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第三部
4.招待状
しおりを挟む火曜日の朝。事務所の扉を開いた私は、今にも熱を出して倒れそうな位浮かれている瑠璃ちゃんと遭遇した。一体今度はどこのアイドルを追っかけているんだ。
「おはよー瑠璃ちゃん。どしたの?ぽーっとしちゃって」
はっと我に返った瑠璃ちゃんは、とことこと小走りして私に近づいた。
「う・・・あで、CDっおく・・・!」
「うん、ごめん。わかんないから落ち着いて」
CDだけはかろうじて聞き取れたけど。何をそんなに興奮しているんだ、彼女は。
そんな疑問はすぐに解明されることになった。
「おう、麗。今丁度届いたCD配ってたんだけどよ、お前はもう持ってるからいらねーよな?」
ひょっこり室長室から顔を出した鷹臣君は、私の顔を見るなりそう告げた。手には四角いケースをひらひらと振って。
「え、届いたCD?って、ちょっと何それ!?まさか、AddiCtの!?」
「ほかに何があるってゆーんだよ」
呆れた眼差しの鷹臣君を見やってから、隣で未だに放心中の瑠璃ちゃんを見つめる。胸に抱きしめているのは、確かに見覚えのあるCDケース。そしてこのうっとりぶりを見る限り、ただ送られてきてはしゃいでいるわけではないのだろう。
軽く瑠璃ちゃんを揺すぶってみたら、我に返った瑠璃ちゃんは「見てください~!」と嬉しそうに私にCDを見せた。
「AddiCtから送られてきたCD!しかもサインつきなんですよ~!?もう、瑠璃宝物にします~!!」
見ると、確かにメンバーのサインらしき物が入っている。
ああ、サイン付きは私のだけじゃなかったのか。他のメンバーもサインをしたやつがあったらしい。そのうちの一枚を瑠璃ちゃんが手に入れたのだろう。
「よかったね、瑠璃ちゃん。ジャケットは大事にしないとねー」
そんでPVは即刻処分してほしい。マジで。
「さっそく仕事前にCD聴かなきゃ~」と語尾にハートをつけてルンルンな瑠璃ちゃんの肩を、がしっとつかんだ。待て、なぜCDを聴くと言いながら、向かう先はテレビなの!CDプレイヤーあるでしょ、そこに!!
「ダメだよ瑠璃ちゃん。まだ仕事前の時間だからって、朝からそんな物を聞くべきじゃありません!仕事に身が入らなくなったらどうするの」
主に私が。
同じ職場にいて、私が大ダメージを受けるから。歌を口ずさむ声も感想も、聞きたくないから!
「へーきですよ~!むしろ気になって逆に仕事に集中できません~。私、楽しみは取っておかない主義なんです~!」
「そこは嘘でも”取っておく主義”って言ってよ!」
なんて押し問答を繰り広げていたら。鷹臣君がポチッとDVDプレイヤーの電源をオンにした。聞き慣れたイントロが室内に響いて、さーっと顔が青ざめる。
「ギャー!鷹臣君の馬鹿ー!!なんで今それ見るの!?」
「お前が嫌がるからに決まってるだろ」
「・・・・・・」
もう嫌だ、この鬼畜従兄・・・!
”嫌がる私が見たいから”ではなくて、”私が嫌がる理由を知りたい”から見るわけなんだけど。それはもうどっちでも同じな気がする。結局見るんだし!
数分我慢すれば終わる・・・!
そう自分にいい聞かせて、私は給湯室へ逃げ込んだ。
◆ ◆ ◆
「麗、あんたって本当に化けるのね。感心しちゃったわ」
お昼時間になり、鏡花さんがCDを見つめながら呟いた。
本日事務所に現れたメンバーに、もれなくCDが贈られた。ちなみにサイン入りは数に限りがあって、瑠璃ちゃんがA(エース)のをもらっていたから、残り2枚のQとJはほしい人にあげたそうだ。鏡花さんはちゃっかりQさんのサイン入りを頂いたらしい。そしてこだわりのない事務所メンバーは、一応もらえるならとCDを一枚ずつ取っていったらしいけど・・・できれば誰かにあげるとかしてくれたら嬉しい。
「見たんですね、やっぱり鏡花さんまで見たんですね・・・!」
「朝だってみんなで見てたじゃない。ちゃんと麗が仕事を果たした勇姿を」
何とも言えなくて、俯き加減で響お手製の卵焼きを頬張った。
くっ・・・あの恥ずかしい姿をメンバーに知られてしまった・・・!
