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第二部
麗の初仕事?(前編)
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お久しぶりです!
いきなりですが、麗が大学を卒業して就職前の番外編(前編)です。
********************************************
日がようやく昇り始めた明け方。
鷹臣はベッドからのそりと起き上がると、苛立ちを隠しもせず忌々しげに呻いた。
「・・・ったく、毎晩毎晩・・・人の安眠を妨害しやがって。一体今日で何日目だ。俺になんの恨みがありやがる」
鷹臣の顔には疲労の色が濃い。むしろ寝る前よりも疲れが増している。この数日熟睡できずにいた鷹臣は、そろそろ限界が迫っていた。不眠から来るストレスを感じ盛大な舌打ちをすると、サイドテーブルに置いてある携帯を掴み取った。ボサボサの頭をぐしゃぐしゃにした後、すっかり見慣れた番号を押す。今が早朝で、相手が寝ているかもしれないという配慮はない。
コール音が数回響いた直後。凛とした声が鷹臣の耳に届いた。
「――あ?ちょっと待て。何で俺が・・・はあ!?ざっけんじゃねーぞ。俺はそっち方面は管轄外だ!」
憤る鷹臣をよそに、電話の相手は含み笑いこぼすだけ。その声音に余計苛立ちが増した。
深くため息を吐くと、鷹臣は諦めたようにうな垂れて電話を切った。全く、他人事だと思って好き放題言ってくれる。
「くそ、何が『明日が満月だから』だ。タイムリミットまであるとか、ふざけんじゃねーよ・・・」
これだから自分の要求だけ訴えてくる輩は好きじゃない。
気休めでも重い体をすっきりさせるため、鷹臣はシャワーを浴びに風呂場へ向った。ふと手元にある携帯に目を落とす。未開封のメールが一通あった事に気付かなかった。
そこには数年会っていない少女の名前が記されていた。たまに送られてくるメールの内容を確認した鷹臣は、そのテンションの高さに「相変わらずだな」と微笑みながらも思案する。
一拍後、鷹臣は名案を思いついたとばかりにニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「なるほど。いつになくタイミングいいじゃねーか。折角だし、利用させてもらうぞ?麗」
年下の従妹の来訪を告げるメールを読み、鷹臣は名前どおり鷹のように鋭い眼差しを細めて小さく笑い声を漏らした。
◆ ◆ ◆
4年間通ったNYの大学を先週無事卒業した私は、高校卒業以来初めて日本の地を訪れた。卒業祝いに両親が旅行をプレゼントしてくれたので、この機会に各国を回ってみるつもりだ。その手始めに、日本に寄って親戚に挨拶してからヨーロッパへ訪れる。初めての一人旅行で私は浮き足立っていた。
「む、蒸し暑いー!!」
まだ6月なのにもう湿気が・・・!いや、もう6月だからかな。雨季の季節と重なったけど、思ったほど雨は降っていない。でも湿度と温度は想像以上にあった。まあ、ニューヨークと同じくらいと思えば大した差でもないけれど。
宿泊するホテルにチェックインして、そのままとある場所へ向かう。辿り着いたのは、7歳年上の従兄が経営する調査室・・・だったはずの何でも屋だ。なんだっけ?今は調査室兼探偵事務所になってるんだっけか。事務所の名前はそのままだけど、一体いつ路線変更したんだ。いや、単に仕事の幅を広げただけ?
以前一度だけ訪れたことのある事務所へ行き、扉が開いたところで懐かしい人物に抱きついた。
「鷹臣君久しぶりー!元気だったー!?」
私より20cm以上高い長身の従兄に熱烈な抱擁をすると、目の前の人物は硬直した。・・・って、あれ?いつもならここで骨が軋むほど抱きしめ返してくれるのに。それこそ逆に絞め殺される勢いで。
けれど上から聞こえてきたのは、小さな舌打ち・・・って、酷い!久しぶりに会った従妹に舌打ち!?私が一体何やったって言うの!
「――おい。いつまでしがみついてんだ、不審人物」
その不機嫌さを隠しもしない声で、「さっさと離せ」と告げた人物を見上げる。その人の顔を直視するのと、隣接の扉が開くのが同時だった。
「あ~眠・・・って、なんだ。お前もう来てたのか?麗」
扉の隣で佇む懐かしい顔の人と、目の前の人は雰囲気は似てるけど別人・・・って、うわわ!?私ったら、見ず知らずのお兄さんにしがみついていた!
