微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第三部

9.試着会開始

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*誤字脱字訂正しました*
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 「先日はご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした!」
 日曜日。東条邸に呼ばれた私は、開口一番頭を下げた。

 先週末、初対面の白夜のご両親に親子そろって気絶するなんて迷惑をかけたのだから、謝るのが礼儀だろう。気にしなくていいと笑っていてくれたけど、そんなわけにはいかない。うう、今思い出しても恥ずかしい。

 出迎えてくれた執事の柳沢さんはにこにこして扉の隣に立っているけれど、この人にもいろいろご迷惑をかけてしまったんだった・・・あとで個人的に謝っておこう。

 「いーのよーそんな事! よく来てくれたわね、麗さん。ささ、早くこっちへ来て頂戴」
 白夜のお母様、夏姫さんに呼ばれて案内された応接室に入る。気が付いたら横からそっと肩を抱かれた。ふと隣を見上げると、白夜が私に微笑みかけて先を促した。

 「いらっしゃい、麗ちゃん! 待ってたわよ~」
 そう挨拶してくれたのは朝姫ちゃんだ。
 彼女も来ていたなんて知らなった私は少しテンションが上がった。先週末はあまり話せなかったから。

 「まずはお茶でもしましょうか」
 そう夏姫さん告げられて、柳沢さんが一礼して部屋を出ていった。すぐに東条邸で仕えるメイドさんらしき女性数名が現れてお茶の準備をテキパキとしてくれる。執事さんといいメイドさんといい・・・すごいな、やっぱり。

 私も一応外交官の娘だし、父が総領事になってから結構大きな家に住んでお抱えのシェフもいたことはある。が、基本お母さんは料理以外はほとんど自分でするようにって言っていたし、金銭感覚もきっちりしていて庶民的だった為無駄遣いには慣れていない。お母さんは正真正銘、古紫家のお嬢様だったのにね・・・しかも噂によると、お姫様のように育てられたとか。まあ、行動の自由はあまりなかったようだけど。けれど、他の事に関しては不自由なく育ったはずの母だけど、私達の事はふつうの一般家庭のお宅と同じように育ててくれた。その為、私も響も家計簿をつけるよう躾けられた。でも細かい計算は面倒なので、今はほとんど響任せなんだけど。
 って、私本当ダメダメじゃないか。
 そういえば結婚して一緒に住み始めたら、そういう事も考えていかないといけないのか・・・白夜の金銭感覚をまずきちんと把握するところから始めないといけないが。

 「麗ちゃん、このお菓子おいしいから食べてみて」
 「あら、こっちのマカロンも今日の為に取り寄せてみたのよ。麗さんがお好きだと聞いて」

 次から次へ現れるお菓子に私はすっかり目を奪われていた。勧められるまま食べて、おいしい紅茶を飲んで。にこにこ顔で食べている私を見つめてくる3人の視線も気にせず、緊張を解いた私は東条家のペースに完全に飲まれていた。
 そしてこの時調子に乗ってケーキとクッキー、マカロンなど種類豊富なお菓子を食べまくった後。さっそく後悔することになるのなど予想もしていなかったのだ。


 和やかな談笑が続き、時計が2時を回る頃。私が東条邸に慣れたようだと判断した夏姫さんは、手を叩いて柳沢さんを呼んだ。
 あっという間にお茶セットが片付けられて、隣接している部屋へ促される。いったい何だろう? と白夜を見上げるけれど、彼はにっこり微笑むままで、全くこれから起こる事がわからない。
 そして案内された部屋には無数のドレス&キラキラ小物グッズが。それはもう、目を瞠るほどの数と種類のトキメキで埋め尽くされていた。

 「お・・・乙女のロマン・・・!」
 ガラスの靴が出てきても、驚かないよ!
 そこはウェディングドレス専用のお店が開けそうなほどの種類がラックに飾ってある。思わずきゃー!とはしゃぎそうになった。

 「どう? 麗ちゃん。気に入りそうなドレスはさっそくあった?」
 そう笑いかけた朝姫ちゃんに、笑顔で告げた。

 「朝姫ちゃんあのマーメイド似合いそう! 着て見せてほしい!!」
 「って、私じゃないでしょ!」
 ん?

