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第二部
26.土曜日のデート
しおりを挟む朝姫ちゃんとの初デート当日。
約束時間の15分前に駅前の某コーヒーショップ前に着いた。多忙な朝姫ちゃんは土曜日も午前中はお仕事の予定が入っていたらしく、今日の午後からなら空いていると連絡が来たのだ。1時半ジャストに待ち合わせをしているけど、忙しいから少しは遅れるかも。休日な為人通りが激しいしちゃんと会えるかな、なんて不安は杞憂に終わった。何せ、たとえ携帯の充電が切れていても、彼女ほどの美女なら人込みに埋もれることはない。周りの男性が振り返ったり二度見したりする方向に何気なく視線を向ければ、目当ての人物が真っ直ぐに歩いてくる所だった。
エレガントで大人可愛いファッションが良く似合う朝姫ちゃんの今日の格好は、カシュクール風の巻きワンピースにジャケット、そしてアクセントに丈の長いキラキラネックレスをしていた。膝上10cm位の長さからすらりと伸びる美脚がなんとも美しいし、胸元にあるサングラスもかっこいい。自信が溢れている朝姫ちゃんは、文句なしにかっこよくてキレイだ。
まるで雨季の憂鬱さを晴らしてくれる高潔な女神って感じだわ~なんて、つい心の中で輝くオーラと美貌を褒め称えてしまう。でもどちらかと言うと、朝姫ちゃんは女神様ってより女王様のが似合う気がするけどね。
「お待たせ、麗ちゃん!待ったかしら?」
「いえ、まったく!」
約束時間の10分前にいつも着くよう行動するようにしているから、10分、15分待つのはへっちゃらだけど。笑顔で私の傍に来てくれる朝姫ちゃんは、早速オススメのお店に案内してくれる事になった。
「あ、そういえば朝姫ちゃん。お買い物に行くって言ってたけど、何を買いに行くの?」
実は聞いていないんだよね・・・って事に今更ながら気付く。
筋トレ用のダンベルとか?いやまずはスポーツウェアからか。それともランニング用の走りやすいスニーカーとか?まさかゴルフのウェアじゃないよね?もしくは、ヨガマットレスとか・・・
美容法をたくさん知っているであろう朝姫ちゃんオススメな買い物に、心はウキウキだ。もしかしてオススメ美顔器とか、そーゆー類の買い物なのかも!
駅ビルの中のお店をいくつか素通りして、デパートへ入っていった朝姫ちゃんはにっこりと微笑んだ。
「勿論、到着すればわかるわ」
いや、そうなんですけど。
でもその微笑みが美しすぎて、思わず見惚れた私は朝姫ちゃんのが誘導する方向へただ着いていったのだった。
◆ ◆ ◆
辿り着いた場所に唖然とする。
「ああああ朝姫ちゃん!買い物って、まさか・・・」
けろり、とした表情でぐるりと店内を見回した朝姫ちゃんは、何でもない事のように頷いた。
「ええ、今日は水着を買いましょう」
さ、行くわよ!と、朝姫ちゃんが私の手を取り、お店の中へ入って行ってしまう。って、ちょっと待った!!
「水着、水着!?え、何のための水着!?」
今までほとんど縁のなかった水着セクションにいきなり連れて来られたら焦る。うわ、最近こんな水着も売ってるの!?おへそとサイドはばっくり割れてて、なのにワンピースって・・・ビキニよりも過激に見えるのは何故だ。
「何のための水着って、勿論泳ぐ為に決まってるじゃない。麗ちゃんったら~」
ころころ笑う朝姫ちゃんは、次々と目に留まった水着を手に取った。おお・・・そんなビキニが似合うのは朝姫ちゃんが抜群なプロポーションをお持ちだからだ。私無理!絶対にビキニとか無理!!サイドが紐って、ほどけたらどうするの!?
って、そんな事よりも重大なことがあるじゃないか!
恐らくプールで行う運動法をするのだろうけど、それが泳ぐのか歩くのか、私にはわからない。そもそも、私水着なんて持っていなければほとんど着た記憶がないんだけど・・・!