「す、すみません・・・!とんだ人違いを!!」
慌てて離れると、その男性は眉間に皺を刻んだまま外へ出かける。年齢的には私とそう変わらないだろうけど、どこか荒んだ空気があるなあ。一匹狼的な?
後ろ姿を見送った直後、私は改めて従兄との再会を喜んだ。
「鷹臣君久しぶりー!」
ぎゅむ、と力いっぱい抱きしめて、鷹臣君の胸板に頬を摺り寄せる。相変わらず鍛えてるんだね~。シャツ越しからでもそこそこ筋肉が感じられるよ。
「お前は相変わらずだな、麗・・・もうちょっとおしとやかにできねーのか」
「何?おしとやかって。それって食べれるの?」
必要なくないか、私には。
自分が鷹臣君の言う”おしとやか”な女性になる姿を想像して――やめた。どう考えたって無理がある。別におしとやかと無縁でもいーもん。
抱きついていた腕を離して改めて鷹臣君を眺めると・・・あれ?何か・・・
「鷹臣君、おっさんになったねー」
「ほお?んな事を言うのはこの口か?ああ?」
「んむー!!(痛い痛い!!)」
相変わらずのヴァイオレンスぶり・・・!唇をつままれてひりひりするじゃんか!
ようやく解放してもらった私は、若干鷹臣君から距離を置きながら睨みつけた。
「いきなり何すんのよー!久しぶりに会った可愛い従妹に酷い!」
「可愛い従妹は会ってそうそうおっさんなんて呼び方しないだろ。俺はまだ28だっつーの」
ここで四捨五入すれば三十路じゃないか、とは言わないでおく。後が厄介だ。
「ってゆーか、何でそんなにやつれてるの?肌も何だか元気ないよー?」
疲れてるのかな。不規則な生活してそうだもんね。
鷹臣君は大きなあくびをすると、眠そうにソファに腰掛けた。
「ああ、寝不足なんだよ。お前いいからちょっとこっち来い」
バッグを空いている場所に置かせてもらい、鷹臣君の隣に座ると――いきなり膝枕をさせられた。って、ちょっと!?
「え、寝るの?このまま寝ちゃうの!?私まさか枕代わりに事務所に呼ばれたの!?」
んな馬鹿な!
枕なら適当にクッションでも使えばいいじゃないか!そうごたごた喚いていたら。ぎろりと一睨みされて、「30分後に起こせ」とだけ告げられて、鷹臣君はマジ寝した。
膝枕なんて、誰にもしたことないんだけど・・・。こんなのまるでカップルがやるみたいじゃないか。まあ、私達に身内以上の情はないけれど。
・・・ってゆーかさ、今他の社員さんがいないからいいとして。これ、誰か入ってきたら相当気まずくないか?
そんな懸念が現実になったのは、それから僅か10分後。
先ほどのお兄さんとは別の穏やかそうな若い青年が、事務所へやって来た。そして応接間のソファで陣取る室長(鷹臣君)と、膝枕している見知らぬ女性(私)を見やると。すっと目線を逸らして笑顔のまま素通り・・・って、ちょっと待った!なかった事にするの?ねえ、まるで見ちゃいけないものを見ちゃったから気付かなかったふりでいいやって思ってない!?それってますます私が気まずいんだけど!!
せめて挨拶くらいはしましょうよ!
鷹臣君が起きるから決して声はあげられなかったけれど。そんな私の心の声が届いたのか、ぴったり30分後に起きた鷹臣君が彼等を私に紹介してくれるのに、そう時間はかからなかった。
◆ ◆ ◆
「初めまして、麗です!いつも従兄がご迷惑をかけてます」
事務所のメンバーが大体揃うと、身内として挨拶した。が、すかさず鷹臣様の制裁を受ける。ハリセンのような物でスパーンと頭を叩かれた。って、痛いじゃないかー!
「何すんのさ!」
「そりゃこっちの台詞だ。何で俺が迷惑をかけてるの前提なんだよ。おかしいだろ。普通は”お世話になっております”だ。そもそもお前に言われる義理はねーんだよ」
お前そんなんじゃ就職先見つからないぞ?
