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第三部

31.<閑話>とある義兄弟のコミュニケーション

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お久しぶりです。懲りずに番外編(響視点)です。
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 9歳年上の姉、麗ちゃんが入籍したのは今年の一、二を争う一大事件だろう。(次位はテロ事件。)
 一緒に住み始めてからまだ2年ちょっと。その間に麗ちゃんが恋人を家に連れてきた事はおろか、恋人の話をした事さえなかった。一応思春期を迎えた弟の僕に遠慮しているのかと思った事もあったけど、僕は別に麗ちゃんの彼氏に嫉妬するほどシスコンではないと思う。当然、歳の離れた姉は大事な存在だが。
 僕には言わないだけで、実は外でデートをしていたり、一般的なお付き合いをしているんだろうな、なんて密かに思っていたが、どうやら違った。本当にいなかったのだ。付き合っている人がいないではなく、今まで付き合ったことがある人がいない。その事実を知って、正直動揺した。
 え、麗ちゃんってそこまで奥手だったの? それとも恋愛に興味がないの? 海外育ちであんなにオープンな友達がいたのに、出会いがなかったわけじゃないでしょう! と。

 弟の僕が心配になるほど男っ気がなかった麗ちゃん。身内の欲目をぬいても、面白くて明るくて、普通に可愛い自慢な姉だと思うのに。この先も彼氏が出来なくて大丈夫かな、なんて思っていた矢先。麗ちゃんは出会ったらしい。そう、今の旦那さんになった、東条さんと。

 この東条さんは、麗ちゃんの5歳上の大人な男性。あの東条グループの御曹司で、社長さんで、背が高くかっこよくって、いつも温和な微笑みを浮かべている、完璧な人だ。少女漫画の世界の人みたいに出来すぎた感のあるこの人は、非の打ち所がないくらいいろいろと凄くて……中身もいろんな意味で凄かった。

 僕は一目で東条さんが麗ちゃんに好意を抱いていることに気づいた。鈍くさい、とよく言われる僕でもわかるのに、麗ちゃんは鈍すぎるよ……なんて内心思ったくらい。まあ、鈍いところはきっと父親譲りなんだと思う。(って母さんが昔から言ってた。)

 正直どうして東条さんは麗ちゃんを選んだのか、直接訊いたことがなかったから知らないけれど。この二人は傍目から見ても仲がよく、一言で言えばラブラブだ。うん、自分の気持ちに気づいて、行動力のある麗ちゃんが告白した直後に、婚約&結婚騒ぎになって若干引いたけれど。東条さんの抜かりのなさは、見習いたいところでもある。経験値の違いすぎる彼に狙われたら最後。麗ちゃんが捕獲されるのは時間の問題だったと思うよ。

 そして結婚式はまだだけど、入籍して義理の兄となった東条さんと、僕は何故か今、向かい合わせでお茶を飲んでいた。そう、二人っきりで――

 「夏休みはどうですか? 響くん」
 「ええっと、はい、満喫してます。バイトの合間に課題をやって、友人達と遊びに出かけたり」

 クーラーのきいた我が家のリビングで、東条さんに紅茶を出した。ソファに座る姿もセレブって感じがする。紅茶をゆっくりと飲む仕草が絵になるようで、男の僕でさえ目を奪われてしまう。一般人とは思えないオーラ。優雅でかっこいいこの義兄に、こんなお茶を出していいのかなって今更ながら緊張が……

 「アルバイトをされているんでしたね。確か古紫室長の紹介でしたか?」
 「はい、鷹臣君のところでバイトしてたんですけど、急に『修業してこい』って言われて……」

 思わず苦笑いを浮かべた。まあ、僕の鈍さが誰かの役に立つならいいんだけどね。そこそこ楽しいし。

 「ところで、東条さん、」と呼びかけたところで、彼は僕の名前を微笑みながら呼んだ。
 「響君、そろそろ東条さん呼びはやめませんか。義理とは言え、あなたは私の弟になったのですから」
 「……ええ、まあ、そうですね……」
 
