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第百六十九話 結婚式、終了……終わらない!

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 俺は三人の前に立ち、一回深呼吸をする。
 きっと俺の目の前にいる三人は、このスピーチが失敗しても受け入れてくれるだろうさ。
 でも、せっかくの思い出に残る結婚式なんだ。ここで俺がしくじる訳にはいかない。
 しっかりやるぞ、俺!
 心臓の心拍数がとんでもなく高くなっているし、それに比例して緊張が沸き上がってくるけど押し込め!

「炎と幸運を司る女神レヴィーアの元、ここに宣言します」

 スピーチは、レヴィーア像の前で宣言する誓いを述べる所から始まる。
 この世界では、《炎》と《幸運》は複数の意味を持っている。
 この場合の《炎》は命の輝きも指していて、恋をしている時、結ばれた時がもっとも燃え盛ると言われている。
《幸運》は、良き相手に巡り会えた事を指す。
 故に、レヴィーアは結婚式で宣言をする女神として、世界中で必ずと言っていい程式場に設置されているとの事だ。
 俺は今、そんな女神に誓いを立てる。

 最初はリリル。
 リリルに視線を向ける。

「リリル、初めて会った時はオドオドしていたけどとても可愛らしくて、守ってあげたくて、いつの間にかずっと傍にいたいって考えるようになっていたよ。常に俺の事を考えてくれていたし、傍にいてくれて、俺はすごく癒されていた」

 リリルとは五歳の頃、学校で知り合ったんだよな。
 初めての同年代――まぁ俺の本当の年齢はおじさんレベルだったけど――の知り合いが出来て嬉しかったんだ。
 いつも俺の隣にいてくれる様はとっても可愛かったし、本当にこの子を命懸けで守りたいって思ったんだ。
 そして一緒に歳を取って行くに連れて魅力的な女の子に成長してきて、俺はリリルの事を好きになっていた。同時にレイもなんだけどさ。
 彼女も俺の事を一途に想ってくれているのが伝わっていた。

「小さい頃から一緒にいたけど、ただでさえ心を掴まれているのに胃袋まで掴まえられてしまったよ」

 俺の軽い冗談に、小さく笑いが起こる。
 二年間離れていたけど、その間に苦手な料理も出来るようになっていて、完全に胃袋を掴まれていたんだ。
 それにいるだけで心が安らぐのに、成長したからなのか、魅力的な包容力がある。
 一生を共にして欲しいと思える女性だ。

「これから俺は貴族としても生きていく。きっと大変な仕事だろうけど、それでもリリルと一緒ならきっと乗り越えて行けると思うんだ。だから俺とずっと一緒にいて欲しい」

 俺は長ったらしく色々言うのは得意じゃない。
 だから、一人に対しての長さはこれくらいでいいと思う。いや、きっとリリルにも伝わったはず。
 だって、リリルの瞳が潤んでて、今にも泣きそうだからな。

 次はレイの番。

「レイ、《麗人》として俺の目の前に現れた時から、お前の事を綺麗だなって思っていた。男だから変な事を考えるなって言い聞かせていたから、女だとわかった時はとっても喜んだのが懐かしいよ」

 レイと初めて会ったのは、リリルと同じく五歳の頃。
 男として育てられた彼女は、それでも当時から大人びていた。
 剣が大好きだったレイとはライバルとして切磋琢磨していたが、年々綺麗さに磨きが掛かっていくから、俺は相当戸惑ったっけ。
 そして実は《麗人》でしたってわかった時、「神様、本当にありがとう!」と喜んだもんだ。

「常に味方でいてくれる訳ではないけど、的確に俺が間違った部分を指摘してくれるレイは、本当にありがたい存在だし、俺の人生に絶対に必要でずっと傍にいて欲しいと心から思える素敵な女性だよ」

 心からの本心だ。
 百パーセント味方でいてくれる訳ではないけど、百パーセント敵に回らずに一緒に改善を試みてくれる。そんな素晴らしい女。
 俺の実績や地位のせいか全て肯定してくる奴等とは違う、いなくてはならない存在。
 そして、俺の背中を預けられる、剣の相棒でもある。
 こんな美しくも芯が通った女性は、こいつしかいない。そう言い切れた。

