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第百九十八話 とある演劇家視点

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 ――とある演劇家の手記――

 友人に誘われて、最近話題のハル・ウィード侯爵のライブという形式のコンサートに行ってきた。
 結論から言おう、圧巻であった。
 今までのコンサートは上品で、後半からは退屈で仕方無かったのだ。
 しかし彼のライブというのは終始楽しく、私も歳を忘れてはしゃいでしまった程だ。
 今この手記を書いているが、全身疲労感と騒ぎすぎたせいか喉が痛い。
 それでも後悔がない位に楽しかった。

 舞台もかなり凝っていた。
 城の中庭中央に設置されていた舞台を取り囲むように、観客席が用意されている。
 そして映像が写し出される魔道具が舞台上部に設置されていて、どの観客も魔道具を見れば見たい角度の映像が見れるのだ。
 舞台がそもそも変わっていて、円形状となっていた。何か意味があるのだろうかとその時は思った。
 さらには始まりが凄かった。
 まず楽器を演奏するメンバーが舞台に現れる。
 各々が楽器を手に持って演奏をゆっくりと始めた。
 周囲の人間はハル・ウィード侯爵がいない事にざわついていたが、主役は後から現れる。
 低音で、静かな演奏と共に、左右の舞台袖から一人ずつ人が現れた。
 右からは燃えるような赤い髪の、白い笑ったような仮面を着けた男。
 左からは長い栗色の髪を後ろで纏めた、黒い笑っているような仮面を着けた女。随分と長身ですらっとした体型だったが、胸が膨らんでいたので女と判断した。

 女は細身の剣を、男は右手に赤い刀身の剣と左手に青い刀身の剣を持っていた。
 男の正体はわかった。英雄ハル・ウィード侯爵だ。
 両者が舞台端に立った。距離は約六十ローレル(六十メートル)位といったところだ。
 演奏が止む。
 お互い剣を構える。
 ドラムという楽器が演奏し始めた瞬間、両者が距離を詰める。そして鍔迫り合い。
 先程の低音でゆっくりな演奏とは打って変わって、激しい剣撃に合わせて曲も速いテンポになっている。
 しかも演奏者が剣撃に合わせて演奏しているのではなく、仮面を着けた二人が曲に合わせて攻撃をしているのだ。
 まるで、剣の舞を見ているかのようだ。
 細身の剣を持った女の鋭い突きを、まるで踊っているかのような優雅なステップで回避するハル・ウィード。
 双剣を巧みに操り斬撃を放つハル・ウィードに対し、気品溢れる動きで捌く女。
 観客は皆、二人の剣士に魅了されていた。
 この私ですら虜にされていた。

 曲がだんだん激しくなり、それに合わせて二人の攻撃がさらに苛烈となる。
 まだ上があったのか、私は驚愕した。
 そして、ハル・ウィード侯爵の斬撃が、女の脇腹を捉えた。
 あれは真剣だ、間違いなく致命傷だ。
 刀身が腹を通過する。
 誰かが悲鳴を上げるが、女の体は光の粒子となって消えた。
 その直後、ハル・ウィード侯爵の背後に現れて、彼の後ろの首目掛けて剣を振り下ろす。
 しかし流石英雄と呼ばれるだけある、彼は一切後ろを振り向かず、まるでわかっていたかのように左手の剣を背後に回して女の攻撃を受け止めた。
 これには私も含めて観客が「おおっ」と感嘆を漏らした。
 きっと何回も練習をしたというのはわかる。わかるのだが、黙視しないで斬撃を受け止められるなんていう芸当、練習したからといって誰でも出来る訳がない。
 私が受け持っている劇団員が出来るかと言ったら、剣の腕に覚えがあったとしても首を縦に振る人間はいないだろう。
 やはり、英雄は一味違っていた。
《音の魔術師》、《双刃の業火》の二つ名は伊達じゃないという事だ。

 曲が終盤に入ると、二人の剣士は乱撃戦を繰り広げる。
 赤と青、そして銀の剣閃が絶え間なく煌めいている。
 優雅に舞い、傷一つ付かない両者。
 これがライブの始まりだというのに、もうすでにお腹が一杯であった。
 曲が止まったと同時に、二人が距離を取って構えて静止した。
 誰もが終演という事を理解したのだろう、皆が席を立って演者達に惜しみ無い拍手を送っている。
 女は仮面を着けたまま手を振って舞台から去った。
 結局女の正体はわからなかったが、確か剣が優れているハル・ウィードの美しい奥方がいると聞いた事がある。
 まさか、彼女がそうなのだろうか。

 彼女が舞台を去った後、双剣を舞台の裏方のような人間に渡すと、仮面を外して観客席に投げる。
 観客達は自分がその仮面を手に入れようと、周囲の人間を押し出して手を伸ばしている。
 結局はとある女性が仮面を手に入れて、周りの人間は悔しそうにしていた。

「待たせたな、お前ら! 今日は貴族とかそういった下らない身分は捨てておけ。思いっきり楽しんでいけぇぇぇぇ!!」

 マイクという魔道具を通して大音量で声が響き渡る。
 観客も彼の声に応えて歓声を上げる。
 しかし仮面を脱ぎ捨てた英雄は、満足していない様子だった。

「おいおい、声が小せぇぞ! まだまだ足りねぇ!!」

 ハル・ウィード侯爵――いや、ライブでは身分は関係なかったな。
 ハル・ウィードは観客を煽る。
 しかし観客もそれに応える。
 不思議と会場が熱を帯びているのがわかる。
 私も負けじと叫んだ。

「よぅし、いいじゃん! そこのVIP席にいる連中、まだまだ足りねぇぞ!!」

 何と、国王陛下や王太子殿下がいらっしゃる席を指差し、そちらにも煽っている。
 流石に会場に緊張が走るが、杞憂で終わる。
 何と陛下と殿下、貴族と思われる数人の方も声を出していた。
 人数の違いがあり、少ししか聞こえないが、ハル・ウィードは満足したようだ。

「おーけー、準備運動は完了だぜ! ここからが本番だ、ついてこいよてめぇら!!」

 これが準備運動だったと知った時、驚愕したがそれよりもこの先の事が楽しみだった。

 今閃いた事がある。
 ここからは手記ではなく、メモになる。
 あのライブの前座で披露した、音楽を背景にした剣撃は演劇に活かせるのではないか。
 私は今まで演劇に物足りなさを感じていた。
 この手記を書いているまで物足りなさの正体はわからなかったが、今明確にわかったのだ。
 それは、音楽だ。
 圧倒的な演出こそ、私が物足りないと思っていたものなのだ。
 音楽ならばきっと演劇にもよい刺激を与えてくれて、調和し、さらなる飛躍をもたらしてくれるだろう。
 生の演奏を背景に演じるのだ、観客だってより楽しく演劇を観てくれるだろう。
 これは世界初の試みだ、いや、他に誰かがすでに考えていると思った方がいい。
 となれば、早い者勝ち。形にした者こそが世界初として歴史に名を残せるのだ!
 こうしてはいられない。私は早速準備に取り掛からなければ。
 歴史に私の名を残す為に!
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