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第二章 二人の最強の恋愛模様編

第二十七話 最強の魔王と、孤独な少女

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 ――アタル視点――

 はぁぁぁぁぁぁ……。
 キスって、すごいな。
 感触もそうなんだけど、心の距離が一気に縮まった気がする。
 由加理ちゃんがあの後、「もう一回だけ……」って言うから、またキスしちゃったし。
 本当、彼女は最強の恋人ですよ、全く以て!!
 何たって、最強の勇者であるこの僕を、メロメロに出来ちゃうんだしね。

 今でも唇に彼女の唇の感触が残っている……。
 でもね、まだ足りないんだ。
 もっとほしいんだ。
 唇だけじゃなく、全部欲しくなる。

 ああ、そうだよ!
 僕はドスケベさ!
 思春期だからね、仕方ないのさ!

 さて、今僕は徒歩で実家に向かっている訳だけど、アデルさんは色々楽しんだかな?
 実家に着いたら報告してもらおうっと!









 ――アデル視点――

 午後三時辺りだろうか、急に雨が降ってきた。
 それまではまたピザを食べたり、新しい服を表参道で買っていたのだが、急に強い雨に降られたのだ。
 私は近くの建物に入ると、そこはコンビニと呼ばれる店だった。
 そこで私は傘を購入し、本屋へ向かおうとした。
 目指すは渋谷の《ルルイエの書庫》だ。

 あそこは色々素晴らしい本が置いてあるという。
 是非自分で選んで購入したいのだ。

 現在私は、変な裏道に入ってしまった。
 きっとこっちであろうなと思ったが、大外れ。ここが何処かわからなくなってしまった。

「まぁ道に迷うのも旅というものだ、これはこれで楽しもう」

 傘に当たる雨音も、とても心地よい。
 まさに私は今、観光をしている気分だ。

 さて、華やかな景色とは全く違った殺風景な裏路地で、私の耳に女性の短い喘ぎ声が聞こえた。

「あうっ!!」

 気配を探ると、少し先にある公園らしき所から数人の気配がする。
 私は足早にそこへ向かうと、雄三名が雌一名を殴っていた。
 相当何度も暴行されたようで、抵抗する力は残っていないようであった。
 壁に背を預けた状態で力なく座っている雌は、雄達にシャツのボタンを無理矢理外され、豊かな胸が露になる。
 なるほど、この雌を慰みものにするつもりか。

 今や恋愛小説を読んで、その素敵さの一端を味わった私からしたら、とてつもなく不愉快だ。

 私はもちろん止めに入る。

「それ以上は、同じ男として黙って見ていられないんだが?」

「あぁ? うっせぇよ。てめぇに関係ねぇだろうがよ!」

「関係ある。見ていて不愉快だからだ」

 私に挑んでくる雄三名。
 まぁ語るのも面倒なので端的に言うと、一秒程で雄どもが地面に這いつくばる結果となった。
 魔術は使っていない、純粋な体術だ。
 まぁ……弱すぎだった。

 私は女性に近づき傘を差し出す。
 何故なら彼女は、傘すら指してなくて、びしょ濡れだった。

「大丈夫ですか?」

「……んで」

「え?」

「何で私を助けた……? 誰が助けてと言った?」

 この雌、目が死んでいる。
 一度見た事がある。
 絶望に沈んだ人間の目だ。

「そうですねぇ、私自身が見てて不愉快でしたから」

「赤の他人に助けられる私は、もっと不愉快なんだよ!」

 彼女は、人を近づけさせないオーラを纏っていた。
 言うなら、攻撃的なオーラだ。近寄った者には全て噛みつく、拒絶のオーラ。

「てめぇ、さっさと私を放っておいてどっかに行きやがれ!」

「いいえ、申し訳ありませんが放って置くわけにはいきません」

「は? 何でだよ! 私なんて……」

「何でそれほど自虐的なのかは知りませんが、私の勝手にさせていただきます」

 そう言って私はしゃがみこみ、二人で傘に入れるよう近づいた。
 彼女は一瞬びくっとして、私を突き放すように押した。
 ……のだが、私はびくともしない。
 まぁ、私は魔族だからな。その程度で吹き飛ばされたりはしない。逆に彼女の方が尻餅を付いてしまった。

