微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第三部

1.約束の日

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お久しぶりです。
お待たせしてすみません。第三部、はじめます!
********************************************

 7月1日月曜日。
 あの約束の日がやって来た。

 月曜日は東条セキュリティの出勤日だ。通常なら長月都メイクを施して、まっすぐに会社へ向かけど、今日だけは違う。あわただしい朝の時間を1時間早く起床して、行き着く先は鷹臣君が経営する探偵事務所兼何でも屋、オフィスTK。
 
 「麗?どうしたのですか。具合でも悪いのですか?」

 後ろから声をかけて私の顔を覗くのは、婚約者だった彼、東条白夜。完璧なまでの左右対称の美しさを持つ端整な顔が間近に近づいてきて、思わずのけぞった。やめて、今真っ赤になったら事務所のみんなに誤解される!

 「だだだ、大丈夫だから・・・!!」
 「そうですか?では、行きましょうか」

 自然に差し出された手を、私も当然のように取った。

 ◆ ◆ ◆
 
 「お、おはようございま~す・・・」
 
 ゆっくりと扉を開けば、まだ誰も来ていないのだろう。空気がむわっとする。湿度のある空気が漂ってきて、すかさずエアコンをオンにした。
 今は丁度事務所の皆がやって来る、40分前。この時間帯を選んだのにはわけがある。まず、今日の事務所訪問の目的は、できれば鷹臣君にだけにしたい。他の人がいると何となく気まずいからだ。そして月曜日に鷹臣君に会えるのは、朝一番の早い時間だけだったのだ。
 お忘れかもしれないが、7月1日は鷹臣君との賭けの日でもある。今年の初め、鷹臣君から突然の「彼氏を作れ」命令を発動されて、今日がその約束の日。この日に私の好きな人を紹介しろと言われたのを、忘れていたわけではなかった。
 彼氏(好きな人)どころか、(仮)婚約者ができたと報告した時点で、私の勝ちは決まったも同然だけれども。やっぱりここはちゃんと筋を通すべきだろうと思い、今日二人でここに来たわけだ。
 今となってはお給料30%アップの話も、どっちでもよく感じるけど。思えば、あれはなかなか自分から動かない私にやる気を出させる為の餌だったのかもしれない。初めて好きな人ができて、その人が自分を選んでくれて。それだけでもう十分だから、来年度のお給料が今と同じでも文句は言わないと思う。(あ、もちろんもらえるならもらっておきますが!)

 そして目的はもう一つ。それは―――・・・

 「なんだ、麗。お前何しに来たんだ?」

 ガチャリと室長室の扉が開いた直後。現れたのは鷹臣君だった。寝ぐせ気味の髪をざっと後ろになでつけてあくびを堪えている姿は、恐らく部屋で仮眠をしていたのだろうと思えるものだった。シャツに皺がついている。

 出勤前の私は地味なスーツを着用して、長月仕様だ。私は慌てて東条さんのもとに鷹臣君を引っ張っていき、ソファへ座らせた。そしてすかさず東条さんも座らせて、隣に腰を掛ける。
 怪訝な顔で私達を見やる鷹臣君は、ふと近くのカレンダーに視線を移し、納得したかのような頷きを見せた。

 「ああ、今日は7月1日か・・・って、まさかその為にわざわざ東条さんまで連れてきたのか?出社前の忙しい時間を巻き込んで?」
 「だ、だって!やっぱり一応紹介しておくべきかと思って・・・もう会ってるけどさ」
 「とっくにあの話は終わったもんだと思ってたけどな。お前に婚約者ができた時点で。変なところ律儀だよな~」
 ニヤニヤ顔で笑う鷹臣君に、「そのことなんだけど・・・」と声をかけた。

 視線が交差する。

 落ち着け、落ち着け麗。相手は鷹臣君一人なんだよ、誰も他にはいないんだから!だから恥ずかしくないし、ただの報告。そう、保護者兼上司の彼に報告する義務は当然ある。さらって言ってしまえばおしまいだ。

 意を決して口を開いた時。事務所の扉がガチャリと開いた。

 「ダメだ室長・・・手がかりがさっぱり見つからねえ・・・」
 
 くたびれた様子で仮眠室から出てきたのは、同僚の黒崎君と白石さん。どうやらお二人はここに泊まっていたらしい。
 その様子に驚きを見せることなく、鷹臣君は「お前ら仮眠室にこもるならちゃんと寝ろよ」なんて声をかけている。彼等は寝ると言いながら寝ずに仕事をやっていたのだろう。何の仕事かは知らないけれど。

