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第三部

11.旦那様の笑顔には裏がある(中編)

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*誤字脱字訂正しました*
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 「さて、以前麗は約束してくれましたよね? 隠し事はしても嘘はつかないと」
 目尻を下げてにっこり笑う白夜は、そう告げた後リモコンを再び操作し始めた。

 ああ、私ったら何でそんな事を言ってしまったのだろうと後悔しても、時すでに遅し。隠し事というのは勘付かれないように上手くやらないと無意味だと、この時になってわかった。嘘は言わないと約束したら、何か隠していることを追求されれば逃げることは難しい。残された道はただ一つ。

 そう、黙秘を貫いて……!

 「だんまりは許しませんよ?」
 「…………」
 
 ……この人は本当にただの一般人なのだろうか。
 実はうちの遠い親戚だとカミングアウトされてももう驚かないよ! 何でいつもタイミング良く私の心を読むの!? 
 それにこの笑顔! めっちゃ笑顔なのが逆に超怖いいい!! 
 
 白夜は映し出されている映像……というか、あのPVを早送りにして一時停止した。そう、丁度私の……いや、ディアナの顔がアップにされたところで。
 
 「麗、私に何か言うことありますよね?」
 再度問われた質問は、まるで最終宣告のようにも聞こえた。これ以上黙秘を貫けると思うなよ? と。
 私は潤みそうになる瞳をぐっと堪えて、内心泣く泣く白夜を見上げながら観念したのだった。
 
 ◆ ◆ ◆
  
 事務所で引き受けた仕事には必ず守秘義務が言い渡される。それは警察に関わるような事件でも、結婚式の代理出席の依頼でも、人気バンドのPVに出た時でも同じだ。情報漏洩防止の為と、事務所への信頼に関わってくるのだから。
 言えないことは言えないと言う権利くらいはあるだろう。そう覚悟を決めて、白夜を見つめる。
 私がようやく質問に答える気になったのかと悟った彼は、きれいに弧を描く唇を動かした。

 「今のあなたの姿を見たら一目瞭然ですが、一応確認を。ここに映っている彼女は、麗ですよね?」
 「・・・・・・・・・・・・はい」
 
 よりによってなんでこのアップを使うかな!?
 馬乗りになって妖艶に微笑んでいる姿なんて、あんまり長く直視したいものじゃない。大胆にも胸の谷間までくっきり見えていて、赤い雫が胸を伝っている光景だなんて、淫らで妖しくて、恥ずかしすぎる。しかもスクリーンでかいし!

 俯き加減で返事をすれば、白夜はじっと黙って私が説明し始めるのを待っている。
その無言の圧力に耐えられず、私は話せるところまで話した。

 「……つまり、あなたも初め相手役をするとは知らなかったと?」
 「うん……本当に急に決まって、代役をさせられる羽目に……」

 まさかノロにかかった来栖レイラの代わりをさせられるとは思っていなかったけどね! K君と社長さんの無茶ブリには驚かされるよ。人気モデルの代わりをさせたんだから。

 苦い表情になっている白夜をこれ以上怒らせちゃいけない。そう本能で察知した私は、以前瑠璃ちゃんから聞いた話を思い出していた。
 確か彼氏に秘密がバレた時などの、効果的な謝罪方法を伝授してもらったんだった。
 
 『まずいと思った時の謝り方ですか~? 簡単ですよ~! 彼に許してもらいたい時は~、ちょっと目を潤ませて伏し目がちに俯いて~、反省していると雰囲気で伝えてから上目遣いで彼を見上げて一言、「ごめんなさい」って震えがちに謝れば、大抵コロっと許してくれますよ~』
  ――小動物を意識してくださいね~! 庇護欲を誘う感じで。

 そう言って瑠璃ちゃんは実際にその場で演じてみせてくれた。彼女はたびたびこんな女優顔負けな演技を実践してくれるのだ。何とも頼もしく、ありがたい。しかも経験者が語るのだから効果絶大なのだろう。
 その後の注意点もいくつか言っていた気がするけれど、メモを取るのに必死だった私はほとんど覚えていない。

