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第二部
13.白夜の追及
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(誤字脱字訂正しました)
********************************************
間近で顔を見つめられた私は、視線を逸らせないまま内心で焦る。
にこやかな顔で見つめられれば、まだここまで緊張しないものを!何故彼は嘘を見逃さない真剣な目をしているの。口元は若干微笑んでいるように見えるけど、心の底まで見つめられているような気分になり、別に特にやましいことはしていないはずなのに冷や汗をかいた。
「麗?何故、貴女がここにいたのですか・・・?」
さらりと髪を東条さんの手で撫でられる予感がした。けれど東条さんは頬や髪に触れるギリギリの距離で手を引いてしまう。さっきも感じたけど、何で触れてこないのだろう。いつもなら化粧が衣服につかないか心配する私に遠慮なく抱きしめてくれたり、顔も髪も触ってくるのに。
一瞬の不満と疑問が湧いた後。先ほどよりも強く濃厚な気配に体が硬直しそうになった。まずい、そのまるでナンバー1ホストも真っ青な色気駄々漏れな空気と低く掠れた声に、吸い込まれそうな瞳はまずいよ!一目で女性を虜にするようなテクをいつ身につけたんだと問い詰めたい気もするが、それはまた今度にしよう。今はその強い視線に囚われて身動きできない情けない状況だ。な、何とかしないと・・・!!
「そ、それは・・・仕事で頼まれて・・・」
狭い車内で座席が倒されて間近で東条さんが覆いかぶさってくれば緊張もする。乾いた喉からようやく出た声は少し掠れていた。うう、逃げたい。さっきまで離れたくないとか言ってたくせに、変わり身早くないか自分!と冷静にツッコミをいれる反面、まるで捕食者に狙われた非力な小動物になった気分だ。流石若くしてあんな大きな会社の社長が務まるだけあると思わせるほど、今の東条さんに嘘が通用するとは思えなかった。言えないことは言えないとはっきり言わせてもらうけど、これで恋人役してましたって言ったら私どうなるんだろ!?
「お仕事で、麗さんはどんな役割を?」
仕事内容じゃなくて私の役割!?
それって『彼女役』しか回答しようがないんですけど!
仕事内容訊かれたら回答拒否できたのに、東条さんが言っているのは何故黒崎君と腕を組んで歩いていたか、だ。さっき私が東条さんを責めた時、自分も人の事言えないけどって言ったのを覚えている?・・・んだろうな・・・
「麗。私に言えないような事をしていたのですか?」
ひゅうう、と窓も開いていない車内に冷たい風が舞い込んだ気がした。何これ、私の気のせいだよね。夜だから一気に温度が下がったの?それとも先ほど喚いて泣いて驚いての熱が冷めたから体感温度が下がっただけ?
咄嗟に「そんなことはないですけど!」と言ってしまった。言えないことをしていたと平然と認めるのは怖い。目撃されていなかったら仕事内容は言えないでいいのに、ばっちり2人で仲良いフリをしていたのを見られていたらそうも言えない。あああ、もう。いいよ、白状しますとも!
「今夜の仕事内容までは私も詳しく知らないし守秘義務があるので言えませんけど!でもたまたま私が黒崎君と白石さんの仕事に参加させられただけです。女性が居た方が何かとスムーズになるからとほとんど豪華な食事に釣れられて来ちゃったようなもんですけど、ああ考えたら私あんまり食べてないけど有利にうまく行く様にと黒崎君の恋人役を仰せつかっただけでして腕を組むとか以外何もやましいことは決して何も・・・!!!」
息継ぎが出来なくて辛い・・・!
酸素不足で呼吸が荒くなった。ようやく落ち着かせた所で、東条さんが一言「恋人役・・・」と呟いた。
そろり、と視線を合わせて、顔が引きつりそうなった。
ひっ!何ですかその作り笑いの営業用スマイル的な微笑みは!
たまに外でそんな顔を見たことはあるけど、ここまであからさまだった!?私には一度もそんな顔を向けたことはなかったよね?って事は普段の微笑みが浮かべられないほど、今は相当怒っていらっしゃる・・・!?