そう続けた鷹臣君に、じとりとした目で見据える。だっていくら雇い主でも、十中八九鷹臣君の俺様っぷりに皆振り回されていると思う。無茶が多い人だから。でもそれは心の中でだけ呟いて、訂正した挨拶を述べた。
「日本語って難しい・・・別に、すぐに就職するつもりないんだけど。手に職をつけたいから、1年くらいどっかで働いて、コスメトロジーでも取ろうかとは思ってるけどね」
アメリカで美容師やメイクアップの仕事をするならば、必ずコスメトロジーの資格が必要だ。大学を卒業したばかりでも、1年くらいお金貯めて、学校に通えばいい。一応インターンをしていた会社からこのまま働かないかとお誘いを受けているが、とりあえず旅行から帰ってきたら返事をすると伝えて、未だ保留だ。
「お前、叔母さんたちは何も言わないのか?」
「うん。2人とも好きにすればいいんじゃない?って言う人だから。せめて大学は出ておけって言われたけど、大学の専攻も仕事も私が選ぶものにうるさく言わないよ。自分の人生だからって」
そう思うと結構理解あるよね、うちの両親。放任主義ではないけれど。
鷹臣君は頷くと、事務所のメンバーを簡単に紹介してくれた。さっき抱きついてしまったのは、黒崎君と言うらしい。そして膝枕状態の私を見て見ぬフリしたのは、白石さん。2人ともまだ20代前半なのに、学生時代からここでバイトをしていたので、かなり経験もあって有能なんだとか。微妙に気まずい気分になりながら、私は会釈をした。
美人なお姉さんに、アルバイトで来ている可愛い女子大生とも挨拶を交わした後。鷹臣君が私に振り返った。
「おい、麗。お前今晩何食いたい?折角だから俺がうまいもん食わせてやるよ」
「え?やった!じゃーね~・・・焼き鳥!焼き鳥が食べたい。つくねと手羽に軟骨とか!ビールもプラスして」
「焼き鳥か・・・確か近くの居酒屋で焼き鳥がうまいって話だったか。ってお前もう成人したんだっけ?」
「したよ。もう21だよ?先週大学卒業したって言ったじゃん」
一拍置いてから、鷹臣君は「ああ、そうだったな。卒業おめでと」と言って頭を撫でてくれた。何だか照れくさいし皆の前だからちょっと恥ずかしいけど、素直に嬉しかった。
「お前らも来れる奴は来いよー。たまには飲みに行くぞ」
そう告げて、私達はこの日近所の居酒屋で各々好き放題に食べたのだ。お代は全て鷹臣様のお財布から出してくれて。焼き鳥にビールはめちゃくちゃ美味だった。やっぱ日本っていい!鷹臣君、ご馳走様でした!
そして帰り道。
ホテルに戻ろうとする私に、鷹臣君はさらりと言った。
「なんだお前。わざわざホテルになんて泊まらずうちに来れば?」
「え?いいの?」
とは言ったものの、子供の頃から面倒をみてもらってた従兄の家にいきなり泊まりに行くのはどうなんだろう。突然彼女さんとか来たら、それも面倒じゃないか?修羅場はごめんだ。
「う~ん、彼女に悪いからやっぱいいよ。従妹でも気分悪く思う人だっているだろうし」
出来ればイチャイチャしているところなんて見たくない。居心地悪くないか、それ。
「あ?何変な気回してんだ。俺は自宅に女連れこまねー主義なんだよ」
「え、そうなの?」
それは意外だ。
髪をぐしゃぐしゃとされて腕を引かれ、そのままホテルへ戻って荷物を取る。そして滞在予定だったホテルに今夜の分だけ支払って残りはキャンセルした。キャンセル料もちょっとだけかかったけど、それは鷹臣君が出してくれた。
面倒見がいいのは知っていたけど、どうしてここまで?
きっと久しぶりに来たんだから何も気にせず楽しんでいけと、鷹臣君なりにもてなしてくれているんだろう。久しぶりに構いたいだけかもしれないけれど。それなら遠慮なくお世話になります、鷹臣お兄ちゃん!