「俺はこれからも突っ走っていく。きっと迷惑も掛けるし心労もあると思う。それでも良ければ、俺と生涯を共にして欲しい」

 レイは「仕方ないなぁ」という困ったような笑顔を見せてくれる。
 しかし、レイの瞳も潤んでいるのを俺は見逃さなかった。

 最後に、アーリアだ。

「アーリア、王女でありながらも俺の楽器作りに全面的に協力をしてくれて、平民である俺にも懇親的に尽くしてくれた。それにこんな俺を一途に想っていてくれた。本当に嬉しかったんだ」

 アーリアと初めて会ったのは八歳の頃。
 レイス、オーグ、ミリア、レオンのメンバーでダンジョンに潜り、そしてそこで起きた出来事を父さんと共に王様である親父に報告した時だった。
 前々から懇意にしていたアーバインから俺の事を聞いてて強い興味を持っていたようで、タイミングが合ったから俺を彼女の部屋へ呼び出したのがきっかけ。
 でもその頃はカーテン越しだったから、表情は一切見えなかったなぁ。
 まぁそんな彼女は《虹色の魔眼》という、世界中で忌み嫌われている魔眼に目覚めてしまった。
《武力派》に命を狙われて王族を助けた際に、俺もこの秘密を知ってしまった。
 そんな俺の感想は、角度によって色が変わる瞳が宝石に見えて、本当に綺麗だと思ったんだ。
 この出来事からアーリアは俺に惚れたようで、果敢にアタックを仕掛けてきた。

「お前がいなかったら、俺は魔道リューンを始めとした楽器を作れなかったし、貴族にもなれなかったんだと思う。それだけじゃなく、本当一途に俺を想って気持ちをぶつけてくれて、二人も恋人がいたのにめげずに、直球で想いをぶつけてきてさ。見事に揺らいじまったよ」

 俺はレイとリリルがいればいい、そう思っていたのにだ。
 こんなにも尽くしてくれて、こんなにも何度も何度も一途に気持ちをぶつけられて、揺らがない訳がない。
 それでもアーリアが一番ではなく、三人共に好きだと思えているのは、俺の欲の深さ故かな。

「本当は独占したかっただろうけど、そこは諦めて欲しい。それでも絶対に蔑ろにしない事をここに誓う。だから、どうかこれからも俺の傍で助けてくれないか?」

 サングラスで目の表情はわからない。
 でも口は笑顔で、サングラスの奥から雫が一滴零れた。
 これは、嬉し涙と見ていいんだろうか?

 俺は視線を司祭に戻す。
 これがスピーチの終わりを指す行動だ。
 司祭は深く頷くと、愛しい三人に問いかける。

「新郎、ハル・ウィードから贈られた言葉を順に返して頂きます。まず、リリル・バードウィル」

「はい」

「貴女のご返答は?」

「……私は、ハル君の妻となり、生涯を共にする事を女神レヴィーア様の元、誓います」

「――よろしい、それでは誓いを形にして頂きます。新郎、ハル・ウィード、リリル・バードウィル改め、リリル・ウィードに誓いの指輪と、誓いのき、きす? を」

 実は一つ司祭にお願いした事があった。
 この世界には前々から結婚指輪を付ける習慣はあったが、キスそのものは存在していなかった。
 その為、お願いしてキスも追加してもらった。

 俺は青く光る小さな宝石が埋め込まれた銀色の結婚指輪を取り出し、リリルの左手を取る。
 何故青かって? それはリリルの魔法属性が水だからだ。安直だったかな?
 そして薬指にゆっくりと挿れていく。
 うん、ぴったりだ。

「リリル、ありがとう。生涯共に生きていこう」

「うん、うん! ハル君、大好きだよ……!」

 俺はリリルの両肩に手を添え、そして口付けを交わした。
 この様に、会場がざわめく。
 そりゃそうだ、皆初めて見るだろうからな!

 名残惜しいけど、唇を離す。リリルは涙を流しているけど、愛しい笑顔を俺に向けてくれた。
 今にも抱き締めたいけど、とりあえず式を進行させなきゃ。
 司祭を見てみると、あらあら、顔真っ赤にしていた。
 怒ってたりするかな?

