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第一章 渋谷観光編
第十五話 ちょっと変わった本屋の店主
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――アタル視点――
由加理ちゃんから告白を受けて、僕の気持ちを伝えて両思いになった後、両親と今後について色々話した。
僕の決意は認めてくれるようだけど、交換条件を出された。
「アタル、もう高校はこれ以上休学は出来ないから退学となる。だがな、僕は最低限は大学に出て欲しい。お前に譲れない決意があるように、僕にも譲れないものがあるんだ。大学卒業は、今後の将来の選択肢を増やす為に必須だと思っているからな」
「うん」
「だから、こっちに戻ってきたら、《大検》を受けて合格しなさい。まだ第一回目の試験の受付に間に合うから、八月上旬の試験に合格しなさい」
大検、正式名称は『大学入学資格検定』だったかな。
高校中退してしまい、大学へ入学する為の資格がない人向けの検定だね。
でも今は名前が変わって『高等学校卒業程度認定試験』、略して高認だったな。
「その後どの大学を受けるかによってはセンター試験の出願をしなくてはいけない。それは後として、とりあえずは大検を合格しなさい」
何で異世界に行っても勉強しなきゃいけないのかって、心の中で正直言って愚痴った。
でも、隣にいる由加理ちゃんが上目遣いで――
「アタシはあっくんと一緒に大学行きたいな」
と、可愛く言われてしまって、ならやってやろうと意気込んだ訳です。
ちょろいね、僕。
とりあえず家を出て、アデルさんの《テレポーテーション》で渋谷に移動。
そして今から本屋に向かう途中なのである。
メンバーは僕とアデルさんと、そして手を繋いでいる由加理ちゃんだ。
敢えて言おう。
「人生初の彼女が超可愛い件について!! 超最高です!!」
確かに前まで由加理ちゃんはちょっとふっくらしていたよ。
太っているとまではいかないけど、ちょっと丸みを帯びていた感じ。
それがこんなにモデルさん体型になるとは……。
前の由加理ちゃんも全然好きだけど、今の体型はさらに好きだね!
「アタルさん、にやにやし過ぎててだらしない顔になっていますよ?」
「うっさいやい! 彼女が出来て嬉しいんだから、見逃してほしいね!」
「……この喜びに関しては、人間と魔族の感性の違いなんでしょうかね? よくわかりません」
確か魔族は、強い者から求婚されたらそれに従うという形らしい。
嫌だったら相手を力でねじ伏せるしかないのだとか。
ロマンスもへったくりもないなぁ、魔族。
「でもでも、アデルさんならきっと素敵な恋をすると思うな、アタシ」
由加理ちゃんが満面の笑みでアデルさんに言った。
由加理ちゃん、さっきから超上機嫌で、ずっと笑顔なんだよね。
うん、可愛い。
「そうでしょうか? その時になってみないとわかりませんねぇ」
「大丈夫だよ、アデルさんは紳士だから! アタシと話している時のような感じでいいと思うよ」
「そこは僕も同意だね。変に真似するより、自分の正直な気持ちに従った方がいいよ」
そう、それで両思いになった僕みたいにね!
何だろう、アデルさんの方が年齢は上だけど、恋に関しては僕が一歩先へ行っているような感覚は。
色々教え込みたい衝動に駆られる!
「今は考えられないから、恋というのは後回しでいいです」
真顔で恋を否定されちゃったよ。
まぁそこは種族が違うし、ちょっと難しい問題だよね。
きっと恋をしたら、アデルさんから相談してくれるだろうし、気長に待とう。
そうこうしている内に、父さんが薦めてくれた本屋、《ルルイエの書庫》に着いた。
……うん、渋谷は確実にTRPGプレイヤーに支配されつつあるようだね。
この本屋、マジで魔道書が置いてあって、読んだらSAN値減少と神話技能が身に付きそうだわ……。
とりあえず、アデルさんがすごい急かしてくるので、重い脚をゆっくり前に出して歩き始めた。
――本屋、《ルルイエの書庫》の店主、榊原 好文(四十五歳既婚、とある神話物語が好き)視点――
まず、俺は本が大好きだ。
相当ヘヴィな読書家だと自負している。
個人営業の中規模な書店だが、この渋谷で何とか十年商売を続けられている。
大手書店の傘下に入った方が儲けは出るんだが、ただの売れ線や当たり障りのない本だけを置くってのはどうも肌に合わなかった。
本ってのは、かなり尖った無名の本もたくさん存在している。
出版社を通さずに自費出版をしている作者だっているほどだ。
俺はそういう書籍も含めて本を愛している。
だから、俺はそういう本も取り扱いたくて個人営業で頑張っている。
まぁ売り上げは家族を養える程度しかないんだけど、余裕で普通に暮らせるから問題ない。
そして、本棚の一つに『今月の店主のイチオシ!』というコーナーを作って、俺の独断と偏見でいろんな作者の書籍を陳列している。
今回はエラリー・クイーン特集だ。
海外のミステリー作家で、俺が本好きになったきっかけを作った作者でもある。
この特集で特に推したい本は、彼女のデビュー作品にあたる『ローマ帽子の謎』だ。
解決編のロジックや文章による騙しが織り込まれている。翻訳版も出版されているが、是非翻訳前の原本で読んでほしい作品だ。
今回の特集は大当たり!