「そうですか、恋人役で連れて来られたのですか・・・相手は先ほど紹介された黒崎さんでしたね。随分と自然に肩を抱かれていたようでしたが・・・ああ、そういえば腰も抱かれていましたね。仕事が終わって帰宅する段階でも自然と受け入れていたと言う事は、これが初めてではないのですね。以前にも何度か相手役を引き受けたことがあるようですが、恋人役を務めるのはそんなに頻繁なのでしょうか?」
肩だけじゃなく、腰も抱かれていた所を見られていただなんて・・・!
しかもいつの間にかこれが初めてじゃないと思われている。確かにそうだけど、自然と受け入れていた私がいけなかったか!肩抱かれるくらい大した事じゃないと思う反面、芹さんに腕を組まれていた東条さんをあんなに責めた私が言える立場じゃない・・・
こ、困ったぞ、これは。
恋人役を務めるのは確かにちょこちょこあった。私だけじゃなくてね、必要なら瑠璃ちゃんだってやってたけど。でも頻度なら私の方が断然多い。恋人役で連れて行かれる時は、当たり前だけどカップル潜入が必須な時だ。こんなパーティーのような催し物に目立たないように連れて行かれる時もあれば、ちょっとやばい風俗まがいなカップル限定の喫茶店(って呼べるのか)にターゲットの尾行で呼び出される時もあった。外見からじゃいかがわしく見えないのに、店内は簡単な衝立などで区切られたプライベート空間が作られているだけで、声は筒抜け。照明も暗いし、個人的な感想としては呆れの溜息と羞恥の悲鳴しか出てこないけど、仕事だから仕方がない。黒崎君は動揺も見せず黙々とメモと証拠を撮っていたっけ。私も心を無にしてじっと座っているだけだし、ただ疲れる仕事で、こんな場所海外でもあるっけな~なんてぼんやりと思っただけだった。カップルしか入れない喫茶店なんてお店、少なくとも私の周りにはなかったと思う。
何だか一つ認めるだけで東条さんには全て筒抜けになりそうじゃない!?と迂闊な事を喋れないでいると。焦れた東条さんが、「あるのですね」と肯定した。
「そうですか。古紫室長の事は信用していますし、仕事なら仕方がありません」
え、許してくれるの!?
思いがけない言葉に安堵した直後。東条さんは体勢を戻して運転席に座りなおした。私もようやく起き上がれて、座席を元に戻す。
じっと隣から見つめてくる東条さんは、「仕事なので仕方がないと百歩譲って反対はしませんが・・・」と苦々しい表情で呟いた。珍しく眉間に皺が寄っている。穏やかで紳士な顔も好きだけど、気持ちがダイレクトに表れる顔も私は好ましいと思う。どんな顔でも美形は美形で絵になるわ~なんて、頭の片隅でぼんやりと考えてしまった。
「私はこう見えて嫉妬深いのです」
「は?」
いきなりカミングアウトされた。
「貴女に他の男が触れただけで黒い感情に捕らわれそうになります。出来る事なら私以外の男の視界に入れたくありません。その笑顔は私だけに向ければいいと傲慢な考えまで持つほど、私は嫉妬深く独占欲も強いのですよ」
独占欲が強いとは確かに聞いた事があったのを思い出した。
東条さんの本音がひしひしと伝わってくる。
「こんな感情を持ったまま貴女に触れることすら出来ません。私の黒い感情で貴女を穢したくはありませんから」
その独白に近い言葉に胸が打たれた。
だからさっきから私に触れてくれなかったの?触るのを躊躇っていたのは、東条さんが抱える嫉妬や感情で私に触ったら、私が穢れるとでも思っていたから?