 私と朝姫ちゃんのやり取りを見つめていた夏姫さんが、くすりと微笑んで言った。

 「今日は麗さんのドレスをいくつか選ぼうかと思って。あ、選ぶと言っても似合うデザインを選んで、あとは私のイメージ作りの為かしら。もちろん気に入ったのがあったらそれを選んでくれても構わないわよ? 遠慮なく言ってね。お色直しは何回してもいいんだから! でも、ドレスは私がオーダーメイドしてデザインするからね~」
 「・・・・・・え?」
 ぽかん、と口を開けて唖然とする私に、朝姫ちゃんが会話に参加する。

 「いいわね、お色直し! 気に入ったドレスがあったらじゃんじゃん着ればいいと思うわ! さ、麗ちゃん。まずはサイズを測るから、とりあえずその服は脱いで、出来れば下着姿か薄着になってね。そのワンピの下はキャミ着てる?」
 「・・・・・・はい?」

 私の着替えを誘導する二人に、ちょっと待ったをかける。

 「ドレスのフィッティングとか聞いていないんですけど!? え、なんでそれさっきあんなに散々食べさせた後にするんですかー!? スリーサイズを測られるなんて知ってたらあんなにバクバク食べなかったのにー!!」
 思わず嘆くと、顔を見合わせた夏姫さんと朝姫さんが、しまったという顔をしていた。

 「ごめんなさいね、にこにこ食べる麗さんを見てたらついもっと勧めたくなっちゃって・・・」
 「おいしいお菓子で緊張をほぐしてうちに慣れてもらってからとばかり思ってたわ・・・」

 うう、怒るに怒れない・・・
 これは新手の拷問なのか。

 「まあまあ、サイズの微調整はできるからあまり気にしないで!」と慰めてくれた夏姫さんに、とりあえず先にお手洗いをお借りすると伝えた。一度試着が始まれば、トイレに行きにくくなってしまうので。

 そして一人になれた時。私はがばりと今着ているワンピースのファスナーを下した。

 「・・・よかった、痕はほとんど残ってない・・・!」
 セーフ! と、安堵のため息を深々とついた。
 まさかドレスに着替えるとか知らないから、さっきは別の意味でもドキドキしたじゃないか! 白夜におとといつけられたキスマークは、ほとんどわからないほど薄くなっている。もともと残りやすい体質じゃないみたいで、安心したよ。

 「あ~びびったー・・・これなら、心配事は一つ解消された・・・」
 再び安堵のため息を吐いて、私は試着用の部屋へと戻ったのだった。

 ◆ ◆ ◆

 「――で? 何であんたまでここにいるわけ?」
 腕を組んでじろりと椅子に座る白夜を見下ろす夏姫さんは言った。
 内心私も思っていた事だったから、言ってくれてよかった! と思ったのは内緒だ。
 当然の顔で白夜は同じ試着部屋・・・ドレスで埋め尽くされているこの部屋の隅の椅子に腰かけている。でも考えてみれば、ドレスを見せる事はあっても、試着をしている準備の段階まで彼がいる必要はない。むしろ、準備中は男子禁制だ。勘弁願いたい。

 ・・・が、白夜はしれっと答えた。

 「何か問題でも?」と。

 「問題は大アリよ!」
 またしても私の心の声を代弁してくれたのは、今度は朝姫ちゃんだ。東条家の女性陣はどうやら私の味方らしい。

 「あんた試着まで当然のように見るつもりでしょ! あのね、普通試着室に男は通さないの。さっさと出た出た!」
 「彼女が着たドレス姿を私だって見る権利はあると思いますが?」
 「それは着た後でいいでしょ!? 着る過程まで見る必要はない!!」
 朝姫ちゃんの後ろで何度もうなずいて、援護する。
 そうだよ、準備中は準備中。男性は見ちゃいけません!