とある個人ブログでこの店が紹介されて以来、前々からいた常連のコアな読書家の他に、全国から読書家がこの店に来店するようになった。
まぁ海外作家の原本を仕入れる奇特な店は、本当に少ない。
故に、原本を求める読書家にとってはウチは貴重なんだろう。
そうだよ、俺はこういう店にしたかったんだ!
大手書店のグループに入ると、こんな事は絶対できねぇからな!
さて、今日は暇だな。
でも何故かな、変わった客が来る気がする。
俺の予感は、大抵当たるからな。
ちょっと楽しみなんだよな。
なんて店の入り口のすぐ横に設置されているレジカウンターの中で思っていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいま…………せ」
俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。
だって、この店に全く興味が無さそうな人種が三人も来たんだからな。
一人は金髪の外国人なんだが、男か女か判断が苦しむ位の中性的美人だ。
格好からして男なんだろうが、ハリウッド映画に出てましたって言われても信じる位イケメンだ。
何で俺の店に来た?
しかも相当目を輝かせているぞ。
……俺と同じ人種の臭いがするな。
次に入ってきたのは黒髪の男。
顔立ちは幼いんだが、纏った雰囲気がそこら辺の大人より大人な感じだな。
でも本にはあまり関心は無さそうだな。
……こいつとは話が合わない、きっと。
そして最後の一人は、渋谷では最近珍しい清楚な女の子。
恐らく二人目の男と同じ年齢なんだろうが、渋谷の女性の中でもダントツに可愛い女の子だった。
モデルでもやってそうだな。
しかし知的な雰囲気があり、この子もそれなりに本は好きなのかもな。
「じゃあまず、あっくんの参考書を選ぼうか」
「そうだねぇ。高認は受からないといけないみたいだし」
あぁ、この黒髪の男は高認受けるのか。
真面目そうに見えるのに高校中退か、何か事情でもあったんだろうか。
だってこの男、雰囲気が尋常じゃないんだよな。圧倒的存在感ってやつ?
イケメンなんだけどそれだけじゃなくて、得体の知れないものを纏っているんだよな。
だからきっと、中退にも深い理由があるはずだ。
もう一人の金髪のイケメンも高貴な雰囲気を漂わせている。
金持ちとかそういうんじゃない、俺なんかより高みにいるような?
このイケメンに関しては上手い言葉が見つからないな。
そうして三人で参考書のコーナーに行って、高認の参考書を選んでいる。
黒髪の男と女の子は、肩がくっつく位傍にいる。
デキてるんだな、あの二人。
結構お似合いだと思う。
おっ、今二人が選んだ参考書は、試験の内容の要点を分かりやすく解説しているやつだな。
なかなかいいやつを選んだな。
その他にもセンター試験用の資料だったり、大学入試の過去問題集も選んでいる。
「そういえば由加理ちゃんは、何処を受験するの?」
「アタシは早大だよ。そこの講師で、大好きな翻訳さんがいらっしゃるから、それ目的!」
なかなかレベル高いな、女の子は。
しかも翻訳家目当てって…………あぁ、あの人か。
あの人の翻訳は原本の魅力を失わずにやってくれるからな、きっといい講義をすると思うぜ。
一方男の方は、それを聞いてげんなりしている。
「早大って、レベル高くない? 僕あんまり自信ないんだけど……」
「でもアタシと同じ大学行ってくれるんでしょ? 頑張って♪」
「……頑張ります」
まぁ同じ男だ、わかる。
彼女と別の大学に行ったら、他の男がちょっかい出してきそうで気が気じゃないよな。
俺にも経験あるから、すっごいわかる!
頑張れよ、彼氏。
早大の過去問題を三冊程選んだ後、金髪のイケメンが身を乗り出すように言った。
「さぁ、次は私の本を選びますよ! 付き合ってください!」
日本語ペラペラだなぁ、おい!
っていうか、なんだ?
口の動きと声が合っていない気が……?