でも動揺したらいけない。すればするほど、いじられるから。
無だよ、麗。無我の境地というやつに陥るのだよ。そう、悟りを開けば、ほら。気持ちは全く動かされないはずだ。だってあれは私(麗)じゃないんだから。
が、冷静さを取り戻した私を再び動揺させたのは、瑠璃ちゃんだった。
「ネットでもすでに話題になってますよねー」
某有名動画サイトを見せてきた。そこには早速話題のPVが流れている。それだけで「削除ー!」と叫びたいところだ。そしてついでのように見てみたコメントの多さに唖然とした。
「すっご・・・このDIAって誰だ!?で、盛り上がってるわよ~。あんたいきなり有名人じゃない」
「・・・・・・」
絶句して声が出せない私に聞かせるように、ご丁寧なお二人はコメントをいちいち読み聞かせてくれる。AddiCtメンバーについて、衣装について、世界観について、曲について、PVについて。そりゃもうさまざまなコメントが交わされているようだ。ついでに動画サイト以外のコメントも探して引っ張り出してきて、私の顔は蒼白だった。
「ほわ~まだ発売から1日しか経っていないのに、どこもみなさん盛り上がってますね~。しかも麗さんが、”謎の美女”ですって~!」
「またお仕事のオファーが舞い込んで来たりして。あ、私できれば相良翔のサインがほしいかも」
鏡花さんが演技派俳優兼歌手の名前をあげた。確か彼の年齢は30代後半だったか。知らなかった、鏡花さんファンだったのか。
「って、無理に決まってるでしょう!芸能人じゃあるまいし。全く接点がないんだし。むしろ万が一またこんな依頼が来たら、それこそ鏡花さんがやればいいじゃないですか」
一瞬考え込んだ鏡花さんは、「相手が彼だったらいいかも・・・」と、ぼそっと呟いた。鏡花さん、本気か。
そんな私達に割り込んできたのは、鷹臣君だ。
「麗、お前明後日の木曜、時間あけておけよ」
「は?時間って何時?ってか何でよ」
相変わらず突拍子もないことを言ってくる人だ。ちゃんと説明をしてほしい。
怪訝な顔をする私に、鷹臣君はぴらりとカードを渡した。表書きを見て、裏を見る。思わず書かれている内容に愕然とした。
「CD発売記念にちょっとした飲み会だな。レストランを借り切ってぱーっと騒ぐだけだそうだから、堅苦しくないだろう。6時半開始ってなってるが、まあ問題ないよな?」
届いたカードは招待状だった。K君が所属している事務所から。
明後日の木曜、午後6時半から。レストランを貸切にしてCD発売記念のパーティーを開くらしい。撮影の打ち上げができなかったから、まとめてやるつもりなのはわかった。そしてPVに参加した私が招待されることも。
が、できれば行きたくない・・・
人との繋がりは侮れない。どこで誰が見ているかもわからないし、それに知り合いの知り合いはみんな知り合いって言葉を私は信じている。白夜関係の人がその集まりにいないとは限らないし、顔の広い彼の知り合いに運悪く出会ってしまったら、最悪だ。
「せっかく誘ってもらったのに悪いけど、私は遠慮しておく・・・」
そう告げたのに。
返って来たのは、「無理」の一言だった。
「俺がもう行くって言っちまったから今更撤回は却下だ」
「・・・はあー!?ちょっと、何勝手に人のインビテーションを私の都合も考えず答えちゃってくれてんの・・・!?」
憤る私にしれっと鷹臣君は「俺も行くんだよ」と告げた。
「俺もよかったらって言われたからなー。お前の上司兼保護者として。俺が参加するのにお前が来ないわけにはいかないだろ?」
またしても俺様、鷹臣様発言である。
自分が行きたいから行きたくない従妹を引っ張っていくとか・・・ぷるぷると震えるこぶしをギュッと握りしめた。耐えろ、麗。ここで喚くだけ体力の無駄だ。今まで鷹臣君に勝てたためしがない。
はぁー、と大きくため息を吐いて、不満げにじろりと鷹臣君をにらみつける。この位はしても許されるはずだ。全く動じていないのがムカつくけども!
「なんでいきなり行くなんて・・・鷹臣君そーゆー集まりって苦手なんじゃなかったっけ?」
「なんだ、うまいメシが食えるってーのに、嫌なのかお前。いつもなら乗り気なのに、夏風邪か?」
「違うけど!」
夏風邪は何とかがひくっていうじゃないか。一瞬その言葉を思い出してしまった。
「まあ、俺もちょっとだけ興味があったんだよな。変人で有名な社長さんに」
ん?
そういえば、K君の事務所の社長さんに結構無茶振りをさせられてきた気がする。社長の鶴の一声で私も結局巻き込まれてしまったんだっけか。
確かに、そう考えるとちょっとだけ興味がわくかも・・・
って、いやいや、ダメだよ!問答無用で周りを振り回すタイプとは、お近づきになってはいけない。ものすっごくめんどくさいことになりそうだ。
「安心しろ。お前ひとりにさせねーから」
頭をぐしゃぐしゃっと撫ぜられて、私はあきらめに似た息を吐いた。ああ、もう決定事項だ、これ・・・
ふと、カードに再び目線を落として尋ねる。なんだか最後の一文、微妙に意味不明な事が書いていないか。
「鷹臣君、この最後の文ってどーゆー意味?」
「あ?ああ。『夏らしい仮装でお越しください』ってやつか。めんどくせーよな」
「つまりこれってドレスコードってことだよね。正装で来いって言われたら堅苦しい集まりな気がしてためらうけど・・・あまり気をおわなくてもいいって気遣かいなのかな?」
「いや、たんに自分が楽しみたいだけじゃねーの」
変人だから。
そう続いた言葉に、納得していいものか一瞬だけ考え込んだ。
「で、結局どうするの。いきなりこんなこと言われても、何も用意できてないよ?」
むしろ夏らしい仮装って意味がわからない。夏らしいはわかるけど、そこに仮装がつくんだよ?ハロウィン的な意味とも違うだろうし。
「んなの、浴衣でも着れば十分だろう。お前も確か去年のを持ってたよな?」
「あー浴衣か~。うん、あるよ。でも私自分じゃ着れないけど」
「そんくらいは俺がしてやる」
おお、やった。鷹臣君がしてくれるんならいっか。
毎年夏まつりの時期は、鷹臣君が着付けを手伝ってくれていたっけ。古紫家では常に和装だから、鷹臣君は一通り着ることも着せることもできるんだよね。見習わなくては。
とりあえず動画サイトとネットでの盛り上がりは深く考えないように気を付けて、私は今後の対策を練ることに集中しよう。
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