この時の私はすっかり忘れていた。
鷹臣君の"使える物は何でも使え"主義を。
久しぶりに会って嬉しかったからか、おいしいご飯をご馳走してくれて良くしてくれたからか。表面しか見ず裏を読むことを、上機嫌な私はさっぱり気付かないまま鷹臣君の言いように流されてしまったのだ。
◆ ◆ ◆
鷹臣君の自宅は、高層マンションでも駅に近い住宅街にあるわけでもなく。緑が多くて静かな住宅街を通り抜けた先にあった。広い庭とたくさんの木に囲まれて、ひっそりと佇む一戸建てのお家に一人で住んでいる。外から完全に遮断された空間はどこか京都のおばあちゃんの家を彷彿させる。いや、あっちのが日本風で広いけど。
そして翌日の夜10時。
一日ショッピングを満喫した私は、早めに就寝をしようとシャワーを借りて、寝る準備が万端に整った。後はルームウエアからパジャマに着替えて・・・
と、そこで予想外なことに巻き込まれた。
リビングに来いと言う鷹臣君の言葉に従えば。そこには昨日ぶりに会う男性が2人・・・黒崎君と白石さんだ。いくつか年上だと思っていた黒崎君は、実は私と同い年だとかで驚いた。まだ彼も21だったのか。
ってかさ、鷹臣君や。お客さんがいるなら先に言っておいてほしい。私もうメイクを落としてスッピンなんですけど!まだルームウエアだからいい物を、パジャマ姿は流石に見られたくない。まるで気にした様子もない白石さんはともかく、黒崎君は何だか視線を彷徨わせているし。
「麗。お前今から外行くぞ。さっさと着替えて来い」
そう告げた鷹臣君に驚く。え、行くってどこにですか。
「ええ~?嫌だよ。私もうシャワーも浴びて寝る気満々なのに。またメイクしないといけないのはめんどくさい」
「ああ?化粧なんて必要ないだろ。こんな夜なんだし。誰もお前の顔なんか見ねーよ」
「いや、見られているし今!」
ソファに座る二人を示せば、ひらひらと手を振ってにこにこ笑う白石さんと、渋面を浮かべた黒崎君。初対面の男性に素顔で会うとか、勇気いるんだけど?乙女心が分からない男だ。
「別に僕達は気にしないよ?でも素顔は二十歳過ぎているように見えないね」と白石さんに微笑まれてしまった。確かに、メイク落とすと童顔だ。高校生位にしか見えないらしい。
「ごちゃごちゃいいからさっさと行くぞ。着替えが嫌ならそのままでいいな」
「え!?ちょ、ちょっと待って!!行くってどこに!?」
手を引かれて振り返った鷹臣君は、ニヤリと笑った。その企み顔を見て、本能的に逃げたくなる。
どこか疲労の色がまだ濃く残る鷹臣君は、口角を上げたまま告げた。
「宝物探しだ」と。
************************************************
誤字脱字、見つけましたら報告お願いします~!
いきなりですが、麗が大学を卒業して就職前の番外編(前編)です。
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日がようやく昇り始めた明け方。
鷹臣はベッドからのそりと起き上がると、苛立ちを隠しもせず忌々しげに呻いた。
「・・・ったく、毎晩毎晩・・・人の安眠を妨害しやがって。一体今日で何日目だ。俺になんの恨みがありやがる」
鷹臣の顔には疲労の色が濃い。むしろ寝る前よりも疲れが増している。この数日熟睡できずにいた鷹臣は、そろそろ限界が迫っていた。不眠から来るストレスを感じ盛大な舌打ちをすると、サイドテーブルに置いてある携帯を掴み取った。ボサボサの頭をぐしゃぐしゃにした後、すっかり見慣れた番号を押す。今が早朝で、相手が寝ているかもしれないという配慮はない。
コール音が数回響いた直後。凛とした声が鷹臣の耳に届いた。
「――あ?ちょっと待て。何で俺が・・・はあ!?ざっけんじゃねーぞ。俺はそっち方面は管轄外だ!」
憤る鷹臣をよそに、電話の相手は含み笑いこぼすだけ。その声音に余計苛立ちが増した。
深くため息を吐くと、鷹臣は諦めたようにうな垂れて電話を切った。全く、他人事だと思って好き放題言ってくれる。
「くそ、何が『明日が満月だから』だ。タイムリミットまであるとか、ふざけんじゃねーよ・・・」
これだから自分の要求だけ訴えてくる輩は好きじゃない。
気休めでも重い体をすっきりさせるため、鷹臣はシャワーを浴びに風呂場へ向った。ふと手元にある携帯に目を落とす。未開封のメールが一通あった事に気付かなかった。
