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第七十七話 わたくしから見た、ハル様
しおりを挟む――アーリア視点――
わたくしは、《アーリア・ウィル・レミアリア》。
三人兄妹の末っ子として生まれました。
わたくしの自慢は、亡くなられたお母様の美しい銀色をそのまま引き継いだ、背中まで伸びた髪です。
趣味は音楽を聴く事で、よくアーバイン侯爵に美しい演奏を聴かせて頂いておりました。
自分で言うのもなんですが、わたくしはとっても好奇心旺盛で、知識面で言えば兄弟の中では一番だと自負しておりますわ。事実、五歳で入学した王族や貴族専門の上級学校でも学校一・二を争う位の成績でした。
勉強は苦ではありません。知識を覚える度にさらなる疑問が生まれ、さらに勉強をする。それが楽しくて仕方ありません。
わたくし自身は魔法が使えなかったのですが、それでも魔道具の仕組みを知ってから楽しくて、個人的に様々な事を学びました。
お父様もわたくしを大変可愛がってくれましたし、第一王子で王太子候補でもあるジェイドお兄様もとても優しいです。
でも、第二王子であるサリヴァンお兄様だけは、いつも不機嫌そうな表情をしておりまして、わたくしにも冷たかったです。いえ、わたくし達家族全員にそのような態度でした。
サリヴァンお兄様以外の皆さんにとても良くしてもらっていたわたくしは、何の不自由もなく、そして退屈する事なく日々を過ごしておりました。
しかし、平穏な日々は七歳の誕生日の時に崩れ去りました。
お父様とジェイドお兄様、そしてわたくしでささやかなわたくしの誕生日パーティを行っておりました。
サリヴァンお兄様は「そんな暇はない」とダンジョン討伐に行かれてしまいました。
それでもこのパーティは楽しくて、家族だけの歓談を楽しんでいたのですが、急にわたくしの目頭が熱くなり、やがてそれは痛みに変わりました。
あまりの激痛にうずくまって悲鳴を上げるわたくしは、お父様に介抱されつつ自室に戻りました。
そしてお父様がわたくしの目を見ました。
「そ、そんな……。まさか、アーリアが《虹色の魔眼》になってしまうなんて」
わたくしもその言葉を聞いて、血の気が引いたのを覚えています。
《虹色の魔眼》。
百年前、他国で初めて確認された魔眼と呼ばれる、特殊な能力を持った瞳です。
今世界で確認されている魔眼は四つで、《虹色の魔眼》は最凶最悪と呼ばれるものでした。
とある大きな街で殺人鬼がこの魔眼に目覚めたと言われています。《虹色の魔眼》は、普通では視認出来ない魔法の魔力の流れを視る事が出来、それを魔道具とかで使われている魔術陣として書く事が出来る能力です。
これだけ聞くと特にそこまでではないと思われますが、通常魔術陣というのは、魔法を理解した上で、詠唱を書いて線で魔力の流れを形成するので、相当な研究が必要になります。ですがこの魔眼は魔法の知識とか必要なく魔術陣を理解し、書く事が出来てしまう事です。
理解をする。つまりは魔法の改変も容易になるのです。
この殺人鬼は、火属性の強力な爆発魔法である《エクスプロージョン》を改変し、その数十倍の爆発力を持つ超破壊魔法、《ハイパードライブ》を生み出したのです。
結果、街は超高温で焼かれて住人ごと消し去ったと言われています。
そして数々の村や町を壊し、ついには王都すらも破壊しようとしたのです。
ですがその時の王様が大量の兵士の命と引き換えに、殺人鬼を討伐したと言われています。
それから《虹色の魔眼》は、《人を狂わせる最悪の魔眼》とされ、世界共通として『《虹色の魔眼》は即刻処刑対象』となりました。