「あの、朝姫ちゃん!私、水着なんてここ10年くらい着てないんだけど!!」
引きずられるように店内を回っていた私は、ようやく朝姫ちゃんの歩みを止めることに成功した。立ち止まって振り返った朝姫ちゃんは、「10年!?」と驚いた顔で見つめてくる。
「10年ってか、12年くらい?」
中学生の頃には既にプールに入っていたか怪しいからなー。学生時代の記憶を掘り起こしていたら、驚いた朝姫ちゃんが困惑気味に尋ねてきた。
「え、でも体育で水泳の授業あったでしょう?それはどうしてたの」
ごもっともな質問を投げかけられて、思わず目が泳ぎそうになりながら真実を伝える覚悟を決める。ごまかしはきかなさそうだし、別に隠しているわけじゃないし。(呆られはしそうだけど。)
「体育は、高校の時は水泳のテストがあってね。それに合格しないと卒業出来ないんだけど」
「え!それは厳しいわね」
そうなのだ。うちのハイスクールではそうだったけど、どこも同じとは限らない。その水泳テストがきついのなんのって。1個上の中学の時の先輩から聞かされた時、絶対に受けたくないと心底思った。立ち泳ぎ10分に100mを止まらずに泳ぐとか、いろいろ聞くだけ疲れそうなテストは何が何でも遠慮したい。足をついたらやり直しって厳しくないか。
「んで、あの手この手を使って、免除してもらったんだよね~丁度友達に塩素アレルギーの子がいて、それに便乗した形で」
肌がそこまで丈夫じゃないことも幸いして、何とか乗り切ったのだ。ちなみにこのテスト、1年目で合格しなかったら翌年に再テストを受けなければいけないのだけど、これも何とか乗り切れた。それほど私は水泳が得意じゃない。むしろ犬掻きしかできないんだけど・・・クロールは息継ぎしなければ何とか泳げるよ。
唖然とした朝姫ちゃんは、小さく「マジか」と呟いた。呆れさせちゃってすみません・・・
「別に水が怖いとかじゃないんだけどね!?水遊びは好きなんだけど、外で焼けるのも嫌だったし市民プールに行くのもいろんな人種の人がいるから少し抵抗があってね・・・」
人種差別ではないけれど、いろんな人がいるからね。
いくら塩素で殺菌されていても、やっぱり衛生的に抵抗を感じてしまって。特にアメリカ人はいい意味でも悪い意味でもおおざっぱで気にしないから。何せトイレの床に平気でバッグとかコートとか置ける人達だし。
「そうなの。恐怖症とかじゃないのなら安心したわ。行くのも市民プールじゃなくて会員制の限られた人間しか入れない屋内のプールだから、安心して大丈夫よ。いつ行っても私しかいない貸切状態だし、すっごくキレイな所だから」
おお、そっか・・・朝姫ちゃんが会員で行く所なら高級ホテルのプール並にきれいな所なんだろう。それなら安心・・・って、ほっとしたのも束の間。そもそも私、水着着る自信が全くないんですけど!!むしろそっちの懸念を先に伝えた方がよかったんじゃ!?
「朝姫ちゃん!ちなみに私、子供用の水着しか着たことないんだけど!まさかビキニとか選ばないよね!?」
むしろ出せるお腹になりたいからダイエットするんであって!痩せる為に泳ぐならまずはお腹の肉を落としてから水着の出番だと思うの。痩せる為にプールに入るはずが水着着れないから別の方法で痩せないとって、何だこの悪循環は。何のためにプールに入るんだ。
タンキニ&ショートパンツ着用有りとかならいける気はするけど、ビキニは勘弁してください!
そう懇願したら、朝姫ちゃんはあっさりと「じゃ2着選びましょうか」と言った。そして近くに売っていたシンプルなタンキニを取る。
「これなら着れそう?」
広げてみたら、水色を基調とした可愛らしい花柄のタンキニだった。お揃いのショートパンツまで探してくれて。確かにこれならお腹も太ももも隠せるし、何とかなるかも・・・
「うん。これなら恥ずかしくはないかな」
サイズも一応確認してから試着室へ向おうとすると、朝姫ちゃんが待ったをかける。
「麗ちゃん、もう一つの水着を忘れてるわ」
んん?もう一つ?
そういえばさっき2着選びましょうって言ってたけど。あれって予備のがあったら便利って事?頭に疑問符を浮かべていると。朝姫ちゃんは長い脚で遠くに行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。満面笑顔になって。
「さ、もう一着はこっちとかどう?」
渡されたのは、私が到底選べそうにもない紐パン&三角ビキニで。色が白じゃなくて黒なだけマシかもしれないけど、無理!こんないつほどけるかわからない布地の少ないビキニなんて無理!!これじゃ下着と変わらないじゃんね!?
「むむむ、無理ー!!ビキニ無理!しかも紐って!!これほどけたらどうするの!?」
真っ赤になりながら腕でバツ印を作る。
「ほどけたら結べばいいんじゃないかしら?」
そんな微笑んで正論述べたって頷けないよ!誰か周りにいたらどうするのさ!?