そんなこと、ないのに。
触ってくれないことにむしろ寂しさを感じていた。温もりを与えてくれなくて、落胆した。勝手に想像して勝手に落ち込んで、自分勝手なのは私なのに東条さんはそれでも私の気持ちを最優先に考えてくれる。私が煩く喚いて東条さんが芹さんと腕を組むのも嫌!って主張したのに、東条さんは仕事なら仕方がないと許してくれる。嫌だと思う気持ちは同じなのに。相手のことを考えて自分は我慢をするなんて。
ああ、私は本当に自分の事しか考えていなかったって気付かされた。自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメなのに。相手を想うのならちゃんと相手の気持ちも汲んだ行動をしないといけないのに。それからお互いで話し合って解決策を見つければいい。
少し俯き加減で視線を逸らした東条さんの頬を両手で包んだ。突然の行動にびっくりしたのか戸惑いを見せた東条さんに、私はちゃんと真正面から視線を合わせる。男の人の頬にしては滑らかで、肌理の細かい肌はぶっちゃけこんな時でも羨ましく思えるけど。優しく顔を私の手で包んで、微笑みかけた。
「私に触るのが怖いなら、私が東条さんに触ります」
首に腕を回して、そのままぐいっと自分の方に引っ張った。軽く触れ合うようなキスをする。もしかしなくても東条さんに自分からキスをするなんて初めてじゃない?って後で気付いたけど、今は感情の赴くままに行動したくなった。
言葉で気持ちを伝えるのは重要。行動だけで相手に伝わらない気持ちを言葉にして欲しいと願うのは当然だと思う。でも時に逆も同じくらい必要なんだって気付いた。触れ合う事で相手に気持ちを伝える。もしかしたらキスは時に言葉以上に雄弁なのかも。優しく触れ合うキスだけで相手により多くの気持ちが伝わる気がする。ねえ、東条さん。私の気持ち、ちゃんと届いている?
「私、そう簡単に穢されるほど繊細じゃありませんよ?むしろ東条さんに触れてもらえない方が辛いのに。そんな感情を一人で抱えたままなのはやめてください。嫉妬や独占欲があるのは私が好きだからでしょう?さっき東条さんが教えてくれたじゃないですか。嫉妬を抱くのは相手が好きだからって。だったら、私も嬉しい。東条さんが嫉妬深いのも、独占欲が強いのも、全部私が好きだからって解釈してもいいんですよね?」
思いがけない言葉を私から聞いたって顔で、東条さんは呆然と瞬いた後。ゆっくりと手を上げて指が私の頬に触れるギリギリの距離でとまった。
「本当に触れてもいいのですか?」
そっと東条さんの手を取って、私の頬に触れさせる。「勿論です」と大きく頷いた。
頬の輪郭をなぞられて、親指が下唇をゆっくりとなぞり、片手で髪を梳かれる。その優しい手つきに私は羞恥なんかよりも安心しきってしまった。東条さんが与えてくれる温もりがようやく手に入ったからか、めちゃくちゃリラックスできて落ち着く。
うっとりと見つめていたら、東条さんの顔が近付いてきて唇に柔らかな感触が押し当てられた。さっきの触れるだけのキスよりももっとはっきりと唇の輪郭や感触が伝わるほど、しっかり合わさったキス。少し落ちかけていたけど、私の口紅がもしかしたら付いちゃうんじゃ?なんて今更な事を考えてしまった。心が満たされる充足感と幸福感でいっぱいになる。キスって何でこんなに幸せな気持ちになるんだろう。熱に侵されそうになる激しいキスよりもずっと優しく気持ちを伝える為のキスは、ただひたすら柔らかくて気持ちが良くって、東条さんに触れられているだけで嬉しかった。
顔が離された瞬間、ギュッと抱きしめられる。そういえば今夜会ってから一度もハグしていなかったかも。ショールがすっかりずり落ちて、むき出しの肩に直接東条さんの暖かな手が触れた。強く抱きしめてくれる逞しい腕にすがり付いて、もう離したくないって心が訴えている。抱きしめてくれてキスをくれて、それだけで十分満たされちゃうなんて我ながら単純だ。
離れた直後、甲斐甲斐しくシートベルトをしめられて、東条さんが車のエンジンをかけた。いくつか車が通りすぎてたし、もうそろそろ遅い時間なら確かに帰らなくては。
東条さんは苦笑いをしながら私の頭を撫でて、車を発車させる前に不穏な言葉を落とした。
「今夜は大人しく送り届けようと思っていたのに・・・そんな可愛いことを言って私にキスしてくる麗が悪いんですよ?」
「え?は、はい?」
ちょっと待って。このまま帰るんだよね?送ってくれるって黒崎君たちにも言ってたよね!?なのに今の発言は何だ。どういう意味ですか、それは!
