42 / 106
第二部
33.隠し事と嘘
しおりを挟む「麗ちゃん、悪いんだけどパパにお茶淹れてくれるかな?」
「うん、あと5分待って」
「はーい。ありがとう」
傍から聞いたらどっちが上かわからないこの会話は、間違いなく私達親子の日常会話だ。この場にお母さんがいたら「父親がお茶飲みたいって言ってるんだらさっさと動きなさい」と言われるんだろうけど。生憎母は京都に里帰り中である。
響が父の肩揉みをして私がお茶を淹れた。満足そうな顔でハーブティーを飲む父を見やる。もう10時過ぎてるからこの時間にカフェイン入りのお茶は眠れなくなるし、リラックス効果のあるハーブのが最適だろう。
そしてそれから間もなくして携帯にメールが入った。いつもの東条さんのお誘いメールだ。
・・・やばいな、今ここで外に出るの。
確実に父と響にどこに行くか訊かれる。響は気にしないだろうし、あれで勘がいい子だからあまり詮索しないでくれるけど、父はそうもいかないだろう。恋人に会いに、なんてこのタイミングで告げられるわけもない。
そろりと玄関に向うと、案の定私の行動に気付いた父が近寄ってきた。お茶淹れたばかりなんだからそっちに集中しておいてほしい。
「麗ちゃん。どこに行くんだい?こんな時間に」
怪訝な顔で尋ねる父に、「近くのコンビニに」と伝えると、予想通りの答えが返って来た。
「危ないからパパも一緒に行こう」
嫌、結構ですから。
日本のコンビニが懐かしいのか、どこかウキウキし始めた父に「疲れてるんだし休んでなよ」と父親を労わる娘を前面に出しながら伝える。長距離を移動して疲れているのは事実だろう。50歳を過ぎてもういい歳なんだから、体力を考えてくれ。
「それなら明日にしなさい。一人で女の子が夜遅くに出歩くなんてパパは許しません」
夜遅くって、まだ10時過ぎなんだけど・・・って、反論は飲み込んだ。ここは私が引きさがった方がいい。
部屋に戻った私は東条さんから来たメールに返信する。父が帰ってきてるとは言えないから、内容は響が風邪をひいたみたいだから無理と伝える。勝手に使ってごめんね、響。そして嘘をついてごめんなさい、東条さん。
明日また会社で会えるんだから、大丈夫だろう。
この時はそんなのん気なことを考えていた。
◆ ◆ ◆
水曜日。
いつも通り会社に出社した私は、司馬さんのお使いで総務部の広報課へ来ていた。そういえばこの前食堂で会った2人はこの部署にいるんじゃなかったか。
長月モードで長話をする事なく淡々と頼まれた仕事を伝えると、後ろからふいに声がかけられる。
「あ!長月さんじゃないですか!」
聞き覚えのある声に振り返ると、先ほど丁度思い浮かべていた巻き髪がかわいい快活な女性、南まどかさんと、ボブをふわりとパーマさせた小柄な女性、如月小鳥さんが笑顔で近付いてくる。
「お久しぶりです」
「久しぶりですねー!うちに来るなんて珍しい。社長のお使いですか?それとも司馬さんの?」
まどかさんの問いに、司馬さんからだと答えると、相変わらず司馬さんファンの小鳥さんは一瞬恋する乙女の表情を浮かべた。
・・・司馬さん、こんな若い子からも慕われるなんてすごいですね。多分一回り近く歳違うと思うけど。
「そういえば、あのランキングの結果は出たんですか?」
いい男ランキングの締め切りは確か6月だったと思う。結果発表はまだでも、もう一通り集計は終わったのだろうか。結局私は東条さんと司馬さんに投票したんだよね。いつもお世話になってるしね。
「よくぞ訊いてくれました!今回は新入社員ががんばってくれたんですよー!トップの1位2位は変わらないけど、その次がなかなか荒れたね!予想が外れたよ!」
ねー!と、小鳥さんと2人で頷く彼女達は仲がいい先輩後輩なんだろう。何だか楽しそうでいいな、と微笑ましく思う。
「それなら霧島さんも?」
土曜日にばったり偶然出会ったのはびっくりだけど、麗としてだから多分ばれていない、はずだ・・・。暫く営業には近寄らないでおこう。
「霧島さんはちゃんと5位には入ってますよ」
ほんわか笑顔で小鳥さんが答えてくれた。おお、ちゃんと入ってるのか!それはすごいな。
一人で納得するように頷いていると、まどかさんが今思い出したかのように、声を挟む。
「そういえば長月さん。聞きましたよ、実はご結婚されているんですってね?」
・・・はい?
