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第二部
41.初デートの夜
しおりを挟むパパっと化粧を施し、髪の毛をストレートアイロンでセットする。東条さんから先ほど渡されたワンピースとカーディガンを身につけた私は、自分で言うのも恥ずかしいほど一般的な女子がするデート服コーデになっていると思う。ジーンズにTシャツなんてラフな格好じゃないし、十分気合が入っているのではないか。
そして考えてみれば、これって初デート・・・!?
何だかんだ言ってデートって延期されていた気がする。外で東条さんと会う時も、必ず司馬さんや朝姫ちゃんが傍にいたし、2人きりで出かけるのって仕事以外じゃ初めてじゃ・・・?
うわ、うわー!それはちょっと、緊張するというか、照れるというか・・・!
一通り仕度が終わった私は、再び鏡でメイクをチェックしてしまう。もう一度グロスつけておくか。
リビングに戻り扉を開けると、新聞に目を通している東条さんが視界に映る。ふわりと柔らかな空気を纏い微笑む東条さんとは違い、クールな印象を醸し出して真剣な眼差しで記事を読む彼は、頬が染まるほどかっこいい・・・。何でだろう、お父さんが新聞を読んでいるとおじさんだなとしか思わないのに、好きな人が同じことをしているだけでかっこよく見えるって。やはり何かのフィルターを通して見ているのだろうか。これも恋の魔法の一つなのかもしれない。
私に気付いた東条さんは、クールな表情から一変して、いつも通りの微笑を浮かべる。
「仕度が整いましたか・・・」
ソファから立ち上がり傍に近づいてきた東条さんは、私の姿を見つめて顎に手を添えた。え、どこか変?着こなし間違ってる?一応ファスナーはちゃんと上がってサイズもピッタリなんですが!
メイクがおかしいのか、どこかはみ出ているのか。鏡でもう一度チェックすれば良かった!?と内心焦る私に、東条さんは溜息をこぼす。
や、やっぱりどこか変――・・・!?
「やはり外出は中止しましょうか」
そう呟いた直後、ぎゅっと抱きしめられる。
「え、っと・・・どっか変でした?」
外に出すのが恥ずかしいほど間違った格好をしているのか。それとも予想外に似合わないのか。
少し悲しくなり、着替えなおしたい衝動に駆られる。けれど返って来た言葉はその逆だった。
「私以外の男性に貴女の姿を見られたくありません」
「・・・はい?」
そっと顔を覗きこまれて、そっと頬の輪郭を化粧が落ちない程度に撫でられる。
その感触だけで、ドキンと小さく心臓が高鳴った。
「そんなにオシャレして他の男性が麗に惚れたらどうするのです。邪な感情を貴女に抱く男達を見逃せるほど私は寛容ではありませんよ。男性の目に晒したくありません」
「は?いや、それはありえないかと・・・って、それじゃ女性限定カフェとか、男性お断りの場所しか私行けないんですけど。その場合東条さんはどうするんです?まさか女装するわけにも・・・」
「・・・・・・」
「ちょっと!考えなくていいから!!」
東条さんの女装姿・・・見たいけどさせるわけにはいかない。いや、させたら絶対に美女になる確信はあるけれど!そして似合いそうだけれども!
「ダメですよ!むしろ私が女性だらけの場所に東条さんを連れて行きたくありません!だって絶対皆振り返る・・・」
そして隣にいる女(私)を上から下までじろりと品定めするように眺められるんだ。「釣り合わない~」とか笑われたりじろりと睨まれたら。軽く落ち込んでしばらく浮上できない自信がある。
私の嫉妬丸出しの発言を聞いた東条さんは、目を細めて柔らかく微笑んだ。
「嫉妬、してくれるんですね。大丈夫ですよ。他の女性になんて興味がありませんから」
「・・・本当?」
「ええ。麗にしか興味がありません。欲しいのは貴女だけですよ」
むず痒いような嬉しさが溢れて、顔が東条さんの服につかないようにぎゅうっと抱きしめる。
「私も貴方にしか興味がありません」と抱きしめたままむず痒い台詞を紡ぐと、東条さんは悩ましいような嘆息を吐いてぽつりと呟いた。
「そんな可愛いこと言われると、今すぐ寝室に連れ込みたくなるのですが」
「さ!何してるんですか。さっさと外行きますよ!!」
あわてて背中を押して玄関へ追いやる。
何だかさらりと危ない発言をするようになった東条さんは、本当に油断ならない危険人物になりつつあるようだった。
昼間から何考えてやがるんですか・・・!!