あれだ、日本の声優が吹き替えをしている洋画みたいな。
……歳かな、俺。
「オーケーオーケー、僕の中でアデルさんに薦めるものは決まっているから、今持ってくるよ」
そう言うと、黒髪の男は辺りを見渡して何かを探す。
はっとした表情をすると、そのコーナーに行っては一冊の本を持って、金髪のイケメンに渡した。
「はい、これどうぞ」
満面の笑みで金髪のイケメンに渡す、黒髪の男。
「お、おぉ……。何というか、可愛らしい絵が描いてある本ですね……。何て読むんですか、これ」
「えっとね、『一歳から三歳児向け! はじめてのひらがな』だよ!」
それを聞いて女の子が「ぷっ」と吹き出して小さく笑う。
そりゃそうだろう!
二十歳を越えているイケメンに、子供が好む可愛らしいうさぎや亀等が掛かれたイラストで、ひらがなをなぞっていくという、子供向けの本なんだから。
「あっくん、それ二百歳のアデルさんに渡すものじゃないって!」
お腹を抱えて笑いながら言う女の子。
ん?
二百歳? 聞き間違いか?
「くくく、幼児向けの本をにらめっこする魔王、傑作じゃない?」
ま、魔王?
何だこの集団、結構イカレてる奴等だったのか?
「ちょっと! 真面目に選んでくださいよ!」
「いやいや、真面目も大真面目! 日本はね、子供の頃からそういった本に触れているから、識字率が百パーセントなんだよ」
「は? そんな訳……」
「アデルさん、事実なの」
黒髪の男が言った事は信じられない様子の金髪のイケメンだったが、女の子も援護に入った。
まぁ統計的には間違いないな。
貧しくても何とか学校に通わせられる位は稼げる日本は、何だかんだ言って学べる環境が他の国より充実している。
その証拠にホームレスですら、新聞を読む。
これは外国人から見たら異常な光景らしく、驚くのだそうだ。
まぁ外国のストリートチルドレンとかは生きるのに必死で、学習の前にいかに生き延びるかしか考えないからな。
それと比べると、日本はやっぱり豊かなんだと思う。
女の子が俺が思った事を代弁するように説明した。
金髪のイケメンは目を点にして驚いている。
「しかし、なるほど……。小さい頃から教育をさせるというのは確かに有効的ですな……。我が国ではそんなシステムは皆無ですから」
「だから格好としてはかなり面白いけど、日本語をマスターするならそういうところから入った方がいいよ?」
「そうなのですか! ならマスターしたいので、もうじゃんじゃん本を選んでください!」
黒髪の男がにやりと笑う。
あっ、こいつ、『はじめての』シリーズを渡すつもりだな?
……うん、案の定持ってきた。
今度は『はじめてのカタカナ』と『はじめての漢字』だな。
やはり、金髪のイケメンが『はじめての』シリーズを手にしている絵面は、最高にシュールだな!
全く以て似合っていない。
俺ですら、ちょっと笑ってしまう。
あんなパンクな服を着ているんだ、輪をかけて不釣り合いだ。
女の子もお腹を抱えて前屈みになって笑っている。
金髪のイケメンは、複雑な表情を浮かべているなぁ。
「じゃあ次はアタシが選ぶよ」
「……真面目に選んでくださいよ?」
「大丈夫大丈夫! でもあっくんが選んだのも、本当に勉強になるからね?」
「はぁ……」
次は女の子が動き出した。
彼女の場合は黒髪の男と違って、しっかりと手に取って中身を流し読みをして選んでいる。
ネタに走らず、真面目に選んでいる証拠だな。
そして彼女が選んだ本は、『ひらがな、カタカナ覚えた外国人向け! 日常でよく使われる漢字』だ。
これは全ての漢字にルビが振っていて、本当にひらがなとカタカナを覚えた外国人向けの本だ。
それに、国語辞書。そして『New Sunrise』という、英語を学べる中学生向けの教科書の三冊を渡した。
うん、ネタに走らずいいチョイスだ。
「あれ、由加理ちゃん。何で英語も渡したの?」
「だって日本は良くも悪くも外国文化を自国風にアレンジして取り入れた国だよ? 基本的な英語も知っておかないとちょっと辛いかも?」
「あぁ、確かにね」
なるほど、彼女は結構頭いいな。
っていうか、アメリカ人じゃないのか、金髪のイケメンは。
「あっくん、でもどうやって学ぶつもりなの? 向こうの言語用の書籍なんて全くないし……」
「まぁそこは僕がひらがなとカタカナに関しては、傍にいて教える感じかな。そうなると圧倒的に負担になるけど、この『はじめてのひらがな』ってイラストが充実しているんだ。だからある程度は僕が教えなくてもわかるようにはなってるよ」
なんだ?