「あ、私もその噂聞きましたー!それならそうと説明すれば、やっかみや僻みを言われなくてすんだんじゃないですか?」
トップ2の周りをうろちょろしている私に女性社員からの僻みを気にしてくれた小鳥さんが尋ねた。って、ちょっと待って。え、誰が既婚者だって!?いつの間にそういう設定に!?
動揺しそうになるのを必死に堪えて小さく微笑む。その設定はなかったはずだけど、それは逆に好都合かも?
「え、ええ・・・指輪をしていないからわかりにくかったですね。実はそうなんです」
相手は誰!出会いは?子供は!?
次から次に湧き上がる質問を無難に答えてそそくさと広報課をあとにした。誰だこんな噂を流したのは・・・!いや、十中八九、東条さんのはずだけど!!
◆ ◆ ◆
お昼時間になり、久しぶりに東条さんと2人きりでゆっくりお昼ご飯を味わう。司馬さんは用事があって外出中なので、この部屋には私達しかいない。つまり、先ほど聞いた噂話の真相を確かめられる絶好のチャンスなわけで。
ちょっと違う部署に行っただけで、噂話がかなり広がっていることを実感した。いつも私を睨みつけてきた女性社員も、今回は見向きもしていなかったのが噂の広がり具合を語っていた。ちょっと、いつの間に広がったのこれ!
おいしく注文したお弁当を平らげて私が淹れたお茶を満足そうに飲む東条さんに質問をかけようとしたが、先に口を開いたのは東条さんだった。
「さて、麗。私に何か隠し事はありませんか?」
"麗"呼びに"隠し事"。すっかりプライベートなことを話す気満々って事なのね。
威圧的でも高圧的でもない穏やかな口調だけど、隠し事はないかって質問に心臓が跳ねた。え、どれのことを言っているの!PV?両親が帰ってきてる事?それとも朝姫ちゃんと土曜日に出かけていた目的をちゃんと明確に説明しなかった事!?
いろいろ考え始めると隠し事なんてありすぎて、どれを訊いているのかわからなくなってくる。咄嗟に東条さんの顔色を覗いた。私の返答を待っている顔で、じっと真っ直ぐに見つめてくるだけだった。食後のお茶の香りにリラックスできるはずなのに、リラックスできない・・・!
「勿論、隠し事はありますよ?だって女の子ですもの」
女性は秘密をもってこそ魅力的になるって誰かが言っていたような・・・
でも嘘ではない。この場合の隠し事はスリーサイズや年齢や、本当の体重とかだろう。考えてみれば年齢以外東条さんに教えていないし、十分隠し事と言える。体重とか絶対に好きな人に知られたくないけど!
開き直ってにっこりと答えたけれど、東条さんが何かを言う前に今度こそ私が質問を投げかけた。話を逸らせるなら逸らしてしまえ!
「そうそう、東条さん。私も訊きたい事があったんですが」
「・・・はい、何でしょう?」
一瞬何か言いたげだった東条さんに、今朝から聞いた噂を伝える。
「長月はいつから既婚者設定になったんですかね?私初耳だったんですが」
じろり、と若干据わった目で微笑むと、東条さんは一言「その方が好都合ですので」と答えた。
「初めからそうしておくべきだと思いなおしました。土曜日に霧島君に会ったでしょう?その時に思いついたんです。そして彼に出来るだけ噂を広めておくようにお願いしました」
「一体何のために?」
霧島さんの協力をあおってまで噂を広める必要があるのか。
「勿論、貴女に余計な虫がつかないようにですよ」なんて、冗談か本気かわからないお返事が返って来たけど。こんな真面目で堅そうな無表情女に虫なんてつかないと思うけどなあ?東条さんは心配性のようだ。
「それで、響君の具合は良くなったのですか?」
すっかり忘れていた昨夜の断り文句を思い出してぎくりとする。やばい、それもあったか!
「は、はい。軽い風邪だったみたいで、一晩寝てすっかり元気に・・・」
「そうですか。それは良かった」
うう、嘘をついた罪悪感が・・・!
ごめんなさい、東条さん・・・そう心の中で謝っていると、いつの間にか真向かいから真横に移動した東条さんが、私の隣に腰を下ろした。え、何か近くないですかね!
肩に手を回されて引き寄せられる。そして私の伊達眼鏡を外すと、東条さんは艶めいた微笑みを浮かべた。
「それでは昨夜会えなかった分のキスを、麗からしてもらいましょうか」
「・・・え、え!?」
社内でなんて事を!
