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第九十二話 俺VS父さん 後編

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 ――アンナ視点――

 今、私はとてつもない戦いを見ています。
 剣士としては最上位にいる程の有名で私達と同じ学校の教師である、あのロナウド・ウィードさんが全力を出している相手。それが彼の息子である、ハル・ウィード君。
 彼はまだ十歳なのに、ロナウドさんと実力が拮抗しているのです。
 しかも、あまりにも難しくて誰も出来なかった二刀流を、ハル君はやってのけたのです。
 前から剣の才能があるのはわかっていましたが、まさかここまでとは思いませんでした……。

 彼らは学校の校庭で、相手を殺す勢いで攻撃を放っています。
 ロナウドさんは様々な魔道具を屈指して、ハル君を激しく攻める。そしてハル君は苛烈な攻撃を潜り抜けて、二刀流で斬撃を加えていく。
 恐らく、私達には見えない音属性の魔法を最大限に活用して、戦っているのでしょう。
 そして至近距離になったら、お互いが目で捉えるのも難しい位の速さで乱撃戦を行います。
 剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音が絶え間なく校庭に鳴り響きます。お互い距離を取ったらロナウドさんが魔道具を投げて爆発をさせたり、ハル君が恐らく魔法で大きな音を発生させたり……。
 二人だけの戦闘なのに、私達教師陣と全生徒は、戦争を観戦しているような気分でした。
 何故なら、二人共余裕のない鬼のような形相。まるで本気で殺し合っているようでした。
 いえ、間違いなく本気で殺し合っているのでしょう。どの攻撃も全てが致命傷になりうるものですから。
 さらに同じく観戦しているリリルさんが、いつでも飛び出していけるように準備しています。ハル君かロナウドさんが、どちらか斬られたら即治療出来るようにお願いしたんだと思います。

 しかし、何故でしょう。
 私達はこんなにも恐ろしい戦いを見ているのに、魅了されているのです。
 確かに二人は余裕がない表情をしています。ですが彼らの剣技や戦い方はとても綺麗でした。
 どんな事でも慌てる事なく、自身の体勢を一切崩さずに次の攻撃に移る。一本筋が通っているような感じで、綺麗で美しいのです。
 剣同士がぶつかり合って散る火花が、乱撃によって無数に生まれ、まるで二人を光る花で取り囲んでいるかのようでした。
 次はどのような攻撃をするのか、その攻撃をどのように捌くのか、私達は瞬きも忘れて見守っているのです。

 ですが私は、そろそろこの戦いは終わると予想しています。
 理由としては、戦いが始まってからすでに約十五分程経過しています。
 二人は休む事なく、絶え間なく動き回ったり攻撃をし続けているのです。
 特にまだ身体が出来上がっていない子供のハル君は、体力の限界が近いのではないでしょうか。
 故に、ハル君が起死回生の一手をまもなく仕掛けるはず。
 この一手がどのようなものかによって、勝敗は決まるでしょう。

 ハル君は夢が掛かっています。
 少しでも遅れてはいけない、彼自身にとっては負けられない戦いなのです。
 きっと、無理をしても勝ちに来るでしょう。
 そしてロナウドさんは、職員室で私にこう話していました。

「やっと、やっと見つけたんです。本気で剣を交えられる人間が。まさか息子だとは思いませんでしたが、楽しみで仕方ない……!」

 普段優しい眼が細くなり、ナイフのような危険な眼光を放ちました。
 口は三日月のように釣り上がり、ロナウドさんの周囲が闘気によって歪んでいるように思えました。

 つまり、二人共手を緩める事なく、全力を出すのは間違いないんです。
 ああ、今の私には勝敗なんて関係ありません。この戦いが、どのような結末を送るのかが知りたい。

 私は戦いに完全に引き込まれていました。

 ですが、次の瞬間でした。
 ハル君は、驚くべき攻撃を仕掛けました。
 魔道具の欠点を逆手に取った、彼にしか出来ない方法で。
 私達は呆然として、その光景の顛末を見ていました。












 ――ハル視点――

 さて、かなり不味いぞ。
 今は何とか拮抗しているけど、俺の体力がやばくなってきた。
 剣を連続で振るっているせいで腕が疲れ始め、握力が弱くなってきている。
 一瞬でも気を抜いたら、剣がすっぽ抜けちまうような感じだぜ。
 二刀流で父さんとの実力はやっと同等になった。そのせいでお互い有効打を与えられず、全身に小さな切り傷を作る程度に収まってしまっている。
 多分父さんの様子を見るに、まだまだ体力に余裕がありそうだな。
 くそっ、早く大人の身体になりたいぜ……。
 俺は父さんと乱撃戦を繰り広げながら、打開策がないかを考え続けていた。
 その時、ふと閃いた事があった。