「な、なな、何と情熱的な……。しかし、私には見えます。命の輝きがとても増している。きっと女神様もキスという行為を見て満足していらっしゃるでしょう」

 レヴィーアがキスを見て何で満足しているのかはさっぱりわからないけど、司祭は受け入れたようだ。
 まだまだ続く。

「ごほん! 続いて、レイ・ゴールドウェイ。貴女の返答は?」

「決まっています。僕はハル・ウィードの妻となり、生涯を共にする事を女神レヴィーア様の元、誓います」

「即答でよろしい。では新郎、ハル・ウィード、レイ・ゴールドウェイ改め、レイ・ウィードに誓いの指輪と、誓いのキスを」

 俺はレイ用に用意した、金色に輝く宝石が埋め込まれた銀色の結婚指輪を、レイの左薬指にゆっくりはめた。
 レイは光属性。光属性は金色ってのが相場だろう。

「レイ、ありがとうな。これからもずっとよろしく頼む」

「こちらこそ。愛してるよ、ハル」

 レイの両肩に手を添え、キスをした。
 また会場がざわつくが、今度は驚きというより、憧れとかそういった類いの声が上がる。特に女性陣。
 やっぱり名残惜しいけど、仕方なく唇を離すと、レイが「やっと結婚できて、嬉しいよ」と小声で言って満面の笑みを俺に向けてくれた。
 ……ちくしょう、卑怯だわ、こいつ。

 さぁ、最後だ。

「よろしい。それでは最後に、アーリア・ウィル・レミアリア、貴女のご返答は?」

「当然ですわ、わたくしは――」

『ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 アーリアの返答が遮られ、式場の扉が力強く開けられる。
 そこには約十人程の白いスーツでびしっと決めた男達が乱入してきたんだ。
 な、何だ何だ?

「アーリア姫様の結婚に異議あり!」

『異議あり!!』

 え、えぇぇぇぇぇぇぇ……。
 異議ありって言われましてもぉ。

「私達もアーリア姫様をお慕いしておりました。故に、ハル・ウィード侯爵にアーリア姫様を賭けて、決闘を申し込む所存!」

 決闘?
 何か古臭いもんで妨害してきやがったなぁ。

「あんたが誰か知らんが、慎んでお断りするわ」

 俺は当然、そんな申し出を蹴る。
 が、ここで貴族の面倒な《家訓》が出てくる。

「我がレイブラント家の《家訓》には、『異議があるなら決闘にて覆せ』というものがある!」

「何だそりゃ、めっちゃくちゃだな!」

「ウィード家に、対抗出来る《家訓》はおありかな?」

 ええっと、うちの家訓には――
 ……残念ながらないですなぁ。

「……ない」

「ならば、受けて貰おう! 今回はアーリア姫様を前々からお慕いしている貴族の代表が合計二十五名いる。殺生はなしで尋常に勝負してもらおう!!」

 えっ、二十五対一かよ!
 圧倒的に俺が不利じゃね!?
 
 ここでアーリアを見る。
 すると、なんかどんよりした空気を漂わせていた。

「わたくし、生まれて初めて王家の血筋を呪いたいと思いましたわ……」

「えっ、何で? あいつらはアーリアの事好きなんじゃねぇの?」

「……あの方々の父上は皆、野心が強い方々なのです。わたくしと結婚する事で王家とのコネを作りたいのが見え見えです」

「つまりは、政略結婚目的?」

「……ですわ」

 なるほど、なるほど。
 そりゃ、尚更拒否出来ないわ!
 俺はジャケットを脱いで、それをアーリアに渡した。

「持っていてくれ。ちょっくら遊んでくるわ」

「……ハル様、流石に多勢に無勢では?」

「そうかもな。でも、男として引けねぇな。惚れた女を賭けて戦うのなら、尚更な」

「……ハル様。ご武運を」

「おう!」

 さて、いっちょ揉んでやろうか!

「よう、てめぇら! 人の結婚式を中断したんだ、それなりに覚悟は出来てるんだろうな?」

「当たり前だ! 私は、何としてもアーリア姫様と添い遂げなくてはいけないのだ!」

『そうだそうだ!』

 添い遂げなくてはいけない、ねぇ。
 まるで義務的な言葉に聞こえるが、まぁ構わない。

「いいだろう! 芸術王国レミアリアの新米侯爵、《双刃の業火》、《音の魔術師》ハル・ウィード。正々堂々と決闘に応じる!!」

 ひょんな事から、アーリアを賭けた決闘が、こうして始まった。
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