翻訳されていない言語でもあるのか?
まぁ辺境の原住民が使っている言語とかの書籍はないが、主流の言語を用いた言語は全て日本が翻訳しているはずだ。
何処の国の言語を使っているんだ、イケメン。
「そうだ、アタルさん。一つリクエストとして何か物語が書かれた本を五冊程見積もってください」
「いいよ。どういうのがいい?」
「そうですね……。幼児向けの本を二冊、アタルさんと同じ位の年代が読みそうな本を一冊、そして成人が楽しめる本を二冊ですね」
「わかった。でも何で幼児向けの本も? しかも年代別がやけに具体的だね」
黒髪の男の疑問に、金髪のイケメンは一回口に手を当てて一秒程硬直する。そして口を開いた。
あっ?
何だその言葉。
聞いた事ない言語だな。
アクセントとか単語、どれを取ってもあまり聞き慣れない。
何処の国だ?
でも、黒髪の男は理解したらしい。
「アデルさんはなんて?」
女の子が男に質問をした。
「ざっくり言うと、アデルさん自身にも、国にも役に立ちそうな事を思い付いたんだって」
「なるほど、さすが魔王だね!」
何なんだ、さっきから魔王って。
確かにこのイケメンは尋常じゃない雰囲気を纏っているけど、仮に王様だったとしてもこんなパンクな格好しないだろうに。
よくわからん集団だ。
とりあえず、黒髪の男が選んだ本は、『ももたろう』と『かちかち山(修正が入る前)』、そしてライトノベル……と言っても実際にある島を舞台にした正統派ファンタジーだな。それと推理小説と恋愛小説をチョイスした。
推理小説に関しては良いチョイスだ。作者はかなりドラマやら映画で実写化される位面白い作品を書く人だ。
なかなかセンスがあるチョイスだな。
「あっ、後これもどうぞ!」
女の子が選んだのは、エラリー・クイーンの『ローマ帽子の謎』だった!
この子、渋いな!!
「これは日本以外の国の作家が書いた小説の日本語訳だよ。アタシの個人的おすすめ! で、アタシはそれの原本を買うわ。まさか本屋に置いてあるとは思わなかった!」
この子は将来いい読書家になるな!!
俺は見込んだお客とメッセージアプリのIDを交換し、本の感想を言い合うグループを作っている。
この子を誘おうとして、レジで会計する時に話を持ちかけたら、ナンパと間違えられたか黒髪の男にアイアンクローを食らった。
うん、潰されるんじゃないかって思う位、すっげぇ痛かったし、本気で殺すような目をしていた。怖かった。
後やんわりと断られた。
残念だ。
しっかし、すっげぇ集団だった!
あんな人間達は早々お目に掛かれないな。
一般人とかけ離れた雰囲気を纏っている男達、そして将来相当な読書家になるであろう女の子。
これだから、本屋って商売はやめられないな!!
俺ももっと色んな人に喜んでもらえるよう、そして俺自身が面白い人間と出会えるように、知られていない本を陳列出来るように、少し店を大きくしてやろうと決意した。
――2040年版発行! 渋谷の名所 本屋部門――
ここ、渋谷にある《ルルイエの書庫》は、本が好きな人は絶対に立ち寄って欲しい店だ。
この本屋の店主も無類の本好きで、日本国内外問わずにレアな書籍を販売している。
その為、全国から様々な読書家が脚を運び、そして本を買っていく。
今は知名度がかなり上がり、渋谷内でも五指に入る規模の店舗に成長した。
特に特出しているのは、自費出版の書籍を積極的に陳列している所だろう。
店主が面白いと感じた本は、『店主の今月のイチオシ!』コーナーに陳列される為、売れっ子作家を夢見る作家の登竜門となっている。
店主である榊原氏は、インタビューに答えてくれた。
「三十年以上前かな? とある三人組の若い男女が入店してきた事があってね。当時の渋谷に来る人間としては珍しい位本が好きな女の子がいたんだ。高校生位の子が選んだ本が、エラリー・クイーンの原本。当時の若者がそれをチョイスする事事態があり得なかった。それに一緒に来た男達の雰囲気が一般人のそれとは全く違う。ああ、面白い人間達だなって思ったんだ。だから私はもっと色んな面白い人間と出会いたいと思って店を大きくし、様々な出会いをこのレジカウンターで楽しんでいるんだ」
そんな店主の目は、八十過ぎている老人とは思えない位純粋で、子供のような輝きをしているように思えた。
筆者も本が好きなので、よくお世話になっている。
是非珍しい本と出会いたかったら、立ち寄ってみる事をお薦めする。
由加理ちゃんから告白を受けて、僕の気持ちを伝えて両思いになった後、両親と今後について色々話した。
僕の決意は認めてくれるようだけど、交換条件を出された。
