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心の雪解け
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「アーデル、少し良いかい?」
コンコンというノックとともに開かれた扉からお兄様が顔を出した。
「お兄様、ええ、もちろんです」
私はお兄様を迎えるために今まで座っていた椅子から立ち上がった。
「もう花は散ってしまったね」
窓から見える大木は青々とした葉が生い茂り白い花はほとんど見られなくなっていた。
「はい、でも、また来年咲きますわ」
私はお兄様にソファを勧めて私も目の前に腰を下ろした。
すると直ぐに侍女がお茶を用意する。
私達は向かい合って座り、それぞれがお茶を口に運ぶ。
「あの……」
「アーデル」
同時に話し始めて私はお兄様に話を譲る。
「お兄様からどうぞ」
「ああ、ありがとう。その……お前はどうするつもりだい?」
「どうするとは……」
「もちろんクラウス殿下との婚約だよ」
私はその言葉にフーッと息を吐き出した。ずっと私も考えている。クラウス様との関係はとても複雑になってしまった。個人的には一緒にいたい。でも、家同士の婚姻と考えると二の足を踏んでしまう。でも、お互い家からは逃れられない運命なのだ。
私は膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。
「覚悟が出来ないのです」
絞り出す様な一言が全てだ。クラウス様を愛し続ける覚悟。王家に入る覚悟。あの人達と家族になる覚悟。そして、この国を背負っていく覚悟。
ギュッと目を閉じて俯いた。情けないと不甲斐ないと自分を叱咤するがどうしても飛び込めない。
国を担う王家には人を狂わせる程の重荷がある。そう感じてしまったのだ。私はいいけれどクラウス様と結婚した後の私達の子供が王弟殿下の様にならない保証はない。私自身も重荷に耐えられるか分からない。クラウス様は今でもちゃんと立っているのにこんな情けない私が隣にいても良いのだろうかとさえ思ってしまう。
「覚悟か……。一つアーデルに助言してもいいかい?」
「お兄様、もちろんです」
「では、お前はクラウス殿下の隣にお前以外の令嬢がいても構わないのかい?」
「え? 私……以外の」
「だってそうだろう? お前が身を引くのならクラウス殿下は他の誰かと結婚するだろう。それを目の前で見られるのかい?」
お兄様の言葉に私は下を向いた。
耐えられるかと聞かれたら……耐えられない。クラウス様の隣に他の誰かがいるなんて耐えられるわけがない。
「私!」
私は決意を込めて顔を上げた。するとお兄様が肩をすくめる。
「その続きはクラウス殿下の前で伝えるべきだ。そうそう、今日の午後はサムラード湖を視察されるそうだ」
「サムラード湖ですか?」
その湖は王都からすぐにある美しい湖だ。確か新しい庭園ができたと聞いたことがある。
「ああ、どうする? 行くかい?」
私は一瞬で考えたが、クラウス様の環境や周りの方、家族の方、自分の立場どれを取っても私の気持ちよりも重要なものはない様に感じた。今なら心の中の全てを伝えられる気がする。
「はい! クラウス様に今会わなければならない気がするのです」
「わかった。馬車を用意しよう。アーデルは着替えたほうがいいよ」
私は自分の姿を見て頷いた。確かにこの格好では出かけられそうもない。
「はい、では、失礼します」
「ああ、私がサムラード湖までエスコートしよう」
「ありがとうございます。お兄様」
私はパタパタと準備に向かった。
「お待たせしました」
私はクラウス様の瞳を思わせるようなスカイブルーのドレスに着替えてエントランスホールへ向かった。するとお兄様がやはり外出着に着替えて待っていてくれた。
「ああ、今日も可愛いね。殿下の色かい? やはり勿体なかったか? まぁ、では、行こうか?」
「はい」
私達は馬車に乗り込むとサムラード湖に新しく出来たという庭園に向かった。
馬車に揺られながらもソワソワしている私を見てお兄様がクスリと笑い声を上げた。
「お兄様! 何か?」
「ああ、いや、すまない。ただちょっと可愛くてね」
「お兄様!」
アハハハと明るく笑うお兄様を見て、私は今までの長いトンネルを抜けた事を実感した。黄泉がえってからお兄様がこんなに明るく笑うのを見ていなかった。いつも思い詰めたように私を見つめていたお兄様が声をあげて笑っている。私はそのことがとても嬉しかった。
「お兄様、ずっと言えなかったのですが、私が家から逃げたのはお兄様が怖かったからですの」
「……ああ、知っていたよ」