 やがて嘆息した白夜は、「仕方がありませんね」と告げて立ち上がった。
 「今だけお二人に貸出し許可は出して差し上げますが・・・ちゃんと返してもらいますからね。あと、試着できたら必ず見せてくださいね」

 そう柔和な笑みを浮かべて白夜は部屋を出ていった。

 「何なのあの男・・・さりげなく上から目線でムカつくわ!」と憤る朝姫ちゃんに、どうどうと落ち着くよう声をかける。

 「あいつ麗ちゃんにしつこく片想いしている頃からヤンデレ予備軍だと思ってたけど、今じゃ立派にヤンデレじゃない!」
 え、そうなのか。
 これは・・・私はどう対応したらいいんだろう。

 「あの、朝姫ちゃん。ちなみに、しつこく片思いってそれっていつ頃からなの?」
 そういえば聞いたことあったっけ?
 白夜が私をいつから好きなのかって、質問したようなしていないような・・・

 「え、聞いてないの? ・・・それは直接本人に尋ねた方がいいと思うけど。少なくとも、麗ちゃんが好きだと自覚するずっと前からって事だけは確かよ」
 ずっと前・・・
 うん、今度訊いてみることにしよう。


 「さ、ちゃっちゃと着ちゃいましょうか!」
 
 夏姫さんがメジャーを取り出して、私は身体の隅々まで計測された。抜群にスタイルのいい朝姫ちゃんが隣にいて、同じく美人な夏姫さんもいるところで、平々凡々な平均女子の私が恥ずかしさを感じるなという方が無理だろう。というよりも、やっぱ何の苦行だこれ。特にウェストはめちゃくちゃおなかをぺったんこにして挑みたかったけれど、「リラックスしてね」の一声でそうもできなくなった。残念だ。

 「プリンセスラインのドレスとかどうかしら? 背が低くてかわいいタイプの子には似合うわよね~」
 「Aラインもいいけど、ベルラインも捨てがたいわね・・・麗ちゃんならミニドレスもかわいいと思うけど」
 「ああ、いいわねそれ。ミニの試着もしてみましょうか!」

 夏姫さんと朝姫ちゃんの間で勝手に会話が進み、私は口をはさむ機会がまるでない。そして次々に着替えさせられて、ドレスの試着会が始まった。

 「朝姫ちゃんならマーメイドとか着れていいな。美人系なドレスやスレンダーなのも似合いそうだし、ねね、ついでに朝姫ちゃんも着てみない?」
 「え? いや私着てもしょうがないし・・・」
 「あら、ついでに朝姫だった着てみればいいじゃない。別にジンクスなんて気にしなくてもいいのよ」

 ジンクスって何だろう。
 あれかな、結婚前に白いドレスを着ると婚期が遅れるとか?
 まあ、朝姫ちゃんの場合なら大丈夫でしょう。少なくても約一名、もらってくれそうなのがいるし。・・・それが彼女にとっていいのか悪いのかはわからないけれど。

 が、結局朝姫ちゃんは私の着替えを手伝うだけで、ドレスは着てくれなかった。しかたがない、本物の時に拝むとするか。

 約束通り、白夜に毎回ドレスを見せる。彼はそのたびに嬉しそうに、とろけるような眼差しで見つめてきて、毎度の事ながら砂糖菓子でも作れる勢いの甘いセリフを吐いた。
 「よくお似合いです」だけならまだしも。段々「かわいすぎるので他の男には見せたくありません」に変わり、次第には「招待客は女性だけにしましょうか」まで。

 おいおい、無理だって!
 身内はOKでもそれはきついぞ。

 試着して見せるたびに息子がこぼす賛辞を、呆れた眼差しで見つめ続けた夏姫さんは、ぽつりとつぶやいた。

 「あれはもう治らないわね」、と。

 え、それって困るのは私なんじゃ!?

 
 いくつか候補ができて、夏姫さんの中でイメージはどんどん膨れたそうで。最後に私の希望を訊かれて、思いつく限り述べた。

 暫くして、こんこんとドアがノックされる。現れたのは執事の柳沢さん。 
 ドレス姿の私を見て柳沢さんは「おや、若奥様。これはお美しいですね」とまさしく紳士な口調と微笑みで柔らかく告げた。

 「わ・・・若奥様・・・」

 かろうじてお礼を言ったけど、その言葉が耳にエコーして顔が赤くなる。
 若奥様って! 誰、誰なの! 私のことなのか!?

 かあ~っと顔を真っ赤にさせた私を見て、朝姫ちゃんと夏姫さんが「ちょっと何あのかわいい生き物」、「白夜に見せるのは毒ね。隠しておきましょう」なんてこそこそ話している声は、さっぱり届かなかった。

 こうして初めてのウェディングドレスの試着会は無事に終わったのだった。


 









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ヤンデレ予備軍から彼はすっかりヤンデレに・・・いつの間になのか、作者にもわかりません。
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