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第百五十七話 レミアリア側からの誘惑

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 ――とあるリューイの街の民視点――

 儂は今、レミアリアのお偉いさんに呼ばれ、ヨールデンの豚貴族が住んでいた屋敷に来ていた。
 レミアリアがリューイの街を占拠してから、もうすぐで一ヶ月経とうとしていた。
 彼らに占拠されてからというもの、この街は今までの静けさが嘘のように、毎日お祭り騒ぎで賑わっていた。
 レミアリアが音楽の催しを開催して盛り上がり、儂らは無駄に懐に金を蓄えていたから、彼らが販売している音楽を再生する魔道具や芸術品を惜しみ無く購入した。さらには音楽や芸術の体験会など、貴族階級でないと味わえないような事を、ちょっと金を払っただけで簡単に体験できてしまった。
 他にも、別の町や村からも人がやって来て、かつてない賑わい方をして活気付いていた。
 そして、誰もがレミアリア統治を大絶賛していた。誰も不満の声は挙げていない程、今の生活に満足していた。

 さて、実は儂は、統治していた豚貴族がレミアリアに監禁されている為、領民代表として指定されたのだ。
 何かレミアリア側から提案がある都度、このように儂は屋敷に呼ばれて相談されていた。
 彼らの提案に対して、儂は遠慮なく意見を言える立場として保証されているので、儂はどんどん意見を言った。何かお咎めを受けるのではないかと覚悟していたが、しっかりと議論をした上で受け入れて貰えたりしたのだ。意見を聞いて貰えるというのは非常にありがたい。
 今回も、何かしらの相談なのだろう。
 
 儂はレミアリア兵士にいつも通りに案内され、応接室の扉の前まで連れられてきた。

「代表者の方を連れてまいりました」

 兵士が扉の前で声を張り上げる。

「通せ」

「はっ!」

 扉の向こうから聞き慣れた男の声がした。
 兵士はその声に従い、扉を開ける。
 応接室には才能溢れる軍師であるニトス様、そして成人したばかりだが英雄の片鱗を見せている若者、ハル・ウィードが並んで座っていた。
 身分は違うはずだが、ニトス様と並んで座れるという事は、ハル・ウィードを重要人物として扱っているという事なんだろう。

「やぁ、よく来てくれたね。そこに腰を掛けてくれ」

「は、はい」

 相変わらず、こういう場は庶民である儂にとっては慣れるものではないな。
 儂は向かい合うように用意された席に腰を掛け、ニトス様に対して声を掛けた。

「して、この度はどのようなご用事で?」

「ああ。ちょっと重要な事を話すから、しっかり聞いてほしい」

「重要な、事?」

「君達に何かしらの非があるとかそういう類いではないのだけどね。率直に言うと、ヨールデンがこの街を奪還しに兵を動かしたという情報を手に入れた」

 交渉とかではなく、武力による奪還に来たか!
 今の武力至上主義を掲げる皇帝の、今までの行動を振り返ればある程度予想は出来たが、本当に実行に移すとは。
 正直儂ら領民は、特にヨールデンに対して忠誠を誓っていない。まぁ振りはしているがな。
 むしろ、儂らから娯楽を奪ったヨールデンに忠誠を誓える訳がない。
 それにレミアリアの統治下になってから、毎日が楽しくて仕方ないのだ。
 いくら金があるからといって、使えるような施設がなければ宝の持ち腐れだ。
 
 話は逸れたな。
 つまり、ここ周辺が戦場になる可能性があるという事だな。
 恐らく、今回儂を呼んだのは、戦になる事を皆に伝えてほしいという事なのだろうと想像した。
 だが、ニトス様は予想外の言葉を口にした。

「なので我々レミアリア軍及び、我が国の関係者を、本日から撤退準備を開始する。目標としては明後日には完全撤退をしたいと考えている」

「……は?」

 撤退?
 何故だ、過去自身の領土だったこの街を取り戻して、こうもあっさり手放すというのか!?
 この軍師は、一体何を考えている?

「まぁ貴方のその反応は非常に正しいよ。せっかく取り戻せた領土を再度手放すのかって思っているだろうね」

「え、えぇ、まぁ……」

「まぁこちらにも色々考えがあるんだよ。詳しくは言えないけどね。さて、ここからが本題だ」

 まだ本題ではなかったのか?
 今でも驚いているのに、さらにどんな事を言われるのか?
 皆目見当付かない。

「今のままなら確実にヨールデンの占領下に戻るだろう。そこでもし希望するなら、我が国に移民してきても良いぞ」

「は、は?」

 二度目の気の抜けた声を出してしまった。
 全く真意がわからない提案だ。
 
「ああ、特に真意はないよ。単純にその窓口を用意しておく事を伝えたかったんだ」

「え、ええ、それはわかります。ですが、移民を受け入れる貴方の国に、何の利点が御座いますか?」

 庶民だが、儂だってある程度は知っている。
 移民を受け入れるという事は、他国の文化のぶつかり合いが発生するし、もしかしたら疫病が侵入してくる可能性だってあるのだ。
 利点以上に、不利益な部分が多く感じるのだが。

「利点はあるさ。単純に我が国の労働力が増えるので、国力が増すのさ。もちろん、移民として来たら、一年間は税金免除で住む場所も用意しよう」

 その話を聞く限り、悪い話ではない。
 だが、ヨールデン統治下になったら、単純に以前の生活に戻るだけ。
 娯楽はなくなるが、金には困らなくなるから、きっと移り住む事はないだろうが。
 しかしもし、何かあった場合の逃走経路としては使えるやもしれんな。
 儂は顎髭を指で撫でながら、思考する。
 そして、必死になって考え出した質問を口にした。

「移民受け入れは何人まででしょうか?」

 こういった場合、受け入れ人数というのは決まっていたりする。
 そうなるとこちらで誰が移動するかを決める必要が出てくる。
 さて、どういった答えが返ってくる?

「ああ、希望者は全員受け入れるつもりだ」

「ぜ、全員ですか?」

「ああ、全員だ」

 移民希望者全員を受け入れるだと?
 そんな事が出来るのか!?
 今、レミアリアはそんなに国力が豊かなのだろうか。
 食料も潤沢なのだろうか。
 まぁ潤沢でなかったとしても、こちらには無駄に貯まった金があるから、餓える心配は無さそうだが。

 どうする、どうする、儂。
 受けるのが最良なのだろうか、それともヨールデン統治下に戻るのが正解か?
 歳で弱っている脳味噌を、儂は最大稼働させる。
 そして、出した結論は――――

「今すぐ移り住む答えは、この場では答えられません。一度持ち帰らせてください」

 答えを引き伸ばす事だった。
 儂一人では決められない、これは皆で話し合うべき内容だ。
 儂の結論を言うと、ニトス様は満足したように頷いた。隣にいたハル・ウィードは、口角を釣り上げて悪どい笑顔を見せた。
 きっと、これが最良な筈だ。
 儂は自分の心にそう言い聞かせたのだった。
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