 じっと黙って静かに不機嫌さを醸し出す旦那様に許してもらうには、私が一言謝るのが手っ取り早いだろう。秘密がバレてしまって、いくらPV出演が不可抗力だったと知っても面白くないのは事実。私だって白夜が知らない女と仲良さげにしているのを、演技だとしても見たくないもの。

 私は意を決して白夜が座るソファの隣に腰を下ろした。軽く目を瞠った彼にくっつくように近寄り、俯き加減で身体全体を使いごめんなさいをアピール。涙目には自然になれた。だって実際に怖いから! 笑えと言われるより、泣けと言われる方が簡単なのもどうなんだろう。
 視界がいい具合にぼやけてきたところで、隣に座る白夜を見上げる。そして一言――

 「ご、ごめんなさい……」

 この後の展開は、ぎゅっとしてチューの一つで仲直り! と、瑠璃ちゃんが言っていた気がする。
 が、現実はそう甘くはなかった。

 「それは何に対しての謝罪ですか?」
 「……え?」

 微笑みを浮かべた白夜の冷静な声が降り注ぎ、私の涙は瞬時に引っ込んだ。

 何に対しての謝罪……白夜に黙っていた事? いやでも仕事関係は話せないから仕方がない。白夜に嘘は一応ついていないはずだし、怒らせた事は確かに悪いと思っているけれど。それの原因はきっと私が他の男(K君)と特別な関係を演じていたからだと思うし……
 つまり、本物の恋人(あの時は仮婚約者)がいるのに、必要以上にK君と親密な状態だったから怒っているんだろう。いくら依頼だとしても、私は芸能人でもなんでもないただの一般人なのだから、カメラの前では演技として割り切るだなんて無茶なんだし。

 とりあえず、私は思いつくままを述べた。

 「その、PVに勝手に出た挙句バレるまで黙っていた事とか、いくら仕事とはいえK君と親密な関係を演じたこととか……?」
 恐る恐る見上げると白夜は穏やかに微笑んだまま「それもありますね」と言った。
 ……その他は何なんでしょうか、旦那様。

 「このような恰好で他の男を襲う扇情的な姿や、世界中の人間に麗の存在がバレた事に対してもでしょうか。動画サイトなどで配信されていることもとても気に食わないですね。私のあなたが世界中の男性を魅了しているなど、実に腹ただしい」

 そう告げた白夜は、ふと王子様スマイル炸裂で私に笑いかけた。キラキラ光る何かと共に黒い靄が背後から放出されている気がする。その器用な彼に、私の顔は動かすこともままならず固まった。次に告げられる発言が怖くて、緊張から喉が渇いていく。

 「ですから、麗。謝罪なら言葉だけじゃなくて、行動で表してくれますよね?」

 そんな不穏な言葉を残して、白夜は私から言質を取るまで離さない勢いで抱きしめてきた。

 ……行動で謝罪を表すって、白夜に対してはどうすればいいんだろう。むしろそれが問題な気もする。余計に不安を煽る事を……!

 「ちちち、ちなみに行動で表せって……それって具体的にはどうすれば……?」
 思いっきり動揺しているのを隠しながら尋ねてみたら。白夜はなんでもないことのようにしれっと言った。

 「そうですね。PVに出演された時と同じ恰好で、まずは私を誘惑してもらいましょうか」

 ……ピンチ到来!?

