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第二部
22.DIA
しおりを挟む有能なスタイリストさんの努力もあって、ドレスについた染みは見事に消え去った。濡れた箇所をドライヤーで乾かしてくれた後に再び白いドレスに着替える。お昼ごはんをセーブしなくてもお腹周りがゆったりしているドレスはそう窮屈に感じないだろうと思っていたら。次のシーンは夜じゃなくて昼の撮影なので、ドレスの上からコルセットを着用させられた。そ、それはお昼ご飯前にやってもらいたかったよ・・・!
あまり苦しくならないように調節されたけど、初めてつけたコルセットは違和感ありまくりで慣れそうにもない。戸惑いながらも私の出番はほんの一瞬だしと考え直して意気込んでいたら。想像よりもあっけなく撮影は終了した。さっきのK君と撮るのと違い、今回のは無邪気な笑顔で振り返るという簡単なシーンなので、適当に楽しいことを考えていたら終了したのだった。あっさりとOKが出て拍子抜けしたけれど、これで私の出番は終わったのだと思うとほっとしたのと同時に、なんとも言えない脱力感に襲われる。もう帰っていいですかね。
コンタクトやウィッグを取り、ついでに付け睫毛も取った。他のメイクは勿体無いからそのままの状態で、私はさっさと私服に着替えて歩いていると。
「帰るってどうやって?」
後ろから急に声がかけられて振り返った。
わかっていたけど、声をかけたのは一人で突っ立っているK君だった。本音を言うと気配もなくいきなり後ろから声をかけないでほしい。あと、いい加減私の心を読まないでほしい。もしかしなくても、自分で呟いていたかもだけど。
「俺と一緒に来たんだから帰りも送って行くけど、あとちょっと待って。今から撮るのでラストだから」
先ほどの衣装から着替えたらしいK君の見た目は、禍々しい方向にファンタジー度が上がっていた。腰にも手首にもいろんなアクセサリーをつけていて、ピアスもそれ日常ではつけないよね?と思わせる鎖がじゃらじゃらついたやつをさらりとつけている。イヤーカフから垂れ下がる細いシルバーの鎖の先は耳たぶについた赤い石のピアスに繋がれていて、またそこから今度は下唇に細い輪でひっかけられたピアス(おそらく唇に穴はあいていない)に繋がれている。3段階ですか、と思わず凝視してしまった。
でも不思議と似合うんだよね、これが・・・。
毒々しいスカルモチーフとか、ごつごつしたシルバーのアクセとか。ダークな小物が似合うのは芸能人だからってわけじゃないと思う。多分K君の持つ独特なオーラというか、醸し出す空気がどこか現実離れしている所為かもしれない。マイペースな所も、さすがアーティストって納得させてくれる。
「わかった。待ってるから、がんばってね」
小さく頷いたK君を見送って、私は邪魔にならないように静かに撮影を見学することに専念したのだった。
◆ ◆ ◆
K君の出番が終わって帰る準備を始めたとき。ふいにK君が思い出したように尋ねてきた。
「そういえば麗。名前、どうする?」
「・・・は?何の?」
「何のって、もちろん麗の名前。本名出すつもり?それでもいいけど俺は」
本名!?それは困る!
すっかり芸名をつける事を忘れていた私は焦る。さすがに"一ノ瀬 麗"のまま使われるのは恥ずかしいし、やっぱり知り合いに見られたくないから無理だよ!隠し通せる物なら隠したい。鷹臣君たちにはばれているからしょうがないとしても、東条さんには絶対に言いたくないし・・・
うーん、と悩んでいたら、K君とそばによってきたQさんがいくつか芸名のアイディアをくれた。
「覚えやすいのがいいけどね。Urara IchinoseのイニシャルでUIとかどう?ウイちゃんってかわいいけど」
Qさんが人差し指を立ててにこやかに微笑んだ。UIか・・・フランス語っぽい気もするけど、でもどこかピンとこない。
「面倒だから麗で"レイ"読みにでもすればいいんじゃない?」
「うん、それは却下。Reiはよく使う偽名だから」
隣でぼそりと、「偽名を良く使うってどんな生活?」と2人がひそひそ話し合っているけど、あえて無視させてもらおう。好きに想像してくれて構わないよ。今は説明する気力もないし。
そして出してくれる案はどれも今一ピンと来ない。ぶっちゃけ芸名なんてもう二度と使わないし何でもいいんだけど、でも変なのはつけたくないとめんどくさい拘りが主張する。
「いっその事さっきつけたディアナでいいんじゃないの?」
唸る私にK君が再び提案をしてくれると、Qさんも同意の頷きをしてみせた。
「そうだね、ダイアモンドのダイアとかでもいいんじゃない?DianaとDia(mond)で同じだし。トランプの柄だし、AddiCt繋がりもあって面白そうだけど」
おお、成るほど。
「じゃ、それで」と採用すると、近くを通りがかった笹原さんにその旨を伝えた。呼び方はDiaでディア。どうせこの格好は二度としないのだし、記念にK君とQさんがつけてくれた名前にするのも悪くない。
「じゃ、俺たちは先に帰るよ。またね、Q」
まだ撮影が残っているらしいQさんにお別れの挨拶を告げて、私は再びK君が乗り込む車に同乗させてもらった。
◆ ◆ ◆
麗とKが撮影現場から去ってから数分後。隣室から賑やかな声が雪崩れ込んできた。
「あれ、Kはもう帰ったのか?」
数名の女性を連れて歩いてくるのは同じAddiCtのメンバーのA(エース)だ。華やかな装いの派手な外見をした女性は、恐らく今回参加したエキストラだろう。顔見知りではないし、少なくともQにとっては初対面の女性ばかりだ。誰とでも仲良くなる特技を持つAにとって、エキストラの女性と親しくなるのはあっという間だろう。ただ彼の場合は、女性限定ですぐに仲良くなれてしまうようだが。
「ああ、先ほど出番が終わったから帰ったよ」
親しげに腕を組む女性達を視界の端に捕らえながら、Qは呆れの眼差しを向けることはせず、溜息は心の中だけに留めた。彼が女性に囲まれているのはいつものことだった。
「何だよー!俺まだ噂の"うらら"って子に会ってないんだけど!?」
お前は会ったのか?と目線のみで尋ねられて、Qは苦笑しながらも肯定した。その様子にますますAは不機嫌になる。
丁度タイミング良くエキストラの女性達はスタッフに呼ばれて、名残惜しげに2人の傍から離れた。Aは愛想よく彼女達に手を振ると、声を潜めながらQに尋ねる。
「んで?どんな子だったんだよ」
興味津々の顔で詰め寄るAに、Qは落ち着けと宥めた。
「お前も後で映像見たら分かるから。・・・まあ、普通の子じゃないかな?」
「普通~?普通の女の子がテロリストに立ち向かうかー!?鍛えまくった大女とかじゃないのかよ」
こいつは彼女を熊か何かと勘違いしていないか。
「いや、小柄な子だ。中々面白い子だったよ。Kが気に入るくらいにはね」
あのマイペースなKが珍しい、と仲間内では密かに話題になっていたのだ。Aはますます関心を深めた。
「何だよKのやつ。俺にも紹介しろよなー」
ふて腐れ気味に呟いたAに、Qは「お前は女癖をなおすのが先だろう」と溜息混じりに呟く。Kが麗を他のメンバー(主にA)に紹介しない理由はまさしくそれだろう。軟派で軽く、女性好きのAに紹介すれば面倒なことになると思ったのではないか。もしくは、何となく会わせたくなかっただけかもしれないが。
「ふーん、あのKが気に入った女ねえ~?そりゃますます一度会っとかなきゃな」
ニヤリと笑ったAは機嫌を良くしたまま近くを通りかかったJ(ジャック)を呼び止めた。