以来、世界中で五年に一人がこの魔眼が突然発動するようになり、その人はどんな人であろうと処刑されてしまいます。
つまり、わたくしも処刑されるのです。
ですが、お父様はそれをせず、病気とした上で他社との接触を禁止にしました。
「余の可愛いアーリアを、処刑出来る訳がないだろう」
お父様はわたくしを強く抱き締め、泣いておりました。
国王とは、家族の命より国民や法律を大事にしなくてはいけないのですが、この時だけはお父様の深い愛を確認出来た事が嬉しくて、一緒に泣いてしまいました。
以降、わたくしの傍にいてくれた専属のメイドも付けず、常に誰かと会う時はカーテン越しなので、魔眼の事を知っているのはわたくしとお父様だけとなりました。
病気という事で学校にも休学届けを出し、わたくしは完全に自室から出られない形になりました。
仕方のない事です。わたくしの眼を知ってしまったら、きっと処刑せざるを得ないでしょうから。
何人か学校で仲良くしていたお友達も来てくれましたが、顔が見れないのが本当に辛いです。
アーバイン侯爵もわたくしの事を孫のように可愛がってくれていましたから、とても心配してくれて何度も足を運んでくれました。
その時、アーバイン侯爵から、とある男の子の話を聞きました。
「実は最近面白い奴と知り合いになりましてな。名前はハルと言うんですが、私よりリューンの演奏が上手くて歌も上手い、もう言う事ないのに私の学校で音楽を学びたいという変わり者でして。八歳なのに私の事を呼び捨てで友達のように接してくるのです。面白いでしょう?」
「まあ。それは失礼ではありませんか?」
「いやいや、事実あいつの音楽の知識は私が奴の足元に及ばない位でしてな、逆に私があいつから色々学んでいるのですよ。今となっては、音楽の事を気兼ねなく話せる友人だと、私も思っているのです」
カーテン越しなので表情は見えませんでしたが、楽しそうにハルという男の子の事を語るアーバイン侯爵。
「あそこまで対等に私と話してくれると、八歳なのに同い年のように感じるのですよ」
「それはどうしてですの?」
「あいつ、話し方が八歳じゃないんですよ。良く言えば大人びている、悪く言えばおっさん臭い」
「お、おっさんですか……」
そんな話し方をされるんですか。
アーバイン侯爵より演奏技術がすごくて、対等にお話しするハル様に、わたくしは非常に興味を持つようになりました。
しかも、《猛る炎》として知られる大剣豪、ロナウド・ウィード様のお子様らしく、剣の腕も大人を負かしてしまう程なのだそうです。さらに、ユニーク魔法で《音》属性を操れるようで、わたくし達の世界より遥かに高度な文明の異世界の音楽を習得しているのだとか。
歳はさほど変わらないのに、才気溢れる男の子なのだろうと、本当に会いたくなる位強く興味を持ちました。
「アーバイン侯爵、是非ハル様にお会いしたいですわ!」
「ふむ……。なかなか難しいかもしれませんな」
「そうなのですか?」
「ええ。ハルは平民です。城に入れるのは公・侯爵位を持つ上位貴族と、何か実績を持った平民となっておりますからね。ハルはまだ実績を残していないので、あいつが何か実績を出さない限りは姫様に会わせるのは難しいでしょうね」
「……そうですか」
本当に残念です。
非常に残念です……。
わたくしが目に見えて残念がっていたのでしょうか、アーバイン侯爵が「ふっ」と笑って言葉を付け加えました。
「まっ、あいつならきっと、近い内何かしら実績を出すかもしれませんけどね」
どういう事なのでしょうか?
アーバイン侯爵に尋ねたのですが、お楽しみと濁されてしまいました。
むぅ、早く知りたいですのに……。
ですが、本当にアーバイン侯爵が仰った通りになりました。
ハル様がロナウド様と一緒にお城に来たのです!