「えっと、帰るんですよね?送ってくれるんですよね!?」
念の為再度確認を取ると、東条さんは前を向きながらくすりと微笑んで瞳を細めた。
うわ、うわああ!それは既に紳士とは正反対の位置にいるお方がする不敵な微笑ですよ!?言葉で表現すら出来ない強烈な色香がまとっている気がする。羨ましい・・・じゃなかった、危険!何だかすっごく危険な香りがする!!
「そのつもりでしたが、無理ですね。今夜は離しませんから、覚悟しておいて下さいね?」
「か、覚悟・・・!?」
それって何の、いや、どこまでの覚悟ですか・・・!!
あわあわと動揺する私に東条さんは再び微笑みかけた。
「本気で嫌がることはしませんよ。でもまあ、味見くらいはさせてもらいましょうか」
「味見!?」
って、食べる気ですか、私を!?骨までは食べなくても甘咬み位はするぞという意思表示か。って、それも危険!すっごく危険な気がする!!
車を発車させて走り始めた東条さんに思い切って訊ねてみた。
「で、結局どこに向かっているんですか・・・!?」
驚くほど交通量の少ない道路を走り、高速に乗った。行き先を告げられていないと物凄く不安になるんですけど!
「勿論、決まっているでしょう?」
どこか楽しげな気持ちを隠すことなく、東条さんは先ほどの色気が混じった微笑みとは真逆の、紳士面で微笑みかけた。
どうしよう・・・!物凄く、不安!!
************************************************
お待たせしました、更新再開します!
今日はあと1回は更新する予定です。
誤字脱字見つけましたらご報告をお願いします。
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間近で顔を見つめられた私は、視線を逸らせないまま内心で焦る。
にこやかな顔で見つめられれば、まだここまで緊張しないものを!何故彼は嘘を見逃さない真剣な目をしているの。口元は若干微笑んでいるように見えるけど、心の底まで見つめられているような気分になり、別に特にやましいことはしていないはずなのに冷や汗をかいた。
「麗?何故、貴女がここにいたのですか・・・?」
さらりと髪を東条さんの手で撫でられる予感がした。けれど東条さんは頬や髪に触れるギリギリの距離で手を引いてしまう。さっきも感じたけど、何で触れてこないのだろう。いつもなら化粧が衣服につかないか心配する私に遠慮なく抱きしめてくれたり、顔も髪も触ってくるのに。
一瞬の不満と疑問が湧いた後。先ほどよりも強く濃厚な気配に体が硬直しそうになった。まずい、そのまるでナンバー1ホストも真っ青な色気駄々漏れな空気と低く掠れた声に、吸い込まれそうな瞳はまずいよ!一目で女性を虜にするようなテクをいつ身につけたんだと問い詰めたい気もするが、それはまた今度にしよう。今はその強い視線に囚われて身動きできない情けない状況だ。な、何とかしないと・・・!!
「そ、それは・・・仕事で頼まれて・・・」
狭い車内で座席が倒されて間近で東条さんが覆いかぶさってくれば緊張もする。乾いた喉からようやく出た声は少し掠れていた。うう、逃げたい。さっきまで離れたくないとか言ってたくせに、変わり身早くないか自分!と冷静にツッコミをいれる反面、まるで捕食者に狙われた非力な小動物になった気分だ。流石若くしてあんな大きな会社の社長が務まるだけあると思わせるほど、今の東条さんに嘘が通用するとは思えなかった。言えないことは言えないとはっきり言わせてもらうけど、これで恋人役してましたって言ったら私どうなるんだろ!?