そしてそれを社長室でするっていうのが、余計に緊張感をあおる。どくん、と大きく心臓が跳ねた。うわ、考えただけで顔が火照るんですけどー!?
「えっと、あの・・・歯!歯磨きもしていないのにキスはちょっと・・・」
いい言い訳思いついた私!
「私は気にしません。むしろ先ほど食べたデザートの甘いキスが堪能できるでしょうね?」
・・・お昼のデザートは、コーヒーゼリーとバニラアイスでした。
あわあわする私に東条さんは優しく催促をしてくる。
「麗?お昼時間、終わっちゃいますよ?司馬が戻って来ても、私は気にしませんが」
それは私が気にします~!!!
さっきの質問にちゃんと答えなかった所為か、東条さんがどこか意地の悪い笑みで囁く。半分抱き寄せられている私は何とか上半身の身動きを取ると、真っ赤な顔を俯かせないように根性と気合で上げながら、東条さんの頬を両手で掴んだ。
「・・・目、閉じて下さい」
大人しく目を閉じたことを確認した私は、ゆっくりと東条さんの唇に自分の唇をあてる。触れるようなキスを数回した後、角度を変えてチュウ、と小さく吸い付いた。唇の感触がちゃんと味わえるほどしっかりとあわせたキスなのに、東条さんはいつの間にか私の腰と後頭部に手を回していて離してくれない。
え、ちょっとキスだよねこれ!?
何その拘束は!これだけじゃ許さないって事?ちゃんと舌もいれないと合格じゃないって事!?自分からディープしろってまさか言ってないよね!?
離れようとしても東条さんががっちりと私を抱きしめている為、離れられない。しかも唇はもっと深く触れ合って。東条さんは自分からは絶対に動かないようだった。
何それ、ずるい!ってか、私にどうしろとー!?
おずおずと唇を開くと、東条さんが微かに微笑んだ気配がした。躊躇いがちにゆっくりと振るえる舌を侵入させる。うわ、心臓が破裂しそう・・・自分からこんなキスをするなんて、恥ずかしい!
東条さんがいつもしてくれるようなキスを思い出して、自分から舌を絡めてみる。微かに苦いコーヒーの味がした。そういえば東条さんはアイスクリームを食べていなかったんだっけ。
主導権を私に握らせたままで東条さんは私の動きに応える。唾液が零れそうになるのを堪えていると、東条さんのキレイな喉仏が動く。どちらかの物かわからない唾液を嚥下した。こくり、と上下に動いた白い喉を見たのが限界だった。
もうこれ以上は私には無理です―――!!!
いっぱいいっぱいの私に気付いた東条さんは、一度離してくれると今度は私に覆いかぶさるように深い口付けをしてくる。
ってか、実際にソファに押し倒されているんですが!?
「んん・・・!?と・・・びゃ・・・ふむっ!」
名前さえ呼ばせてくれないほど、唇を貪られる。酸欠、酸欠ー!!鼻呼吸はしているけれど、気持ち的に酸欠状態ですよこれ!!
首筋を指で撫でられ、ぞくりと肌が粟立つ。
荒く息をする私を見下ろした東条さんの瞳には、微かに情欲の色が映っている。美しく優美な獣――・・・そんな感想を抱いた直後。いつの間にかブラウスのボタンが第四ボタンまで外され、デコルテと胸元を吸い付かれた。
「ひゃっ・・・!?」
キャミソールをつけているとは言え、薄っすらとブラが透けて見える。ああ、何で今日に限って黒のブラなんてつけたの私!ジャケットに隠れるしブラウスを脱がない限り平気だけど、まさかキャミ姿を見せる羽目になるとは思わないじゃないか。
「っ!あっ・・・」
キャミの裾から東条さんの手が侵入した。お腹の上をゆっくりと上り、ブラのカップの上にまで手が到達する。そして優しい手つきで胸を弄られ、その感触に背筋が震えた。それが快感からなのか、先がわからない恐怖からなのか。
「柔らかいですね・・・麗はどこも柔らくて、とてもおいしそう」
耳元で囁かれた後、耳たぶを軽く噛まれる。思わず声が出そうになったのを咄嗟に飲み込んだ。痛くなんてないのに、この痺れは一体何なの!
首筋や胸元など、洋服に隠れるギリギリの場所に赤い痣をつけまくった東条さんは、その日の午後不思議なくらいご機嫌で。司馬さんから何があったのか訊かれても私はとぼける事しか出来なかった。
************************************************
一歩前進・・・?
次はもっといけるかと・・・!(笑)進みが遅くて申し訳ありません(汗)
0
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる