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第八十三話 ミリアの告白
しおりを挟む「賞状授与。オーギュスト・エヒリバーレント、君を今年度の《最優秀生徒》として認め、賞状と共に副賞として優秀生徒用のブレザーを贈呈する」
「ありがとうございます!」
「そしてハル・ウィード。君を《最優秀留学生》として認め、賞状と共に副賞として優秀生徒用のブレザーを贈呈する」
「ありがとうございます」
表彰式は、進級試験終了直後に行われた。
アーバインが俺とオーグにそれぞれ賞状と、そして左胸に金色の糸で刺繍された音楽学校の校章が入っているブレザーを渡された。
このブレザーは、毎年最優秀生徒、もしくは最優秀留学生にしか渡されない物で、この学校の最高の栄誉と言ってもいいくらいなんだそうだ。
しかも、音楽家活動をする上で、有名になるまではこのブレザーを正装として着てアピールする人もいるんだとか。
俺はそんなので自分をアピールするつもりはさらさらないから、この学校にいるまでの間だけにしておくつもりだ。
ちなみにブレザーの色は黒で、所々襟とか裾に金の刺繍が施されている。黒の中の金色ってのは、それだけで高級感が出るよな!
全校生徒の羨望の眼差し、そしてこの栄誉を讃えてくれる拍手を一身に受け、俺とオーグは満面の笑顔でハイタッチした。
こうして、俺達生徒の進級試験は終了した。
結果としては一人も失格者を出す事なく、全員が進級、もしくは卒業を決めたそうだ。
ただ、《武力派》に殺されてしまった生徒もいた為、閉会間際に王様の一言で一分間の黙祷を捧げた。
犠牲になっちまった生徒と仲が良かった奴もいるんだろう、すすり泣きする声が聞こえる。
レオンに関しては、「これ以上、泣いていられないから」と、腰に帯刀している彼女さんの形見を愛しそうに撫でていた。
こいつ、チャラいけど、芯が通ってて良い男だなって思うよ。
しんみりした空気の中、表彰式が閉会し、生徒達はそのまま帰宅する為に散り散りになる。
そして、俺も一つやらなきゃいけない事がある。
俺は生徒の群れからミリアを見つけ出し、声を掛けた。
「ミリア」
「ハルっち……。ハルっちってやっぱ度胸あるよね。普通こういうのって気後れして自分から話し掛けないよ?」
「そんなもんか?」
「そうよ」
「そっか。とりあえず、何処で話す?」
「まぁこういう場合、鉄板の場所があるよね?」
ミリアに手を掴まれて引っ張られるような形で連れてこられたのは、校舎の屋上だった。
うん、確かに鉄板だ!
進級試験は思ったより時間がかかったようで、太陽はすでに地平線の向こうに隠れようとしていた。
茜色の空に照らされるミリアを、ちょっと綺麗だと思ってしまった。
「夕日、綺麗だね」
「ん? ああ、そうだな。ここ最近忙しかったから、風景を楽しむ事すら出来なかったわ」
「ずっとオーグっちと頑張ってたもんね。まぁ私達も頑張ってたけど!」
「ああ、わかってる。進級おめでとうさん」
「ふふ、ありがと!」
ミリアは、屋上に設置されている柵に背中を預けて、俺を見てくる。
「ハルっち、私ね、ハルっちの事大好き!」
ミリアが俺にストレートな告白をしてきた。
「好きになったのは、私の歌を修正してくれた時。あんなに的確に指摘してくれた人なんて、ハルっちしかいなかったよ。大人びてるし、私のピンチにも駆けつけてくれて……。あんなの、好きになっちゃうよ」
俺は、無言で真っ直ぐミリアを見つめながら、彼女の告白を聞いている。
「ハルっちに彼女が二人もいるのは知ってるよ? でもね、この気持ちを言いたかったんだ。ハルっちの事を好きって気持ちを」
「……そっか」
「ハルっち……。私と……ううん、私だけと付き合ってください!!」
俺の心臓が大きく跳ね上がる。
ミリアは、俺にレイ、リリルと別れてミリアと付き合って欲しいと言っているんだ。
そんな事、出来る訳がない。
俺が心から好きなのはあの二人だ。あの二人しかいない。
「私ね、ハルっちのハーレムに加わってもいいかなって最初は思ってたんだ。でもね、気付いたの。私以外の女の子と仲良くしてるの、耐えられないんだ」
ミリアのその感情が普通だと思う。
レイとリリル、そして俺は五歳の頃からほぼ毎日、ずっと一緒にいた。
だから、三人でいるのが当たり前になったから、今俺達はこんな関係を続けていられる。俺達の方がちょっと変わってる関係なんだ。
「ハルっち。あの二人と別れて、私だけのハルっちになって! お願い!!」
ミリアの目からは大粒の涙が溢れてきている。
わかってるんだな、俺が言う言葉を。
悲痛な願いに近い告白は、俺の恋心を全く揺さぶらなかった。
むしろ、レイとリリルの笑顔が脳裏に思い浮かんで、確信した。
俺は、ミリアだけの男になれないって。
「ミリア。ごめん、そのお願いは聞けない」
「っ!」
「俺は、レイとリリルの事が心から好きなんだ。だから、ミリアだけのものにはなれない」
「……どうしても?」
「ああ。どうしても」
揺るがない、その涙を見せられても俺の心は全く揺るがなかった。
「もし、私が、ハーレムに加わるって言っても……?」
少し想像してみた。
だけど、違ったんだ。
俺はミリアを、友達としてしか見ていない。
女性としてではなく、初めて出来た大切な、心から大切だって思える友達としか思っていなかった。