「タンキニがあればこれで十分・・・」
そう告げた私にかぶせるように、朝姫ちゃんが「本当にそうかしら?」と続けた。
「そっちのタンキニはこれからの運動用ね。でもこっちのビキニは、自分が着てもおかしくないって思える基準用に買うの」
基準用?
それってどういう意味だろう。
「つまり、麗ちゃんは今恥ずかしがっているけれど。このビキニが似合うボディーになれるようにがんばるって思える為のいわば目標ってやつよ。だから多少過激な方がやる気は出るでしょう。これから夏だし、暖かくなるし?プールやビーチに行く機会はどんどん増えるわよ~?周りがビキニばっかの中で一人だけ違う格好していたら、逆に目立つと思うけれど」
「うっ・・・それは、目立ちそうだ・・・」
何となく一理あると思えてしまう。自分がなりたい体になる目標として、ビキニを買う。このビキニが似合う、もしくは着れると思える自分になれたら、自分に自信がもてたという証明にもなるだろう。
成るほど・・・流石朝姫ちゃんだ。
「わかった。そのビキニはハードル高いけど、ビキニも買うよ!」
どうせ買うなら自分が気に入った好みのビキニにしたい。引き締め効果のあるダークカラーをお願いしたいけど!
けれど朝姫ちゃん一押しは、薄いピンク色でフリルが所々にアクセントになっている女の子らしいラブリーな奴だった。ちなみに下はリボンで結ぶタイプなんだけど・・・これも紐ではないけど、ほどけるよね!?
「麗ちゃんは色白いから、ピンクも似合うわよ~!」
ホルタータイプで首の後ろで調節できて、お揃いのミニスカートまでついている。裾にフリルがついていて、どうやら3点セットのようだ。胸元には金色の鍵のモチーフがぶら下がっている。細かい所に乙女心を擽るデザインで、確かに可愛い。
「と・・・とりあえず、試着だけしてみようかな」
良く見れば結構好みかもしれない。着るだけならまあ、いいよね!似合わなかったら別のを選べばいいんだし!!
そうして他にも2、3着試着してから、結局買ったのははじめに選んだタンキニと朝姫ちゃん一押しのピンクのビキニだった。普段絶対に買わない物を選んで少し高揚感が出てきた私はちょっとだけ夏が楽しみになってきた。
そしてこのあと調子に乗った私はすぐに後悔する事になる。
少しお茶をしてから朝姫ちゃんに言われるままついて行ったホテルで早速泳ぐ羽目になった。朝姫ちゃんの抜群のプロポーションを見せつけられて目の保養と思っていた直後。貸切状態だったプールに誰かがやってきた。
広いプールにはサウナやジャグジーなど他にもいろいろあるし、私達がいるのはだだっ広いメインのプールの中だ。足元が何とかつく場所だけど、プールの淵に手を乗せて体を支えている。
そんな中、入り口から入ってきた人物の声を聞いた瞬間、私は瞬時に固まった。
「おや?朝姫も泳ぎに来たのですか?」
生憎今は後ろ向きで顔は見えなくても、遠くから響くその声だけですぐわかる。
硬直した私に気付いた朝姫ちゃんも、若干戸惑った様子でその声の主に返答していた。
「え、ええ。久しぶりに泳ごうかと・・・珍しいわね?白夜が来るなんて」
「最近体が鈍っていたので。たまにはいいかと思いまして。・・・そちらの方も知り合いですか?」
びくり!
振り向けずにいる私に、朝姫ちゃんは「友達よ。すっごくシャイな子だから、あんた一人であっちで泳いでなさいよ。私達は向こうに行ってるから」と告げて、そそくさと水中を東条さんとは反対方向に移動する。一度も顔を向けていないし、今は水泳用のキャップを一応被っているから髪色も見られていない。ちなみにゴーグルはしていないけど。
焦りそうになるのを必死に抑えて、冷静に見えるように朝姫ちゃんの後ろをゆっくりとついていった。背後からの視線を完全に無視して。
水着姿を見られたくないのと、泳げないのがばれたくないのと、目的がダイエットだとばれたくないのが混ざってて。
どうか私がいることに気付かず、思う存分泳いでください・・・!と、心の中で悲鳴をあげていた。
この状況は流石に朝姫ちゃんも予想していなかったようだから偶然だとしても。何で今、東条さんまでプールに現れるの!?
************************************************
麗の話はほぼ実話です(笑)
10年水着を着ていないのを友人に話したら、「10年!?マジか!」と驚かれました。若いうちにビキニ着ておけと勧めてきたのも作者の友人です。今年の夏はどうだろうな・・・;
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