「お仕事で、麗さんはどんな役割を?」
仕事内容じゃなくて私の役割!?
それって『彼女役』しか回答しようがないんですけど!
仕事内容訊かれたら回答拒否できたのに、東条さんが言っているのは何故黒崎君と腕を組んで歩いていたか、だ。さっき私が東条さんを責めた時、自分も人の事言えないけどって言ったのを覚えている?・・・んだろうな・・・
「麗。私に言えないような事をしていたのですか?」
ひゅうう、と窓も開いていない車内に冷たい風が舞い込んだ気がした。何これ、私の気のせいだよね。夜だから一気に温度が下がったの?それとも先ほど喚いて泣いて驚いての熱が冷めたから体感温度が下がっただけ?
咄嗟に「そんなことはないですけど!」と言ってしまった。言えないことをしていたと平然と認めるのは怖い。目撃されていなかったら仕事内容は言えないでいいのに、ばっちり2人で仲良いフリをしていたのを見られていたらそうも言えない。あああ、もう。いいよ、白状しますとも!
「今夜の仕事内容までは私も詳しく知らないし守秘義務があるので言えませんけど!でもたまたま私が黒崎君と白石さんの仕事に参加させられただけです。女性が居た方が何かとスムーズになるからとほとんど豪華な食事に釣れられて来ちゃったようなもんですけど、ああ考えたら私あんまり食べてないけど有利にうまく行く様にと黒崎君の恋人役を仰せつかっただけでして腕を組むとか以外何もやましいことは決して何も・・・!!!」
息継ぎが出来なくて辛い・・・!
酸素不足で呼吸が荒くなった。ようやく落ち着かせた所で、東条さんが一言「恋人役・・・」と呟いた。
そろり、と視線を合わせて、顔が引きつりそうなった。
ひっ!何ですかその作り笑いの営業用スマイル的な微笑みは!
たまに外でそんな顔を見たことはあるけど、ここまであからさまだった!?私には一度もそんな顔を向けたことはなかったよね?って事は普段の微笑みが浮かべられないほど、今は相当怒っていらっしゃる・・・!?
「そうですか、恋人役で連れて来られたのですか・・・相手は先ほど紹介された黒崎さんでしたね。随分と自然に肩を抱かれていたようでしたが・・・ああ、そういえば腰も抱かれていましたね。仕事が終わって帰宅する段階でも自然と受け入れていたと言う事は、これが初めてではないのですね。以前にも何度か相手役を引き受けたことがあるようですが、恋人役を務めるのはそんなに頻繁なのでしょうか?」
肩だけじゃなく、腰も抱かれていた所を見られていただなんて・・・!
しかもいつの間にかこれが初めてじゃないと思われている。確かにそうだけど、自然と受け入れていた私がいけなかったか!肩抱かれるくらい大した事じゃないと思う反面、芹さんに腕を組まれていた東条さんをあんなに責めた私が言える立場じゃない・・・
こ、困ったぞ、これは。
恋人役を務めるのは確かにちょこちょこあった。私だけじゃなくてね、必要なら瑠璃ちゃんだってやってたけど。でも頻度なら私の方が断然多い。恋人役で連れて行かれる時は、当たり前だけどカップル潜入が必須な時だ。こんなパーティーのような催し物に目立たないように連れて行かれる時もあれば、ちょっとやばい風俗まがいなカップル限定の喫茶店(って呼べるのか)にターゲットの尾行で呼び出される時もあった。外見からじゃいかがわしく見えないのに、店内は簡単な衝立などで区切られたプライベート空間が作られているだけで、声は筒抜け。照明も暗いし、個人的な感想としては呆れの溜息と羞恥の悲鳴しか出てこないけど、仕事だから仕方がない。黒崎君は動揺も見せず黙々とメモと証拠を撮っていたっけ。私も心を無にしてじっと座っているだけだし、ただ疲れる仕事で、こんな場所海外でもあるっけな~なんてぼんやりと思っただけだった。カップルしか入れない喫茶店なんてお店、少なくとも私の周りにはなかったと思う。
何だか一つ認めるだけで東条さんには全て筒抜けになりそうじゃない!?と迂闊な事を喋れないでいると。焦れた東条さんが、「あるのですね」と肯定した。
「そうですか。古紫室長の事は信用していますし、仕事なら仕方がありません」
え、許してくれるの!?