「アタル、もう高校はこれ以上休学は出来ないから退学となる。だがな、僕は最低限は大学に出て欲しい。お前に譲れない決意があるように、僕にも譲れないものがあるんだ。大学卒業は、今後の将来の選択肢を増やす為に必須だと思っているからな」
「うん」
「だから、こっちに戻ってきたら、《大検》を受けて合格しなさい。まだ第一回目の試験の受付に間に合うから、八月上旬の試験に合格しなさい」
大検、正式名称は『大学入学資格検定』だったかな。
高校中退してしまい、大学へ入学する為の資格がない人向けの検定だね。
でも今は名前が変わって『高等学校卒業程度認定試験』、略して高認だったな。
「その後どの大学を受けるかによってはセンター試験の出願をしなくてはいけない。それは後として、とりあえずは大検を合格しなさい」
何で異世界に行っても勉強しなきゃいけないのかって、心の中で正直言って愚痴った。
でも、隣にいる由加理ちゃんが上目遣いで――
「アタシはあっくんと一緒に大学行きたいな」
と、可愛く言われてしまって、ならやってやろうと意気込んだ訳です。
ちょろいね、僕。
とりあえず家を出て、アデルさんの《テレポーテーション》で渋谷に移動。
そして今から本屋に向かう途中なのである。
メンバーは僕とアデルさんと、そして手を繋いでいる由加理ちゃんだ。
敢えて言おう。
「人生初の彼女が超可愛い件について!! 超最高です!!」
確かに前まで由加理ちゃんはちょっとふっくらしていたよ。
太っているとまではいかないけど、ちょっと丸みを帯びていた感じ。
それがこんなにモデルさん体型になるとは……。
前の由加理ちゃんも全然好きだけど、今の体型はさらに好きだね!
「アタルさん、にやにやし過ぎててだらしない顔になっていますよ?」
「うっさいやい! 彼女が出来て嬉しいんだから、見逃してほしいね!」
「……この喜びに関しては、人間と魔族の感性の違いなんでしょうかね? よくわかりません」
確か魔族は、強い者から求婚されたらそれに従うという形らしい。
嫌だったら相手を力でねじ伏せるしかないのだとか。
ロマンスもへったくりもないなぁ、魔族。
「でもでも、アデルさんならきっと素敵な恋をすると思うな、アタシ」
由加理ちゃんが満面の笑みでアデルさんに言った。
由加理ちゃん、さっきから超上機嫌で、ずっと笑顔なんだよね。
うん、可愛い。
「そうでしょうか? その時になってみないとわかりませんねぇ」
「大丈夫だよ、アデルさんは紳士だから! アタシと話している時のような感じでいいと思うよ」
「そこは僕も同意だね。変に真似するより、自分の正直な気持ちに従った方がいいよ」
そう、それで両思いになった僕みたいにね!
何だろう、アデルさんの方が年齢は上だけど、恋に関しては僕が一歩先へ行っているような感覚は。
色々教え込みたい衝動に駆られる!
「今は考えられないから、恋というのは後回しでいいです」
真顔で恋を否定されちゃったよ。
まぁそこは種族が違うし、ちょっと難しい問題だよね。
きっと恋をしたら、アデルさんから相談してくれるだろうし、気長に待とう。
そうこうしている内に、父さんが薦めてくれた本屋、《ルルイエの書庫》に着いた。
……うん、渋谷は確実にTRPGプレイヤーに支配されつつあるようだね。
この本屋、マジで魔道書が置いてあって、読んだらSAN値減少と神話技能が身に付きそうだわ……。
とりあえず、アデルさんがすごい急かしてくるので、重い脚をゆっくり前に出して歩き始めた。
――本屋、《ルルイエの書庫》の店主、榊原 好文(四十五歳既婚、とある神話物語が好き)視点――
まず、俺は本が大好きだ。
相当ヘヴィな読書家だと自負している。
個人営業の中規模な書店だが、この渋谷で何とか十年商売を続けられている。
大手書店の傘下に入った方が儲けは出るんだが、ただの売れ線や当たり障りのない本だけを置くってのはどうも肌に合わなかった。
本ってのは、かなり尖った無名の本もたくさん存在している。
出版社を通さずに自費出版をしている作者だっているほどだ。
俺はそういう書籍も含めて本を愛している。
だから、俺はそういう本も取り扱いたくて個人営業で頑張っている。
まぁ売り上げは家族を養える程度しかないんだけど、余裕で普通に暮らせるから問題ない。
そして、本棚の一つに『今月の店主のイチオシ!』というコーナーを作って、俺の独断と偏見でいろんな作者の書籍を陳列している。
今回はエラリー・クイーン特集だ。
海外のミステリー作家で、俺が本好きになったきっかけを作った作者でもある。
この特集で特に推したい本は、彼女のデビュー作品にあたる『ローマ帽子の謎』だ。
解決編のロジックや文章による騙しが織り込まれている。翻訳版も出版されているが、是非翻訳前の原本で読んでほしい作品だ。
今回の特集は大当たり!