 「んで?何言いかけたんだ?麗」
 視線を私に向けた鷹臣君に今度こそ!と意気込んだ直後。今度は通常より30分も早く、瑠璃ちゃんと鏡花さんが事務所に現れた。

 「おはようございます~って、麗さん?なんで今日ここに・・・って、あー!まさか、お隣の美形は噂の東条さん~!?」
 「うるさいわよ、瑠璃。ってあんた東条さんに会ったことなかったわけ?」 
 「実物は初めてですよ~!初めまして~瑠璃です~!麗さんにはお世話になっております~」

 私達の姿に目をとめた瑠璃ちゃんが、子犬のような眼差しを輝かせて、猛ダッシュで東条さんに握手を求めた。それはまさしくアイドルの握手会に並んで感激を露わにするかのような意気込み付きで。いつの間に東条さんのファンになっていたんだ、瑠璃ちゃんは。

 くすりと微笑んだ東条さんは、そんな瑠璃ちゃんに嫌な顔一つせず、笑顔で握手を交わし名前を告げた。その美声にやられたのか、手を離した瑠璃ちゃんがくらりと後ろに倒れかける。すかさず鏡花さんが受け止めたが・・・誰か彼女に落ち着けと突っ込んであげてほしい。逃げないから、東条さんは!テレビの中のアイドルじゃないもの。

 タイミングを2度も失って、私は冷や汗を流した。

 困ったぞ、これは。

 先ほどまでは鷹臣君一人しかいなかったのに、いつの間にか事務所がいつもの騒がしさを取り戻している。各々好きに仕事を始めたり、給湯室にこもったりだけど・・・気まずい。このままここで話したら、十中八九みんなに丸聞こえだ。
 ここは場所を移した方がいいかも・・・
 
 腰を上げかけて鷹臣君の室長室に移動を進めようとした時。一拍早く、笑顔でやり取りを見つめていた東条さんがさらりと告げた。

 「本日は結婚のご報告をしに参りました」

 シン―――・・・

 あたりが一瞬で静まり返った。

 ◆ ◆ ◆

 騒がしかった室内が、合図したかのようにやんだ。ぴたりと会話をやめて一斉に振り返るみなさんの顔が、見れない。ってゆーか、顔を上げられない!なんでそんなさらっと言っちゃうんですか、東条さんー!?

 ほかのメンバーと同じく石化した私を一瞥して、誰よりも沈黙を早く破ったのは、この場で一番偉い人物―――鷹臣君だ。

 先ほど鏡花さんに出されたコーヒーを無言で啜る。一口飲んでカップをソーサーに置いた。鋭い眼差しをすっと細めて、一言。

 「マジで?」
 「マジです」

 ギョッと目を見開いて東条さんに振り向く私に、鷹臣君は呆れたため息を吐いた。

 「なんでお前まで驚いてんだよ」
 「え?あ、いや、ちが・・・!」

 驚きはそこじゃなくって。
 彼が「マジです」なんて言った発言に驚いてんだよ!
 だっていつも丁寧かつ紳士的な口調で穏やかに微笑んでいるあの人がだよ?鷹臣君の問いにそんな答え方をするのが意外といえば意外で・・・いや、まあある意味新鮮かもだけど。

 硬直を解いた鏡花さんと瑠璃ちゃんが私に詰め寄ってきた。

 「ちょっと麗!あんた結婚したの!?いつの間に」
 「どーゆーことですか、麗さん~!まさか麗さんに先を越されるとは思っていませんでしたよ~!?そりゃ、仮婚約をした段階でその可能性もゼロではないと思っていましたけど~・・・!」
 「落ち着いて、二人とも!説明、説明するから!」

 興奮する二人をどうにかなだめて、私は先週末に起こった東条邸での話から始めたのだった。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 「――で、その後気づいたら市役所に連れていかれていて・・・あれよあれよという間に、婚姻届けを出していました。以上!」
 じっと黙って見つめられ時間がいたたまれない。
 見ないで、そんなじっと私を見ないでー!なんだかすっごく恥ずかしい気分になってくるから!

 感嘆の息を漏らした鏡花さんは一言「鮮やか・・・」と呟いて、私の隣で始終笑顔の東条さんに意味深な視線を投げた。
 って、今更だけど、私も一応”東条さん”になったんだよね・・・いい加減この呼び名をどうにかしないと、まずいんじゃないか。心の中だけなら、セーフだと思いたい。だってまだ結婚したという実感わかないし!
 
