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第八十話 進級試験、開始!
しおりを挟むレイ、リリル、そして父さんを見送った日から三ヶ月が経った。
俺達はその間、自身の進級試験の為に必死になって準備をしてきた。
当然ながら俺もオーグと一緒に、完成したグランドピアノをギリギリまで調整した。そして、この体にピアノを馴染ませる為にひたすら曲を弾きまくった。
本来オーグとリューンでのセッションを考えていたんだけど、予想以上にオーグの演奏は下手だった。
まぁ本人としては望んで音楽学校に来ている訳じゃないからなぁ、仕方ないっちゃ仕方ないが。
ただし、グランドピアノの最終調整は全部オーグがやってくれた。
おかげで仕上がりは完璧だ。
「オーグ、やったな!!」
「ああっ!! 私達のグランドピアノが、ついに完成した!!」
俺達は向かい合ってにかっと笑い、ハイタッチをした。
ついに明日は進級試験だ。何とかギリギリ間に合ったぜ……。
「なぁ、ハル」
「んあ? どうした?」
「一曲、気分がいい曲を弾いてくれないか?」
「随分とざっくばらんなリクエストだなぁ」
「頼む。調整の為に曲を聴いていたから、落ち着いてお前の演奏を楽しめていなかったからな」
「あいよ。ん~、何を弾こうかなぁ」
気分としては、そんな激しくないやつかな。
となったら、ふっと頭に浮かんだのはシューマンの曲だ。
よし、となったら早速演奏しますか!
この体にもようやくピアノが馴染んで、問題なく演奏出来るようになったしな。
「んじゃ、行くぜ。《ノヴェレッテ第一番》」
シューマン作曲、《八つのノヴェレッテ》の内の第一番目にあたるピアノ独奏曲。
ノヴェレッテは短編小説の意味で、どうやら本人も「冒険物語集」として作曲したようだ。
この八曲の中で俺は一番好きなのは、この第一番だ。
激しくもなく、かといって静かすぎず、まさに「冒険物語集」の名に相応しい出だしを飾る曲だ。まるで少年がこれから始まる冒険に胸を踊らせてスキップしているかのようで、しかしロマンチックな曲調がたまらなく好きだ。
まさに俺が異世界に転生した時の気持ちそのまんまだ。
全てが新鮮で、前世と比べて文明は劣っているけど、男の憧れである剣と魔法の世界だったからワクワクした。
俺は今、真の意味でこの《ノヴェレッテ第一番》を理解した上で演奏できているのかもしれない。
この世界での今までの出来事が、フラッシュバックされる。
文字を理解できるようになって、本を読み漁ってこの世界の知識を楽しみながら仕入れまくった事。
父さんに剣の稽古をつけてもらった事。
初めて魔物と遭遇し、父さんと討ち取った事。
初めて魔法が使えるようになった事。
前世では間違いなく得られなかった、ワクワク感。
全てが楽しかった。もちろん辛い事もあったけど、それでも俺は今世を楽しんでいる。
最高の転生だ!
あぁ、鍵盤を叩く指が軽やかだ。
まるで本当に鍵盤の上をスキップしているようだ。
この異世界で、まさかピアノを弾けるなんて思わなかったしな。
本当にありがとうな、オーグ。お前がいなかったら、俺はピアノを弾けなかっただろうな。
演奏の知識はあっても、構造の知識はこれっぽっちもないから、俺が自力でピアノを作るなんて出来る訳がなかったからさ。
なんていうか、全力で目的に向かって走っているのも青春って感じがして、楽しいんだよな。
そんな事を思いながら、約五分のこの曲は無事演奏し終わった。
今とても、幸せな気持ちだ。
っと、そうだそうだ。オーグの事を忘れてたぜ。
オーグを見てみると、泣いていた。
「おいおい、何泣いてるんだよ!」
「すまぬ……。私が発案した楽器が、こんな立派なものになるなんて思わなかったのだ。それに、今演奏してもらった曲。これも異世界の曲か?」
「ああ。シューマンという作曲家が作曲した曲だ。俺のお気に入り」
「素晴らしいの一言だ」
「だな! シューマンの作曲したやつは、どれも傑作に近くて――」
「違う、私はお前に対して素晴らしいって言ったのだ」
「えっ、俺!?」
まさか俺に対しての褒め言葉だったとは。
「ハル、お前は音に感情を乗せて演奏できる、稀有な演奏家だ。ただ模倣しただけでは、こんなに心に響く演奏なんて出来る訳がない」
「いやいや、練習すれば感情を乗せられると思うぜ?」