わたくしはお父様に頼み込んで、お話が終わったら是非演奏してもらえるようにお願いをしました。
そして、ついにわたくしの部屋に彼が来ました。
「失礼致します、アーリア姫様。ハル・ウィード、リューンの演奏をさせて頂きたいので、入室の許可を頂けますでしょうか?」
とても綺麗な声でした。
表情はカーテンのせいでわかりませんが、きっと素敵な方なのでしょうと想像してしまいました。
わたくしは入室を許可し、アーバイン侯爵から異世界の音楽の事も含めて知っている旨を伝えると――
「えっ!? あんの野郎、それまで言いやがったか!!」
「おいっ、ハル! 口調、口調!!」
アーバイン侯爵を「あんの野郎」と言える程の仲なんだなと思いました。
逆に平民でそのような口調で接する事が出来るなんて、将来本当大物になるお方なんだなとも思いました。
そして異世界の音楽を演奏してもらったら、わたくしは彼が奏でる音楽に惹かれてしまいました。
心地よい音色に柔らかい歌声。何語かはわかりませんでしたが、思いはわたくしなりに伝わったと思います。
あの《キラメキ》という曲は、きっと最初は楽しかったけど何か辛い事があった、でもそれでも挫けずに前向きに立ち直ったような気がします。
あぁ、なんて素晴らしい曲なんでしょう!
そしてそれを奏でられるハル様は、将来絶対世界を騒がせる音楽家になる事でしょう!
わたくしは専属の音楽家になって貰うようにお願いしましたが、彼は即答で断ってきました。
理由が、貴族だけの遊びではなく、身分関係なく皆に音楽を楽しんでもらいたいから、との事。
それでもわたくしは粘って、何とか週一で学校の放課後にわたくしの部屋で演奏してもらえる事になりました。
こんな事を言えるお方なんて、滅多にいないと思いました。
お父様も彼らが帰った後に――
「ハル君のような志を持っている音楽家は、恐らくほぼいないと言ってもいいだろうな。今音楽家になりたいのは、成り上がって金を得たいからというのが大半だからだな。平民に聴かせても儲けにならないのが現状だ」
でも、お父様はとても嬉しそうな表情をしておりました。
この表情は、相手を相当気に入った時に出す顔です。
やはり、ハル様は大きな存在になるお方だと確信しました。
同時に来週ハル様に会えるのが楽しみになりました。
でも、演奏を披露すると約束していた当日、《武力派》の暗殺者が城に侵入してきました。
わたくしは部屋の中でじっとしていたのですが、突然黒装束のナイフを持った人が入ってきました。
殺される!
そう覚悟したのですが、カーテンを荒々しく開けられた瞬間、両手を掴まれました。
「ハハハハハハハハハハッ!! まさか、まさか! 王族から《虹色の魔眼》が生まれてくるなんてな!! くくく、俺達が手を下す必要もない!!」
そして、いつの間にか部屋の入口には、同い年位の男の子。そして遅れてきた男の子と同じ赤髪の男性、そしてお父様が入口に立ってわたくしを見ていました。
「そ、そんな……。アーリア姫様が、《虹色の魔眼》なんて……」
「ついに、ついにばれてしまった……」
赤髪の男性が顔面真っ青になって、その場に崩れ落ちました。
お父様も終わったという表情をしています。
そして、恐らくこの男の子が、ハル様。彼がわたくしをじっと見つめます。
嫌だ、見ないで。
わたくしの、呪われた眼を見ないで!
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! わたくしの眼を、見ないでぇぇぇぇぇぇっ!!」
わたくしは耐えられず、悲鳴を上げてしまいました。
「ハハハハハハハッ!! 《虹色の魔眼》を持った人間は処刑されるが、最近ではその血筋も絶つ方向となっていてな! お前達王族は全員処刑確定だ!!」
そう、最近の流れでは、《虹色の魔眼》が生まれた家族は、再度魔眼が生まれてしまう可能性があるので血筋ごと処刑しようという事になってしまいました。わたくしの魔眼を隠した理由は、王家の血筋が処刑されてしまうからです。
黒装束の暗殺者は、続けて喋ります。
「でもな、第二王子だけは、とある理由で大丈夫だがな。理由を知っているよな、国王陛下様ぁ? ハハハハハッ!!」
「………………」
お父様が黙ってしまいます。
サヴァンお兄様に、何か秘密があるのでしょうか?
