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第百三十五話 奇跡の二日目 ――雨の中の決闘2――

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 森の方から、たくさんの悲鳴が聞こえる。
 ニトスさんが立案したゲリラ戦が始まったんだろうな。
 丘の上から中級魔法の狙い撃ちもやっているようだし、きっと順調に違いない。
 俺が化け物になったライルを上手く引き付けていられているってのも、恐らく大きいんだと思うんだが。
 今の俺は、作戦がどうこうと気にしている程の余裕は、一切なかった。
 むしろ、このままだと、確実に死ぬ!

「ハル・ウィード、人間を捨ててまで貴様に挑んでいる俺を、卑怯だと思うか?」

「ぐっ! うっさい! 今俺はそれどころじゃねぇっての!!」

「答えて欲しい。俺は真剣に、貴様に勝つ為に全てを捨てた! 貴様がどう思っているか知りたいだけだ!!」

 ライルの鋭い一撃を辛うじて回避し、衝撃波に吹き飛ばされないように踏ん張って俺はライルの皮膚に少しずつだが傷を付けていく。
 全く致命傷とは言えない、掠り傷しか負わせてないが。
 そんな全く余裕がない中、ライルは変な事を聞いてきた。
 何だ、復讐対象である俺の意見を気にしているのか?

「うらっ! ……ちっ、皮膚しか切れねぇし。じゃあ答えてやるよ。俺は卑怯と思わないね、むしろ強さの為に人間すら捨てた覚悟は天晴れだ」

 ライルに抱いている、素直な感想だ。
 男は本能的に、強さに憧れている生き物だ。
 前世の場合では小さい頃にその憧れと卒業出来るもんだが、剣と魔法が主流のこの異世界では、大人になっても強さを追い求める事を許される。
 まぁ、剣や魔法の腕一本で飯が食える世の中だしな。
 このライルは、強さをどこまでも突き詰めた結果、人間を捨ててまで最高の自分を手に入れたんだと思う。
 まぁ過程は全く同意出来ねぇけど、卑怯と全く思っていないんだよな。
 そもそも魔法がある世の中なんだ、魔法で身体能力を強化するっていうものがある時点でドーピングをやっているんだ、それが薬になったからってそれを卑怯って言うのもまたおかしな話だろ。

「むしろさ、今のライルの表情はかなりイキイキしてるぜ? 楽しいんだろ?」

「ああ、貴様に叩きのめされて俺の自信はへし折られた。それから俺は強さを追求した結果、最高の俺に出会えた。そして今、貴様と渡り合えているのが嬉しいんだ!!」

 アルベイン一刀流の一撃必殺の理念を体現したかのような、しっかり集中しないと視認出来ず反応も出来ない位の、凄まじい横薙ぎを繰り出してきた。
 そう、今のこいつの表情は、復讐とかではなく自分の強さを確認できて喜んでいる顔で、殺し合っている雰囲気じゃなかった。
 むしろ本気で楽しんでるんだろうな。
 俺にはそんな余裕はねぇよ! 俺はライルの斬撃をしゃがんで回避する。衝撃波が襲ってくるが、しゃがんだおかげか吹き飛ばされずに踏ん張れた。

「ハル・ウィード。俺は貴様を殺し、次の段階へ進む!」

「次の段階?」

「ああ。俺は強豪を求めて世界を回り、そしてそいつらも殺す。そして俺が一番強い事を証明してやる!」

「……まぁ、ご立派な事で」

「貴様は、一番になりたくないのか?」

「本音を言えば、一番になりたい気持ちはあるさ。だけどさ、何を以て『自分が一番だ!』って思えるんだ? 何か明確な基準は用意してあるのか? きっとてめぇは用意しているんだろうけど、俺はこんな疑問があるからそれを目標に出来ないんだよ」

「……貴様らしい答えだな。お喋りが過ぎたな、さぁ、殺し合いの続きをしよう!」

「いいぜ、俺もさっさと終わらせたかったところだ!」

 今の俺には勝つ為の手段がない。
 だが、まだ全てを出しきった訳でもない!
 俺の魔法は俺以外には不可視、ライルは俺の挙動を見て対応をしてくる。
 だから俺がどんな魔法を放つかは、これっぽっちもわかっていないって事だ。
 そこを俺は、利用する。

 俺は赤の名剣レヴィーアの剣先をライルに向けた。
 すると、何かの魔法を放つだろうと予測した奴は、俺の視界から一瞬で消えた。
 そして俺の周囲に発動し直した《サウンドマイク》が、俺の背後に回り込んだ奴の呼吸音を拾った。
 これも予想通り、俺は瞬時にライルの方を振り向き、青の名剣リフィーアの剣先をライルの腹に突き刺した。
 だがやはり筋肉の鎧は深く入らない。剣先三ミリ程度しか刺せなかったんだ。

「無駄だ、俺の筋肉は貴様の攻撃を許しはしない!」

 もちろん、そんなのは百も承知さ。
 俺が狙っていたのは、体内にサウンドボールを送り込む事。
 そして無事にサウンドボールを奴の内臓に吸着させられた。本当は奴の体内を移動して脳へ到達させる事が出来るけど、足を止めて集中する必要があるし、気付かれたらもう二度と使えない手だ。
 だから今は、リスクが限りなく少ないこれだ!