お兄様が視線を窓の外に泳がせる。
「黄泉がえってからのお兄様の瞳がとても、なんというかとても怖かったのです」
「ああ、そうだろうな。アーデルしかいなかったんだ。父上や 母上はもう話しが通じなかったし、周りからは遠巻きにされていた。クラウス殿下やベルナンドに哀れみの目を向けられるのも嫌だった。それなのに公爵としての仕事まで私に回ってきてしまってな。たぶん殆ど潰れてしまっていたのだろう。アーデルだけが幸せの残り香のように思っていたんだよ」
「お兄様」
「あの時私は殿下やベルナンドに助けを求めればよかったんだ。お前が家から逃げ出したのを見て、そして、残された両親を見てどん底に落ちたから気づけたことだ」
「そ、そうですわ!! 私にもお兄様が辛い時に辛いと言ってください!!」
「アーデル?」
「私達は兄妹はもう少しお互いに助け合ったほうがいいのですわ! いつも迷惑をかけてはいけないとばかり考えてしまうのはやめましょう」
私はお兄様の手をギュッと握る。
「もうこれからは一人で抱え込まないでください」
「ああ、そうしよう。実は父上にも言われたんだ」
「なんと?」
「私がおかしくなったら殴りつけてくれってね」
「え? お父様が?」
「ああ、可笑しいだろう? でも、その言葉を聞いて楽になったんだよ。それに今のアーデルの言葉にもね」
そう言うとお兄様は私の手をポンポンと叩いた。
「弱い兄の姿も見せていいんだな」
「もちろんです!」
「ありがとう、アーデル」
ガタンと揺れて馬車が止まった。外からコンコンとノックされる。
「開けてくれ」
お兄様が声をかけるととびらが開かれた。するとそこにはベルナンド様が立っていた。
「お久しぶりですね。お嬢様」
私はその顔を見てまだ騎士の誓いがそのままだと思い出す。
「え、ええ、ありがとうございます。ベルナンド様」
私はベルナンド様の手を取って馬車を降りた。
「ベルナンド、久しぶりだな」
「ああ、リヒャルドも随分顔色が良くなったんじゃないか?」
「まあね。可愛い妹のお陰だ」
「そりゃそうだ。俺のお嬢様だからな」
「ははは、まだ護衛騎士なのか?」
「当たり前だろう? 今は忙しいから騎士団を手伝っているだけだ」
「だそうだよ。アーデル」
お兄様が茶目っ気たっぷりに私に向かってウインクしてきた。私はビクッとしながらも頷いた。クラウス様の前にベルナンド様との関係もなんとかしなければ。
私はベルナンド様に視線を移したのだった。
コンコンというノックとともに開かれた扉からお兄様が顔を出した。
「お兄様、ええ、もちろんです」
私はお兄様を迎えるために今まで座っていた椅子から立ち上がった。
「もう花は散ってしまったね」
窓から見える大木は青々とした葉が生い茂り白い花はほとんど見られなくなっていた。
「はい、でも、また来年咲きますわ」
私はお兄様にソファを勧めて私も目の前に腰を下ろした。
すると直ぐに侍女がお茶を用意する。
私達は向かい合って座り、それぞれがお茶を口に運ぶ。
「あの……」
「アーデル」
同時に話し始めて私はお兄様に話を譲る。
「お兄様からどうぞ」
「ああ、ありがとう。その……お前はどうするつもりだい?」
「どうするとは……」
「もちろんクラウス殿下との婚約だよ」
私はその言葉にフーッと息を吐き出した。ずっと私も考えている。クラウス様との関係はとても複雑になってしまった。個人的には一緒にいたい。でも、家同士の婚姻と考えると二の足を踏んでしまう。でも、お互い家からは逃れられない運命なのだ。
私は膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。
「覚悟が出来ないのです」
絞り出す様な一言が全てだ。クラウス様を愛し続ける覚悟。王家に入る覚悟。あの人達と家族になる覚悟。そして、この国を背負っていく覚悟。
ギュッと目を閉じて俯いた。情けないと不甲斐ないと自分を叱咤するがどうしても飛び込めない。
国を担う王家には人を狂わせる程の重荷がある。そう感じてしまったのだ。私はいいけれどクラウス様と結婚した後の私達の子供が王弟殿下の様にならない保証はない。私自身も重荷に耐えられるか分からない。クラウス様は今でもちゃんと立っているのにこんな情けない私が隣にいても良いのだろうかとさえ思ってしまう。
「覚悟か……。一つアーデルに助言してもいいかい?」
「お兄様、もちろんです」
「では、お前はクラウス殿下の隣にお前以外の令嬢がいても構わないのかい?」
「え? 私……以外の」
「だってそうだろう? お前が身を引くのならクラウス殿下は他の誰かと結婚するだろう。それを目の前で見られるのかい?」
お兄様の言葉に私は下を向いた。
