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第百九十三話 危険な優越感

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 うっわ、とってもお怒りの貴族さんがいらっしゃる。
 しかもローゼリアだっけか?
 昨日マーク先生に喧嘩ふっかけた奴だ。歳は俺と同じ位か?
 どうやら昨日の件でお怒りになった父ちゃんが来てしまったようだな。
 まぁ怒鳴り散らしてる奴には関わりたくないな、嫁達に視線を投げると無言で頷いた。三人も同じ意見のようだな。
 俺達は野次馬を掻き分けて進み、校舎に無事辿り着く事が出来た。
 未だに怒号が聞こえる。

「貴族って、怖いね」

 と、リリルが感想を漏らした。
 怖いっていうより、権力をガチで振りかざしている感じだよなぁ。
 俺はアーバインとか王様である親父とか王太子の兄貴と付き合いがあるけど、彼らはそんな事をしない。
 むしろ権力を切り札として考えていて、重要な場面でしか行使しない。
 だけど、それ以外の貴族は常に威張り散らしているし、権力もこれでもかってばかりにフルスイングしている。
 やっぱり、俺には威張り散らしている貴族の気持ちはわからねぇや。

「僕の両親は、あんな事はしないね」

 そうだ、レイのご両親は平和主義だから、最低限の権力があればいいってスタンスだ。
 身近にいすぎているから、レイが貴族の娘だってのを忘れちまっていた。

「全く、権力とはこういう事をする為にある訳ではないですのに。わかっていませんわね」

 元王女という立場から見たら、ああいう貴族は馬鹿の一言で片付くらしい。
 サングラスで目が目視出来ないからわからないけど、きっと侮蔑の視線を送っているんだろうな。
 まぁいいや、俺はただ授業を受けたいだけだから。

「来たか、ハル・ウィード」

 すると、背後から声がした。
 振り返るとそこには、マーク先生がいた。

「おはようございます、マーク先生」

「おはよう。さて、早速貴様に一つ課題を出そう」

 は?
 何言ってんの、この人?
 まだ教室にも着いていないんですけど?

「ハル・ウィードよ、権力を示す事を許可する。奴等を帰らせろ」

 奴等とは、あのローゼリアって奴か。
 って、俺が止めるのかよ!

「何だ、その不服そうな顔は」

「いえ、別に」

 ええ、大いに不服ですよ!
 内心では剣で先生をメッタ斬りする位不服ですよ!
 でも、この学園では先生の言う事は絶対なんだよなぁ。

「わかりました、静めてきます」

「ああ」

 しかし、権力を示す事を許す、か。
 となると暴力で解決してはいけないって事だよな。
 今思うと、俺は大抵力でねじ伏せてきたからな。
 俺に上手く出来るんだろうか。

 ちょっと不安に思っていると、両手と背中に暖かな感触が広がった。
 見てみると右手をリリル、左手をレイが握ってくれて、俺の背中にアーリアが体重を預けてきている。

「ハル様なら大丈夫ですわ」

 と、アーリアが言ってくれた。

「ハル君なら、上手く出来るよ」

 リリルが柔らかい笑顔を俺に向けてくれる。

「まぁ失敗したら、慰めてあげるよ」

 レイが小さく微笑んだ。

 ……うん、大丈夫だ。
 出来る気がしてきたぜ。

「ありがとう、三人共。では先生、いってきます」

「うむ、期待している」

 マーク先生、絶対自分で対処するのが面倒だから、俺に押し付けてきやがっただろ!












 ぎゃあぎゃあ騒いでいるローゼリア伯爵の所に戻ってきてしまった。
 相変わらず奴は怒鳴り散らしている。
 よく飽きねぇな、おい。
 なかなか恰幅が良いおっさんで、動く度に腹がたぷんたぷんと波打っていた。