 それならなんと呼べばいいのだろう。首を傾げて、「お義兄さん、でいいですか?」と訊ねれば、彼は頭を左右に振った。

 「それも新鮮でいいですけど、まだどこか他人行儀なので、名前も入れてもらえたら嬉しいですね」
 「白夜兄さん?」

 そう呼べば、彼は嬉しそうに目を和ませる。こっちは何だか照れくさい。が、その直後。東条さんは何かに気付いたように軽く頷いて口を開いた。

 「ああ、そうです。古紫室長や管理官を呼ぶ時、響君も彼らを名前で呼んでいるんでしたっけ?」
 「? はい、鷹臣君、隼人君、ですね」

 うちは基本名前呼びだから。隼人君は例外で、鷹臣君を”兄さん”って呼んでるけれど。
 そういえば東条さんの妹さんも、名前で彼の事を呼んでいたっけ。
 そんな事をぼんやりと考えていたら。東条さんはギョッとする提案をした。

 「それなら私の事も、同じように呼んでほしいですね」
 「……え?」
 
 同じように。つまり、従兄の二人を呼ぶように呼べ、と。
 冷や汗が流れそうになるのを堪え、僕は冗談ですよね? と確認する眼差しを向ける。

 「いいえ? 是非親しみを込めて、白夜君、と」
 「無理無理、ムリです!」

 何ていう無茶ブリをしてくるんだこの人は。
 東条さんを君呼びだなんてとんでもない。あの二人とは付き合いが長いし従兄だからいいとしても、東条グループの御曹司でとんでもないセレブで、いろいろと侮れない所がある人を、馴れ馴れしい呼び名でなんて呼べない。僕の約倍の年を生きているんだよ? 敬意がなさすぎる。

 「あの二人は従兄ですから慣れてますが、東条さんをそんな名前で呼ぶなんて恐れ多い……」
 「遠慮する必要はありませんよ? それに私に敬語を使う必要もありません。古紫室長や麗に話しかけるみたいに、気兼ねなく接して頂きたいのですから。だって私達は兄弟なんですからね」
 
 そうキラキラしたスマイルを見せられて、僕の頬は引きつりそうになった。今なら麗ちゃんが言ってた意味不明な現象も理解できる。この人に振り回されていた麗ちゃんに、ちょっとだけ同情心が湧いた。これは、なかなか手ごわい。

 「敬語をなしで、と言われても……難しい、と言いますか」
 「おや、むしろ海外育ちで帰国子女なら、敬語を使う方が難しいのでは?」
 
 ……確かに。それは否定できないけど。ですます調で話すのは問題ない。
 姉弟揃って本来なら順応性が高いはずなのに、何故だかそれはこの人には適用されないようだった。でも、期待が籠った目で見つめられ、僕は覚悟を決める。

 「えっと、それじゃ、白夜、くん?」
 「はい。何でしょう? 響君」

 嬉しそうに微笑まれては、「やっぱり無理です」とは言えなくなった。
 気分を入れ替えるようにお茶で喉を潤わせて、この家に来た理由を尋ねる。今日は麗ちゃんは家にいないし、仕事で夜まで帰って来ない。折角の土曜日なのにね。
 でも、社長さんの東条さんは土日関係ないだろう。忙しいんじゃないかと思い、ここへ来た意味を窺えば。彼は一言「響君と話したかったのですよ」と答えた。

 「何か困った事はありませんか? 宿題でわからない事があれば、遠慮なく言ってくださいね」 
 「困った事は特に……。宿題も順調に進んでますし、授業も英語で受けられるんで問題はない、かな」

 温厚な笑みを浮かべたまま、東条さんは更に尋ねる。

 「苦手な科目はないのですか? 部活や友人関係で悩んだりとか」
 「古典とかは選択していないので、大変だと思う授業も今のところは平気かと。生憎部活は帰宅部だし、クラスメイトとは普通に仲もいい、かな」

