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第二章 二人の最強の恋愛模様編
第三十話 最強の魔王の、自覚
しおりを挟む――アデル視点――
今日はよくわからない事が起こる日だ。
この夢可さんに出会ってから、知らない感情ばかりに出会う。
まぁ仕方ないだろう。
魔王という、実質頂点に君臨していると、心は冷えていく。
王という責務はそれほど過酷だし、冷酷だし、私という個性は必要とされていない。
きっと、日本に来てからそういった抑えられていた個性が甦ってきているのだろう。
うん、それは一人の生物として素晴らしい事だろう。
今は表参道から渋谷に向かって歩いている。雨は店を出た時には止んでいて、傘はすでにお荷物だった。
そして今の時間は夕方の五時。後二時間後にはアタルさんの実家に向かわないといけないな。
とりあえず、私の隣には夢可さんが一緒に歩いている。
彼女の服の料金は、全て私が払った。
アタルさんからもらったお金は、残り三万円位とちょっと心もとない。
まぁいいだろう、今まで人を寄せ付けないオーラを纏っていた彼女が、私の隣で機嫌良さそうにしているから。
私も何故か嬉しいのだ。
あんな刺々しい雰囲気は、夢可さんには合っていない。
むしろ、見ていて痛々しい位だった。
やはり、笑顔が似合っている、彼女には。
「なぁアデル、いいのか? 本当に服のお金は私が払えるんだけど」
「なに、私がそうしたいと思っただけなので、気にしないでください」
「……新手のナンパ?」
「そういうつもりはないのですが、そう思われても仕方ない事をしているかもしれませんねぇ」
「……無自覚か」
彼女は短くため息を付いた。
「じゃ、遠慮なく貰っておくよ、ありがとな」
「はい、どういたしまして」
心なしか、私と彼女の間の距離が、実際に縮まったように感じた。
――夢可視点――
高校時代、私は告白されて付き合った事が一度ある。
結果、一週間も持たなかったけど。
告白してきた理由が、私の体目的だったんだ。
超ウブだった私は、最初は恥ずかしがっていたんだけど、次第にしつこくなってきて心底嫌になった。
私はそいつにビンタをして、破局となった。
後悔は一切ない。むしろ男に対して嫌悪感を抱くようになった原因となった。
でも、アデルに対しては全く嫌悪感はない。
むしろ、好感を抱いているな。
あの不良達から助けてくれたっていうのもあるけど、同じ孤独を味わっていた同志なんだ。
その孤独は私とは違うけど、相当苦しんだのはわかる。
それに大体の男は、私の体を舐め回すように見てくる。
自覚はしている、Eカップは大きいというのを。
でも、アデルはそういう事をしないで、私の目をしっかり見てくるんだ。
その赤い瞳に見られると、少し恥ずかしくなってしまう。
くそ、マジでイケメンなんだよな、こいつ!
この男とも女とも言える中性的な美人で、私みたいに染めた金髪じゃない。それに私より髪がサラサラしてそうだ。
雰囲気は柔らかいんだけど、何処か気品があるんだよね。
それはきっと、社長だからだろうな、多分。
だったら、今私が持っている大金をどうやって扱えばいいか、相談できるかもしれない。
今渋谷の喫茶店、《ラヴクラフト》に向かっているから、そこで話してみよう。
《ラヴクラフト》に到着した私達は、禁煙席でコーヒーを飲んで談笑していた。
やっぱり、アデルは今までの男とは何処かが違っている。
話す内容が面白いんだ。
アタルという親友とはどうやらライバル会社のエース的社員らしく、それと毎日戦う日々なんだとか。
まぁ業績で戦う訳だから姿は知らない。そうこうしている内に酒場で彼と出会い、親友となったらしい。
社員は相手側の会社を潰そうと策を練っているが、アデルとアタルがぶつかり合う事で何とか抑えているみたい。
「働いている時は最強の敵、プライベートでは肩を組んで仲良くしているんですよ」
嬉しそうにアデルは語る。
きっと、アタルという奴が、こいつを孤独から救ってくれたんだな。
残念ながら、私は面白い話のストックは一切ないね。
いや、母さんとの思い出は語れる。
貧乏暇なしだったけど、二人で暮らしていた時は幸せだった。
すると、まるで私の心を読んでいたかのように、アデルはこう言った。
「是非、夢可さんのお母さんの話、聞かせてくれませんか?」
あぁ、こいつは本当、私が嬉しい事をしてくれる。
マザコンと呼ばれるかもしれないけど、それほど母さんが好きだったんだ。私の自慢だったんだ。
だから、母さんの話を聞きたいと言ってくれて、本当に嬉しかった。
私は母さんとの思い出を語る。
