま見つめた。
大きな手が汗ばんだ額に乗る。
「ああ、こんなに熱が……。私の風邪がうつってしまったのですね、申し訳ありません」
「ううん、大丈夫だから。そんなに高くはないし……」
いや、確実に今動いたから上がったと思うけど。
でも間に合ってよかったと心底安堵した。あの部屋のまま来られたら、軽く気絶できる。
何かに思いついたように、白夜は周囲を見回した。
「汗をかいていますね……。着替えられた方がいいかもしれません」
え?
スタスタと歩く旦那様は、「パジャマの着替えはどこでしょう?」と尋ねて来た。って、ちょっと待って!
「ま、待って! 平気だから……けほんっ、」
「遠慮はいりませんよ。ああ、でもその前に身体を拭いた方がよろしいかもしれませんね。私にしてくれたみたいに今度は私が麗を看病しましょう」
それいらないからー! とは、叫ぶ前に急に咳き込んでしまい言えなかった。手を伸ばして置いてあった水を飲むと、白夜が心配そうな声をかける。何とか頷き返したら、彼は私の部屋に来るのが新鮮だと言った。
「可愛らしい部屋ですね。あなたの部屋に一度来て見たかったのです。今度じっくり招かれたいものですが、今は着替えとタオルですね。ああ、タオルは響君を呼びましょうか。……おや」
足に何かが引っかかったらしい。それはクローゼットの扉に半分挟まれた、私のベルトだった。ちゃんと閉めたと思ったら、慌てていた為少しはみ出したみたいだ。
って、私のバカー! 何でちゃんとしまう時確認しなかったのー!
気づいた白夜の視線がクローゼットに向かう。
まずい、それはダメだから! 開けたら最後、知りたくない世界に飲まれちゃうからー!!
「まっ! けほッ……、ごほっ、め(待って、ダメ!)」
咽る私はたったその一言が言えない。どうやら先ほど叫びまくった為、声が出せないらしい。アホすぎる!
「危ないですね。あなたが転んだら大変だ。ちゃんとしまった方がいいですね」
「(キャー!?)」
――直後、ガチャリと扉が開いた。響が言いにくそうな顔で、白夜を窺う。
「あの、司馬さんがそろそろ時間だって白夜君に伝言が……」
ぴたりと止まった白夜は、私の壁掛け時計に目を向けて、残念そうに嘆息した。
「もうですか……。早いですね」
「忙しい時に来てくれてありがとう、って麗ちゃんと僕から」
こくこくと頷く。
私と響を見比べた白夜は、残念そうな気配を滲ませた。
「もう少し傍にいたいのですが……」
「僕がいるし大丈夫だよ。心配しないでって、麗ちゃんも言ってるし。ね?」
再び頷き、白夜に視線でお礼を告げた。小さく「ありがとう」と声に出す。何とか咽ないで済んだ。
「また来ます。ゆっくり休んで寝てくださいね。必要な物がありましたらすぐにでも届けさせますので」
「今のところ大丈夫だから。早くしないと司馬さんかわいそうだよ?」
やんわりと、早くとせっつく響の後ろ姿が頼もしく見える。
旦那様に手を振った後、ふうとため息を吐いた。
……危ない、間一髪だった。
今回は司馬さんに助けられた。ありがとう、司馬さん!
風邪が治ったら断捨離しよう。今度こそいらない物を捨てなければ。
そう決心しつつ、私は意識を失うように眠りについた。
************************************************
響の言葉が耳に痛いのは作者←
皆様、断捨離始めませんか…
もし白夜がクローゼットを開けてたら、コメディ通り越してギャグ展開だったなーと思います。
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