「……何をした?」

 ちょっと恥ずかしそうだな、彼女。

「いえ、なにも……」

「……ちっ」

 彼女は舌打ちをして立ち上がり、早歩きでこの場を去ろうとする。
 なんだろうか、この雌は放っておいてはいけない気がする。
 そう心が告げるのだ。

 あの小説、「忘れちまった青春」でも主人公は出会った人との交流を欠かさなかった。
 私も旅を楽しむのであれば、きっとそうするべきだ。
 それに、あの心の闇は、さらなるトラブルを引き寄せるだろう。
 私は、彼女の後を追った。







 ――田中 夢可(十九歳フリーター)視点――

 私の家は母子家庭だった。
 だからあまり裕福ではないけど、母が愛情を込めてくれた。
 常に笑顔が溢れた家庭だったと思う。
 私も高校を卒業してからフリーターとして、家計の足しにと家に収入を入れ、貯金して貯まったら温泉にでも行こうかと話していた。
 しかし、それが最近破られたんだ。

 母は、一番頼りにしていた母の親友に、殺された。
 原因は、その親友が好きだった男性が好きなのは、母だった。
 どんなに押しても振り向かない。なら、母を殺せばいいという、何とも短絡的な発想に至ったわけだ。
 私が帰ってきた時、そんな母に馬乗りになって、包丁でメッタ刺しをしている場所に遭遇。
 私は逃げながら警察を呼んだ。
 包丁を持って私を殺そうと追い掛けてくる。
 何度も道行く人に助けてと叫んだ。でも、皆逃げるか隠れるかしてしまう。
 そりゃそうだ、誰も血塗れで包丁を持っている相手と対峙したくない。
 私は転び、もう刺されそうという間一髪の所で警察が来て、その親友は現行犯逮捕となった。

 ここから生活が一転する。
 実は母はとある大企業の社長令嬢で、その社長は殺される数日前に亡くなっていた。
 会社は副社長に譲ったらしいけど、資産に関しては母に金銭を譲渡したのだとか。
 そしてそれを殺される前日に受け取り、何かあった時の為にこのお金を私に譲渡する旨の遺言も残していた。
 殺された後、この遺言の効果が発揮され、数十億のお金が入ってきた。

 でも、私に必要なのはお金じゃなかった。
 ただ母と、笑って暮らせればよかった。温泉に行ってちょっとした贅沢をするだけでよかった。

 私は、母の血がまだ残っているアパートで、涙に暮れるしかなかった。
 それでも世の中は非情だ。
 次は母の親戚と名乗る人達が山のように訪れた。
 その親戚達は私を助けようとしているんじゃなかった。
 私を養子にして、そのお金を自分の物にしようとしたんだ。
 こんな事を一週間毎日、寝る前まで説得しようと押し掛けてくる。
 もう、頭がおかしくなっていた。

 誰も私なんて見てくれない。
 友人と呼べる人は、バイト優先にしたせいで今はいない。
 唯一私に笑顔をくれた母はもういない。
 今私に残っているのは、私の財産に目が眩んで、私を見てくれていないクソッタレな親戚というクソッタレな大人だけ。

 誰も私の味方をしてくれる人間はいなかったんだ。

 もう、誰も信用しちゃいけない。
 私は近寄りにくくする為に、まず髪を金髪に染めた。
 怖くてできなかったピアスの穴を、片耳に四つずつ開け、リング上のピアスを付けた。
 人間不信で目付きが悪くなり、さらに悪く見せようと黒いアイシャドーを塗った。
 これで怖がって、誰も私に近寄らないだろう。
 私は、自身を不良に仕立てあげた。