 ◆ ◆ ◆

 PV撮影と同じようなベッドに同じ色のシーツ。飾られている小物も作られた雰囲気も、CGで加工されていない箇所はすべて私の記憶通り……小物の配置や家具までほぼ撮影現場と変わらない。そんな場所に連れ込まれた私は鏡で自分の姿を見て、脱力した。
 「想像通りだ……」

 黒髪のウィッグと白いナイトドレスはわかる。このドレスもPVで着ていた物と全く同じ。同じデザインを作り直したのかと思ったけれど、そうじゃなかったらしいとあのスタイリストさんの言葉を思い出して思った。CD発売からまだそんなに時間は経っていない。白夜がいつ私が出ていると気づいたのかはわからないけれど、忙しい彼だもの。このナイトドレスまで同じ物を作るように依頼するよりは、いっその事撮影で使われていたドレスを入手する方が手っ取り早いだろう。
 つまり、今身にまとっているドレスは撮影時で使われていたのと同じドレスの可能性が高い。本当は来栖レイラ用で、私が拝借したやつだ。幸いドレスは多少サイズの変化があっても誰でも着れるタイプだし、微調整などは必要ないから今の私が着てもピッタリなのもうなずける。

 そして驚かされるのは、鏡に映る自分。アイシャドーなど若干色の違いはあるかもしれない。使うブランドによって違いが出るのは仕方がないだろう。が、そんな物を差し引いても、今の私はまるっきりあの時MIKAさんに魔法をかけられたディアナそのものだった。
 付け睫毛は上下ともあの時使われた物と同じで、ちょっぴりセクシーさを感じる。現実味を感じさせない、どこか神聖さを思わせる姿。健康的に見えるチークなどはつけられていないけど、小顔に見えるシェーディング効果はばっちり。真っ黒な髪に真っ青な瞳だけでもミステリアスさが出るのに、唇だけは艶めかしく血のように赤い為表情によっては妖艶な空気まで醸し出されるだろう。白と赤と黒を纏った私は、もうどこから見てもPVに出演したDIAだ。

 鏡を見て唖然とする私に白夜は告げた。

 「私だけあの姿のあなたに会えないのは、不公平でしょう?」と。

 この部屋を作ったのも、この恰好をさせたのも、メイクさんを派遣させたのも、すべてDIA(ディアナ)になった私を生で見たかったから――

 「ばっ……!」

 ばっかじゃないの!? と言いかけたところで瞬時に言葉を飲み込む。代わりにごまかすように呆れた口調で「白夜……」と呟いた。
 
 この人いったいこれだけの準備にいくらお金かけてるんだよ!? 
 メイクのMIKAさんは生憎グアムでの撮影に参加していて、今回は別の人にお願いしたらしい。それでもここまでそっくりにできるんだから腕はいいと思う。って、MIKAさんまで呼ぶつもりだったのか、白夜は……
 そしてこの場所。どうやら本物の撮影時に使われた洋館は、現在改装中で使えないようだ。それを知った白夜はあの洋館からそれほど離れていないこの別荘を借りたのだとか。知人がここを持っている事も本当で、今回使用することも了承済み。この交渉を彼がしたのか、はたまた司馬さんがしたのか……後者だったら司馬さんに本当に申し訳なさ過ぎる。白夜がこれ以上彼の仕事を増やさないように、私が気を付けておかなければ。

 内心冷や汗だらだらの私はゆっくりと振り向いた。椅子に悠然と腰掛けて微笑み続ける白夜に恐る恐る尋ねる。

 「ゆ、誘惑って……具体的には何をすれば……?」
 「簡単ですよ。あの彼にしたことをそっくりそのまま私にすればいいだけの事です」
 「……つまり、あれと同じ事をしろと……?」
 
 青ざめる私に白夜は笑顔で「はい」と頷いた。

 って、ギャー! こいつ何考えてやがるんだー!!
 動揺しまくりの私は本音を心の中で吐き出した。白夜、私に誘惑って何をさせるんだと思ってたら、同じ事を自分にもしろだって!? 不公平ってそういう意味か!

 青くなったり赤くなったり、うろたえる私に白夜は静かに告げた。

 「できないはずはありませんよね? 彼にもできたのですから、私相手でも同じようにできるでしょう? さあ、麗。その恰好で、その姿で、私を誘惑してみせなさい」

 ……微笑んでいた旦那様の目は、本気だった。
 
 




  


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