とある個人ブログでこの店が紹介されて以来、前々からいた常連のコアな読書家の他に、全国から読書家がこの店に来店するようになった。
まぁ海外作家の原本を仕入れる奇特な店は、本当に少ない。
故に、原本を求める読書家にとってはウチは貴重なんだろう。
そうだよ、俺はこういう店にしたかったんだ!
大手書店のグループに入ると、こんな事は絶対できねぇからな!
さて、今日は暇だな。
でも何故かな、変わった客が来る気がする。
俺の予感は、大抵当たるからな。
ちょっと楽しみなんだよな。
なんて店の入り口のすぐ横に設置されているレジカウンターの中で思っていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいま…………せ」
俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。
だって、この店に全く興味が無さそうな人種が三人も来たんだからな。
一人は金髪の外国人なんだが、男か女か判断が苦しむ位の中性的美人だ。
格好からして男なんだろうが、ハリウッド映画に出てましたって言われても信じる位イケメンだ。
何で俺の店に来た?
しかも相当目を輝かせているぞ。
……俺と同じ人種の臭いがするな。
次に入ってきたのは黒髪の男。
顔立ちは幼いんだが、纏った雰囲気がそこら辺の大人より大人な感じだな。
でも本にはあまり関心は無さそうだな。
……こいつとは話が合わない、きっと。
そして最後の一人は、渋谷では最近珍しい清楚な女の子。
恐らく二人目の男と同じ年齢なんだろうが、渋谷の女性の中でもダントツに可愛い女の子だった。
モデルでもやってそうだな。
しかし知的な雰囲気があり、この子もそれなりに本は好きなのかもな。
「じゃあまず、あっくんの参考書を選ぼうか」
「そうだねぇ。高認は受からないといけないみたいだし」
あぁ、この黒髪の男は高認受けるのか。
真面目そうに見えるのに高校中退か、何か事情でもあったんだろうか。
だってこの男、雰囲気が尋常じゃないんだよな。圧倒的存在感ってやつ?
イケメンなんだけどそれだけじゃなくて、得体の知れないものを纏っているんだよな。
だからきっと、中退にも深い理由があるはずだ。
もう一人の金髪のイケメンも高貴な雰囲気を漂わせている。
金持ちとかそういうんじゃない、俺なんかより高みにいるような?
このイケメンに関しては上手い言葉が見つからないな。
そうして三人で参考書のコーナーに行って、高認の参考書を選んでいる。
黒髪の男と女の子は、肩がくっつく位傍にいる。
デキてるんだな、あの二人。
結構お似合いだと思う。
おっ、今二人が選んだ参考書は、試験の内容の要点を分かりやすく解説しているやつだな。
なかなかいいやつを選んだな。
その他にもセンター試験用の資料だったり、大学入試の過去問題集も選んでいる。
「そういえば由加理ちゃんは、何処を受験するの?」
「アタシは早大だよ。そこの講師で、大好きな翻訳さんがいらっしゃるから、それ目的!」
なかなかレベル高いな、女の子は。
しかも翻訳家目当てって…………あぁ、あの人か。
あの人の翻訳は原本の魅力を失わずにやってくれるからな、きっといい講義をすると思うぜ。
一方男の方は、それを聞いてげんなりしている。
「早大って、レベル高くない? 僕あんまり自信ないんだけど……」
「でもアタシと同じ大学行ってくれるんでしょ? 頑張って♪」
「……頑張ります」
まぁ同じ男だ、わかる。
彼女と別の大学に行ったら、他の男がちょっかい出してきそうで気が気じゃないよな。
俺にも経験あるから、すっごいわかる!
頑張れよ、彼氏。
早大の過去問題を三冊程選んだ後、金髪のイケメンが身を乗り出すように言った。
「さぁ、次は私の本を選びますよ! 付き合ってください!」
日本語ペラペラだなぁ、おい!
っていうか、なんだ?
口の動きと声が合っていない気が……?