思いがけない言葉に安堵した直後。東条さんは体勢を戻して運転席に座りなおした。私もようやく起き上がれて、座席を元に戻す。
じっと隣から見つめてくる東条さんは、「仕事なので仕方がないと百歩譲って反対はしませんが・・・」と苦々しい表情で呟いた。珍しく眉間に皺が寄っている。穏やかで紳士な顔も好きだけど、気持ちがダイレクトに表れる顔も私は好ましいと思う。どんな顔でも美形は美形で絵になるわ~なんて、頭の片隅でぼんやりと考えてしまった。
「私はこう見えて嫉妬深いのです」
「は?」
いきなりカミングアウトされた。
「貴女に他の男が触れただけで黒い感情に捕らわれそうになります。出来る事なら私以外の男の視界に入れたくありません。その笑顔は私だけに向ければいいと傲慢な考えまで持つほど、私は嫉妬深く独占欲も強いのですよ」
独占欲が強いとは確かに聞いた事があったのを思い出した。
東条さんの本音がひしひしと伝わってくる。
「こんな感情を持ったまま貴女に触れることすら出来ません。私の黒い感情で貴女を穢したくはありませんから」
その独白に近い言葉に胸が打たれた。
だからさっきから私に触れてくれなかったの?触るのを躊躇っていたのは、東条さんが抱える嫉妬や感情で私に触ったら、私が穢れるとでも思っていたから?
そんなこと、ないのに。
触ってくれないことにむしろ寂しさを感じていた。温もりを与えてくれなくて、落胆した。勝手に想像して勝手に落ち込んで、自分勝手なのは私なのに東条さんはそれでも私の気持ちを最優先に考えてくれる。私が煩く喚いて東条さんが芹さんと腕を組むのも嫌!って主張したのに、東条さんは仕事なら仕方がないと許してくれる。嫌だと思う気持ちは同じなのに。相手のことを考えて自分は我慢をするなんて。
ああ、私は本当に自分の事しか考えていなかったって気付かされた。自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメなのに。相手を想うのならちゃんと相手の気持ちも汲んだ行動をしないといけないのに。それからお互いで話し合って解決策を見つければいい。
少し俯き加減で視線を逸らした東条さんの頬を両手で包んだ。突然の行動にびっくりしたのか戸惑いを見せた東条さんに、私はちゃんと真正面から視線を合わせる。男の人の頬にしては滑らかで、肌理の細かい肌はぶっちゃけこんな時でも羨ましく思えるけど。優しく顔を私の手で包んで、微笑みかけた。
「私に触るのが怖いなら、私が東条さんに触ります」
首に腕を回して、そのままぐいっと自分の方に引っ張った。軽く触れ合うようなキスをする。もしかしなくても東条さんに自分からキスをするなんて初めてじゃない?って後で気付いたけど、今は感情の赴くままに行動したくなった。
言葉で気持ちを伝えるのは重要。行動だけで相手に伝わらない気持ちを言葉にして欲しいと願うのは当然だと思う。でも時に逆も同じくらい必要なんだって気付いた。触れ合う事で相手に気持ちを伝える。もしかしたらキスは時に言葉以上に雄弁なのかも。優しく触れ合うキスだけで相手により多くの気持ちが伝わる気がする。ねえ、東条さん。私の気持ち、ちゃんと届いている?