「いや、無理だな。現に今の演奏家で出来ているのは、お前とアーバイン侯爵様位だ。音楽学校でもお前程心に響く演奏が出来ている奴はいない」
「まぁ、確かにな。何でだろうな? 普通に演奏してりゃ、自然と感情とか表現できると思うんだが」
「…………それが出来ないから、皆音楽学校で学ぼうとしているんだろう」
そうなんだ。
まぁ感情を乗せるとは言っているが、「感情を表現する」と言った方が正しいだろうな。
ピアノとかリューン、いや、全ての楽器は音の強弱を細かく表現できる。
強く弾けば怒りを表現できるし、弱く弾けば音色が優しくなる。弱く弾きすぎると音が小さくなってしまう。
このピアノに関しては、人間の喜怒哀楽を容易く表現できる、まさに楽器の頂点に位置していると俺は思っている。
だから前世では音楽に興味がない人でも知っているし、知らない人を探す方が大変な位だ。
とにかく、この世界では感情を表現する技術があまりにも未熟だ。
だからアーバインと俺が、演奏に関しては抜きん出ているってのが現状だったりする。
「とにかく、これなら明日は大丈夫だな! 俺は《最優秀留学生》の称号を得てやる!」
「うむ。私は陛下にこのグランドピアノを披露し、あわよくば我が領地の特産とする」
「ふっ、俺の腕が試される訳だな」
「ああ。だが今の演奏で確信した。間違いなく私達は、進級試験の首席を狙える!」
「当たり前だぜ、俺を誰だと思っていやがる?」
「《双刃の業火》にして、《音の魔術師》様だろう?」
「ああ、その通りだ。大船に乗ったつもりでいろよ、相棒」
「うむ。演奏を期待しているぞ、相棒」
最後に明日の進級試験の段取りを決めて、俺達は寮の自室に戻って眠りについた。
そして、進級試験当日。
俺を含めた全員が、予想する事が出来なかった事態が発生する。
王様が来る事は皆知っていた。だが、王様が自分の権限を使ってさらにたくさんの人を引き連れてきた。
その中には軍部将軍クラスの人間や宰相、さらにはこの国で有名な音楽家がざっと十人程。
こんなに連れてくるなんて、俺だってびっくりだ!
進級試験を担当する教師陣すら、声を震わせて驚いていやがる。
それに試験に挑む生徒達なんて、相当緊張している。一部の生徒なんて、あまりの緊張に嘔吐しちゃってたりするしな。
まぁ俺は前世でこれ以上の人数の前で演奏を経験している、まだこれ位全く問題ない。
とりあえず俺達生徒は、現在控え室で待機していた。
「よ、よくそこまで落ち着いていられるな、ハル」
「そ、そうだぜ、ハル。流石に大物すぎないか?」
俺の傍にいたレイスとレオンが、ガチガチな状態で話しかけてきた。
「まぁ受勲式に比べたら、この程度問題ないぜ?」
「「………………」」
正直に答えたら、二人は黙ってしまった。
なんだよぅ、お前達が聞いてきたんだろう?
俺の隣にいるオーグは、ちょっと緊張している程度だ。まぁ自分が演奏する訳じゃないしな。
そして、最近ギクシャクしているミリアはというと、何というか……普段のテンションが高い彼女からは想像出来ないほど引き締まった表情をしていた。
すると、俺の視線に気付いたのか、ミリアが俺の方を振り向いた。
「やっほ、ハルっち!」
「お、おう、ミリア。試験は大丈夫そうか?」
「うん、そっちは大丈夫だよ」
思ったより普通に話せてるな。
俺だけだな、ちょっとギクシャクしてるの。
「ねぇ、ハルっち」
「ん?」
「進級試験が終わったら、少し時間もらえる?」
「っ!」
ついに、来たか。
多分、俺はミリアから告白されるだろうな。
ここは逃げちゃダメだな。
「ああ、いいよ」
「ん。ありがと、ハルっち!」
ミリアははにかんだ笑顔を見せる。
そしてまた正面を向いて、自分の試験に集中し始めた。何度も譜面を確認している。
……俺も集中しないとな。
一人、また一人と名前を呼ばれて控え室から去っていく。
演奏が終わったらそのまま帰宅、もしくは寮へ戻っていくから、控え室へ戻ってくる事はない。
レオンとレイス、そしてミリアも去っていき、俺とオーグだけが控え室に残った。
どうやら俺達が最後らしい。
「俺らが大トリか。いい舞台を用意してくれたな」
「全くだ。流石に緊張してきたぞ」
「安心しろ、ちゃんと演奏してやるさ!」
「ああ。期待しているぞ、ハル」
俺達は互いの拳をぶつけ合って、気合いを高めた。
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