あれだ、日本の声優が吹き替えをしている洋画みたいな。
……歳かな、俺。
「オーケーオーケー、僕の中でアデルさんに薦めるものは決まっているから、今持ってくるよ」
そう言うと、黒髪の男は辺りを見渡して何かを探す。
はっとした表情をすると、そのコーナーに行っては一冊の本を持って、金髪のイケメンに渡した。
「はい、これどうぞ」
満面の笑みで金髪のイケメンに渡す、黒髪の男。
「お、おぉ……。何というか、可愛らしい絵が描いてある本ですね……。何て読むんですか、これ」
「えっとね、『一歳から三歳児向け! はじめてのひらがな』だよ!」
それを聞いて女の子が「ぷっ」と吹き出して小さく笑う。
そりゃそうだろう!
二十歳を越えているイケメンに、子供が好む可愛らしいうさぎや亀等が掛かれたイラストで、ひらがなをなぞっていくという、子供向けの本なんだから。
「あっくん、それ二百歳のアデルさんに渡すものじゃないって!」
お腹を抱えて笑いながら言う女の子。
ん?
二百歳? 聞き間違いか?
「くくく、幼児向けの本をにらめっこする魔王、傑作じゃない?」
ま、魔王?
何だこの集団、結構イカレてる奴等だったのか?
「ちょっと! 真面目に選んでくださいよ!」
「いやいや、真面目も大真面目! 日本はね、子供の頃からそういった本に触れているから、識字率が百パーセントなんだよ」
「は? そんな訳……」
「アデルさん、事実なの」
黒髪の男が言った事は信じられない様子の金髪のイケメンだったが、女の子も援護に入った。
まぁ統計的には間違いないな。
貧しくても何とか学校に通わせられる位は稼げる日本は、何だかんだ言って学べる環境が他の国より充実している。
その証拠にホームレスですら、新聞を読む。
これは外国人から見たら異常な光景らしく、驚くのだそうだ。
まぁ外国のストリートチルドレンとかは生きるのに必死で、学習の前にいかに生き延びるかしか考えないからな。
それと比べると、日本はやっぱり豊かなんだと思う。
女の子が俺が思った事を代弁するように説明した。
金髪のイケメンは目を点にして驚いている。
「しかし、なるほど……。小さい頃から教育をさせるというのは確かに有効的ですな……。我が国ではそんなシステムは皆無ですから」
「だから格好としてはかなり面白いけど、日本語をマスターするならそういうところから入った方がいいよ?」
「そうなのですか! ならマスターしたいので、もうじゃんじゃん本を選んでください!」
黒髪の男がにやりと笑う。
あっ、こいつ、『はじめての』シリーズを渡すつもりだな?
……うん、案の定持ってきた。
今度は『はじめてのカタカナ』と『はじめての漢字』だな。
やはり、金髪のイケメンが『はじめての』シリーズを手にしている絵面は、最高にシュールだな!
全く以て似合っていない。
俺ですら、ちょっと笑ってしまう。
あんなパンクな服を着ているんだ、輪をかけて不釣り合いだ。
女の子もお腹を抱えて前屈みになって笑っている。
金髪のイケメンは、複雑な表情を浮かべているなぁ。
「じゃあ次はアタシが選ぶよ」
「……真面目に選んでくださいよ?」
「大丈夫大丈夫! でもあっくんが選んだのも、本当に勉強になるからね?」
「はぁ……」
次は女の子が動き出した。
彼女の場合は黒髪の男と違って、しっかりと手に取って中身を流し読みをして選んでいる。
ネタに走らず、真面目に選んでいる証拠だな。
そして彼女が選んだ本は、『ひらがな、カタカナ覚えた外国人向け! 日常でよく使われる漢字』だ。
これは全ての漢字にルビが振っていて、本当にひらがなとカタカナを覚えた外国人向けの本だ。
それに、国語辞書。そして『New Sunrise』という、英語を学べる中学生向けの教科書の三冊を渡した。
うん、ネタに走らずいいチョイスだ。
「あれ、由加理ちゃん。何で英語も渡したの?」
「だって日本は良くも悪くも外国文化を自国風にアレンジして取り入れた国だよ? 基本的な英語も知っておかないとちょっと辛いかも?」
「あぁ、確かにね」
なるほど、彼女は結構頭いいな。
っていうか、アメリカ人じゃないのか、金髪のイケメンは。
「あっくん、でもどうやって学ぶつもりなの? 向こうの言語用の書籍なんて全くないし……」
「まぁそこは僕がひらがなとカタカナに関しては、傍にいて教える感じかな。そうなると圧倒的に負担になるけど、この『はじめてのひらがな』ってイラストが充実しているんだ。だからある程度は僕が教えなくてもわかるようにはなってるよ」
なんだ?