お金がカツカツなのに、私の誕生日に七五三で着る派手な着物を買ってくれた事。
お互いの給料日では外食をして、二人で嬉しそうに食事を味わった事。
母さんに恋人が出来そうだったのだけど、私といる時間の方が大事と破局を選んだ事。
どんなに忙しくても、私が関わるイベントや行事には、必ず笑顔でカメラを持って参加してくれた事。
本当に、大変だったけど幸せだった。
「……素晴らしい母親だったのですね、夢可さんのお母さんは」
「うん、うん。最高の母親だったよ、私の母さんは」
私は、泣いていた。
思い出を語ると必ず出てくる、母さんが母さんの親友に馬乗りされてメッタ刺しされる記憶。
きっと私の心が壊れなかった理由は、悲しむ暇もなく金の亡者である親戚が、私に色々迫って来たからだろうなぁ。
いや、自分を追い詰めたいと思った時点で、大なり小なり壊れているかも。
「復讐を、考えていますか?」
「いや、考えていない。むしろ、私も母さんの後を追おうと思ってたね」
そう思っていた所に、アデルに救われた。
最初は邪魔されたと思っていたけど、今は心を許してしまっている。
それに、こいつといると心が安らぐのを感じる。
「復讐なんて時間の無駄です。そんな事をしても、その先待っているのは自身の破滅です。それにそんな事をやっている暇があるなら、これからをどう生きるか考えるべきです」
「そういうものか?」
「ええ。故人の事を思うと、私はそう結論付けます」
「その理由は?」
「お母さんはきっと、貴女に生きていて欲しいと思うでしょうね、何が何でも。貴女を大事にしている母親だったのなら、自分が死ぬ寸前まで、恐らく貴女の事を想っていたでしょう」
「……そうかな」
「違ったとしてもそう思いましょう、貴女の為にも」
「はは、結局は都合がいい話じゃん」
「当たり前です。故人の直前までの思いなんてわかる訳がない。なら、残された貴女がこれから先を生きていく為に、都合がいいように解釈した方がいいのですよ」
「……そっか」
「それに、私は貴女と出会ったばかりです。これからたくさん貴女の事を知りたいし、生きていてほしい」
「うぇ!?」
アデルに優しく微笑みながらそう言われて、顔が熱くなる。
きっと真っ赤なんだろうな、私の顔。
くそ、くそ!
イケメン過ぎるよ!
溢れていた涙が、引っ込んだみたいだ!
「優しいね、アデルは……」
「そうでしょうか? 死者を利用したのではないかと、若干罪悪感があります」
「ううん、私も母さんがそう思ってくれてただろうなって、思っちゃってるよ」
「……そうだと、本当にいいですね」
「いや、絶対に本当だね」
「なら、間違いなく貴女の事を想いながら逝ったのでしょう」
「……うん」
母さんが死んだのは本当に辛いし悲しい。
でも、目の前にいるアデルが、どん底から救い出してくれた気がする。
本当に、感謝だな。
短い時間で、人の閉じた心を開かせられるのは、すごいなって思う。
それだけアデルは、色んな経験をしてきたんだろうな。
ううん、現在進行形かもしれない。
「ありがとう、アデル」
多分、私はこいつに惹かれつつある。
ちょろいな、私!
でもいいかな、こいつなら。
いるだけで落ち着くし。
まぁでも、まだ完全に好きになった訳じゃない。
もう少し、この関係を続けてみようと思った。
――アデル視点――
「ありがとう、アデル」
満面の笑みでそう言われた。
何だ、胸が熱い。
こんな感情、二百年生きてきた中で一度も味わった事ないぞ。
戸惑いと混乱しかない。
心臓が高鳴る。
思わず抱き締めたくなる。
心臓が弾けそうで苦しい。
確か、恋愛小説でこういった描写があったな。
『胸が苦しい。こいつを抱き締めたくなる。そうだよ、認めるしかない。俺はこいつに恋している!』
恋……。
恋なのか!?
ちょっと待て、私は魔族だ。
種族的に普通なら同族に恋する筈だぞ?
何故、人間なのだ?
そう考えていると、さらに恋愛小説の一文が思い浮かぶ。
『人種とか障害とか関係ない。好きになっちまったんだ。俺はこいつを好きになったんだ。例え足が不自由なこいつでも関係ない』
『恋に理屈はいらない。重要なのは、惚れた女とどうなりたいかだ!』
……どうなりたいか?
もう一度彼女の顔を見てみる。
うん、この笑顔を守りたい。
笑っていてほしい。
あんな痛々しい彼女を、もう見たくない。
そう思っている。
これは、恋という物でいいかもしれない。
私は、人間の雌……いや、もう雌という言い方は止めよう。
私は、田中 夢可という女性に惚れているのだと。
……ちょろいな、私!
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