「早くマーク・ジョーンズを出さぬか! 私は伯爵なのだぞ!!」

 伯爵がどうしたって感じなんだけどねぇ。
 正直関わりたくないんだけど、先生に課題を出されちゃ仕方無い。
 俺は奴に近付いて話し掛けた。

「えっと、申し訳ないんですけど、授業の邪魔なんで帰ってくれません?」

「は? 貴様、誰に言っているのだ!!」

「いや、喚き散らしているあんたにだけど」

 おっと、奴のこめかみに青筋が浮かんだ。
 どうやらお怒りのようだな。

「貴様、私に向かってその口の聞き方はなんだ! 私を知っての事か!」

「まぁ知ってるけど、純粋に五月蝿いから貴族とか本当ど~~~でもよくなる位、あんたに帰って欲しいんだ」

「だから、何故貴様が伯爵である私に対して、そんな口の聞き方なんだ!!」

 おうおう、顔を真っ赤にする位怒りに震えていらっしゃる。
 どうしよう、全く怖くないんですけど。
 私兵か付き人かわかんない男達が、俺に対して剣を抜こうとした。

「ほう、てめぇら、俺に剣を抜こうとしてんの? 本当に抜いていいのか?」

「はっ!! 貴様みたいな平民は、不敬罪で斬り捨てる事が出来るのだ! 私はそういう立場の人間だ!」

「あっそ。ところでさ、俺を誰だかわかんないの?」

「……は?」

 野次馬は俺の事をわかっているようで、ローゼリアの発言で驚きの表情を見せていた。
 俺、それなりに有名人なんだけど、やっぱりまだ全域に知れ渡っていないようだなぁ。
 すると、ローゼリアの後ろからダッシュしてこちらに向かってくる影があった。
 昨日問題を起こしたローゼリアの子供、本人だ。
 父親の元まで来た瞬間、目の前で土下座をし始めた。

「ゆ、許してください!! さっきのは言葉のあやでして!!」

 どういうあやだよ。
 そこに何のあやがあるのかが、全くわからないんだけど。

「おい、何故お前が謝る!!」

「いいから、父上! 頭を下げてください!!」

 それでも頑なとして頭を下げない父親。
 まぁいいや。そろそろここら辺でネタばらししようか。

「ガウリア・ローゼリア伯爵・・、だったか? そろそろ口を慎んだらどうだ?」

 俺は少し口調を変え、わざと伯爵の部分を強調して言った。

「貴様、さっきから言わせておけば――」

「貴殿はあまり利口ではないようだな。まぁそんな親だからこそ、息子は大学内では目上の人である先生に突っかかるのだな」

「だから貴様! その上からの態度は何なんだ!?」

「よく考えてみろよ、伯爵。何故伯爵位を持っている・・・・・・・・・貴殿に対して・・・・・・俺は敬語を使わないのか・・・・・・・・・・・。何故、貴殿の息子は俺に・・・・・・・・頭を下げているのか・・・・・・・・・

 俺の言葉でようやく考え始めたローゼリア。
 そんな彼より先に気付いたのは、俺に対して剣を抜こうとしていた私兵達だった。
 顔面は真っ青になり、全身が震え始めている。
 この伯爵より、私兵達の方が頭いいんじゃないか?
 そしてやっと数秒考えた後に、何かに気付いた表情を見せた。
 大丈夫か、こいつ?

「ようやくわかったようだな、伯爵。ああ、すまなかったね、まだ名乗っていなかった」

 気付いたせいか、全身ガクガク震えている。
 顔面蒼白っていう言葉がまさに当てはまっている。
 そうか、それほど爵位というのは威力があるんだな。
 貴族の世界は見栄と権力が全て。その権力の中で爵位の違いというのは、相手を黙らせる程の力がある。
 そして権力をさらに形にしたのが見栄っていう訳か。
 俺が権力を振りかざす立場になって、その事が初めてわかった。
 
 俺にとってはただの爵位の違いだが、貴族の世界では絶対。
 下の者は上の者に頭を下げなくてはいけない。下の者が上の者に対して有利な交渉をするのは、何か優れた部分がない限り至難の業なんだ。
 
 今まで俺は力で理不尽を叩き伏せ、今の地位まで切り開いてきた。
 それは前世の経験で、力には力でしか対抗が出来ない事を知っているから、力に対して全力で立ち向かってきた。
 ただし、貴族の世界は力だけではすまない。権力や見栄等をフルに活用する必要がある。
 それらがしっかり出来ていれば、今目の前の奴等のように屈服してくれる。

 ああ、俺の胸にどす黒い感情が渦巻いている。
 この感情の名前を、俺は知っている。
 優越感だ。
 
 俺の名前と爵位を伝えたら、こいつらはどんな反応を見せてくれるんだろうか?
 それが楽しみで仕方ねぇ。
 もう待ちきれなくて、俺は名乗った。

「ローゼリア伯爵、俺はハル・ウィード侯爵だ」

「は、ハル・ウィード侯爵!? 十二歳にして上級貴族になり、王族の命も救い戦争も大勝へと導いた英雄!!」

 何だ、俺の事知ってるじゃねぇか。
 するとローゼリアは弱々しく膝を折って地面に付けて、頭を下げた。

「ま、まさか貴方様があの英雄とは知らず、とんだご無礼を!!」

「ああ、確かに無礼だったな」

「申し訳御座いませんでした、誠に申し訳御座いませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 額を地面に押し付け、ひたすら謝るローゼリア。
 あまりの滑稽さに、自然と笑みが溢れてしまう。
 まぁ、まだまだ許すつもりはないけどな。

「なぁ、伯爵」

「な、なななななな、何でしょうか、侯爵様!」

「こういう場合って、不敬罪にあたるだろうか?」

 わざと声を低めにして言ってみると効果は抜群、私兵や息子、そしてローゼリアがびくんと身体を跳ね上がらせる。
 そうだ、さっきてめぇは不敬罪で斬り捨てるって言っていたよな?
 つまりてめぇより爵位が上である俺にも、当然斬り捨てる権利があるって理屈だよな?
 だが、ローゼリアは答えない。ただプルプルと怯えた子犬のように震えて沈黙を守っている。