そこには数年会っていない少女の名前が記されていた。たまに送られてくるメールの内容を確認した鷹臣は、そのテンションの高さに「相変わらずだな」と微笑みながらも思案する。
一拍後、鷹臣は名案を思いついたとばかりにニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「なるほど。いつになくタイミングいいじゃねーか。折角だし、利用させてもらうぞ?麗」
年下の従妹の来訪を告げるメールを読み、鷹臣は名前どおり鷹のように鋭い眼差しを細めて小さく笑い声を漏らした。
◆ ◆ ◆
4年間通ったNYの大学を先週無事卒業した私は、高校卒業以来初めて日本の地を訪れた。卒業祝いに両親が旅行をプレゼントしてくれたので、この機会に各国を回ってみるつもりだ。その手始めに、日本に寄って親戚に挨拶してからヨーロッパへ訪れる。初めての一人旅行で私は浮き足立っていた。
「む、蒸し暑いー!!」
まだ6月なのにもう湿気が・・・!いや、もう6月だからかな。雨季の季節と重なったけど、思ったほど雨は降っていない。でも湿度と温度は想像以上にあった。まあ、ニューヨークと同じくらいと思えば大した差でもないけれど。
宿泊するホテルにチェックインして、そのままとある場所へ向かう。辿り着いたのは、7歳年上の従兄が経営する調査室・・・だったはずの何でも屋だ。なんだっけ?今は調査室兼探偵事務所になってるんだっけか。事務所の名前はそのままだけど、一体いつ路線変更したんだ。いや、単に仕事の幅を広げただけ?
以前一度だけ訪れたことのある事務所へ行き、扉が開いたところで懐かしい人物に抱きついた。
「鷹臣君久しぶりー!元気だったー!?」
私より20cm以上高い長身の従兄に熱烈な抱擁をすると、目の前の人物は硬直した。・・・って、あれ?いつもならここで骨が軋むほど抱きしめ返してくれるのに。それこそ逆に絞め殺される勢いで。
けれど上から聞こえてきたのは、小さな舌打ち・・・って、酷い!久しぶりに会った従妹に舌打ち!?私が一体何やったって言うの!
「――おい。いつまでしがみついてんだ、不審人物」
その不機嫌さを隠しもしない声で、「さっさと離せ」と告げた人物を見上げる。その人の顔を直視するのと、隣接の扉が開くのが同時だった。
「あ~眠・・・って、なんだ。お前もう来てたのか?麗」
扉の隣で佇む懐かしい顔の人と、目の前の人は雰囲気は似てるけど別人・・・って、うわわ!?私ったら、見ず知らずのお兄さんにしがみついていた!
「す、すみません・・・!とんだ人違いを!!」
慌てて離れると、その男性は眉間に皺を刻んだまま外へ出かける。年齢的には私とそう変わらないだろうけど、どこか荒んだ空気があるなあ。一匹狼的な?
後ろ姿を見送った直後、私は改めて従兄との再会を喜んだ。
「鷹臣君久しぶりー!」
ぎゅむ、と力いっぱい抱きしめて、鷹臣君の胸板に頬を摺り寄せる。相変わらず鍛えてるんだね~。シャツ越しからでもそこそこ筋肉が感じられるよ。
「お前は相変わらずだな、麗・・・もうちょっとおしとやかにできねーのか」
「何?おしとやかって。それって食べれるの?」
必要なくないか、私には。
自分が鷹臣君の言う”おしとやか”な女性になる姿を想像して――やめた。どう考えたって無理がある。別におしとやかと無縁でもいーもん。
抱きついていた腕を離して改めて鷹臣君を眺めると・・・あれ?何か・・・
「鷹臣君、おっさんになったねー」
「ほお?んな事を言うのはこの口か?ああ?」
「んむー!!(痛い痛い!!)」
相変わらずのヴァイオレンスぶり・・・!唇をつままれてひりひりするじゃんか!
ようやく解放してもらった私は、若干鷹臣君から距離を置きながら睨みつけた。
「いきなり何すんのよー!久しぶりに会った可愛い従妹に酷い!」
「可愛い従妹は会ってそうそうおっさんなんて呼び方しないだろ。俺はまだ28だっつーの」
ここで四捨五入すれば三十路じゃないか、とは言わないでおく。後が厄介だ。
「ってゆーか、何でそんなにやつれてるの?肌も何だか元気ないよー?」
疲れてるのかな。不規則な生活してそうだもんね。
鷹臣君は大きなあくびをすると、眠そうにソファに腰掛けた。
「ああ、寝不足なんだよ。お前いいからちょっとこっち来い」
バッグを空いている場所に置かせてもらい、鷹臣君の隣に座ると――いきなり膝枕をさせられた。って、ちょっと!?