 「んで?お前その後どうしたんだ?東条邸に戻ったのか?」

 鷹臣君に尋ねられて、記憶を巻き戻した。

 
 茫然としたまま市役所から戻って来た私に、父ががばっと抱きついてきた。よっぽど不安だったのだろう。どこへ向かったのか心配していたらしい。でも他のみんな(東条さんのご両親+朝姫ちゃん、うちの母&響)は、既にどこへ行って何をしてきたのか推測できていたらしく。生暖かい眼差しで見てくるだけだった。
 そんな父の問いに答えたのは、晴れ晴れとした笑顔で上機嫌の東条さ・・・白夜だった。

 『先ほど婚姻届けを受理してもらいました』

 その言葉を聞いて、父は気絶した。
 
 慌てて介抱したのは、東条家の使用人の方々で。お母さんは「ごめんなさいね~」と申し訳なさそうに謝りはしたものの、次の瞬間には東・・・白夜の片腕にするりと己の腕をからめて、抱き着いた。

 『こんな素敵な息子ができて本当、嬉しいわ~!今度私とデートしましょうね、白夜君』
 『ちょ、ちょっと!?』
 慌てる私を尻目に、お母さんはまるで自分の恋人のように、と・・・白夜の、腕に抱き着いて。離れるように申し出ようとした私に声をかけたのは、ダンディーで大人の渋さが魅力的な、東条会長だった。

 『それなら麗さんにはぜひ、私とデートをしてもらおうかな?』
 重低音で色香が混じる美声+ウインク付きでにこっと笑いかけられたら。頷かずにはいられないでしょう!

 『は、はい・・・』
 かあ~と顔が赤くなってしまったのは、仕方がないと思う。20、30年後の白夜がこんな素敵なおじさまになるのかと思ったら、ときめきが止まらないよ!
 が、そんな私と東条会長の間を割り込んだのは、婚約者から旦那様になった白夜だった。

 『それを私が許すとでも?』

 ・・・笑顔のままで実の父に氷の視線を向ける白夜は、怖いもの知らずだと思う。
 
 やれやれと苦笑した東条会長は、軽く嘆息してから私に困った笑顔で尋ねた。

 『麗さん・・・早まったんじゃないかね?今ならまだ取り消しがきくと思うが』、と。
 何と答えろと?オトウサマ。
 
 『あまり私の奥さんをじろじろと見ないでくれませんか。義理の父の立場を利用してデートを誘うなんて・・・危険人物とみなしますよ?』
 『おいおい、その独占欲の塊、どうにかならないのか・・・束縛男は嫌われるぞ』

 なんて会話が繰り広げられている間、私の顔は真っ赤だった。
 だって、奥さんって!白夜の口から奥さんって・・・!!

 この後いろいろありすぎて緊張しまくっていた私は、キャパオーバーで、父同様東条邸で気を失ったのだった。
 初対面の家で、親子そろってなんて迷惑な・・・。

 
 一部始終聞いた鷹臣君は、面白そうに顔をゆがめて笑いをこらえていた。
 
 「で?叔母さん達はいつアフリカに戻るんだ?」
 「実は昨日ね、急遽帰ったんだよ。だから私もようやく家に戻れるんだ」
 
 空港まで見送った日。お母さんからようやく自宅へ戻るお許しがもらえた。『ちゃんと既成事実は作ったようだからね』なんて耳元で問題発言をささやかれてから。
 つまり。入籍はしたけれど、当分の間は今まで通りの生活に戻ることになった。響もまだ高校生だし、ずっと一人暮らしをさせるわけにはいかない。週末の間だけとか、白夜の家で過ごす。せめて結婚式を挙げるまでは、このままでもいいんじゃないかと思って。

 渋々ながらも白夜はちゃんと了承してくれたので、ほっとしている。通い妻っていうのも悪くないとかなんとか呟いていたけれど。聞かなかったことにしておこう。

 ふと真顔になった鷹臣君は、思い出したかのように尋ねた。

 「結婚の報告、ちゃんとばあさんにもしておかないとダメだぞ」
 「うん、京都のおばあちゃんでしょ。時間を見つけて挨拶に行くつもりだよ?」

 一瞬思案にふけった鷹臣君だったけど。予定が決まったら教えろと言われて、私達は頷いた。
 そして事務所を後にして、東条セキュリティへ向かったのだった。 










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本編で初登場の事務所名・・・オフィスTKのTKは、ただの鷹臣のイニシャルです。書籍化にあたり、名前つけてみました。フィクションですので、実在のものとはもちろん無関係でございます。
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