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運命の日
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「おやめ下さい」
私は王弟殿下に手を引かれるままに歩きだす。歩きたくないので歩みは止まらない。これが能力者でなくてなんなのだ。しかも、会場を出てから会う人会う人の動きを止めながら歩くのだ。
「王弟殿下、貴方は大変なことをしているのです! おわかりですか?」
犯罪者には冷静に、冷静に。私はそう言い聞かせて話しかける。
「うるさいなぁ。お前はあそこで死ぬべきだったんだよ。もう面倒ばかりかけないでくれないか? やり直すのも大変なんだ!」
訳のわからないことを話す王弟殿下が私を連れてきたのはあの大階段だった。
「え? なぜ?」
「全く君は二階からじゃ死なないみたいだから、今日は三階から落としてあげるよ。君が死ねば兄上の憂いが晴れるんだから大切なことなんだ」
私が大階段の二階から落ちたことは誰にも言っていないのだ。なのにこの人はそれを知っている。この人が……?
「貴方が私をこの階段から突き落としたのですか?」
私は極力声を抑えて尋ねる。ずっと復讐を誓っている相手かもしれない。
「だったらなんだい? 君は何も出来ないだろう? クラウス達だって今はまだ動けないし、誰も助けてなんかくれないよ」
にこにこと笑う王弟殿下には罪悪感も罪を犯す後悔もないらしい。
「やめてください!!」
無理矢理階段を上らさせそうになって私は抵抗を試みる。この階段に上るのは嫌なのだ。いい思い出がない。
「さあ、さっさと上るんだ」
「王弟殿下!!」
私がどんなに拒否しても体は王弟殿下の言う通りに動いてしまう。
必死に抵抗するが体は一段一段階段を上がる。
「ああ、ここだったね。前回私が君を突き落としたのは」
2階の踊り場で嬉しそうに笑う王弟殿下に背筋が凍る。
「この卑怯者!! 貴方のせいで私の家族はメチャクチャになったのよ!!」
「それがどうしたんだ。そんなの当たり前だろう? 王族のためにいるのが貴族なんだから」
のんびりと構えたような容姿からは想像できないような傲慢さだ。
「一体何のためにこんなことをしているのですか!」
ニヤリと笑った王弟殿下は、自信満々に答える。
「そんなの兄上のために決まっているだろう? 無能力だった僕にお優しい兄上は能力を分け与えてくださったのだから」
「え?」
「知らなかったのかい? 能力は譲渡することができるんだよ」
ふふふと笑うブァビアンの瞳は狂気に満ちている。
「狂ってる。貴方は狂っているわ」
「そんなことわかってるさ。それでも狂った私が兄上の憂いを晴らす」
「国王陛下がお許しになるはずがないわ。こんなことは許されない!」
「お前が兄上を語るな!!」
バシっと頬を叩かれる。
「そんな独りよがりの考えなんて陛下が容認なさるはずがない!」
「死ね!」
まだ二階部分ではあるがもう我慢できないと王弟殿下の手が私の肩を押したのだった。
「きゃーー」
突然押されたことで私はバランスを崩して階段から落下する。
今度は死んでしまう!! 目の前にいた王弟殿下がどんどん小さくなっていく。その顔が狂喜を浮かべているのが見える。こんな人に私の家が、お父様、お母様、お兄様が、そして、私の人生が狂ってしまったのだ。
「許さない!! 死んでも許さないから!!」
「馬鹿なことを、今度は黄泉がえるな」
冷たく言い放すこの男の顔を睨みつける。
悔しい! 悔しい!! 悔しい!!!
それでも私の体が落下するのを止めることは出来なかった。
この格好で背中から落ちたら……時間がゆっくりと流れている。
もう床まで近い。私の中で諦めに似た感情が支配していく。
お兄様の顔が浮かぶ。
お兄様、どうか無事で有りますように。
クラウス様の顔が浮かぶ。
クラウス様。クラウス様! クラウス様!!!
今日歩いた赤い絨毯の道を本当に一緒に歩めたら良かったのに!
本当に幸せだったのに!! 能力の事がなくとも私は……私は!
ドスン!!
硬い床の代わりに渡しがぶつかったのは硬くとも筋肉質な腕と体だった。
「え?」
顔を上げるとそこには最期に思い浮かんだ愛しい顔が。
「ク、クラウス……さま?」
背後からギュッと抱きしめられる。
その温かさが自分が生きている証に感じる。
「無事で……よかった」
そう言って更にクラウス様の力が強く私を抱きしめてきた。
生きてる。生きてる! 生きてる!!
