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第一章 旅立ち編

第2話 村一番の狩人

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 話は遡る事、一年前。
 ラーガスタ王国の辺境の辺境、国境ぎりぎりの大樹海の中に、人口二百人程度の小さな村があった。
 名前はない。
 ただ、この村は普通の村ではなかった。
 名のない村の主な生業は、狩人である。
 この未開発の大樹海には凶暴な魔物が山ほどいる。
 しかし、どれも上質な肉と毛皮を持っている魔物ばかりで、村人の男性陣は全て狩人なのだ。
 この村もラーガスタ王国の実力主義の影響を十分に受けており、狩りが出来ない男は容赦なく村から追い出されるのである。
 そうして凄腕の狩人だけが村の住人として存在するのを許された為、村としてはかなり裕福な暮らしをしている場所だった。
 しかし流石は辺境、村に通貨は存在しない。
 何故なら、狩りで得た獲物は村の共有食料として確保され、それを村長が均等に分けるのである。
 もちろん、特例がある。
 
 この村では一年に一度、村一番の狩人を決める大会が催されている。
 村一番の狩人になるとどのような利点があるのか。
 まず、食料が優先的に多めに配られるのだ。
 その為地位を守り続けている限り、飢え死にする事はまずない。
 次に、村の女性を自由に娶る事が出来る。
 都会住みだと男尊女卑だとしかめっ面されそうな制度だが、そうではない。
 この村は男女で役割分担がされており、しっかりと狩りに行けるように体調管理をするのが女性の仕事なのである。
 そして村一番の狩人に嫁ぐ事は、幸せに暮らせるという事にもなる。
 何故なら一度でも村一番の狩人になれば、その座を引きずり降ろされても食料は次点で優遇され続けるからだ。
 故に女性は、村一番の狩人に選んでもらえるように美を磨き、花嫁修業もする。

 と、まぁこの村は特殊な環境やしきたりはあるが、比較的幸福度が高い村であった。
 その中で異端児が生まれた。
 名前はリュート。
 彼は誰に教わる訳でもなく弓を持ち、いつの間にか弓で獲物を大量に確保するようになった。
 村の狩人は基本的に槍か剣で狩猟するのだが、リュートだけは弓に拘った。この時点で村の中では相当な異端な存在だった。
 そして十歳になったら参加出来る大会にも出場。
 十二歳の時に初めて村一番の狩人になり、そこから十五歳になるまで誰にも一番の座を渡さない程の実力者だった。
 光沢がある栗色の短髪、燃えたぎっているような赤い双眸。そして整った容姿。
 実力もあってさらに容姿も素晴らしいとなると、同い年位の若い女性達はリュートに魅了されていた。
 結婚は村のしきたりで十六歳からとなっている為、それまで女性達はリュートに選んでもらおうと必死になって自分磨きに専念している程だ。
 そんな彼が、村長の自宅に足を運んで爆弾発言をした。

「村長、オラ王都さ行きてぇだよ!」

「な、な、な、なにぃぃぃぃぃぃぃっ!!??」

 村長は、人生で初めて絶叫した。
 それもそうだ。
 村の食料の約七割はリュートが確保してくれている。
 村の割に裕福に暮らせているのは、リュートのおかげと言っても過言ではない。
 彼がいるおかげで最近は商人が村まで足を運んでくれて、一部の肉や毛皮を買い取ってくれているのだ。
 つまり、村長は懐に通貨を隠し持っていたのである。
 全てはいずれ王都に遊びに行った際に散在する為の隠し財産だ。
 しかし、リュートが村から離れたいとなると、村長だけではない、村全体の一大事だ。
 当然、村長は首を縦に振らない。

「な、ならね! ならね、ならねぇ!! そんな勝手な事さ許せる訳ねぇべ!!」

「勝手じゃなか!! オラは十分村の為に働いただ!! だから王都さ行く!!」

 標準語にかなり訛りがある言葉で言い合いをする二人。
 村長は今年で六十一歳を迎えるので訛りに抵抗はないが、容姿端麗なリュートの訛りに関しては違和感が半端なかった。