 無理して崩した喋り口調って、案外難しい。ついつられて敬語になってしまいそうだ。麗ちゃんも初めは東条さんと敬語で話していたのに、そういえば普通にため口使っているよね……。自由だな、麗ちゃん。

 若干残念そうに目尻を下げた東条さんは、一言「そうですか」と呟いた。
 が、その直後、予想外の質問を投げる。

 「それなら、恋の相談はどうでしょう? 響君は今お付き合いしている女の子はいるのですか?」
 「……何でいきなり恋愛相談室を開こうとしてるの?」

 思わず素で聞き返してしまった。
 くすりと柔和に笑った彼は、そんな僕を見て更に笑みを深める。

 「それはやはり、気になるからでしょうね。迷える青少年が恋する女性の事で悩んでいたら、身近にいる年上の男性が手を差し伸べるべきだと思うのです。アフリカにいる一ノ瀬総領事の代わりに、大事な義弟の悩みを解消する手助けをするのは、兄となった私の役目かと」
 
 言ってる事はわかるけど、やっぱりよくわからない。
 そういえば以前麗ちゃんが何か男同士の話がある場合、お父さんの代わりに東条さん……じゃなくて、海斗さんに相談すればいいよって言ってたっけ。東条さんは適切な答えをくれるか怪しいから、とも。(それってどうなの、麗ちゃん。)

 「えっと、こんな事すっごく言いにくいんだけど……。生憎、彼女もいないんで」
 「好きな人は?」
 「いないかな」
 「気になる子も?」
 「今は特に」
 
 そう、今は特に。いいなと思ってた子はいたけれど、その子には彼氏がいるから。恋にすらならず、今はいい友達をしている。
 少し残念そうに柳眉を下げた東条さんは、「そうですか」と若干落胆しているように見えた。

 「何だかすみません」と謝れば、謝る事ではないと言う。
 「焦る必要はありませんし、焦って誰かを好きになる事もありません。好きになろうとして恋する物ではなく、恋とは突然出会う物なのですよ」
 ――私と麗みたいに。

 そして満面の笑顔で暫く麗ちゃんとの出会いから、結ばれるまでの紆余曲折を聞かされる事30分。僕は姉の鈍感さと、陰ながら見守って来た司馬さんに何だか申し訳なくなってきた。
 
 「――一目で恋に落ちる事もあるのですから。焦らずゆっくりでいいんですよ」
 「……そうですね」

 いや、別に今彼女欲しいとか思っていないけども。
 でも、彼が僕の為に何かしたいという気持ちはありがたかったので、何か困った事があったら相談すると伝えた。その時の東条さんは、僕が女じゃなくても見惚れてしまいそうになる位、優しく慈しみに満ちた笑みを浮かべた。

 その後、麗ちゃんの写真を見せる目的でいくつか僕のアルバムを持ってきて(その頃麗ちゃんは既に10歳位)、東条さんは上機嫌でページをめくっている。時折、「これは持っていませんね」とか呟いているのは、何の事だろう?

 仕事の電話が入ったのを機に、彼は車で去って行った。玄関でしっかり見送った僕は、扉が閉まった直後。どっと緊張感が解け、脱力してしまう。

 「かっこいい人の傍にいるのって、案外疲れるのかも……」

 いや、かっこいいだけじゃなくて、笑顔の裏が時折読めない人の傍にいる事が緊張するのかも? あの微笑みの裏では一体何を考えているのだろうと、知るのが怖い気もするけれど、ちょっと気になる。

 そんな東条さんの心を射止めて、お嫁さんになった麗ちゃんは、案外大物なのかもしれない。
 僕はちょっとだけ、麗ちゃんって凄いなと思ったと同時に、大変だなとも思った。






 



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唐突に兄ぶりたい白夜が書きたかったのです……。そして響視点ってなかったな、とも。
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