上 下
3 / 22

第三話 異世界へ

しおりを挟む

「……夜になると尿意に襲われて、おちおち眠れんわい」

 武の道を引退したからと言って、毎日の鍛練は欠かしておらぬ。
 故に儂は、七十歳の割にはしゃきっとしておると思うし、筋肉もしっかりある。容姿を見るだけなら六十歳に見られる自信がある。
 だから、夜中のおねしょというのは、いくら老人だからという理由で許せる訳がなかった。
 
 洋式トイレに入り、用を済ませる。
 我慢した後に放出すると、何とも言えぬ解放感があるの……。
 そしてトイレを出ると、約三十メートル先に人の形をした白いもやが立っていた。
 煙にしては輪郭がはっきりしているし、どう考えても人型だった。
 儂は条件反射的に構えを取る。我が流派の構えだ。

「誰じゃ!」

 叫んでみるが、一切反応がない。
 これは所謂幽霊という奴なのかの?
 そんなまさか。儂はオカルトは信じないタチなんじゃ。
 何かしらトリックを仕込んだ泥棒かもしれぬ。
 儂は足に力を入れて、正体不明のもやとの距離を詰めようとした瞬間、そのもやはすっととある部屋に入っていた。
 戸も開けずに、すっと入っていった部屋は、亡くなった妻の絹代さんの衣服部屋だった。
 絹代さんはお洒落が好きで、一般人以上の財産があった儂は色々とプレゼントした。まぁ量が多くなったから、家で空いている部屋を絹代さん専用の衣服部屋にしたんじゃ。
 そこには、質屋に売れば高額で買い取ってもらえる物も存在していた。

「待て!!」

 儂は部屋の戸を開く。
 すると白いもやは、部屋のとある場所の前に立っていた。
 絹代さんが生前、ここは開けないでと強く儂に言い聞かせていた障子の間だった。
 中に何があるか、ついに知る事はなく、亡くなった後もその言い付けを守っていた。
 これは儂が買った家で、購入した時は障子の奥は五畳程度の小部屋だったはず。
 儂が当時の事を思っていた時、突然障子がピシャリと開いた。
 開いた先には小部屋は存在しておらず、ブラックホールのような漆黒の空間が広がっていた。
 あまりの出来事に驚いていると、さらに白いもやは明確に人の形に形状を変えていく。
 その姿に、儂はとても懐かしく感じてしまった。

「き、絹代さん――なのかえ?」

 表情はのっぺらぼうで読めないし、全身真っ白で影すらも付いていない。
 それでも雰囲気や佇まいが彼女そのままだったのじゃ。
 白いもやは、絹代さんの幽霊なのかもしれない。
 先程まで幽霊は信じないと言っていた。だが、これ程までに懐かしさと嬉しさ、悲しさを感じられるのは彼女しかいない。
 幽霊でもいい、もう一度会いたかった。

 儂はゆっくりと彼女に近付く。
 するとまるで逃げるように、絹代さんの幽霊は闇の奥へと移動してしまった。

「何故じゃ、何故逃げる!!」

 儂も堪らず走り出す。
 闇の奥が地獄だろうが構わぬ。どんな所であっても、儂は彼女と話をしたかった。
 しかしいくら走っても絹代さんに追い付けない。流石は幽霊といった所か。

「待っておくれ、絹代さん!!」

 何故だろう、闇の奥へ進むにつれて身体が軋むように痛くなる。
 しかし儂は立ち止まらない。
 
 ふと、白いもやが止まって振り返った。
 儂を待ってくれているのか?
 だが違った。
 急に闇の空間が眩い光に包まれた。
 あまりの眩しさに、儂は目を瞑ってしまう。

 ゆっくりと目を開くと、次に儂が見た光景は狭い部屋の中だった。

「な、何が起きたんじゃ? 絹代さんは? 絹代さんは何処じゃ!?」

 一人が入るのがやっとの狭い部屋に、絹代さんの幽霊はいなかった。
 代わりに、何か置き手紙が置いてあった。

「これは……日本語じゃな」

 手に取って読み上げてみる。

『ようこそ、異世界へ。
 私が亡くなって腐ってしまっている貴方を見過ごせなくて、天国から贈り物をさせていただきました。
 生前貴方は、心踊る対戦相手がいないと仰っていましたね?
 ですので、きっと貴方ならこの異世界が好きになると思い、転移させました。
 ここは命が軽く、強い者が讃えられ、屈強な戦士達が山ほどいる、剣と魔法とスキルが溢れた世界です。あっ、スキルっていうのは、必殺技みたいなものですね♪
 この世界ではきっと、今まで味わえなかった戦いが出来る筈です。
 手紙の下に置いてある服は、この世界用として私が用意しました。きっと、貴方に似合う筈ですよ。
 それでは、この世界で貴方の名を轟かせてくれる事を、天国から見守っています。
                                      斎藤 絹代』

「き、絹代さん……?」

 何が何だかさっぱりわからない。
 異世界? 剣と魔法とスキル? 
 突然の事で落ち着けない。

「……とりあえず、せっかくだから用意してもらった服を着るか」

 着る前に背後を見たが、儂が来たであろう空間は一切無く、部屋の壁があるだけだった。
 まだ状況を把握出来ていないが、儂は服を着る。
 黒のジャケットに白のシャツ、そして動きやすい黒のズボン。さらには金属製の籠手とブーツも用意されていた。
 これは刃物を防御出来るし、こちらの打撃にも使える、攻防一体の防具じゃな。
 装着してみると、思ったより重さを感じない。
 これならずっと着けていても問題ない。

「そういえば絹代さん、何故か儂に黒い服を着せたがっておったなぁ」

 しかし、本当に手紙の通りだとしたら、ここは危険が多そうな異世界という事になる。
 剣などは《裏武闘》で散々やってきたから別に驚かないが、魔法と必殺技みたいなスキル、か。
 どういうものかが興味が出てきた。
 同時に心が踊っているようにも感じる。

「ふふっ、久々の感覚じゃな。悪くない」

 さてさて、まずはこの世界を把握する為に、散歩でもするかの。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...