「そんなにこの村さに不満あるけぇ!? おめぇは村一番の狩人だ、相当特別待遇してるっぺよ!?」

「わかってら! オラ、この村で不自由なんて感じてね!」

「ならなしてこの村さ出て行くだ?」

 村長がリュートを真剣に見つめて質問をした。
 なら答えなければいけない、リュートはそう感じた。
 商人と交流をしていく中で、彼の耳にとある情報が入ったのだ。
 それからリュートの中で王都に対する憧れが日に日に増していき、そしてついに想いは我慢が出来なくなる位に育ってしまったのだ。
 リュートは、しっかりと村長の目を見据えて答えた。

「オラ、王都にある《聖弓》さ欲しいだ」

「な、何と! あの聖弓をじゃと!?」

 聖弓。
 それはラーガスタ王国で一番の弓使いであるという証として贈られる弓である。
 白銀の弓は、魔を打ち滅ぼす力を宿しているといい、所有者に絶対的な力を与える武器でもあるのだ。
 勿論弓だけではなく、聖剣、聖槍せいそう聖杖せいじょう聖盾せいじゅんが存在しており、国王からの厳選なる審査の元、所有者が決定されるのだ。
 ちなみに聖弓以外の所有者はすでに存在していて、国王の親衛隊として国の重役クラスの扱いとなっている。
 では何故聖弓だけは所有者がいないのか?
 それは国王が認める程の弓使いがいないからである。
 ただ強ければいいだけではない、国王の中にある基準を満たさないといけないのだ。
 この事を知った瞬間、リュートの中に野望が芽生えた。
 聖弓を自分のものにしたい、と。
 商人さえ来なければ、きっとリュートは村の中で幸せに暮らして一生を終えていただろう。
 しかし、村長が欲をかきすぎた結果、リュートに外聞を吹き込んでしまい外界への憧れを与えてしまったのだった。

「オラは今村一番の狩人になった。しかも弓一本でだ。だけんども、その上がまだあったんだよ。なら、オラはさらに上を狙っていきてぇんだよ」

「……リュート、おめぇ」

「早くに親さ亡くしたオラをここまで育ててくれた村長には、本当ほんに頭上がらねぇけんども、ごめん。この思いは誰にも譲れねぇ」

 リュートは立ち上がり、握りこぶしを作る。

「オラ、聖弓さ欲しいだ! そして弓の頂点に立ちてぇ!!」

 村長は見た。
 元々燃えるような赤いリュートの眼が、瞳の奥で炎が燃え盛っているかのような幻覚を。
 今までそんな思いを隠して、村の為に狩りをしてくれていたのだと、今気が付いたのだった。
 確かにリュートの弓の腕前は異常過ぎる。
 この村だけで収まっていい物ではない程、超一流という言葉ですらまだ生温い腕前だ。

(……時が来てしまったかのぉ)

 もしかしたら、リュートは外に飛び出していくような予感があったが、まさかこんなに早くとは思わなかった。
 なら、ここは見送ってやりたいが、村長としてただで見送る訳にはいかなかった。

わかったよか、ただし条件がある」

「条件? 何だ?」

「一週間後の大会、ぐうの根も出ない位の大差で優勝せい! でなければ村から出さね!!」

 ただ四連覇するのではない、大差を付けろと意地悪をしたのだ。
 当然だ、村の長として村の損失は出したくない。
 リュートは今や、この村の大黒柱なのだ。出来るのならば外に出したくない。
 しかし、当のリュートは呆気にとられていた。

「えっ、その程度でええんか? ならやったる」

「へ? その程度?」

「んだ。いやぁ、もっと意地悪なもん来るかと思ったが、安心安心!! へば村長、約束守ってくれよな?」

 スキップしながら上機嫌で村長の家を出るリュート。
 そして呆気に取られて口が半開きの村長。
 この時から、リュートが小さな村から解放されて、世界へ羽ばたく事実が確定した瞬間であった。
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