私はくるりと体を回転させると自分からクラウス様の背中に手を回して抱きついた。初めて自分から抱きついた気がする。
「クラウス様……」
震える体でクラウス様に精一杯抱きつく。そんな私の体をそっと、そして、強くクラウス様は抱きしめてくれた。
クラウス様が王弟殿下に大声で叫ぶが私の耳には入ってこない。ボーッとしているのが自分でもわかる。
それでも、クラウス様が私の目を見て言ったことだけはよくわかった。
「アーデル、少しだけ待っていてくれ」
私はコクンと頷いた。
クラウス様は私を座らせると優しく抱きしめてから立ち上がった。
その背中が全ての恐怖から私を守ってくれると信じられた。
クラウス様が一歩前に出た。そして、剣の柄に手をかけるとスラリと刀身を抜く。そして、そのまま大階段を駆け上がっていったのだった。
その姿は剣神の如く見えたのだった。
私は王弟殿下に手を引かれるままに歩きだす。歩きたくないので歩みは止まらない。これが能力者でなくてなんなのだ。しかも、会場を出てから会う人会う人の動きを止めながら歩くのだ。
「王弟殿下、貴方は大変なことをしているのです! おわかりですか?」
犯罪者には冷静に、冷静に。私はそう言い聞かせて話しかける。
「うるさいなぁ。お前はあそこで死ぬべきだったんだよ。もう面倒ばかりかけないでくれないか? やり直すのも大変なんだ!」
訳のわからないことを話す王弟殿下が私を連れてきたのはあの大階段だった。
「え? なぜ?」
「全く君は二階からじゃ死なないみたいだから、今日は三階から落としてあげるよ。君が死ねば兄上の憂いが晴れるんだから大切なことなんだ」
私が大階段の二階から落ちたことは誰にも言っていないのだ。なのにこの人はそれを知っている。この人が……?
「貴方が私をこの階段から突き落としたのですか?」
私は極力声を抑えて尋ねる。ずっと復讐を誓っている相手かもしれない。
「だったらなんだい? 君は何も出来ないだろう? クラウス達だって今はまだ動けないし、誰も助けてなんかくれないよ」
にこにこと笑う王弟殿下には罪悪感も罪を犯す後悔もないらしい。
「やめてください!!」
無理矢理階段を上らさせそうになって私は抵抗を試みる。この階段に上るのは嫌なのだ。いい思い出がない。
「さあ、さっさと上るんだ」
「王弟殿下!!」
私がどんなに拒否しても体は王弟殿下の言う通りに動いてしまう。
必死に抵抗するが体は一段一段階段を上がる。
「ああ、ここだったね。前回私が君を突き落としたのは」
2階の踊り場で嬉しそうに笑う王弟殿下に背筋が凍る。
「この卑怯者!! 貴方のせいで私の家族はメチャクチャになったのよ!!」
「それがどうしたんだ。そんなの当たり前だろう? 王族のためにいるのが貴族なんだから」
のんびりと構えたような容姿からは想像できないような傲慢さだ。
「一体何のためにこんなことをしているのですか!」
ニヤリと笑った王弟殿下は、自信満々に答える。
「そんなの兄上のために決まっているだろう? 無能力だった僕にお優しい兄上は能力を分け与えてくださったのだから」
「え?」
「知らなかったのかい? 能力は譲渡することができるんだよ」
ふふふと笑うブァビアンの瞳は狂気に満ちている。
「狂ってる。貴方は狂っているわ」
「そんなことわかってるさ。それでも狂った私が兄上の憂いを晴らす」
「国王陛下がお許しになるはずがないわ。こんなことは許されない!」
「お前が兄上を語るな!!」
バシっと頬を叩かれる。
「そんな独りよがりの考えなんて陛下が容認なさるはずがない!」
「死ね!」
まだ二階部分ではあるがもう我慢できないと王弟殿下の手が私の肩を押したのだった。
「きゃーー」
突然押されたことで私はバランスを崩して階段から落下する。
今度は死んでしまう!! 目の前にいた王弟殿下がどんどん小さくなっていく。その顔が狂喜を浮かべているのが見える。こんな人に私の家が、お父様、お母様、お兄様が、そして、私の人生が狂ってしまったのだ。
「許さない!! 死んでも許さないから!!」
「馬鹿なことを、今度は黄泉がえるな」
冷たく言い放すこの男の顔を睨みつける。
悔しい! 悔しい!! 悔しい!!!
それでも私の体が落下するのを止めることは出来なかった。
この格好で背中から落ちたら……時間がゆっくりと流れている。
もう床まで近い。私の中で諦めに似た感情が支配していく。
お兄様の顔が浮かぶ。
お兄様、どうか無事で有りますように。
クラウス様の顔が浮かぶ。
クラウス様。クラウス様! クラウス様!!!
今日歩いた赤い絨毯の道を本当に一緒に歩めたら良かったのに!
本当に幸せだったのに!! 能力の事がなくとも私は……私は!
ドスン!!
硬い床の代わりに渡しがぶつかったのは硬くとも筋肉質な腕と体だった。
「え?」
顔を上げるとそこには最期に思い浮かんだ愛しい顔が。
「ク、クラウス……さま?」
背後からギュッと抱きしめられる。
その温かさが自分が生きている証に感じる。
「無事で……よかった」
そう言って更にクラウス様の力が強く私を抱きしめてきた。
生きてる。生きてる! 生きてる!!
私はくるりと体を回転させると自分からクラウス様の背中に手を回して抱きついた。初めて自分から抱きついた気がする。
「クラウス様……」
震える体でクラウス様に精一杯抱きつく。そんな私の体をそっと、そして、強くクラウス様は抱きしめてくれた。
クラウス様が王弟殿下に大声で叫ぶが私の耳には入ってこない。ボーッとしているのが自分でもわかる。
それでも、クラウス様が私の目を見て言ったことだけはよくわかった。
「アーデル、少しだけ待っていてくれ」
私はコクンと頷いた。
クラウス様は私を座らせると優しく抱きしめてから立ち上がった。
その背中が全ての恐怖から私を守ってくれると信じられた。
クラウス様が一歩前に出た。そして、剣の柄に手をかけるとスラリと刀身を抜く。そして、そのまま大階段を駆け上がっていったのだった。
その姿は剣神の如く見えたのだった。
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