 魔道具には二種類存在する。
 魔力を流して起動するタイプと、音声で起動するタイプだ。
 父さんは魔力が一切ないから、後者の音声で起動するタイプを使っている。
 このタイプの弱点としては、決まった文言で言わないと発動しないので、相手にどんな魔道具を使用するかばれてしまう事だ。
《魔道具、『発動タイミングを発言』、『魔道具名』》といった感じに言わないといけないんだ。故にどのタイミングで発動するのかが丸分かりなんだ。
 しかし父さんみたいに弱点を逆手に取った戦術も出来るから、致命的という訳ではない。
 さて、この魔道具のもう一つのポイントとしては、ある予防策が張られている。
 一つは、所持している本人の声しか受け付けない。
 二つ、同じ魔道具を複数持っている場合は、それぞれに番号が割り当てられており、魔道具名の最後に番号を言う必要がある。
 今、父さんが番号を言って発動させた魔道具は、《エクスプロージョングレネード》だ。一番と発言したから、複数持っているのは間違いない。
 
 恐らく、致命的な一手を与えられる!
 だが、今やったら俺も巻き込まれる。ならば、突き放す!

「食らえ、《ソニックブーム》!!」

「しまっ――」

 俺は父さんとの乱撃中に青の名剣リフィーアを地面に突き刺し、左掌を父さんに向ける。そして、《ソニックブーム》をぶっ放した!
 轟音と共に生まれた衝撃波により、父さんは吹っ飛ばされるが、二回程地面に転がった後に上手く受け身を取って立ち上がった。
 流石父さんだ。だけど、そこは丁度俺が設置したサウンドボールの密集地帯。
 俺はその中で一番父さんと距離が近いサウンドボールを選び、俺の口に吸着させたサウンドボールと魔力の糸で結んだ。
 父さんの近くにいるサウンドボールに与えた指示は、《伝達》。そして俺の口に吸着させたやつには《父さんの声を出す》だ。

「魔道具、即発動――」

「なっ、俺の声!? ……はっ」

 父さんは自分の声が聞こえた意味を理解したらしい。
 父さんはすぐさま自分のコートを脱ぎ、投げ捨てた。だが、遅い!

「《エクスプロージョングレネード》二番!」

 コートを投げ捨てたのはいいが、まだそこまで遠くには投げられていなかった。
 そして、俺は父さんの声で魔道具に発動指示を出した。
 コートが光に包まれると、耳を貫く程の轟音と共に広範囲の爆発が起きた。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 父さんは爆発自体には巻き込まれなかったが、爆風はダイレクトに食らったようで、切り揉み回転しながら吹き飛ばされた。
 その後は受け身が取れない状態で地面に叩き付けられ、ゴロゴロ転がって止まる。
 流石にダメージがでかかったんだろう、うずくまっていて立ち上がらなかった。
 だが、油断はしない。
 まだ俺は、父さんに止めをさせていないからだ。

 俺は全力で駆け出し、悶絶している父さんに斬りかかった。
 しかしやはり父さんは凄かった。
 剣を振りかぶった瞬間、父さんは瞬時に起き上がって俺の左肩付け根に剣を深く突き刺した。

「あぐぅっ!?」

「これで……二刀流は、封じた、ぞ」

 父さんは突き刺したままの剣を、さらにねじ込む。
 肉が内部から抉られている音と、とてつもない痛みに襲われ、俺は左手に持っていた剣を地面に落としてしまった。
 確かに父さんの言う通り、これで二刀流は出来なくなった。
 だが、俺にはまだ右手がある!
 俺は痛みに耐えて、振りかぶったままだった赤の名剣レヴィーアを振り下ろした。
 赤い刃は、父さんの右肩に食い込んだが、俺の左肩の痛みのせいで全力を出せず、鎖骨を断つ事が出来ずに止まってしまった。
 浅すぎる。

「ぐぅ……。だが、その場所ならばまだ剣を振るえる……。俺の勝ちだ、ハル!」

「ぎぎぎぎっ、勝手に勝った事にしてるんじゃねぇよ、父さん」

「何?」

「俺には、奥の手がある!!」

 俺は右手全体にサウンドボールを吸着させる。
 そう、俺にはまだ、音速の技がある!
 予備動作を必要とせず、鎖骨で止められている状態でも、この技で鎖骨なんぞ断つ事が出来る!
 ただしこれで決めなければ、右手は使い物にならずに完全に負けになる。
 頼むぞ、レヴィーア!!

「食らえぇぇぇぇぇっ、《無明》!!」

「ぬぅ、ハルゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 父さんは自分の剣を手放し、俺の手首を掴んで阻止しようとした。
 だが、その掴む手は空振り、次の瞬間には父さんの身体を斜め下へ斬っていた。
 切り口からは父さんの鮮血が吹き出し、俺はそれを全身で浴びた。
 完全に、致命傷を与える一撃だった。
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