黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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運命の日

56クラウスサイド

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バタン
アーデルハイドとファビアンが扉に消えてから数秒後石のように固かった体がギシギシと動きはじめた。
「アーデル…….」
クラウスは必死に足を動かすが一歩が万歩のごとき重さだった。
「ファビアン、何ということを……」
後ろの王座から父親の声が聞こえてクラウスは、ギシギシいう首を回して睨みつけた。
「陛下の指示ではないのですか!」
「違う!! それにあいつは無能力のはずだ。出生時検査で宣言されたのだぞ」
「ですが、今我々が動けないという事実があるではないですか!!!」
足だけはゆっくりと前に進めながらもクラウスは父親への非難を口にする。
「……確かにその通りだ。クラウス、お前がファビアンの言葉を信じるのならば、私が黒幕となるのだろう」
「何を今更。陛下がこの婚約に反対されているのではないですか? だからこそ叔父上が!」
「……」
押し黙ったままの父親の方を振り向いた。
すると玉座から立ち上がり、背筋を伸ばしている。
「クラウス、行け!」
言霊の能力に乗った言葉がクラウスの体に自由を取り戻させた。
突然軽くなった体に違和感を感じながら手を何度も握りしめる。
「今はファビアンを止めるのだ。今の私の能力ではお前一人を自由にすることしか出来ぬ。アーデルハイド嬢を無事連れて参ったらゆっくり話をさせてくれ」
そう言うと父親はドスンと玉座に腰を下ろした。よく見ると額に脂汗が滲んでいる。どれ程の能力をファビアンは隠し持っていたというのだ。クラウスは前を向いて走り出した。
「わかりました。ありがとうございます」
今はこの自由な体に感謝してファビアンが連れ去ったアーデルハイドを救わなければ。クラウスは全速力で扉に向かった。
バタンと会場から外に出ると会場内と同様に全ての人間から動きが奪われていた。
「くそ! こんな能力どうすれば……」
クラウスは兎に角動けなくなった人々の間を縫って二人を追った。
しばらく走るとハタと立ち止まる。
「これは……もしかして」
この方角はあの大階段がある。
「まさか……あの事件も……」
ファビアンの狂気に満ちた瞳を思い出すとクラウスは再び走り出した。
アーデルハイドはあの事件から階段が苦手なのだ。それなのに……
クラウスは目の前が怒りで赤く染まる。
「絶対に許さん」
剣の柄に手をかけて大階段に向かう。
「やめてください!!」
大階段の手前でアーデルハイドの叫び声が聞こえてきた。クラウスは廊下の影に隠れて様子を伺う。
「さあ、早く来るんだ。階段を登れ」
「やめて!」
叫ぶとアーデルハイドにクラウスは剣を握りしめる。それでも状況を確認するために気配を探った。
ファビアンは、能力を使っているのかアーデルハイドは言葉とは裏腹に階段を一歩一歩登って行く。
「お前は階段から落ちた時に死ぬべきだった。死ぬはずだったのに。なぜ黄泉がえったりするのだ! お陰で兄上が再びお悩みになってしまわれただろう!」
「陛下が何を……」
「馴れ馴れしく兄上を呼ぶな!」
ファビアンが階段の二階部分で下を見下ろした。クラウスは思わず廊下に身を隠す。
「ここからでは、また、黄泉がえってしまうかもしれないな。やはり一番上の三階部分から突き落とすべきだったようだ」
その言葉に体に衝撃が走る。アーデルハイドもキッとファビアンを見上げると何か話しかけているようだ。その声は小さくここからは聞こえない。
アーデルハイドの言葉にファビアンが言い返している。そして、ファビアンの手がアーデルハイドの頬を叩いた。
「くっ!」
クラウスはアーデルハイドの痛みを慮ると奥歯を噛み締める。今出ていくとアーデルハイドに危害を加えかねない。
クラウスが慎重に行動するしかないのだ。二人が口論となっている隙をついてクラウスは物陰に隠れながら階段に近づいた。
二人は階段の上にいる。刺激を与えてはいけない。ジリジリと近づくクラウスに気づくものはいない。
「生意気な女め!!」
ファビアンが手を振り上げて、そのままあろうことかアーデルハイドハイドを突き飛ばしたのだ。
「やめて! きゃーーーー」
アーデルハイドは必死にファビアンを掴もうとするがその手は空を切った。
「アーーーデーーール!!!」
クラウスの体は自然と動いた。愛する人が階段から突き落とされた瞬間、事件の解決よりもアーデルハイドの命のために走り出したのだ。
背中から階段を落ちてくるアーデルハイドに向かって手を伸ばす。いつも一歩遅ばすにアーデルハイドが大変な目にあってきた。だが、これからは間に合ってみせる!!
渾身の力を足に入れると人生で一番素早く動くように命令をだした。
「間に合えーーーー」
もうアーデルハイドの体が目の間に迫る。
必死に伸ばした腕が、体が、心が………
彼女を受け止めた。
ガシっ!
高さが加わったアーデルハイドの体の下に自らの体をねじ込むと落下の衝撃ごと受け止める。
「アーデル!!」
自分の胸に落ちてきたアーデルハイドを精一杯抱きしめる。
「ク、クラウス……さま?」
キョトンとしたアーデルハイドがクラウスを見上げてくる。
よかった。今度は間に合った。安堵の息を吐くとその細い体を更に抱きしめた。
「無事で……良かった」
クラウスの腕の中でくるりと方向を変えたアーデルハイドが今度はクラウスに抱きついてくる。
愛おしい。クラウスの胸がいっぱいになった。
クラウスはアーデルハイドを抱きしめたまま今度は未だに階段の上に立ち尽くしているファビアンを睨みつけた。
「叔父上、覚悟は出来ていますか!」
「ク、クラウス、なぜここに?」
「父上が渾身の言霊で体の縛りを解除してくれました」
「兄上が……そんなバカな! この女を亡き者にすることが兄上のお望みなのだ。邪魔をするな!!」
狂気に澱んだファビアンの瞳には焦りと混乱が見て取れる。クラウスに能力を使うことさえ忘れているようだ。クラウスは腕の中でガタガタと震えるアーデルハイドに話しかけた。
「アーデル、少しだけ待っていてくれ」
クラウスの言葉にクラウスの服をギュッと握りしめていたアーデルハイドの手から力が抜けた。
フッとその様子に笑みが溢れる。強い。そして、弱い。アーデルハイドの魅力はそこにある。
言葉にならないことを叫び続けているファビアンに向かってクラウスは身を翻して階段を駆け上がった。
剣の柄に手をかけてスラリと剣を抜く。
そして、振り上げた剣をそのままファビアンに振り下ろしたのだった。
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