「私、そう簡単に穢されるほど繊細じゃありませんよ?むしろ東条さんに触れてもらえない方が辛いのに。そんな感情を一人で抱えたままなのはやめてください。嫉妬や独占欲があるのは私が好きだからでしょう?さっき東条さんが教えてくれたじゃないですか。嫉妬を抱くのは相手が好きだからって。だったら、私も嬉しい。東条さんが嫉妬深いのも、独占欲が強いのも、全部私が好きだからって解釈してもいいんですよね?」
思いがけない言葉を私から聞いたって顔で、東条さんは呆然と瞬いた後。ゆっくりと手を上げて指が私の頬に触れるギリギリの距離でとまった。
「本当に触れてもいいのですか?」
そっと東条さんの手を取って、私の頬に触れさせる。「勿論です」と大きく頷いた。
頬の輪郭をなぞられて、親指が下唇をゆっくりとなぞり、片手で髪を梳かれる。その優しい手つきに私は羞恥なんかよりも安心しきってしまった。東条さんが与えてくれる温もりがようやく手に入ったからか、めちゃくちゃリラックスできて落ち着く。
うっとりと見つめていたら、東条さんの顔が近付いてきて唇に柔らかな感触が押し当てられた。さっきの触れるだけのキスよりももっとはっきりと唇の輪郭や感触が伝わるほど、しっかり合わさったキス。少し落ちかけていたけど、私の口紅がもしかしたら付いちゃうんじゃ?なんて今更な事を考えてしまった。心が満たされる充足感と幸福感でいっぱいになる。キスって何でこんなに幸せな気持ちになるんだろう。熱に侵されそうになる激しいキスよりもずっと優しく気持ちを伝える為のキスは、ただひたすら柔らかくて気持ちが良くって、東条さんに触れられているだけで嬉しかった。
顔が離された瞬間、ギュッと抱きしめられる。そういえば今夜会ってから一度もハグしていなかったかも。ショールがすっかりずり落ちて、むき出しの肩に直接東条さんの暖かな手が触れた。強く抱きしめてくれる逞しい腕にすがり付いて、もう離したくないって心が訴えている。抱きしめてくれてキスをくれて、それだけで十分満たされちゃうなんて我ながら単純だ。
離れた直後、甲斐甲斐しくシートベルトをしめられて、東条さんが車のエンジンをかけた。いくつか車が通りすぎてたし、もうそろそろ遅い時間なら確かに帰らなくては。
東条さんは苦笑いをしながら私の頭を撫でて、車を発車させる前に不穏な言葉を落とした。
「今夜は大人しく送り届けようと思っていたのに・・・そんな可愛いことを言って私にキスしてくる麗が悪いんですよ?」
「え?は、はい?」
ちょっと待って。このまま帰るんだよね?送ってくれるって黒崎君たちにも言ってたよね!?なのに今の発言は何だ。どういう意味ですか、それは!
「えっと、帰るんですよね?送ってくれるんですよね!?」
念の為再度確認を取ると、東条さんは前を向きながらくすりと微笑んで瞳を細めた。
うわ、うわああ!それは既に紳士とは正反対の位置にいるお方がする不敵な微笑ですよ!?言葉で表現すら出来ない強烈な色香がまとっている気がする。羨ましい・・・じゃなかった、危険!何だかすっごく危険な香りがする!!
「そのつもりでしたが、無理ですね。今夜は離しませんから、覚悟しておいて下さいね?」
「か、覚悟・・・!?」
それって何の、いや、どこまでの覚悟ですか・・・!!
あわあわと動揺する私に東条さんは再び微笑みかけた。
「本気で嫌がることはしませんよ。でもまあ、味見くらいはさせてもらいましょうか」
「味見!?」
って、食べる気ですか、私を!?骨までは食べなくても甘咬み位はするぞという意思表示か。って、それも危険!すっごく危険な気がする!!
車を発車させて走り始めた東条さんに思い切って訊ねてみた。
「で、結局どこに向かっているんですか・・・!?」
驚くほど交通量の少ない道路を走り、高速に乗った。行き先を告げられていないと物凄く不安になるんですけど!
「勿論、決まっているでしょう?」
どこか楽しげな気持ちを隠すことなく、東条さんは先ほどの色気が混じった微笑みとは真逆の、紳士面で微笑みかけた。
どうしよう・・・!物凄く、不安!!
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お待たせしました、更新再開します!
今日はあと1回は更新する予定です。
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