翻訳されていない言語でもあるのか?
まぁ辺境の原住民が使っている言語とかの書籍はないが、主流の言語を用いた言語は全て日本が翻訳しているはずだ。
何処の国の言語を使っているんだ、イケメン。
「そうだ、アタルさん。一つリクエストとして何か物語が書かれた本を五冊程見積もってください」
「いいよ。どういうのがいい?」
「そうですね……。幼児向けの本を二冊、アタルさんと同じ位の年代が読みそうな本を一冊、そして成人が楽しめる本を二冊ですね」
「わかった。でも何で幼児向けの本も? しかも年代別がやけに具体的だね」
黒髪の男の疑問に、金髪のイケメンは一回口に手を当てて一秒程硬直する。そして口を開いた。
あっ?
何だその言葉。
聞いた事ない言語だな。
アクセントとか単語、どれを取ってもあまり聞き慣れない。
何処の国だ?
でも、黒髪の男は理解したらしい。
「アデルさんはなんて?」
女の子が男に質問をした。
「ざっくり言うと、アデルさん自身にも、国にも役に立ちそうな事を思い付いたんだって」
「なるほど、さすが魔王だね!」
何なんだ、さっきから魔王って。
確かにこのイケメンは尋常じゃない雰囲気を纏っているけど、仮に王様だったとしてもこんなパンクな格好しないだろうに。
よくわからん集団だ。
とりあえず、黒髪の男が選んだ本は、『ももたろう』と『かちかち山(修正が入る前)』、そしてライトノベル……と言っても実際にある島を舞台にした正統派ファンタジーだな。それと推理小説と恋愛小説をチョイスした。
推理小説に関しては良いチョイスだ。作者はかなりドラマやら映画で実写化される位面白い作品を書く人だ。
なかなかセンスがあるチョイスだな。
「あっ、後これもどうぞ!」
女の子が選んだのは、エラリー・クイーンの『ローマ帽子の謎』だった!
この子、渋いな!!
「これは日本以外の国の作家が書いた小説の日本語訳だよ。アタシの個人的おすすめ! で、アタシはそれの原本を買うわ。まさか本屋に置いてあるとは思わなかった!」
この子は将来いい読書家になるな!!
俺は見込んだお客とメッセージアプリのIDを交換し、本の感想を言い合うグループを作っている。
この子を誘おうとして、レジで会計する時に話を持ちかけたら、ナンパと間違えられたか黒髪の男にアイアンクローを食らった。
うん、潰されるんじゃないかって思う位、すっげぇ痛かったし、本気で殺すような目をしていた。怖かった。
後やんわりと断られた。
残念だ。
しっかし、すっげぇ集団だった!
あんな人間達は早々お目に掛かれないな。
一般人とかけ離れた雰囲気を纏っている男達、そして将来相当な読書家になるであろう女の子。
これだから、本屋って商売はやめられないな!!
俺ももっと色んな人に喜んでもらえるよう、そして俺自身が面白い人間と出会えるように、知られていない本を陳列出来るように、少し店を大きくしてやろうと決意した。
――2040年版発行! 渋谷の名所 本屋部門――
ここ、渋谷にある《ルルイエの書庫》は、本が好きな人は絶対に立ち寄って欲しい店だ。
この本屋の店主も無類の本好きで、日本国内外問わずにレアな書籍を販売している。
その為、全国から様々な読書家が脚を運び、そして本を買っていく。
今は知名度がかなり上がり、渋谷内でも五指に入る規模の店舗に成長した。
特に特出しているのは、自費出版の書籍を積極的に陳列している所だろう。
店主が面白いと感じた本は、『店主の今月のイチオシ!』コーナーに陳列される為、売れっ子作家を夢見る作家の登竜門となっている。
店主である榊原氏は、インタビューに答えてくれた。
「三十年以上前かな? とある三人組の若い男女が入店してきた事があってね。当時の渋谷に来る人間としては珍しい位本が好きな女の子がいたんだ。高校生位の子が選んだ本が、エラリー・クイーンの原本。当時の若者がそれをチョイスする事事態があり得なかった。それに一緒に来た男達の雰囲気が一般人のそれとは全く違う。ああ、面白い人間達だなって思ったんだ。だから私はもっと色んな面白い人間と出会いたいと思って店を大きくし、様々な出会いをこのレジカウンターで楽しんでいるんだ」
そんな店主の目は、八十過ぎている老人とは思えない位純粋で、子供のような輝きをしているように思えた。
筆者も本が好きなので、よくお世話になっている。
是非珍しい本と出会いたかったら、立ち寄ってみる事をお薦めする。
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