「即効で思い付いた技だ、《内蔵殺し》!」

 相変わらずのネーミングだなぁって思いつつ、魔法を発動させる。
 まぁ原理は簡単だ。《ブレインシェイカー》をただ内臓で放っただけ。
 本当は心臓に打ち込みたかったが、身長が高すぎて届かなかった。だから今は腹部付近に集まっている内臓に対してダメージを与える事にした。

 ガオォォォォンッ!

 戦車の主砲の音が、ライルの体内から聞こえた。
 体内からでもわかる程凄まじい爆音。
 音は空気を伝って俺達の聴覚に入る。こんな爆音なんだ、内臓にもこの振動は伝わってダメージを与えているはず!

「ガ、ハァッ!?」

 ついに、ライルが膝から崩れた。
 表からの斬撃は通らなくても、流石に内側からの攻撃は堪えるようだ。
 奴は腹を抑え、口からは唾液がだらだらと落ちる位に開いたままだった。
 きっと想像も出来ない程の衝撃で内臓を揺さぶられたから、苦しいんだろうな。
 あれかな? みぞおちを殴られたような感覚なんだろうか?
 
 そしてやっと、奴の顔が、俺の目線と同じ高さに来てくれた。
 これなら《ブレインシェイカー》を叩き込みやすい。

 これで、チェックメイトだ!

 俺が奴の額に向けて剣先を向けた瞬間――

「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ライルが吠えて、俺の体に衝撃が走った。
 奴が左手で放った裏拳が、俺の体左側面――つまり左腕の上腕二頭筋辺りに当たったんだ。

 ボキボキッと嫌な音が鳴る。
 多分骨が折れた音だろう。
 何処が折れたのか確認しようとしたが、奴の怪力で殴られて痛みを感じる暇すらなく吹っ飛ばされた。
 そして、地面に落ちるとまだ勢いが死んでいないのか、俺の身体はごろごろと転がる。

「ぐ、あ……」

 くそっ、今になって痛みが襲ってきやがった。
 左腕と左脇の下に強烈な痛みを感じる。さっきので恐らく腕と肋骨をやってしまったんだろうな。
 ……見てみると、やっぱりそうだ。左腕が変な方向に曲がっていやがる。正確には関節が一つ増えたような感じか。
 肋骨は折れているみたいだが、血を吐いていないって事は奇跡的に内臓を傷付けるような折れ方はしていないみたいだな。
 くそぅ、めちゃくちゃいてぇ……。
 
 奴との距離を見てみる。
 うっわ、俺、約百メートル位ぶっ飛ばされたのかよ。
 どんだけバカ力なんだよ、マジで。

「ああ、いてぇ。まっじでいてぇ!」

 だが、ここで倒れたままだと、俺は間違いなく死ぬ。
 だから意地でも俺は立って右手の愛剣を構えた。

 しかし、ライルは膝を地面に着いたまま動かない。
 さっきの《内臓殺し》が効いている?
 なら、畳み掛けるなら今だ!

 俺は走り出す。
 その衝撃で左の鎖骨、左腕から苦痛がするが俺は食い縛る。
 
「ぐ、オォォォォォォッ!!」

 全速力で走っているつもりだが、痛みのせいで本来の最高速度を出し切れていない。
 構うものか!
 今しかチャンスはない!

 ライルが顔を俺に向けた。
 足跡で俺に気付いたんだろう。
 俺は《ブレインシェイカー》を発動させる為に、奴の頭部目掛けてサウンドボールを発射した。
 当然ライルも《ブレインシェイカー》を恐れて地面に転がったり仰け反ったりして、激しく頭部を動かしている。
 確信した、奴は今そこまで動けない。
 それだけ《内臓殺し》によるダメージが大きかったんだ。

「アァァァァァッ!!」

 ライルは魔剣を横に薙いだ。
 恐らく衝撃波が飛んでくるんだろうな。
 なら、衝撃波には衝撃波だ!

「《特大ソニックブーム》!」

 俺は自分の頭部より一回り大きいサウンドボールを生成し、ジェット機の爆音を鳴らしつつ前方に放った。
 音速で飛ぶサウンドボールは、結果副産物として強烈な衝撃波を生む《ソニックブーム》へと変わる!
 奴が産み出した衝撃波と、俺が産み出した衝撃波がぶつかり、方々へ散る。
 全てを殺しきれなかったものの、四散したせいで衝撃波自体の威力は大幅に弱まり、ちょっと強めの風が吹いた程度になった。
 
(よしっ、衝撃波に対する対抗策は作れた! 後はあいつに近づくだけ!!)

 残り三十メートル!
 もうちょっとで、奴に近付ける!

 残り二十メートル!
 奴が飛ばしてきた衝撃波を、《ソニックブーム》で相殺した!

 残り十メートル!
 未だに立てないライルに向かって、俺は斬りかかった。

「ライルゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「くっ、ハル・ウィィィィィィィィィィドォォォォォッ!!」

 
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