 案の定、誰もが私を避けた。
 それでいい、誰も私に近づくな。

 親戚もこの見た目にびっくりしたのか、近寄らなくなった。
 鬱陶しいのがいなくなって清々した。

 が、類は友を呼ぶ。
 不良と呼ばれる男が次は絡んできた。
 目付きを鋭くさせて罵声を浴びせると、大抵は引いてくれたのだけど、今日の連中は違った。

「なぁねえちゃん、俺らと遊ぼうよぉ」

 三人組の男は、完全に私を見下してきている。
 しかも私の胸を何度も見てきて気持ちが悪い。

「うっせぇな、耳障りなんだよ。あっちに行きな」

 私は心で思っている事をさらに辛辣にして、突っぱねた。
 だけどこいつらは諦めない。

「まぁまぁ、そう言わずにさぁ」

「触るんじゃねぇよ!」

 私の右手首を掴んできたから、左手で殴った。
 痛い。
 人の顔って、こんなに固かったんだ……。
 こんな痛い事を、不良は平気でしてたんだな。

「ってぇな、このアマァ!!」

 すると殴った男が私に殴り返してきた。
 右頬に強い衝撃が走ると同時に、痛みも走った。

「あうっ!」

 私は小さく痛みに喘いだ。
 口の中が痛いし、口角も少し切れたのか痛い。

「んだよ、その目はよぉ」

 私は無意識に睨んでいたのだろう、気に食わないようで私の腹を殴ってきた。
 あまりの痛さに、喘ぎ声すら出せず、壁に背中を預け、そのまま座り込んだ。

「やっとおとなしくなったぜ……」

「ねぇねぇ、こいつそこのトイレに連れ込んでハメちゃおうぜ」

「おっ、いいねぇ。ここはあんまり人が来ない公園だし、やっちゃおうか」

 三人が不愉快な笑みを浮かべている。
 あぁ、きっと私はこいつらの慰み者になるんだろうな。
 素敵な恋をして、素敵な初夜を経験したいなんて夢を見ていたけど、沈んだ私の心はどうでもいいという感想だった。
 好き勝手やってくれた方が、さらにこの世の中に絶望できる。
 そうしたら、まだ少し残っている生への執着が完全になくなって、きっと自ら命を絶てるだろうな。

 着ていたシャツのボタンぶちりと取られ、私の胸の谷間が露になる。
 あっ、面倒でブラ着けてなかった。
 まぁいいや。
 どうせこいつらに好き勝手されるんだし。

 早く、私に絶望を与えてよ。
 死ぬ為の絶望を……。

 そんな事を考えていたら、金髪で赤い瞳をした超絶イケメンが颯爽と現れ、一瞬にして三人を倒してしまった。
 そして私に傘を差し出した。
 以前の私なら、こんなイケメンを目の当たりにしたら感動して泣いていただろう。
 でも私は可能な限り突っぱねた。
 諦めてくれないから、身体をあえて突き離そうととしたら、まるで壁のように動かないで私が尻餅を付いた。

 少し恥ずかしくなった私は、その場を離れようとしたが、このイケメンも着いてくる。
 新手のナンパ?

「あぁ、鬱陶しいな! 私の事は気にするなって言ってるんだろ!」

「でも、流石にその格好で街中を歩くのはいかがかと……」

 イケメンは私の胸元を指指した。
 あっ、もう少しで胸全部がはだけそうになっていた。
 流石に恥ずかしくなって隠そうとしたら、イケメンが着ていたジャケットを私に羽織ってくれた。

「……えっ」

「それ、貸します」

「……普通そこはあげるとか言わないか?」

「嫌ですよ、とある服屋で最後の一着だったんですから」

 意外とケチだな、このイケメン!
 いや、貰えると思っていた私の方が卑しいか。

「……何で私にそこまでしてくれるの」

「そうですねぇ……」

 金髪イケメンは少し考えたような仕草をして、私に言った。

「以前の私と同じように、貴女は今孤独みたいですから」

 まるで、私の現状を見透かされたようだった。
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