きっとミリアが俺達三人の輪に加わったとしても、レイとリリルのような愛情を与えられる自信が全くなかった。
「――ミリアの事は愛せない」
「ハルっちって、残酷なまでに正直だね……」
「こういった事は、変に期待させない方がいいって思うから」
「……残酷だけど、優しいね」
「そうか?」
「うん、そんなハルっちだから、好きになったの……」
「そっか……」
ミリアのすすり泣く声が漏れてくる。
ああ、胸が痛い。
俺は残酷なまでにストレートに告白を断って、ミリアを傷付けた。
俺だって出来れば傷付けたくなかったさ。
でも、どちらにしてもミリアと付き合うという道は、俺の中ではなかった。
ならさ、俺がどんな言葉を連ねたとしても、大なり小なりミリアを傷付けたと思う。
だから俺は、ストレートに断った。
例えミリアとの友情が断ち切れたとしても、変に期待を持たせないようにする為に。
「ねぇ、ハルっち。最後に私のお願いだけ叶えて欲しいな」
「……無理難題じゃなければ」
「うん。今だけでいいの。今だけでいいから、私を抱き締めて……。そしたら、明日には、友達に、戻るからぁ!」
「っ」
辛そうに俺にお願いをしてくるミリアを見て、俺も泣きそうになった。
今世で色んな女の子から告白されて断ってきたけど、一番心にクる瞬間だった。
これは、断っちゃダメな気がした。
この願いだけは、聞き届けないといけない気がした。
じゃないと、俺達は恐らく、友達としてやっていけない気がする。
俺は小さく頷くと、ゆっくりと俺に向かって歩いて来て、俺の胸に顔を埋めて抱き着いてきた。
俺の背中に細い腕を回し、力一杯抱き締めてきたんだ。
「ごめん、ごめんね、ハルっち!!」
俺の胸で慟哭するミリア。
俺も、強めに抱き締めた。
「ごめんな、傷付けてごめんな、ミリア……」
「何でハルっちが謝るの……! 勝手に好きになった私が悪いんだから!」
「それでも! ごめん、ミリア!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気付いた時には、日が沈んで夜になっていた。
ミリアは結構大声で泣いていたし、俺も辛くなって少し泣いた。
「ハルっち、最後のお願い聞いてくれて、ありがとう」
ミリアが俺の抱擁を抜け出し、少し距離を取った。
「これで私、次に進めると思う」
「……そっか」
「まだハルっちへの気持ちが、結構強く残っているけど、これからも仲良くしていけると思うよ、友達として!」
俺は心の中で安堵した。
これからも、ミリアと友達として付き合っていけるんだって思えて、嬉しかったんだ。
「何より、ハルっちの温もり貰ったし、辛かったけど、この温もりだけでも貰えたのは嬉しかった」
ミリアは自分の肩を抱いた。
俺の抱擁を、まるで思い返しているかのようだ。
「ねぇ、ハルっち」
「ん?」
「後どれ位で王都を離れるんだっけ?」
「そうだな。終業式が終わったら、王都を出る」
「となると、後一ヶ月位なんだね……」
「……ああ」
「ならさ、残り一ヶ月、いつもつるんでる面子で一杯遊ぼう! 王都での思い出、たくさん作ってほしいから!!」
「ああ、たくさん遊ぼうな」
「あっ、でもハルっち、しばらくは大変だよ?」
「ん? どういう事だ?」
「十中八九、ハルっち、告白ラッシュに突入すると思うから!」
「いやいや、んなまさか!」
そんなのいくらなんでも冗談だろって思ってた時期が、俺にありました。
でもまさか、ミリアの告白を断った翌日に、三十人以上の女の子から一斉に告白を受ける結果になった!
しかも皆横一列に並んで、右手を出して「私と付き合ってください!」と言ってきたんだ。
どこのねるとんだよ! って心の中で突っ込んだけど。
もちろん丁重にお断りをして、全員に泣かれてしまった。
泣き声の大合唱は、流石に五月蝿かったぜ……。
「ほらね? 私の言った通りだったでしょ?」
「……予言者様になれるんじゃね?」
「大好きなハルっちは、モテモテですからねぇ」
「おまっ、友達に戻るんじゃなかったのか?」
「なーに勘違いしてるの? 友達として大好きって意味なんだけど?」
ミリアがニヤニヤと笑いながら言ってくる。
こいつ、昨日の今日でもう自分でこんなからかい方をしてくるようになっていやがる。
本当、女の子はよくわからんわ。
「さ、皆待ってるから、いこっ!」
俺の腕に抱き着いてきて、ぐいぐい引っ張るミリア。
あれからボディタッチが増えた気がするのは、気のせいかな?
「はいはい、行くから離れろって」
「本当はこんな可愛い私に抱き着かれて嬉しいくせに!」
「……胸が――」
「ああ?」
「……何でもない」
こんな調子で俺は、ミリアとも友達としてやっていけた。
オーグ、レオン、レイスともたくさん遊んで、前より友情が深まったのを感じている。
時には俺がピアノ演奏のレクチャーをしたり、音楽について語り合ったり。
そして休みの日にはピクニックにも行ったし、皆に魔法戦技の稽古を付けたり。
この一ヶ月は、本当に充実していたよ。
さらには週に一度は城へ足を運んで、姫様に俺の演奏を聴かせた。
ピアノの第二号はまだ完成していないから、リューンでの演奏だったけど。
とにかく、王都から離れたくないって思う位、たくさんの素晴らしい思い出が出来たんだ。
そして、終業式と同時に俺が王都を離れる日が、ついに明日に迫っていた。
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