「もううっせぇよ、てめぇ。黙ってろ」
「ぐぺきぇ!?」
男の子が黒装束の暗殺者に向けて掌を向けた瞬間、変な声を上げてそのまま倒れてしまいました。
えっ、何が起きたのでしょう……?
あれ、死んで……る?
「姫様、大丈夫か!?」
男の子がわたくしの方へ向かって走ってきて、わたくしの手を取りました。
この声、ハル様なのでしょうか?
燃えるような赤い髪、整った顔、そして自信に満ちた綺麗な青い瞳。ああ、なんて素敵な男の子なんでしょう。
「おっと、口調失礼しました。でも普通の方が話しやすいから、口調これでいいか?」
「え、ええ」
「サンキュ、姫様!」
「さ、さ?」
思った以上に砕けた人でした。
あまり身分とか気にされないお方なんですね、ハル様。
でもなんでしょう、全く嫌な気持ちになりません。
「怪我は――してないな。はあ、よかったよかった」
「あ、心配してくださり、ありがとうございます……。あ、あの」
「ん? どうした、姫様?」
「あの……わたくしの眼、怖くないのですか?」
「眼? あぁ、魔眼がどうのって奴?」
「……はい」
ハル様がわたくしの瞳をじっと見てきます。
なんでしょう、とっても胸がどきどきします。
暫くじっと見つめて来て、ハル様がにかっと笑いました。
「宝石みたいで綺麗な眼をしてると思うぜ? とっても綺麗だ」
「「「は?」」」
わたくし、赤髪の男性、お父様が同時に変な声を出してしまいました。
「ちょっと待てハル。お前、あの《虹色の魔眼》だぞ?」
赤髪の男性がハル様に対して言いました。
対して、ハル様は――
「俺は魔眼なんて知らんし、そんな大それた魔眼なら俺にもう被害が出てるだろう?」
「ま、まぁそうだが……」
「どうせそんなのは迷信だし、大元だけが悪いパターンだろ、それ。俺には関係ないな」
「で、でもな」
「それに、そんな迷信の為にこんな可愛い姫様を処刑って馬鹿げてるっしょ」
「かわっ!?」
ハル様が、わたくしを可愛い、と?
眼も綺麗と言うし、可愛いと言うし、もう顔面が熱すぎですわ……。
なんでしょう、とっても胸が苦しいです。
そして、ハル様の顔をまともに見れません……。
「ハル君、それでもばれてしまったからには、国民に公表するしかないのだよ」
お父様が悲痛な顔でそう言いました。
ああ、やっぱりそうなりますわね……。
わたくしだけでなく、お父様もジェイドお兄様も殺される事になります。
「だったら王様、黙ってればいいじゃないですか」
「……は?」
「だって、俺と父さんが黙っていれば王様とかが処刑されなくていいんでしょ? だったら黙ってますよ」
「い、いや……しかし」
「ほら、黒装束の奴はこの通り、口封じしたんで」
ハル様が黒装束の暗殺者を指差して言いました。
確かに、これでわたくしの魔眼の事を知っているのは、わたくしの部屋にいる方だけですけど……。
「それにさ、せっかく姫様からご指名頂いたのに、まだ一曲も出来ていないからさ! せっかく出来た仕事を潰したくないんさ!!」
ハル様が、わたくしの方を見て笑顔を見せました。
あぁ、この方はなんて、なんて大きな方なんでしょうか……。
お父様に怯む事なく、ここまで言い切ってしまうなんて、八歳で出来る訳がありません。
きっとわたくしの事を庇ってくださっているのだと思います。
こんなの、こんなの……。
好きにならない方が、おかしいですわ。
わたくしは、ハル様の優しさに、ついに泣いてしまいました。
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