「え、寝るの?このまま寝ちゃうの!?私まさか枕代わりに事務所に呼ばれたの!?」
んな馬鹿な!
枕なら適当にクッションでも使えばいいじゃないか!そうごたごた喚いていたら。ぎろりと一睨みされて、「30分後に起こせ」とだけ告げられて、鷹臣君はマジ寝した。
膝枕なんて、誰にもしたことないんだけど・・・。こんなのまるでカップルがやるみたいじゃないか。まあ、私達に身内以上の情はないけれど。
・・・ってゆーかさ、今他の社員さんがいないからいいとして。これ、誰か入ってきたら相当気まずくないか?
そんな懸念が現実になったのは、それから僅か10分後。
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せめて挨拶くらいはしましょうよ!
鷹臣君が起きるから決して声はあげられなかったけれど。そんな私の心の声が届いたのか、ぴったり30分後に起きた鷹臣君が彼等を私に紹介してくれるのに、そう時間はかからなかった。
◆ ◆ ◆
「初めまして、麗です!いつも従兄がご迷惑をかけてます」
事務所のメンバーが大体揃うと、身内として挨拶した。が、すかさず鷹臣様の制裁を受ける。ハリセンのような物でスパーンと頭を叩かれた。って、痛いじゃないかー!
「何すんのさ!」
「そりゃこっちの台詞だ。何で俺が迷惑をかけてるの前提なんだよ。おかしいだろ。普通は”お世話になっております”だ。そもそもお前に言われる義理はねーんだよ」
お前そんなんじゃ就職先見つからないぞ?
そう続けた鷹臣君に、じとりとした目で見据える。だっていくら雇い主でも、十中八九鷹臣君の俺様っぷりに皆振り回されていると思う。無茶が多い人だから。でもそれは心の中でだけ呟いて、訂正した挨拶を述べた。
「日本語って難しい・・・別に、すぐに就職するつもりないんだけど。手に職をつけたいから、1年くらいどっかで働いて、コスメトロジーでも取ろうかとは思ってるけどね」
アメリカで美容師やメイクアップの仕事をするならば、必ずコスメトロジーの資格が必要だ。大学を卒業したばかりでも、1年くらいお金貯めて、学校に通えばいい。一応インターンをしていた会社からこのまま働かないかとお誘いを受けているが、とりあえず旅行から帰ってきたら返事をすると伝えて、未だ保留だ。
「お前、叔母さんたちは何も言わないのか?」
「うん。2人とも好きにすればいいんじゃない?って言う人だから。せめて大学は出ておけって言われたけど、大学の専攻も仕事も私が選ぶものにうるさく言わないよ。自分の人生だからって」
そう思うと結構理解あるよね、うちの両親。放任主義ではないけれど。
鷹臣君は頷くと、事務所のメンバーを簡単に紹介してくれた。さっき抱きついてしまったのは、黒崎君と言うらしい。そして膝枕状態の私を見て見ぬフリしたのは、白石さん。2人ともまだ20代前半なのに、学生時代からここでバイトをしていたので、かなり経験もあって有能なんだとか。微妙に気まずい気分になりながら、私は会釈をした。
美人なお姉さんに、アルバイトで来ている可愛い女子大生とも挨拶を交わした後。鷹臣君が私に振り返った。
「おい、麗。お前今晩何食いたい?折角だから俺がうまいもん食わせてやるよ」
「え?やった!じゃーね~・・・焼き鳥!焼き鳥が食べたい。つくねと手羽に軟骨とか!ビールもプラスして」
「焼き鳥か・・・確か近くの居酒屋で焼き鳥がうまいって話だったか。ってお前もう成人したんだっけ?」
「したよ。もう21だよ?先週大学卒業したって言ったじゃん」
一拍置いてから、鷹臣君は「ああ、そうだったな。卒業おめでと」と言って頭を撫でてくれた。何だか照れくさいし皆の前だからちょっと恥ずかしいけど、素直に嬉しかった。
「お前らも来れる奴は来いよー。たまには飲みに行くぞ」
そう告げて、私達はこの日近所の居酒屋で各々好き放題に食べたのだ。お代は全て鷹臣様のお財布から出してくれて。焼き鳥にビールはめちゃくちゃ美味だった。やっぱ日本っていい!鷹臣君、ご馳走様でした!