◆ ◆ ◆
運のいい事に雨は降らず、曇り空の下で東条さんとショッピングに出かけた帰り道。今晩の食材を求めに大型チェーン店のスーパーへ立ち寄った。
カートを押しながら、野菜売り場から見て回る。同じかごに選んだ食材を次々入れながら、東条さんがカートを押して何が食べたいか訊ねてくる。寄り添いながら買い物をするなんて、まるでこれって傍からみたら夫婦みたいじゃない!?と気付くと、頬が自然に赤くなった。
熱を冷ましに俯きながら一人で冷蔵食品売り場の近くまで行くと、少し早い冷やし中華の試食を進めるおばさんが声をかけてきた。
「よろしかったらいかがですか?」
「えっと・・・じゃ、いただきます」
冷やし中華なんてもう夏の気分だ。
一口サイズ用のプラスティックの器に入れられた冷やし中華を試食する。あ、結構おいしいかも。
「おいしいですね」と感想を述べて一つ買ってあげようかと考えていると。後ろから追い着いて来た東条さんを見つけたおばさんは、すかさず声をかけた。
「ご主人もお一ついかがですか?」
「!?」
後ろを振り返ると、私の傍に寄った東条さんは機嫌のいい笑みを浮かべて「ありがとうございます」と試食用のカップを受け取った。
最後まで私達を夫婦と勘違いしたおばさんは、愛想のいい笑顔で新商品を勧めてきて。始終顔を赤くしたまま、私は2種類の味を一つずつカートにおさめたのだった。
飲み物売り場でペットボトルのお茶を選びはじめた私に、東条さんが声をかける。
「麗?顔が赤いですが、どうかしましたか?」
そっと手を伸ばしてくる東条さんに、あわてて顔を左右に振って大丈夫だと伝えた。
「な、何でもないから!ただ、その・・・新婚さんみたいに思われるのかなって考えたら、気恥ずかしいような嬉しいような気持ちになっちゃって・・・」
かぁーと顔に熱が集中する。うわ、考えるな自分!この売り場に人が少ないからって、いないわけじゃないんだよ!擦れ違う奥様は皆東条さんを二度見するし、目立たないわけじゃないんだから!
くすりと微笑んだ東条さんは、私の手を握り締めて持ち上げると、指の先に小さくキスを落とした。
「それなら可愛い奥さんのために、今夜は張り切らないといけませんね」
破壊力のある笑みにくらり、と眩暈がしそうになる。
「足手まといにならない程度にお手伝いはしますね・・・。サラダなら任せてください」
メインは是非東条さんに作ってもらおう。その方が味も確実だし、何しろ安全だ。
「ええ、勿論。今夜のメニューも期待しててくださいね」
「も?」
微妙に何か含みがあるようにも聞こえるが、東条さんは片手でカートを押して反対の手で私の手を握りすたすたと歩き始めたので、言葉どおりの意味しか受け取らなかった。
◆ ◆ ◆
「ごちそうさまでした」
きちんと手を合わせて告げると、にこやかに笑って見つめてくる東条さんと目が合った。
「お口に合いましたか?」
「ええ、そりゃもうばっちりと!何でこんなにおいしく作れるんだろう・・・今度私にも教えてくださいね!」
すっかり空になったお皿を眺める。
今夜のメニューは魚介類たっぷりのパエリアだった。それとトマトスープにスモークサーモンの前菜と、私が作ったサラダ。そして白ワインで乾杯。おいしい、おいしすぎる。ご飯もワインもあっという間に平らげてしまった。何て料理上手なんだ、東条さんは!
やばいな、普通は女子が男性の胃袋を料理で掴むものなのでは?
逆に私がしっかり胃袋掴まされている気がするよ。何かが間違っている気もするけど、これはこれでありかもしれない。
食休みをたっぷりとして、食後のお茶を堪能した後。
後片付けも終わりすっかりリラックスモードに入って寛いでいたら、飲み物のカップを置いた東条さんが質問を投げてきた。
「――さて、麗。人間の三大欲求は?」
「へ?えーと、睡眠欲と食欲と、あと性・・・」
性欲と言おうとして、たらりと汗が流れる。
あれ?私おいしく食べられる為にたらふく食事をさせられた子ヤギの気分になってきたんだけど・・・!?
満面の笑顔でにっこり微笑む東条さんは、頬杖をしたまま私を見つめてきた。
「ええ。そろそろ私もデザートを頂こうかと思いまして」
「デ、デザート・・・!?」
甘い物が得意じゃない東条さんの口からデザート!
でもこの話の流れでそのデザートが何を意味しているかわからない私じゃない。まずい、ちょっとまずい!
立ち上がって近付いてくる東条さんに待ったをかける。あの、まだシャワーも浴びていないんですけど!
そしてギュッと抱きしめられていきなりお姫様抱っこをされた私は、あわてて東条さんの肩を叩く。
「待った待った!まだシャワーも浴びていないんですけど・・・!?」
「私は気にしません」
「私が気にします~!!!」
じたばたと騒ぐと、「仕方がありませんね」と告げた東条さんに床におろしてもらう。その後着替えを持ってささっとお風呂場へ篭城した。そして鍵を閉めた途端、どっと汗が拭きだしてくる。
顔が熱い!心臓が煩い!心拍数がヤバイ!!
ドアに背を預けたまま、ずるずると床に座り込んだ。
「と、とりあえず・・・ピカピカに磨いておかないと・・・!」
覚悟を決めた私はせめて幻滅されないよう、準備万端でお風呂場を出て行こうと決意した。そして念入りに体を洗い終わった直後、ふと疑問が浮かぶ。
「あ、あれ?この場合って、下着って身につけるの・・・?」
シャワーから出た後の10分間。バスローブ姿になったまま、正解がどちらかわからず悩みまくっていた事を多分東条さんは知らないだろう。
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