「なぁ伯爵、何故黙っているんだ。俺が質問をしているんだ、答えて貰えないか?」

「…………」

「貴殿には口が付いていないのか?」

「…………」

 話にならねぇな。
 土下座して震えている姿は滑稽で気分が良くて堪らないが、これ以上話が進まないからそろそろ終演にしようか。

「まぁ貴殿の態度はしっかりと見届けた。俺は今日の事を陛下にお伝えするつもりだ」

「なっ!?」

 絶望した表情で、ばっと顔を上げる。
 本当滑稽だなぁ。

「何だね、その反応は。まさか、嫌とは言わないよな?」

「そ、その、どうかご勘弁を!! 陛下にお伝えするのだけはどうかご容赦くだされ!!」

「ほう、その言い方だと、俺はどうでもいいって事か?」

「そ、そんな!! 決してそんな事は御座いません!!」

「では、どういう事かな?」

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 ついには鼻水を垂らしながら泣き始めた。
 おいおい、泣くのかよ。大の大人が情けなく泣き始めたぞ。
 俺はそんな様を見下して見ている。
 はは、情けないなぁ。

「貴殿は、どうしたい? それすら答えられないか?」

「ぁ、あうぅぅぅぅ」

「子供ではないだろう? 後十秒で答えてくれないか?」

「う、うぅぅ。どう、か、許して、くださいぃ」

「そうかそうか、許して欲しいのか」

「はぃ……」

「ならば、この場から消え失せろ。そして息子に言い聞かせろ、二度と先生に逆らうなと」

「……畏まり、ました」

「それと、先生にも騒がせた事を詫びろ。今から呼んでくるから」

 俺は大声でマーク先生を呼び、こちらに来てもらった。
 そして謝罪を促すと、泣きながら頭を下げて先生に謝罪した。
 マーク先生は一言「許す」と言ったので、そのままローゼリアと私兵達は帰した。
 馬鹿息子は授業があるから、そのまま残ってもらったけどな。

 こうしてマーク先生の課題はクリアした。
 だが、マーク先生は俺に質問をしてきたんだ。

「ハル・ウィード。貴様は爵位の権力を使って問題を解決出来た。それが貴族というものだ」

「……はい」

 あの高揚感はすでに冷めていて、俺は気分が落ちていた。
 理由は簡単だ。
 俺は優越感に支配されて、取りたくないと思っていたデカい態度をしてしまったんだ。
 権力を振りかざす貴族と同じ事を、俺はしてしまったんだ。

「わかったか、大部分の貴族が威張り散らしている理由が」

「……ええ、その一端を触れた気がします」

「ああ、見ていて俺もそれを感じ取ってくれたと感じた。どんな聖人君子でも、巨大な権力を手にした瞬間に性格が変わってしまう。どうだ、奴等の態度を見ていて気分が良くなかったか?」

「……とても高揚していました」

「それが正しい。しかし、貴族としてはそれだと大成しない。今の地位を守りたいのであれば、優越感を制御しないといけない。でないと、多くの大切なものを失ってしまう。それが、貴族の世界だ」

「……はい」

 俺はたくさんの名声、そして素晴らしい人脈を得て侯爵になった。
 当然良い意味で協力関係になってくれているが、侯爵から伯爵にランクダウンした時、果たしてそれでも協力してくれる人達は少ないだろう。
 きっと王様である親父達王族は、俺の実績を見て爵位をくれたんだと思うんだ。
 だから失望させてしまった時、恐らく俺を容赦なく見限るかもしれないし、アーリアと離婚しろと言い始めるかもしれない。
 少しは俺に対して情を持ってくれているとは信じたいけど。

 俺はこの経験で、この優越感は危険なものだっていう事がしっかり学べた。
 もしかしたらマーク先生は、俺にこの感情を覚えさせる為に、俺に課題を与えたのかもしれないな。

「マーク先生」

「何だ」

「俺には、この地位を守りたい理由があります。完全に私利私欲ですけれども」

「その私利私欲でも、貴族の務めを果たすならば立派な理由だと俺は思うぞ」

「……ありがとうございます。まだ俺は貴族の事を右も左もわかっていませんでした。だから、俺の事をどんどん鍛えてください」

「ふん、元からそのつもりだ。泣き言をほざいても許してやらんぞ?」

「元より泣き言を言うつもりはありませんよ」

「わかった。なら覚悟しておけ」

 マーク先生は俺に背中を向け、立ち去ろうとする。
 だが、その前に先生が俺に対して一言言った。

「だが、貴様には期待している。爵位に胡座をかいて怠けるなよ?」

 先生が、期待している?
 はは、なんか嬉しいな!

「はい、よろしくお願いします!」

 俺は去っていく先生の背中に、深く礼をした。
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