そして帰り道。
ホテルに戻ろうとする私に、鷹臣君はさらりと言った。
「なんだお前。わざわざホテルになんて泊まらずうちに来れば?」
「え?いいの?」
とは言ったものの、子供の頃から面倒をみてもらってた従兄の家にいきなり泊まりに行くのはどうなんだろう。突然彼女さんとか来たら、それも面倒じゃないか?修羅場はごめんだ。
「う~ん、彼女に悪いからやっぱいいよ。従妹でも気分悪く思う人だっているだろうし」
出来ればイチャイチャしているところなんて見たくない。居心地悪くないか、それ。
「あ?何変な気回してんだ。俺は自宅に女連れこまねー主義なんだよ」
「え、そうなの?」
それは意外だ。
髪をぐしゃぐしゃとされて腕を引かれ、そのままホテルへ戻って荷物を取る。そして滞在予定だったホテルに今夜の分だけ支払って残りはキャンセルした。キャンセル料もちょっとだけかかったけど、それは鷹臣君が出してくれた。
面倒見がいいのは知っていたけど、どうしてここまで?
きっと久しぶりに来たんだから何も気にせず楽しんでいけと、鷹臣君なりにもてなしてくれているんだろう。久しぶりに構いたいだけかもしれないけれど。それなら遠慮なくお世話になります、鷹臣お兄ちゃん!
この時の私はすっかり忘れていた。
鷹臣君の"使える物は何でも使え"主義を。
久しぶりに会って嬉しかったからか、おいしいご飯をご馳走してくれて良くしてくれたからか。表面しか見ず裏を読むことを、上機嫌な私はさっぱり気付かないまま鷹臣君の言いように流されてしまったのだ。
◆ ◆ ◆
鷹臣君の自宅は、高層マンションでも駅に近い住宅街にあるわけでもなく。緑が多くて静かな住宅街を通り抜けた先にあった。広い庭とたくさんの木に囲まれて、ひっそりと佇む一戸建てのお家に一人で住んでいる。外から完全に遮断された空間はどこか京都のおばあちゃんの家を彷彿させる。いや、あっちのが日本風で広いけど。
そして翌日の夜10時。
一日ショッピングを満喫した私は、早めに就寝をしようとシャワーを借りて、寝る準備が万端に整った。後はルームウエアからパジャマに着替えて・・・
と、そこで予想外なことに巻き込まれた。
リビングに来いと言う鷹臣君の言葉に従えば。そこには昨日ぶりに会う男性が2人・・・黒崎君と白石さんだ。いくつか年上だと思っていた黒崎君は、実は私と同い年だとかで驚いた。まだ彼も21だったのか。
ってかさ、鷹臣君や。お客さんがいるなら先に言っておいてほしい。私もうメイクを落としてスッピンなんですけど!まだルームウエアだからいい物を、パジャマ姿は流石に見られたくない。まるで気にした様子もない白石さんはともかく、黒崎君は何だか視線を彷徨わせているし。
「麗。お前今から外行くぞ。さっさと着替えて来い」
そう告げた鷹臣君に驚く。え、行くってどこにですか。
「ええ~?嫌だよ。私もうシャワーも浴びて寝る気満々なのに。またメイクしないといけないのはめんどくさい」
「ああ?化粧なんて必要ないだろ。こんな夜なんだし。誰もお前の顔なんか見ねーよ」
「いや、見られているし今!」
ソファに座る二人を示せば、ひらひらと手を振ってにこにこ笑う白石さんと、渋面を浮かべた黒崎君。初対面の男性に素顔で会うとか、勇気いるんだけど?乙女心が分からない男だ。
「別に僕達は気にしないよ?でも素顔は二十歳過ぎているように見えないね」と白石さんに微笑まれてしまった。確かに、メイク落とすと童顔だ。高校生位にしか見えないらしい。
「ごちゃごちゃいいからさっさと行くぞ。着替えが嫌ならそのままでいいな」
「え!?ちょ、ちょっと待って!!行くってどこに!?」
手を引かれて振り返った鷹臣君は、ニヤリと笑った。その企み顔を見て、本能的に逃げたくなる。
どこか疲労の色がまだ濃く残る鷹臣君は、口角を上げたまま告げた。
「宝物探しだ」と。
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誤字脱字、見つけましたら報告お願いします~!
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