2人が去るのを見届けたQは、壁に背を預けたまま小さく嘆息する。
「まったく、面倒なことになりそうだ・・・」
望む望まないに関わらず、一度結ばれた縁がそう簡単に切れることはないだろう。
否応なしに巻き込まれるであろうこれからのことを考えると、こめかみの辺りに鈍い痛みが走るような気がしてきた。
「関わらないのが一番なんだよ、K」
いつも通り興味のない事には無関心でいればいいのに。好きな音楽のことだけ考えてくれればいいのに。
世界が広がるのは彼にとってはいい事だとしても、何故か胸の奥で燻る不安が消えることはなかった。
◆ ◆ ◆
マネージャーさんの運転で事務所前じゃなくて自宅まで送ってもらった私は、疲労困憊気味になりながらもようやく帰宅できたことに安堵した。
運転してくれた重松さんにお礼を告げた後、助手席ではなくて同じく後部座席に乗っていたK君を見やる。少し疲れ気味に見えるけどいつも気だるそうな感じはするし、恐らく私よりは疲労を感じていないだろう。なにせ不規則で忙しい人気アーティストだ。この位の撮影なら慣れているはず。
騙されたり相手役を務めさせられたりしたけど、いろいろと勉強になった一日だった。特にMIKAさんのメイクテクを間近で見れて体験できたのは嬉しい。プロはやっぱり違うよね!半日経ってもメイクが崩れない。私ももっとメイク&変装術を磨いて修行しなければ。
「それじゃ、送ってくれてありがとうね。またね、K君」
扉を開けて車から降りた直後。くい、と手が後ろに引っ張られた。少し体温が低めのK君の手が私の左手を掴んでいる。どうしたのかと怪訝な顔で見つめると、躊躇いがちに目線を合わせてK君が口を開いた瞬間。
木々がざわめく音と共に、突風に襲われた。
「うわ!?」
ざああ、と枝が揺れる音が聞こえる。咄嗟に右腕で視界を覆うおうにカバーしてゴミが入らないように目を瞑った。まるで何かが通過したかのような風は木々が作る音を奏でた後。舞い上がった数枚の葉が地面に落ちる頃には何事もなかったかのように消え去り、再び静かな住宅街に戻った。
「うわ、すごい風だったねー・・・」
乱れた髪を片手で直すと、どこか難しい顔をしているK君を窺う。そういえばさっき何か言っていなかったっけ?
「ごめん、風で良く聞き取れなかったんだけど。さっき何て言ったの?」
掴んでいた私の左手を離したK君は、憮然とした顔で緩く頭を左右に振った。
「・・・いや、なんでもない。"またね"、麗」
どこか様子がおかしい気もするけど、疲れているのだろう。再び挨拶をした後、私は車が走り去るまで見送ってから、自宅の玄関をくぐった。
◆ ◆ ◆
眉間に皺を寄せて不機嫌顔のまま、Kは日が暮れ始めた窓の景色を眺める。夕日に染まる茜空と、通り過ぎていく並木道。移り行く景色を舌打ちしそうになる表情で見送った。
躊躇いを感じながらも麗に告げようとした一言。
たった一言を言おうと口を開いた瞬間に通り過ぎた不自然な風。それは偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎていて、Kの機嫌はますます悪くなっていった。
当たり障りのない言葉、『気をつけて』と一言伝えるだけでよかったのに。それすら叶わなかった。
「・・・余計な事を言うなと牽制したつもりなの。タイミング良く邪魔をするとか、鬱陶しいよね」
独り言のように呟いた声は窓を開けていた為、マネージャーの重松に聞こえることはない。そして常にない嫌悪感を露にした声でKは再び吐き捨てるように呟いた。
「ほんと、忌々しい・・・」
信号が赤に変わる。車が止まり、窓の外の風景も窓枠のフレームに収まったまま停止した。風一つない穏やかな光景に、Kはじっとしたまま注意深く外を睨みつけていた。
************************************************
ようやくPV編が終了です。思ったよりも長くなってしまった・・・
次回からは新章(?)に入ります。嵐の予兆編(←タイトル未定)ですが、物語が動き出します。麗も進みます!
そして次回からは6月に入ります。
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