耐えられるかと聞かれたら……耐えられない。クラウス様の隣に他の誰かがいるなんて耐えられるわけがない。
「私!」
私は決意を込めて顔を上げた。するとお兄様が肩をすくめる。
「その続きはクラウス殿下の前で伝えるべきだ。そうそう、今日の午後はサムラード湖を視察されるそうだ」
「サムラード湖ですか?」
その湖は王都からすぐにある美しい湖だ。確か新しい庭園ができたと聞いたことがある。
「ああ、どうする? 行くかい?」
私は一瞬で考えたが、クラウス様の環境や周りの方、家族の方、自分の立場どれを取っても私の気持ちよりも重要なものはない様に感じた。今なら心の中の全てを伝えられる気がする。
「はい! クラウス様に今会わなければならない気がするのです」
「わかった。馬車を用意しよう。アーデルは着替えたほうがいいよ」
私は自分の姿を見て頷いた。確かにこの格好では出かけられそうもない。
「はい、では、失礼します」
「ああ、私がサムラード湖までエスコートしよう」
「ありがとうございます。お兄様」
私はパタパタと準備に向かった。
「お待たせしました」
私はクラウス様の瞳を思わせるようなスカイブルーのドレスに着替えてエントランスホールへ向かった。するとお兄様がやはり外出着に着替えて待っていてくれた。
「ああ、今日も可愛いね。殿下の色かい? やはり勿体なかったか? まぁ、では、行こうか?」
「はい」
私達は馬車に乗り込むとサムラード湖に新しく出来たという庭園に向かった。
馬車に揺られながらもソワソワしている私を見てお兄様がクスリと笑い声を上げた。
「お兄様! 何か?」
「ああ、いや、すまない。ただちょっと可愛くてね」
「お兄様!」
アハハハと明るく笑うお兄様を見て、私は今までの長いトンネルを抜けた事を実感した。黄泉がえってからお兄様がこんなに明るく笑うのを見ていなかった。いつも思い詰めたように私を見つめていたお兄様が声をあげて笑っている。私はそのことがとても嬉しかった。
「お兄様、ずっと言えなかったのですが、私が家から逃げたのはお兄様が怖かったからですの」
「……ああ、知っていたよ」
お兄様が視線を窓の外に泳がせる。
「黄泉がえってからのお兄様の瞳がとても、なんというかとても怖かったのです」
「ああ、そうだろうな。アーデルしかいなかったんだ。父上や 母上はもう話しが通じなかったし、周りからは遠巻きにされていた。クラウス殿下やベルナンドに哀れみの目を向けられるのも嫌だった。それなのに公爵としての仕事まで私に回ってきてしまってな。たぶん殆ど潰れてしまっていたのだろう。アーデルだけが幸せの残り香のように思っていたんだよ」
「お兄様」
「あの時私は殿下やベルナンドに助けを求めればよかったんだ。お前が家から逃げ出したのを見て、そして、残された両親を見てどん底に落ちたから気づけたことだ」
「そ、そうですわ!! 私にもお兄様が辛い時に辛いと言ってください!!」
「アーデル?」
「私達は兄妹はもう少しお互いに助け合ったほうがいいのですわ! いつも迷惑をかけてはいけないとばかり考えてしまうのはやめましょう」
私はお兄様の手をギュッと握る。
「もうこれからは一人で抱え込まないでください」
「ああ、そうしよう。実は父上にも言われたんだ」
「なんと?」
「私がおかしくなったら殴りつけてくれってね」
「え? お父様が?」
「ああ、可笑しいだろう? でも、その言葉を聞いて楽になったんだよ。それに今のアーデルの言葉にもね」
そう言うとお兄様は私の手をポンポンと叩いた。
「弱い兄の姿も見せていいんだな」
「もちろんです!」
「ありがとう、アーデル」
ガタンと揺れて馬車が止まった。外からコンコンとノックされる。
「開けてくれ」
お兄様が声をかけるととびらが開かれた。するとそこにはベルナンド様が立っていた。
「お久しぶりですね。お嬢様」
私はその顔を見てまだ騎士の誓いがそのままだと思い出す。
「え、ええ、ありがとうございます。ベルナンド様」
私はベルナンド様の手を取って馬車を降りた。
「ベルナンド、久しぶりだな」
「ああ、リヒャルドも随分顔色が良くなったんじゃないか?」
「まあね。可愛い妹のお陰だ」
「そりゃそうだ。俺のお嬢様だからな」
「ははは、まだ護衛騎士なのか?」
「当たり前だろう? 今は忙しいから騎士団を手伝っているだけだ」
「だそうだよ。アーデル」
お兄様が茶目っ気たっぷりに私に向かってウインクしてきた。私はビクッとしながらも頷いた。クラウス様の前にベルナンド様との関係もなんとかしなければ。
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